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革命編 七章:黒を継ぎし者
虐殺者
しおりを挟むゲルガルドによって懐柔されていたフラムブルグ宗教国家の上層部を一掃したアリアと『青』に対して、ミネルヴァの意思を継いだ修道士ファルネやクラウス達は彼等の計画に加わる。
そして多くの信者達からファルネを支持させる事に成功し、彼女を枢機卿の立場に据えながら人間大陸の各国へウォーリス討伐の協力要請を秘かに願い出た。
更に『青』達の造り上げた箱舟を数多く使い、襲撃されたガルミッシュ帝国とオラクル共和王国の民へ救助支援の活動を始める。
それによってウォーリスに向けられていた共和王国民の信仰が大幅に減少し、到達者として必要な能力を削り取る事に成功していた。
そして場面は聖域に移り、エリクとウォーリスの戦いに移る。
すると下界で起きている計画を知っていたかのように、浮遊しながら遥か頭上から見下ろすアルトリアは不敵な笑みを浮かべて離れているウォーリスに言葉を向けた。
「――……賭け事ってのはね、勝算があるからこそ賭けるものなのよ。私が何の勝算も無く、エリクの勝利に賭けるわけがないじゃない」
「アルトリアァ、貴様――……ッ!!」
「――……オォオオオッ!!」
アルトリアが動かす唇の動きで何を言ったか理解したウォーリスは、激昂を浮かべながら右手に生命力と魔力の混ざり重ねた合成弾を作り出す。
それを上空に浮遊しているアルトリアへ放とうとした瞬間、それを邪魔するように左拳を向けるエリクが襲い掛かって来た。
エリクの強襲に気付いたウォーリスはすぐに標的を変え、右手をエリクに対して翳し向ける。
そして合成弾を放つも、それはエリクの放った左拳で弾け飛びながら掻き消された。
「オォオ――……ッ!?」
「舐めるなっ!!」
そのままウォーリスの顔面へ再び向かおうとしたエリクの左拳だったが、ウォーリスは凄まじい反応速度と腕捌きの体術によって絡め取られる。
更にエリクの剛力を逆に利用しその身体を地面へ叩き付けたウォーリスは、冷静にその場から跳び退きながら距離を保った。
「ク……ッ」
「……まだだ。まだ、私の能力は届く……っ!!」
背中を叩き付けられながらも起き上がるエリクの身体を見て、ウォーリスはそうした言葉を零す。
その根拠は、自分が負わせたエリクの傷が遅行しながら治癒していく光景を確認したからだった。
「まだ、到達者の能力は消えているわけではない。……能力の信仰が消える前に、奴の身体を滅ぼすっ!!」
「!」
ウォーリスは到達者の能力が大幅に低下していながらも、まだ完全には消え去っていない事を確信する。
そして自分の能力が消える前に、エリクの肉体を滅して勝利を得ることを覚悟した。
到達者は到達者に殺されない限り、神兵のように魂を基点として肉体は再生をし続ける。
しかし到達者と言えど、自分の肉体が消滅すれば魂が一時的に剥き出しとなり、無防備な状態となってしまう。
自分の父親がそうして一時的ながらも魂を封じる事に成功した事を知っていたウォーリスは、エリクもそうして肉体を滅ぼし魂を封じる策に切り替える。
故にその手段を成功させる為に、ウォーリスは助力を得る必要があった。
「……悪魔、私にお前の能力を貸せっ!!」
『――……はい、御主人様』
エリクに鋭い眼差しを向けるウォーリスは、自身の魂に居る悪魔に呼び掛ける。
そして魂の内側から微笑むような声を伝えたヴェルフェゴールは、命令に応じて自身の能力をウォーリスに与えた。
すると次の瞬間、ウォーリスの肉体が胸から中心に黒く染まり始める。
それを見ていたエリクは目を見開き、上空から見ていたアルトリアは僅かに眉を顰めながら言葉を零した。
「出たわね、悪魔化。――……だったら公平に、返しておかないとね」
「えっ――……!?」
ウォーリスが自身の肉体に瘴気を纏わせながら姿を変貌させていく光景を見ながら、アルトリアはエリクに左手を翳し向ける。
すると小さな魔法陣が展開されると、そこから赤い粒子が注ぎ込まれた。
それを隣で見ていたケイルは、怪訝そうな表情を浮かべながら問い掛ける。
「なに、やってんだよ?」
「ん? まぁ、ちょっと不公平だと思ってね。エリクに返してるだけ」
「返すって、何を……?」
「借りてたモノよ」
そう言いながら不敵な笑みを浮かべるアルトリアに、ケイルは更に怪訝そうな表情を浮かべる。
しかしそうした二人のやり取りとは裏腹に、ウォーリスの姿は更に変貌を強めた。
それはエリク達が未来でも見たような、人間が悪魔となる光景。
その額と頭部に瘴気で形成した異形の角が複数も生え、更に背中には巨大な悪魔の羽が作りられていくと、ウォーリスは完全に悪魔の姿へ変貌した。
「――……行くぞ、傭兵エリクッ!!」
「ッ!!」
悪魔に変貌したウォーリスは背に広がる黒い羽を広げ、その身体を浮遊させながら右手を向けて圧縮した瘴気の砲撃を放つ。
それを見切ったエリクは横へ大きく跳び避けるが、凄まじい加速と速さで迫っていたウォーリスが左拳を放って突撃して来た。
エリクは自身の生命力と赤い魔力《マナ》を全開にしながら放出し、身体を捻りながら左拳を放つ。
互いが放ち向ける拳が激突すると、三つのエネルギーが相反するように衝突しながら周囲の地形を破壊し始めた。
「グォオ――……ッ!!」
「ヌゥ――……ァアアッ!!」
しかし次の瞬間、互いに衝突させた拳に罅が走ると、黒と赤の血液を流しながら砕け散る。
互いに限界以上の力を注ぎ込んだ一撃によって拳が破壊されながらも、ウォーリスは戦意を衰えさせずに瘴気を纏わせた左拳を放った。
両腕の拳を失っているエリクは、それを拳で迎撃する事が出来ない。
しかしエリクの戦闘経験が咄嗟の判断を決断させながら、大きく仰け反っていた自分の頭を勢いよく前へ動かした。
「なにっ!?」
防ぎようがないと思っていたウォーリスの左拳は、エリクの上半身ごと突っ込ませた額によって迎撃される。
それに驚愕させられるウォーリスだったが、互いに衰えぬ戦意と敵意を籠らせた攻撃が凄まじい衝撃を生み出した。
その結果、ウォーリスの左拳に亀裂が走る。
逆にエリクの額も赤い血を溢れさせながら、衝突させている左拳を押し退けながら割り砕いた。
「ッ!!」
「オォオオッ!!」
拳と額の衝突に勝利したエリクは、そのまま割れ砕けた地面に足を乗せながら踏み込む。
そして両拳が砕けたウォーリスの顔面に頭突きを浴びせ、その身体を大きく吹き飛ばした。
その拍子に額に生えた悪魔の角が折れたウォーリスは、黒い血を口と鼻から吐き出しながら地面へ転がり倒れる。
僅かな時間に起きた出来事と衝突によって、二人は先程とは対照的な光景を作り出すことになっていた。
しかしエリクも右手の肘先を失い、左拳は砕けて使えないという満身創痍の状態へ陥り、大きく疲弊した様子を見せながら息を整える。
「はぁ、はぁ……」
「……まだ、だ……っ!!」
「!」
息を整え治癒が進む身体を休めていたエリクだったが、ウォーリスは自分の頭を支えにして上体を起こし始める。
そして両膝と両足を地面に噛ませながら起き上がると、顔と両腕から黒い血を垂らしながら金色に染まった瞳を向けた。
それを見るエリクもまた、揺れる身体を踏み留めながらウォーリスを睨む。
互いに悪魔と赤鬼という異形の姿でボロボロになりながらも、自分を曲げずに勝利を捥ぎ取ろうとする意思を衰えさせてはいなかった。
しかしウォーリスは、自分と向かい合うエリクに再び声を向ける。
「……何故だ」
「……?」
「何故、貴様は戦い続ける……。……貴様の理想郷は見た。あんな、ただ安穏とした日々だけを望み、何の理想も抱いていない貴様が、どうして……っ!!」
自分の前に立ちはだかる強固な存在であるエリクに対して、ウォーリスは苦々しい疑問を向ける。
しかしエリクはそれを聞いた時、自然と自分の口から言葉を零した。
「……そうだ。俺には、自分の望みも、自分の理想も無い」
「!」
「俺はいつも、誰かに託された事を果たそうとしていただけだ。……そんな俺にも、最初から持っていたモノがある」
「……最初から、持っていたモノだと……?」
そう零すエリクの言葉に、ウォーリスは更に怪訝そうな表情を浮かべる。
するとエリクの脳裏には、自身の過去に映る様々な光景が呼び起こされた。
最初に呼び起こされた記憶は、自分を拾い育ててくれた老人が雇っていた商人に棒で殴られている姿。
それを見た幼少のエリクは、老人を虐げている商人に憤怒が沸き上がり、思わず棒を握り止めて砕き折った。
次に思い出す記憶は、初めての戦争を終えた帰路に見た、少女を襲っている王国の兵士達。
それを共に見ていたガルドと共に怒りが沸いたエリクは、王国の兵士達を剣で切り裂いて殺した。
更に思い出すのは、大虎と対峙し殺されたガルドの姿。
それを見たエリクは冷静な判断が出来ない程に怒り、鬼神に力を借りて大虎とその群れを殺し尽くそうとした。
そしてワーグナー達と共に来た村が襲われ、マチルダとその家族である幼い子供達が盗賊に殺された時。
エリクは凄まじい形相で叫びながら、盗賊達を真っ二つに破壊していた。
エリクはそうして、アリアとの旅を通じながら類似した景色を思い出す。
マシラ共和国で冤罪のアリアが殺された時、ルクソード皇国の首都がランヴァルディアに襲われた時、更に未来で起きた港都市での惨状、そしてガルミッシュ帝国の帝都を襲撃する合成魔獣達を見て、エリクは確かに心の底で御し難い程の憤怒が沸き上がっていた。
そこに自分の根幹がある事に気付いたエリクは、ウォーリスの問い掛けに答える。
「……そうだ。俺は最初から、それが許せなかった。……だからお前も、許せなかった」
「!」
「俺は、許せないんだ。……ただ弱い者を虐げる、お前のような存在が」
「……なんだと?」
「だから俺は、お前と戦う。……お前のような、虐げる者を殺す。それが俺の、戦い続ける理由だ」
「……!!」
そう言いながら全身から殺気を放ち始めるエリクに、ウォーリスは初めてゲルガルド以外に恐怖に似た畏怖を感じ取る。
それこそがエリクの根幹に存在し、彼が唯一自分の感情を剥き出しにする純粋な感情だった。
『虐げる者を、殺す者』。
それこそがエリクという男が戦い続け、後の世で彼が『虐殺者』と呼ばれる理由にも繋がっていた。
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