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革命編 八章:冒険譚の終幕
悪夢の再来
しおりを挟むリエスティアの魂を現世へ戻す為に、マシラ一族の秘術を用いてウォーリスとカリーナは輪廻に赴く。
そして二人の娘と思しき魂を発見し、その魂が見ている夢へと入り込んだ。
しかし彼等が入った夢は、ゲルガルド伯爵領地の本邸を忠実に再現した場所。
ウォーリス達が幼少時から過ごしていた庭園や小屋も存在しているという、予想外の景色だった。
更に周囲は夜のような暗闇に覆われながらも、不自然に建物や地面がハッキリと見える。
そうした景色を見回しながら動揺するカリーナは、状況を上手く理解できずに傍に居るウォーリスへ問い掛けた。
「ウォーリス様……。ここはもしかして、御屋敷ですか……?」
「……何故だ」
「え?」
「リエスティアは幼少時の記憶を失っているはずだ。それからは一度も、この場所には連れて来たことは無い。……なのに何故、この場所の夢を見ているんだ……?」
輪廻で夢を見ているリエスティアが、記憶に無いはずのゲルガルド伯爵領地の夢を見ている事にウォーリスは強い違和感を抱く。
すると思い出すように周囲を見回し、そこに在るはずの人物がいない事に気付いた。
「……マシラ王がいない?」
「えっ。……あっ、本当ですね」
「おかしい。マシラの秘術は解析したが、本来なら彼も一緒に夢へ来るはずだ。……なのに、どうして来ていない……?」
「ウォーリス様……」
共に来ていたはずのウルクルス王の姿も見えない事に、改めてウォーリスはこの事態が異常である可能性を考える。
するとウォーリスの不安が伝わるのか、カリーナはその傍に近寄りながら彼の左腕を両手で握った。
そんな彼女の様子を見て、平静さを装いながらウォーリスは状況を理解する為に動くことを決める。
「辺りを見て回ろう。もしかしたら、違う場所に彼がいるだけかもしれない」
「は、はい」
安心させる言葉を向けるウォーリスに、カリーナは僅かに微笑みながら頷く。
そうして二人は歩み出し、まずは近くにある自分達が暮らしていた小屋へ向かった。
小屋の前に立った二人は僅かに緊張感を高め、ウォーリスが扉を開ける。
そして開かれる小屋の中を覗き見ると、それぞれが状況を呟いた。
「……私達が暮らしていた時と、同じ内装……ですね」
「ああ。……リエスティアも、マシラ王も居ないな」
「あの子は、この近くに居るんでしょうか?」
「居るはずだ。……今度は、庭園に行ってみよう」
「はい」
誰も居ない小屋を見終えたウォーリスは、その中に入らずにそのままカリーナを伴って移動を始める。
異常とも思える状況で迂闊な行動が出来ないウォーリスは、建物の中に踏み込まずに状況が把握し易い外に居続ける事を選んだ。
そうして二人は傍に寄り添ったまま緩やかに歩き、庭園へ辿り着く。
するとウォーリスは周囲を警戒しながら庭園の入り口を通り、中の様子を伺いながら確認を始めた。
「誰かが居るような気配は、無いな」
「……ウォーリス様、あれ……!」
「!」
人の姿も気配も無い庭園を歩き続けていた二人の中で、カリーナが驚きの声を浮かべながら正面に左手の人差し指を向ける。
それを追うように視線を動かしたウォーリスは、再び驚きを浮かべながら表情を歪めた。
「……花壇か」
「はい。……でも、荒らされてます。……誰かの、足跡……?」
二人が見たのは、庭園に在る様々な花が植えられている花壇。
しかしどの花も花弁や茎が切り刻まれ踏み荒らされたような跡があり、それが人為的な状況である事を察した。
そして二人は更に緊張感を高め、再び歩みを進める。
すると花壇の中にある一種類の花が、荒らされただけに留まらず黒い泥のようなモノに包まれ枯れ果ててるのに気付いた。
「この花だけ、他と荒らされ方が違いますね……」
「……雛菊だ」
「え?」
「母上が花壇に植えていた、薄紅色の雛菊。……この泥、まさか……?」
「ウォーリス様?」
ウォーリスは雛菊を枯らした原因と思しき泥を見ながら、傍に落ちている小石を拾う。
するとそれを泥に投げ放つと、当てられた泥がまるで生きているかのように動きながら小石を飲み込んだ。
それを見たカリーナは驚愕を浮かべて一歩下がり、ウォーリスも表情を険しくさせながら呟く。
「こ、これは……!!」
「……やはり、アレは瘴気だ」
「しょうき……?」
「生命力とは真逆に位置するエネルギーだ。……あの泥には近付かない方がいい。アレに触れると、私達の精神体が汚染されて死んでしまうかもしれない」
「そんな……!」
「……どうして夢に、瘴気が……」
夢の中に瘴気が存在している状況に、ウォーリスは不可解な表情を強めながら警戒心を更に高める。
そして足元に注意しながら瘴気から離れるように先へ移動すると、生垣を曲がった先に見える景色に驚愕を浮かべた。
「!!」
「……なんなんだ、この瘴気は……!?」
二人が見たのは、庭園を黒く塗るように浴びせられている瘴気の溜まり場。
塗れるように浴びせられた瘴気が庭園の植物を枯らしている光景は、二人を唖然とさせながら悪寒を感じさせた。
そしてこの状況を脱する為に、ウォーリスはカリーナを両腕に抱えて走り始める。
「カリーナ、しっかり掴まっていろ」
「ウォーリス様、これはいったい……!!」
「この夢は異常だ。早く庭園から……いや、この夢から脱出しなければっ!!」
改めて自分達が居る夢が危険だと認識したウォーリスは、彼女を抱えながら庭園の出入り口へと向かう。
すると奥に溢れていた瘴気が意思を持つように動き出し、逃げるウォーリス達を追い始めた。
抱えられているカリーナとウォーリスは、瘴気が自分達を追ってきている事に気付く。
「あ、あの泥がこっちに……!!」
「まさか、意思を持っているだと……!?」
庭園を全て覆うように迫り来る瘴気に、ウォーリスは全力で逃げる。
そして瞬く間に庭園から脱出すると、先程まで緑が残っていた庭園は瘴気の泥に飲み込まれた。
その影響で庭園に見える植物は全て枯れ果て、離れる事に成功しながらも二人は動揺した面持ちと声を浮かべる。
「……これが、リエスティアの夢なんですか……?」
「いや、あり得ない。夢に瘴気が現れ、しかも意思を持つように私達を襲うなど……」
「ここから、どうやって出ればいいんでしょうか……?」
「……駄目だ、魔法の類が使えない。生命力は使えそうだが……」
「……っ」
異常とも言うべき夢の世界に閉じ込められた二人は、不安を拭い切れない表情を見せる。
しかしそんな彼等が落ち着くのを待たず、庭園を覆い増殖した瘴気が再び二人へ迫り始めた。
「っ!!」
「ど、どうしましょう……!?」
「生命力を浮遊に……いや、私はもう到達者ではない。限りある生命力を迂闊には……。……仕方ない、屋敷に行こう!」
「で、でも! 屋敷にもあの泥がいたら!」
「その時は、また別の場所だ! 今は隠れられる場所に逃げるしかないっ!!」
「は、はい!」
瘴気から逃げるように再びウォーリスは走り出し、カリーナはそれに従いながら抱えられる。
そして二人は屋敷がある場所まで向かい、閉められている入り口の門を飛び越えて屋敷の敷地内に入った。
更に屋敷に入れる正面入り口へ向かったウォーリスは、扉に手を掛けて勢いよく引く。
すると扉は勢いよく開き、二人は屋敷の中を見ながら瘴気の有無を確認した。
「……正面には、瘴気は無いか」
「泥が来てます!」
「クッ!!」
柵をすり抜けながら向かって来る瘴気の波を見てたカリーナの声を聞き、ウォーリスは焦りながら屋敷に入り扉を閉める。
すると迫る瘴気は扉や屋敷の壁によって遮られ、辛うじて飲み込まれる状況には至らなかった。
しかし扉の隙間から溢れ入る瘴気を見て、ウォーリスは渋る表情を強めながらも屋敷の奥へ移動し始める。
更に二階へ続く階段を登りながら、出来るだけ高い位置に移動し始めた。
そして廊下に出ながら三階へ続く階段まで廊下を走ろうとする最中、二人は窓の外に見える景色に青褪めた表情を浮かべる。
「そ、外が……」
「く……っ!!」
二人が見たのは、地面を覆い尽くす瘴気の波。
それが包囲するように集まり、屋敷を飲み込むかのような動きすら見せていた。
すると外の壁を伝いながら移動して来た瘴気が、窓の硝子を突き破って来る。
「ッ!!」
「キャアッ!!」
攻撃的な意思を見せる瘴気は二人に迫り、ウォーリスはカリーナを抱えたまま辛うじて避ける。
そして廊下を走り抜けながら、次々と窓を破って侵入して来る瘴気から逃げ続けた。
すると三階へ続く階段に辿り着き、ウォーリスは段差を飛び越えながら瞬く間に登り終える。
しかし瘴気の動きはそれを見越していたかのように、三階の窓にも及びながら突き破って来た。
更に二階からも迫る瘴気に、二人は焦りの表情を浮かべる。
「クソッ、このままでは……」
逃げ道を塞がれた状況に、ウォーリスは悪寒を強め続ける。
そして三階にも侵入して来た瘴気によって廊下は塞がれ、二人は追い込まれた。
ウォーリスは屋敷から逃げる為に生命力を使うか僅かな時間で悩む
しかし傍にある部屋の扉にカリーナは目を向けると、焦りながらウォーリスに提案した。
「あの部屋なら、まだ入れそう……!」
「……っ!!」
ウォーリスはその提案を渋りながらも、瘴気が屋敷を覆い逃げ場の無い状況だと悟り、扉を開けて部屋の中に入る。
そして抱えているカリーナを降ろし、部屋の中にある家具や布地を使って扉を塞ぎながら瘴気の侵入を妨げようとした。
それから凄まじい音が扉を叩き続け、二人は扉から離れながら振り返る。
すると薄暗い部屋の中を改めて見た二人は、その奥に見える存在に初めて気付いた。
「!?」
「……リエスティア?」
二人が見たのは、部屋の奥で椅子に座っている幼少時の姿をしたリエスティア。
更にその傍に別の人影が立っている事に気付き、ウォーリスはカリーナを守る姿勢を見せながら身構えた。
すると次の瞬間、その人影がウォーリスに話し掛けて来る。
「――……待っていたぞ、ウォーリス」
「!?」
「……こ、この声は……」
呼び掛けて来た声は男性であり、二人はそれを聞いて表情と身体を強張らせる。
すると影となる場所から歩み出て来たその人物は、薄暗い部屋の中でウォーリス達に姿を見せた。
それを見たウォーリスは青い瞳を見開き、血の気を引かせながら冷や汗を掻き始める。
そして恐怖するような揺れる瞳を向けながら、彼はその人物の名を呟いた。
「……ゲルガルド……!?」
「私の理想にようこそ、愚かな息子よ。――……歓迎してやろう」
動揺しながら身体を震わせるウォーリスは思わず足を後退り、目の前にいる人物に恐怖を抱く。
それは彼の父親であり、長年に渡り彼を虐げ続けた男。
世界の支配を目論み、創造神の権能を手に入れることに固執し続けたゲルガルドだった。
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