1,238 / 1,360
革命編 八章:冒険譚の終幕
希望は潰えず
しおりを挟むローゼン公爵家の本邸にてリエスティアやウォーリス達の協力を得ようとしていたアルトリアだったが、その事態は新たな局面を迎える。
それは創造神の欠片を持つ一人であるメディアが人間大陸に帰還し、自身の権能を用いて循環機構を支配し天界の大陸を使った世界の滅亡を実行しようという状況だった。
その傍には『緑』の七大聖人ログウェルが付きながらも、そうした凶行に及ぶ彼女を止める様子を見せない。
更に同じ場所に居たアルフレッドを殺害したメディアは、僅かな猶予を告げて自分の娘に来るよう脅迫を向けた。
メディアから届けられていたであろう『念話』と映像の投影が途切れると、静まり返った部屋に帝国皇子ユグナリスが乱入するように慌てて現れる。
「――……アルトリアッ!! さっきのは、本当に……!?」
「……アレが、私の母親ってわけね。……確かに、実力も思考も化物だわ」
「!」
強張る表情を見せながらも口元を微笑ませるアルトリアは、初めて見た母親の姿と声に感慨を持つより先に、強烈な性格と思考を理解する。
そして世界そのものを人質に取りながら自分に来るよう求めている事を知り、小さな溜息を漏らしながら改めてその場に居る全員へ顔を向けながら伝えた。
「……ちょっと、母親に会って来る」
「!」
「アンタ達は、ここに残って……いや。すぐに箱舟を呼んで、それに乗り込みなさい」
「!?」
「他の国にも伝えて。出来る限り、箱舟に人を乗せるようにって」
「……お前、まさか……!」
僅かに焦燥が見えるアルトリアは、そうして兄セルジアスやユグナリスに箱舟で避難するよう勧める。
そしてその言動がどういう意味かを理解したユグナリスに代わるように、ケイルが鋭い眼光を向けながら彼女に問い掛けた。
「お前、どうする気だ?」
「だから、会って来るって言ったでしょ」
「そうじゃねぇよ。……お前、死ぬ気だな?」
「……見たでしょ、母親の実力。創造神の権能だけじゃない。その身体能力は、恐らく鬼神の姿になったエリク並よ」
「!」
「今の私じゃ、母親にはどう足掻いても勝てない。……でも、時間稼ぎくらいはするつもりよ」
「時間稼ぎ……!?」
「幸い、母親は欠片を持ってるのを私しか知らないみたい。……貴方と馬鹿皇子、それにエリク。この三人さえ生きてくれれば、逆転できる可能性はあるわ」
「……何言ってんだ、おいっ!!」
そうした話をするアルトリアに対して、ケイルは怒鳴りを向けながら歩み寄る。
すると右手で彼女の胸倉を掴もうとした時、それをアルトリアは左手で防ぎ止めながら強い口調で言い放った。
「アンタ達が、最後の希望なのよっ!!」
「!」
「私が時間を稼ぐ間に、『青』や他の連中の手も借りて、急いで人間大陸から離れて。……倒すのは無理でも、何とかして母親ごと循環機構を封じるようやってみるから!」
「……出来るのかよ、そんな事が!」
「やってみるしかないでしょ。……もう時間も無いわ。行くわね」
「おい――……っ!!」
ケイルの右手を突き放したアルトリアは、その場で素早く身を引く。
それを掴み止めようとしたケイルだったが、それより早く彼女は転移魔法でその場から姿を消した。
掴み損ねたケイルの右手は虚空を切り、表情を強張らせながら歯を食い縛る。
そして僅かに頭を下げながら思考し、息を吐き出しながら振り返ってその場に居る者達に声を向ける。
「……『青』の奴にすぐ連絡して、箱舟で避難させろっ!! それと、クビアの奴に連絡取れるかっ!?」
「えっ!?」
「クビアの転移魔術が必要だ。アタシはアズマ国に行って、師匠達を連れて来るっ!!」
「わ、分かりました!」
自身がやるべき事をすぐに考えたケイルは、セルジアスにそう命じるように対応を伝える。
それに応じて退室したセルジアスから視線を外すと、今度はユグナリスを見ながらケイルは声を向けた。
「おい、ユグナリスだっけか? お前はどうする」
「えっ」
「アタシは準備が出来次第、あの馬鹿を追う。……お前は家族と一緒に、逃げるか?」
「……」
ケイルは自らの意思で天界に向かう事を伝え、向かい合うユグナリスの選択を問い掛ける。
すると彼は僅かに思考した後、顎を上げながら視線を合わせて返答した。
「……俺も、一緒に行かせてください」
「いいのか?」
「天界には、ログウェルも居たように聞こえました。なのにあんな事をしているアイツを、止める様子すら無かった。……俺をここまで成長させてくれたのは、師匠なんだ。だからきっと、何か理由があるはず。それを聞かないと……!」
「……分かった。だったら、付き合えって貰うぜ」
ユグナリスの意思を確認したケイルは、それに応じる形で同行を認める。
すると親友であり恩人でもあるアルフレッドの死を目の当たりに顔を伏せながら悲しむ様子を見せているウォーリスやカリーナに、ユグナリスは声を掛けた。
「御二人は、リエスティアやシエスティナと一緒に箱舟で避難を」
「……私も、連れて行ってくれ……っ!!」
「ウォーリス殿っ!?」
「アルフレッドは、こんな私に付き従ってくれた……たった一人の親友だった……。……それを……っ!!」
顔を伏せていたウォーリスは視線を上げ、その青い瞳に憤怒を宿らせながら涙を浮かべている。
しかし既に壊れた身体となっているウォーリスを見ながら、ユグナリスは強い口調で諭した。
「駄目です。貴方もう、戦える状態じゃない」
「盾代わりにしてくれていい。それに魔法は使えないが、奴等を巻き込んで自爆することくらいなら……!」
「それは、カリーナ殿やリエスティアが悲しみますっ!!」
「!?」
「貴方の命は、もう貴方だけのモノじゃない。……馬鹿な俺だって、それくらいは分かりますよ」
「……!!」
諭しながらそうした言葉を向けるユグナリスは、ウォーリスの隣へ視線を向ける。
するとそこには涙を浮かべながらも不安な表情を色濃くさせるカリーナが見え、ウォーリスも親友を殺された怒りから僅かに冷静さを戻した。
「……すまない……」
「貴方達は、リエスティアやシエスティナ達と一緒に避難を。お願いします」
「……分かった」
「カリーナ殿も、ウォーリス殿やリエスティア達を頼みます」
「……はい」
ユグナリスの求めに応じたウォーリスは、この状況で親友の敵討ちを諦める。
そして改めて二人の意思を確認すると、再びケイルの方へ正面を向けたユグナリスは問い掛けた。
「他に、連れて来るべき人は?」
「エリクだ。だがまだ、フォウル国に残ってるらしい」
「なら、クビア殿の転移でフォウル国に?」
「いや。あの映像をエリクも見てたら、急いで天界へ向かうはずだ。そうなると、今から行ってもすれ違いになる可能性が高い。だったら使えそうな連中を拾って、天界に行った方が確実だ」
「使えそうな人?」
「考えられるのは、ゴズヴァールとか……あと、エアハルトの野郎か」
「エアハルト殿だったら、今の居場所を知ってます! クビア殿も、そこに行けるはずです」
「それに、アタシの師匠達。最低でもそれくらいは拾って行こう。『青』は自分の転移魔法で行けるはずだから、天界で合流だ」
「はい。――……!?」
ケイルは即座に自分達がやるべき事を考え、メディア達と対抗できる人間大陸の戦力を掻き集めることを決める。
その判断に応じたユグナリスは反対を見せず、その場でやるべき事が纏められた。
しかし次の瞬間、部屋の扉を叩く音が鳴ってからゆっくりと開かれる。
するとそこには、壁に手を置きながら身体を支えて歩くリエスティアが訪れていた。
それに気付いたユグナリスは、まだ歩き慣れないリエスティアを身体で支えながら声を向ける。
「リエスティアッ!?」
「――……ユグナリス様……!」
「待ってるように言っただろ! どうして……」
「……駄目、なんです……」
「え?」
「このままでは、駄目なんです……」
「だ、駄目……?」
身体を支えられるリエスティアは、ユグナリスやケイルを見ながらそうした言葉を向ける。
すると黒い瞳を見せながら、自分の視た未来を教えた。
「……ユグナリス様や、皆さんが行っても……殺されてしまいます……!」
「!」
「えっ」
「そうなったら、世界は真っ暗になって……全部が、消えてしまう……」
「!?」
「……『黒』の未来視か」
「だから、このまま行っては駄目なんです……。……御願いです……!」
必死な面持ちで自分の視た未来を訴えながら引き留めるリエスティアに、二人は僅かに動揺した面持ちを浮かべる。
するとそこに遅れる形でセルジアスが戻り、その後ろには共に遊んでいたシエスティナとマギルスが伴われていた。
「――……各国に連絡したところ、同様の事態が起きていました。皆《みな》、あの映像と声を聞いたようです」
「!」
「既に各国でも異常事態であると認識し、それぞれに避難が行われ始めています。ただ、箱舟の数は圧倒的に不足しているので……何処まで乗り込めるか……」
「そりゃそうだろ。……マギルス、お前も見たか?」
「――……うん。さっきのがアリアお姉さんのお母さんなんだね。……あれ、アリアお姉さんは?」
「また突っ走って先に天界へ行きやがった。クソッ」
「そっか。それで、どうするの?」
「また強い連中を集めて、天界へ行こうと思ったんだが……ただコイツの未来視だと、そうすると全滅するってよ」
「えぇ? じゃあ、どうしよっか。アリアお姉さんに任せちゃうの?」
「……ッ」
マギルスはそう問い掛け、自分達が今後どうするべきかを考えさせる。
『黒』と同じ未来予知を持っているリエスティアの発言は、決して無視できない。
しかしこのまま何もせず、再びアルトリアを犠牲にさせかねない状況に、ケイルは思考を巡らせながらも打開策を何も考えられなかった。
そうして空気の淀みが生まれる場に、リエスティアは再び口を開く。
「方法は、あります」
「……!!」
リエスティアはその言葉を口にすると、ある人物に黒い瞳を向ける。
その視線を追うそれぞれが、その先に居る人物を見ながら僅かに驚きの様子を見せた。
リエスティアが見たのは、マギルスの隣に立っている幼い子供。
彼女の娘でもある、シエスティナだった。
こうしてメディアの脅威に晒される者達は、それを防ぐ為にそれぞれが動きを見せる。
それはこの未来に至るまでに辿り着いた中で生まれたであろう、一人の子供に託されていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
379
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる