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革命編 八章:冒険譚の終幕
厄災の始動
しおりを挟む『緑』の七大聖人ログウェルは、『聖域』にてケイルが手に持てず放していた『マナの実』を回収していた。
そして対峙するユグナリスの目の前で『マナの実』を食べ、【真竜王《ワーム》】と呼ばれる『風』の到達者と同じ真竜へと至った。
すると天界より遥か上空に巨体の真竜を上昇させ、人間大陸の各地に災害と呼べる暴風と雷雨を起こし始める。
それは人間が住む居住地において、甚大な被害を与えていた。
その被害を直に浴びる者達の中で、ガルミッシュ帝国のローゼン公爵家の屋敷に視点は移る。
「な、なんだ……!?」
「都市の外に、急に雷雨が……!?」
「さっきまで、晴天だったのに……」
「……箱舟を動かした方がいいな。都市部の避難状況は?」
「三割程が、地下に入ったそうですが……」
「……地下に入ったとしても、今回も安全とは言えないな」
ローゼン公爵家の屋敷にて着陸した箱舟の艦橋に乗り込んでいたローゼン公セルジアス達は、映像越しに結界に覆われる都市の外を視る。
そこでは急激な暴風雨が起きている事を理解し、突如として起こる天候変化に驚愕を浮かべていた。
すると簡易式の魔導器を用いて、都市部の避難状況を確認しながら自分達の避難を速めるか決断しようとする。
そうした者達に付き添うように同乗している中には、皇帝代理を務める皇后クレアと幾人かの従者達がいた。
更にカリーナに付き添われながら艦橋の席に座るウォーリスも居り、その様子を見ながら呟きの声を見せる。
「……この天候から感じる、反動は……」
「ウォーリス様?」
「……ローゼン公、出発は待った方がいい!」
「!」
何かを感じ取るウォーリスは、艦橋の中央に立つセルジアスに忠告を向ける。
それに従者達が驚きを見せる中、セルジアスはその声に応じるように問い掛けた。
「どういうことです?」
「この豪雨には、膨大な魔力と生命力が含まれているように感じる」
「!」
「私見だが、この箱舟は自然環境の魔力を循環させ動力源としているはずだ。だとすると、この天候で飛ぶのは危険過ぎる」
「……何者かが、この天候を引き起こしていると?」
「そうだ」
ウォーリスは自身の知識と知恵を提供し、出航させようとしているセルジアスの判断を止める。
それを周囲の従者達は訝し気な視線を強めていたが、セルジアスは真剣な瞳を向けて説くウォーリスに頷きながら応えた。
「……こうした異常事態だ。そういう意味では、貴方の知識は信用できる。しばらくは様子を見る!」
「公爵閣下……!」
「都市の避難を急がせてください。我々はそれが終わるまで、状況を確認しながら待機します」
ウォーリスの意見を聞いたセルジアスは、それに従い出航を取り止めて都市部の避難が終わるのを待つ。
そうして会話を行った一分後、都市の真上に巨大な閃光が走った。
それと同時に落雷が降り注ぎ、都市部を覆う結界に巨大な亀裂が生じる。
「!?」
「雷……!?」
「……雨と暴風が、入って来た……!?」
「これは、あの時と同じ……!」
「結界装置の状況確認をっ!!」
落雷が起きた直後、都市内部に異常な暴風と雨が入り込み始めている。
それによって都市の結界が破壊された事を理解したセルジアスは、通信器を用いて外壁で待機する結界装置の状況を確認させた。
しかしその報告が届くよりも早く、天井を見上げるウォーリスが表情を険しくさせながら声を発する。
「……これは……拙いぞ……」
「ウォーリス殿?」
「先程の落雷、明らかに自然の現象ではない。何者かに誘導され放たれた、魔力と生命力の電撃だ」
「えっ」
「……しまった! ローゼン公っ!! 箱舟の者達を外に出せっ!!」
「!?」
「先程と同じ落雷が、この箱舟を狙っているぞっ!!」
「――……全員、箱舟から避難を――……っ!!」
ウォーリスが直上で高まりつつある魔力と生命力の集まりに気付き、先程と同じ落雷が箱舟を狙っている事を察する。
その忠告を信じたセルジアスは即座に避難を促そうとしながらも、その声は次の瞬間に起きた落雷によって妨げられた。
すると次の瞬間、箱舟に鋭く巨大な落雷が直撃する。
それが箱舟を守る結界を貫き、後部に備わる動力部を破壊しながら船体全てに電導を伝えた。
「うわっ!!」
「キャアアッ!!」
「皇后様っ!!」
「クッ!!」
『ガ、ガガガガガ――……』
船内を這うように走る電導が艦橋にも届き、周囲の魔導装置や機器に夥しい電撃を放たせる。
更に各席に座る魔導人形達にも電気が伝わり、帯電しながら断末魔のような機械音声を響かせた。
そうして周囲に及ぶ電撃は魔導人形と魔導装置を破壊し、小規模の爆発を起こす。
その傍に立っていた従者達は巻き込まれるように破壊された装置の破片を浴び、その場に血を流しながら倒れた。
ウォーリスもその危険性に一早く気付き、損傷した肉体を無理矢理に動かしてカリーナを抱くように庇いながら席から離れる。
それと同時に傍にある機器が破壊され、服越しながらもウォーリスの背中に幾つか破片が突き刺さった。
そして床に倒れる形で守られたカリーナは、爆発が起きウォーリスが庇ってくれた事を察して叫ぶ。
「ウォーリス様っ!?」
「……大丈夫だ。……それより、コレは……」
「……!」
背中を負傷したウォーリスは慣れた痛みを我慢し、顔を上げながら周囲の状況を確認する。
するとその表情の渋さを強めると、カリーナもそれを見て改めて周囲の被害に気付いた。
艦橋内に備えられた魔導装置と機器は先程の電導で破壊され、魔導人形も煙を昇らせながら機能停止している。
そうした装置の傍に居た従者達は電撃や破片を浴びた影響で負傷し、ほぼ全員が床に倒れていた。
すると艦長席に座っていた皇后クレアを庇うように、セルジアスが自身の身体を覆わせている。
その腕や背中には周囲の機器から飛び散った破片が刺さり、セルジアスの肌に血を流させていた。
「――……ッ」
「セルジアス君っ!?」
「……御無事ですか、皇后様……っ」
「私は大丈夫です! でも、貴方が……」
「この程度は、軽傷です。……それより、第二撃が来るかもしれない。急ぎ、箱舟から避難を……!!」
セルジアスは浅く刺さる破片を自分の手で引き抜きながら、周囲で倒れる者達の安否を確認する。
そして動ける者達は動けない者を支えながら歩かせ、急いで内部から船外へ移動させるよう命じた。
するとセルジアスは通信装置の傍に近付きながら操作盤を叩くも、完全に破壊されている事を確認しながら表情を強張らせる。
「……この箱舟は、もう使えない……」
「ローゼン公! 早く出るぞっ!!」
「分かっています……っ」
ウォーリスの呼び掛けで振り向いたセルジアスは、自らも艦橋を出る決断をする。
そして互いにカリーナとクレアに支えられながら歩き、箱舟の船外へ向かった。
その道中である廊下は、艦橋と同じく機器が破損しているのが見える。
セルジアスはその状況を見ながら、隣を歩くウォーリスに問い掛けた。
「……あの雷撃は、箱舟を破壊する為に……?」
「そうとしか考えられない。何者かが、的確に都市と箱舟《ふね》を攻撃したんだ」
「これが、攻撃――……!?」
「!」
そうして話す彼等の会話を遮るように、その周囲に再び投影された映像が浮かび上がる。
するとそこには対峙するメディアとアルトリアの姿が映り、それを見たセルジアスは驚愕を浮かべながら声を向けた。
「母上……アルトリア……!」
「……どうやら、天界でも戦いが始まっているらしい」
「ならば、この天候も二人の戦いが原因で……?」
「……いや、この二人が戦っているのは『聖域』のようだ。それにあの時空間から下界まで影響を及ぼす程の戦闘には、見えないな」
「ならば、他の誰かが……?」
「恐らく。……しかしこの波動、到達者の波動に感じるが……」
「到達者……。ユグナリスから話は聞いてますが、神と同等の力を持つ者のことですね?」
「そうだ。或いは今回の事態、メディア以外の到達者が関わっているのかもしれない」
「……どうなってしまうんだ、この世界は……っ」
「セルジアス君……」
ウォーリスの推察を聞くセルジアスは、今回の事態が再び自分達の手に負えない状況となっている事を察する。
まだ三年前の襲撃から完全には立ち直れていないセルジアスには、その事実が肉体的な負傷よりも精神的な疲弊を強く高めた。
そんなセルジアスを気遣う様子を見せるクレアだったが、映像を見続けているウォーリスはその会話を内容を聞いて驚きを浮かべる。
「……アルトリアの持つ欠片が、彼女が分けた欠片だったのか。……だとすると、この戦いはアルトリアに不利だな」
「えっ」
「同質の権能を持つ彼女達にとって、決定的な差となるのは身体能力となるだろう。だとすると『マナの実』から生まれたメディアの方が、人間のアルトリアの身体能力を遥かに勝るのは当然の事だ」
「では、アルトリア様は……」
「このままだと、いずれは捕えられて負けは必死。……だが、その情報を知る彼女が敢えて正面から挑んでいるように見える。……不自然だな」
「不自然?」
「何の策も無く、アルトリアが挑むとは思いたくないが。……それにどうも、消極的なようにも見える。敢えて余力を残し、時間稼ぎをしているような戦い方だ」
「ウォーリス様には、それが分かるんですか?」
「彼女とは、幾度か戦う機会があったからな。……何を待っている、アルトリア……?」
映像越しに見えるアルトリアの戦い方に、ウォーリスは違和感を抱きながら呟く。
それを聞くカリーナも映像を見つめ、そこでメディアから飛翔し逃走しているアルトリアを見た。
その表情は必死であり、アルトリア自身はメディアと接触を避け距離を保とうとしている事が理解できる。
圧倒的な実力差がある母子の光景は、アルトリアの逃走を主体に置いた戦い方にメディアが遊ぶように付き合っているようにしか見えなかった。
そうした話をしている間に、セルジアス達は箱舟の外へ降りる。
そして暴風と豪雨に晒されると、ウォーリスが渋る様子を強めながら再び忠告を向けた。
「……この雨と暴風には、あまり浴び続けない方がいい」
「えっ」
「やはり、魔力と生命力が大量に含まれている。コレを浴び続けると、人間には害にしかならないだろう」
「……屋敷に戻りましょう。そして、屋敷の地下室に避難を」
再びウォーリスの注意を聞いたセルジアスは、先に出ていた従者達や一緒に乗り込んでいた家令達に向けて屋敷へ戻るよう伝える。
それに全員が従い、降り続ける豪雨を雨具で防ぎながら負傷者達を庇い、屋敷へ再び戻った。
そして屋敷内にて負傷者達の治療が行われ、回復魔法と治癒魔法の心得がある者達がそれぞれに対応する。
セルジアスもその恩恵を受けながら、傍に座るウォーリスと共に映像を見ながら呟いた。
「……もしかしたら、この暴風はログウェル殿が起こしているのかもしれません」
「ログウェルが?」
「以前に、父上から聞いた事があります。ログウェル殿は『風』の属性魔法を最も好んで使い、自然の風を読むことにも長けていたと」
「……だが、この規模の天候操作は聖人単独で行えるはずがない。空を見る限り、最低でもこの大陸全土を暗雲が生じているように見える」
「ならば、ログウェル殿が到達者になったのかも」
「七大聖人が到達者に? ……あり得ない話ではないか」
「!」
「聖人が到達者へ至るには、幾つか条件がある。だが奴等が聖域に自由に出入りできるのなら、『マナの実』を回収しているかもしれない。だとしたら、ログウェルが『マナの実』を食せる権利は持っている」
「……どういう事です?」
ウォーリスはそうした呟きを見せ、それを聞くセルジアスは更に踏み込んで問い掛ける。
すると彼は、過去に自分自身も聞いた話を教えた。
「人間が到達者に成る上で必要なのは、肉体と魂が『聖人』へ成長すること。そして万を超える者達から信仰されること。更に大事な者を含めた、万を超える者達を殺すこと。この三つの条件を満たす必要がある」
「!!」
「だが『マナの実』を食べられれば、万を超える者達を殺す必要は無くなる。……つまり必要なのは、『聖人』の魂と肉体、そして『信仰』だけになるわけだ」
「……ログウェル殿は七大聖人ですから、無論『聖人』ですね。でも、信仰は……?」
「あるじゃないか。この帝国には、あの男が信仰される程の存在となっているモノが」
「……ログウェル殿の本ですか……!?」
「そうだ。『老騎士ログウェル』の名前は帝国において子供でも見る絵本として配り描かれ、老若男女に広く知られている。そうしてログウェルは自分自身の逸話を本として残し、帝国の民から伝説の騎士として『信仰』されていただろう」
「……まさか、ログウェル殿はこの日の為に……到達者となる為に、あの本を帝国に広めた……!?」
「この状況を見れば、そうとしか考えられない。――……この帝国もまた、あの老騎士に利用されていたんだ」
「……!!」
到達者へ至った可能性があるログウェルに対して、ウォーリスは到達者なれた仮説を解く。
それはログウェルが真竜となって到達者へ至れた理由を、的確に言い当てていた。
すると次の瞬間、彼等の周囲に浮かぶ映像に変化が及ぶ。
そこにはメディアが飛翔し逃げるアルトリアへ追い付き、その両足を掴みながら中空で逆さに吊るす様子だった。
『――……はい、捕まえた』
『クッ!!』
『鬼ごっこは、これでお終いにしようか。それとも――……』
「!」
メディアは遊びの終わりを告げようとすると同時に、逆さに吊るされたアルトリアは両腕を突き出す。
そして両手の平から凄まじい生命力の砲撃を放ち、間近でメディアに浴びせた。
そして砲撃の光が止んだ後、映像越しにその場の状況が映し出される。
「……!!」
『――……何度も言ってるでしょ。無駄だって』
『……っ!!』
その映像には、両手で両足を掴まれたままのアルトリアと、まともに砲撃を浴びたはずのメディアが無傷のまま存在している様子が映し出されている。
すると大きく身を仰け反らせたメディアは、同時に両腕を後ろ側へ逸らしながら持ち上げたアルトリアの身体を背中側に回した。
『うわ……っ!!』
『物覚えが悪い子には――……お仕置きだよっ!!』
『ッ!!』
そう告げた瞬間、メディアは凄まじい速度で上体を前へ倒し、両腕を前へ振り下ろしながらアルトリアの身体を真下へ投げ飛ばす。
その速度と衝撃は音の壁すら突き破り、凄まじい風を切る音と共にアルトリアを聖域の森へ叩き付けた。
轟音と共に土を舞い上げた着弾地点を、メディアは姿勢を戻しながら見下ろす。
するとそこには森と地面を大きく削った陥没を生み出されており、その中央には地面へ突っ伏す形でアルトリアの姿が見えた。
その光景を映像越しに見たセルジアスは、妹のボロボロになった姿に驚愕しながら声を発する。
「アルトリア……!!」
『――……君は弱いね。アルトリア』
「!」
『精神も肉体も、まだまだ発展途上。……でも、それもしょうがないのかな。君は生まれて、まだ三十年も経ってないんだから』
そう言いながら浮遊するその場から急降下するメディアは、地面に突っ伏したままのアルトリアに近付く。
するとアルトリアに近付きながら右膝を地面へ降ろし、その額に右手で触れようとした。
『ごめんね、君には過ぎた権能を与えてしまって。……ちゃんとお母さんが、普通の女の子に戻してあげるよ――……あれっ』
「……!!」
そう言いながら倒れるアルトリアの額へ触れた時、メディアが僅かに驚く声が響く。
すると次の瞬間、アルトリアに見えた肉体は土塊へ変貌しその偽装が解いた。
そして次の瞬間、メディアの背後に在る地面が突き破られるように砕け、その場にアルトリアの姿が現れる。
『!』
『――……これで、一発目っ!!』
メディアは驚く様子を見せながら振り向くと、アルトリアは右拳を握りながら踏み込む。
そして母親の左顔面に彼女の右拳が叩き付けられ、その身体を地面に擦らせながら吹き飛ばした。
ここに来てようやく反撃の一撃を入れられたアルトリアは、強張らせた表情を向けながら倒れる母親を放つ。
『ハァ、ハァ……。……今更になって現れて、母親面して……私を舐めんじゃないわよっ!!』
反撃の拳と共に反抗の声を向けるアルトリアは、そうして母親に怒鳴る。
それに対して地面に伏したままのメディアは、両腕で上体を起こしながら立ち上がりながら言葉を呟いた。
『うん、良い攻撃だったね』
『……!』
『良かった。ちゃんと君が、私に一撃入れるくらいの実力を持っててくれて』
『……何を、言って……』
『元々、一発くらいなら喰らってもいいと思ってたんだ。……でも君がそう出来ないくらい弱くて、ちょっと呆れてたのが本音』
『!!』
『でも、この一発は良かったよ。少し安心した。――……じゃ、遊びは終わりでいいね?』
殴られた左顔を見せたメディアだったが、その肌には傷一つすらついていない。
しかし何処か満足気な様子を見せるメディアの微笑む表情と同時に、その場に凄まじい圧力が生み出された。
それを間近で受けるアルトリアは、殴れて微笑んでいた表情を再び蒼白とさせる。
これは今まで母子の戯れを興じていた母親が、改めて『敵』としてアルトリアと向かい合うことを意味していた。
応援ありがとうございます!
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