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革命編 八章:冒険譚の終幕

袂の兄弟

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 【始祖の魔王ジュリア】と【鬼神フォウル】の激闘は現世に様々な異常現象を起こし始め、ついに時空間の亀裂すら起こし始める。
 到達者エンドレスとして内包する生命力エネルギーと実力が段違いの二人は、マナの大樹があった周辺で姿も見えないまま激しい炸裂音だけが響き続けていた。

 そんな異常現象に見舞われる人間大陸では、人々が様々災害に巻き込まれている。
 暗雲から降り出す激しい雨は再び洪水を引き起こし、暗雲から降り注ぐ落雷は大地を削り飛ばしながら周囲の可燃物モノを燃やしていた。

 ガルミッシュ帝国でもそうした異常現象に見舞われ、ローゼン公爵領を始めとした各領地の領主達や代行官等はもそれ等の災害に対応している。
 しかし大気中で荒れ狂う魔力マナが魔道具の効果を妨害し、都市や町を結界で守るどころか、通信すらままならなくなっていた。

 ゆえに現地の領主達の中には、自らの被災場所に赴き避難や災害の鎮静を指揮する者もいる。
 その中には、ある帝国貴族おとこも居た。

「――……ガゼル伯! 北地区の住民、都市外への避難を完了しました!」

「分かりました。西地区の火災はどうですか?」

「現在も、消火活動を継続中です。しかし――……ッ!!」

「……また雷が……。今度は、南地区の方角か」

「至急、確認を!」

「ハッ!!」

「住民の避難を最優先に。この際、鎮火は避難を完了させてからで構いません。出来る限り、燃える建築物モノが無い場所へ!」

「――……ガゼル伯爵!」

「どうしましたっ!?」

「東地区の一部で、暴動を……!」

「!?」

 帝国領の南方領の一部を治めていたガゼル子爵家当主であるフリューゲルは、一年前に伯爵の位を皇帝代理クレアから叙勲される。
 その理由は帝都襲撃に際して樹海の女勇士パールと飛竜ワイバーンの活躍が有り、その功績から彼女パールを樹海の領主として帝国貴族の一人に取り立てるのと並行し、その助力をしたという功績ことで爵位をガゼル子爵家当主フリューゲルも伯爵位を得ていた。

 そして多くの帝国貴族達が消失し空白となった領地を纏める形で、南方領地の大部分をガゼル伯爵家が代表して治める事となる。
 言わばローゼン公爵家やゼーレマン侯爵家に並ぶ、帝国貴族の一角を担う立場となっていた。

 しかし急速な領地と権力の拡大は、人員不足に伴いこの異常事態への対応を完全に後手に回らせている。
 特に新たな伯爵家の都市に選んだ場所では地盤固めも完了しておらず、住民達の支持や掌握も途中の段階だった。

 そしてこの異常現象が、激しい気性を持つ都市の住民達を凶行に走らせる。
 各場所で避難誘導をしていた兵士達を襲って武器を奪い、商店や民家から物資を強奪して襲い始めていた。

 それを聞いたガゼル伯フリューゲルは表情をけわしくさせ、周囲の騎士や従者達に呼び掛ける。

「皆さんは避難の対応を! 私が一隊を率いて暴動をおさめます!」

「伯爵が御自身で、ですかっ!?」

「それは危険です! どうか伯爵は指揮施設ここに留まり、我々に御任せを!」

 自らも暴徒の鎮圧に向かう事を告げるフリューゲルに、周囲の騎士達はその場に留めようと諭す。
 しかし彼はそれに首を振り、自らの意思を伝えた。

「貴方達を信用していないのではありません。しかしこんな時こそ、領主である私自身が赴かねば誰も従ってくれないでしょうからね」

「!」

「他の方達は、住民の避難を最優先にお願いします。暴動の規模は分かりますか?」

「確認できただけで、十数名は!」

「では二十名ばかり動かせる領兵へいを、可能な限り集めてください! 暴徒を鎮圧後、私達も指定場所そとへ避難をします」

「……了解しました」

 人手不足の中、ガゼル伯爵は自ら危険な暴徒鎮圧に向かう事を決める。
 それは帝都襲撃に際して自ら前線に立った若きのローゼン公セルジアスの勇姿をならっての事でもだった。

 しかし四十代に差し掛かり中肉中背のガゼル伯爵には、まだ若く傑物染みたセルジアスのような武勇ちからは無い。
 それでも統治者として自ら前に出て事態に対応しなければ、南方を治める領主として誰も認めてくれないだろう事だけは彼も理解していた。

 そうして軽装ながらも鎧と剣を身に着けたガゼル伯爵は、二十名ばかりの領兵と二人の騎士を伴いながら都市内部の暴動が起きた場所へ向かう。
 すると兵士達から奪ってあろう剣や槍を持って商店を破壊し、物資モノを盗む暴徒達ものたちを発見した。

 その光景の中には女性にも暴行している姿見え、ガゼル伯爵は表情を険しくさせる。
 それでも伴って来た領兵達に視線で命じ、槍を突き向けながらその中央で首元に飾る拡声用の魔道具ペンダントで呼び掛けた。

「――……武器を置き、大人しく我々に従いなさい!」

「!?」

「私はフリューゲル=フォン=ガゼル、この領地を治める貴族ものです! 今すぐ略奪行為と暴行行為をめれば、その罪は可能な限り減刑する事を約束し――……」

「――……うるせぇっ!!」

「!!」

 ガゼル伯爵は暴徒達に対して呼び掛け、それ等の犯罪こうどうめるよう勧告する。
 しかしそれを聞いていた暴徒おとこ達は怒鳴り返し、武器を構えながらガゼル伯爵や兵士達に敵意と殺気を向けながら再び叫んだ。

「こんな状況で、何言ってやがるっ!!」

「もう世界は終わりなんだ! だったら、もう関係ねぇよっ!!」

「どうせ死ぬんだったら、最後に好き勝手やってやらぁっ!!」

 世界がまさに大事変を起こす様相を目にした暴徒達は、自ら人間として理性を捨て本能のまま行動している。
 その暴言を聞いたフリューゲルは丁寧だった口を歯軋りさせながら、暴徒達に怒鳴りを向けた。

「……なんと、おろかな……。……お前達、それでも理性を持った人間なのですかっ!!」

「うるせぇっ! 貴族のおっさんが、上から偉そうにっ!! ――……お前等、コイツ等もやっちまえっ!!」 

「オォオオッ!!」

「!!」

「伯爵、御下がりをくださいっ!!」

 暴徒達は獣のような咆哮おおごえを鳴らし、武器を持って展開している二十名前後の領兵と騎士を含めたガゼル伯爵に襲い掛かる。 
 そうして両者は激突するように武器を交え始め、人間同士の争いが始まった。 

 しかもその争いの呼び声は近くで強奪していた暴徒達にも聞こえ、報告以上の暴徒達がその場に駆け付ける。
 そして最初こそ数と質で勝っていたはずの鎮圧部隊が、五十名以上の暴徒に囲まれる事になってしまった。

 すると暴徒を退け引いた騎士と背中合わせに剣を握りながら構えるガゼル伯爵は、苦々しい声を零す。

「――……まさか、これ程の人数かずが暴動に加わっていたとは……。……いや、報告に聞いた頃より増えたということか……」

「伯爵、このままでは……!」

「分かっています。しかしこの場で治めなければ、次々と暴動が起きてしまう。そうなれば、世界異変じたいおさまったとしても……!」

「――……ウォオオオッ!!」 

「!?」

 この事態で暴徒が増え続けている現状を見たガゼル伯爵は、それを拡散させない為に思考を巡らせこの場を治める方法を必死に考える。
 しかしそんな対応など間に合わず、薄暗い路地から襲い掛かって来た暴徒の一人がガゼル伯爵に槍を突き向けた。

 それを傍に居る騎士が長剣で防ぎながら受け流して止めるが、暴徒おとこはそのまま騎士に激突する。 

「グ……ッ!!」

「――……今だぁああっ!!」

「!?」

 騎士が押し倒されて起き上がれなくなった瞬間、更に同じ路地から出て来た暴徒おとこが長剣を持ってガゼル伯爵に襲い掛かる。
 明確な敵意と殺意を持って突撃して来る暴徒に対して、ガゼル伯爵は僅かな怯みを見せながらも自らの剣で打ち合い迎撃した。

 しかし同じように激突して来た暴徒は、そのままガゼル伯爵を押し倒す。
 するとその衝撃で長剣を手放し離してしまい、彼は無防備となってしまった。

 そんなガゼル伯爵に対して、長剣を握ったままの暴徒おとこは刃を下に向けながら激情した表情かおを向けて叫ぶ。

「死ねぇえっ!!」

「伯爵っ!!」

「ッ!!」

 降り掛かる狂気のやいばに、ガゼル伯爵は思わず目を閉じる。
 領兵達は他暴徒への対応で精一杯であり、騎士も押し倒した暴徒に長剣を突き刺しながらも助けに入れる状況ではない。

 そうして死を覚悟したガゼル伯爵の脳裏には、自身の走馬灯きおくが浮かぶ。
 幼き頃から現在に至るまでの間、走馬灯そこには死んだ家族と生きている家族の姿が思い浮かんだ。

 すると次の瞬間、ガゼル伯爵の耳に鈍く響いた音が届く。
 しかし背中以外に自身の痛みを感じず、それに困惑しながら彼は目を開けた。

「……!?」

 瞳を開いたガゼル伯爵は、目の前に居たはずの暴徒おとこが居なくなっている事に気付く。
 そして周囲を見ると、自身の傍に黒い外套マントを羽織った見慣れる者が立っていた。

 するとその男の先には、先程の暴徒おとこが倒れて口から血を吹き出している光景が見える。
 それを目撃したガゼル伯爵は、驚きながらも上体を起こしながら問い掛けた。

「あ、貴方は……!」

「――……お前はやっぱり、母親似だな。一目見て、すぐ分かったぜ」

「え……」

 目の前に居る男はそう口にし、領兵達を襲う暴徒達の方へ歩き始める。
 そして起き上がった騎士はガゼル伯爵に駆け寄り、あの男を見ながら問い掛けた。

「伯爵! 御無事ですかっ!?」

「え、ええ。……あの方が、助けてくれたようで……」

「何者でしょう。あの風体、ただの住民には見えませんが……」

「……私が、母親似なのを知っている……?」

 二人はそうした会話をし、自分達を助けた男の背中を見る。
 頭髪は長くも整えられておらずボサボサな黒髪であり、服装や雰囲気が一目見ただけでは一般人とは思えない。
 
 それでもガゼル伯爵は、自分の姿を見て母親似そうだと話した男の口振りを気にする。
 すると領兵達を囲む五十名以上の暴徒達を見て、男は小言と溜息を漏らした。

「……だから、帝国このくに民衆やつらは嫌いなんだ。……こんな暴徒やつら、守る価値なんてねぇさ」

 男はそう呟き、黒い外套マントを広げながら自身の両腕を広げる。
 その両手には黒い魔石と共に構築式が刻まれた布手袋グローブが付けられており、男は地面に浮かぶ自身の影に両手を付けた。

 すると次の瞬間、男の影が縦横無尽に周囲へ伸びる。
 暗雲によって薄暗くなった周囲には様々な影が散乱し、それ等を仲介して伸びる影が全て暴徒の影に付着した。

「!?」

「な、なんだ……!?」

「身体が……動かない……!!」

 暴徒達は自らの意思で首すらも動けなくなったことを理解し、驚愕の声を漏らす。
 すると影を伸ばして付けた男は地面かげに着けていた右腕を引きながら右拳を握り、それを思い切り影が在る地面へ叩き突いた。

 それと同時に、動きが止まった暴徒達が一斉に血を吐き出す。

「ガハッ!!」

「な……ぁ……」

「!?」

「……な、何が……!?」

 突如として動きを止めた暴徒達が大量の血を口から吐き出すのを見て、領兵達は困惑と動揺の表情を浮かべる。
 それを見ていた騎士は、自分達の目の前に見える男が魔法を行使した事に気付いた。

「まさか、アレは魔法……!? だが、あんな魔法……見た事が……」

「……まさか、アレは『影縛りシャドウバインド』……」

「伯爵、あの魔法を御存知なのですか?」

「え、ええ。術者じぶんの影を伸ばして対象者の影に付け、動きを封じる魔法です。……それに、その後の攻撃は……おそらく『影撃ちジャドウアタック』。繋げた影を介して、対象者に攻撃の衝撃インパクトを与える魔法です」

「そんな魔法があるのですか……!?」

「ええ。……でもこの魔法は、一般の魔法師には知られていません。ある魔法師が開発した、秘術指定されている闇属性魔法です」

「秘術……」

「でも、コレを開発して使えた魔法師は……しかも、これほど高度にまで発展させたのは……ただ一人だけ……」

「伯爵……!?」

 ガゼル伯爵はそう呟き、目の前の男が使った影を用いた闇属性魔法の詳細を語る。
 まるで誰かに教えられた事があるかのように話す彼は、そのまま前へ歩み出ながら男に近付いた。

 そしてその男の背中を見ながら、ガゼル伯爵は問い掛ける。

「ヒルドルフ、兄さんなのですか……?」

「……」

「その影の魔法をこれほど高度に扱えたのは、帝国ではただ一人だけ。私の実兄あに、ヒルドルフ=フォン=ターナーだけです。……本当に、兄さんなのですか……!?」

 そう問い掛けるガゼル伯爵に対して、男は地面かげに着けていた両手を離して上体を起こす。
 同時に伸びていた影が解かれ、血を吐き出した暴徒達は一斉にその場に倒れ込んだ。

 そして男は振り返りながら、ガゼル伯爵に顔を見せ声を向ける。

「――……よぉ。……随分とふとったな、フリューゲル。少しはせろよ」

「……やっぱり、兄さん……。……ヒルドルフ兄さん……!!」

 苦笑くしゅうを浮かべながらそう言葉を向ける懐かしき実兄ヒルドルフに、ガゼル伯爵は貴族としてではなく弟フリューゲルとしての顔を見せる。
 そしてじぶんとは真逆に痩せ細っている実兄ヒルドルフに駆け寄り、その手を握りながら涙汲む様子を見せた。

「生きて、生きておられたのですね。……本当に、良かった……っ」

「……皇子ユグナリスの奴からは、何も聞いてないのか?」

「え? いえ、何も……」

「そうか。……俺は今、傭兵をやっててな。今は皇子ユグナリスに雇われてるんだ」

「傭兵になったのは、風の噂で。しかし、ユグナリス殿下に雇われているとは初めて聞きました……。……帝国ここに戻っておられるなら、早く顔を見せて頂ければ良かったのに……!」

「すまんな。――……暴動ここは、俺に任せろ。お前はやるべき事をやってこい」

「し、しかし……」

「家族料金ってことで、今回は格安にしといてやる。……ま、それでも俺はたけぇぞ?」

「……はい、お願いします!」

 ヒルドルフはそう言いながら、元特級傭兵のドルフとしてガゼル伯爵フリューゲルに味方する事を伝える。
 それを聞いたガゼル伯爵は、信頼できる頼もしき実兄みかたを得る事が出来た。

 そうして拡大しようとしていたガゼル伯爵領地の都市暴動は、たった一人の傭兵おとこによって鎮圧されていく。
 それは『影の魔法師シャドウハンド』と呼ばれた特級傭兵ドルフの本領であり、かつてのアリアに『闇属性魔法だけは格上』と称させた実力を遺憾なく発揮させた。

 しかしこの暴動じたいは、ガゼル伯爵領地だけで起きている状況わけではない。
 帝国ガルミッシュのみならず、各国の民衆達も一変する光景に世界の終わりを感じ取り、まるで理性を欠いた獣のような凶行に及ぶ者達が現れていた。

 それでも各地の指導者達は、暴動それの鎮圧に対応している。
 しかしその脳裏には、この事態じたいを一刻も早くおさめてくれる『英雄ヒーロー』が居ることを願っていた。
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