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革命編 八章:冒険譚の終幕
仲裁の対話
しおりを挟む復活し激突した【始祖の魔王】と【鬼神】の戦いに、魔大陸の到達者である【覇王竜】と【魔獣王】が加わる。
その二匹によって二人は捕食されそうになるも、それを止めたのは同じ魔大陸の到達者であり悪魔族を統括する【悪魔公爵】バフォメットだった。
更にその【悪魔公爵】すら従える存在、【魔神王】ジャッカスも現れる。
彼は鬼神と面識がある様子を見せ、この聖域で起きていた戦いを仲裁し止めて見せた。
そうして到達者同士が放つ敵意の波動が落ち着き、人間大陸の天候が落ち着きを見せ始める。
暗雲と共に暴風と豪風が降り注いでいた天候は止まり、裂けるように出現していた次元の断裂が閉じ、その狭間から発せられていた雷撃が雷鳴だけが響く状況となった。
そんな天候を視認した『青』は、暴風と豪雨が晴れ始める孤島から聖域の方へ視線を向けながら呟く。
「――……戦いが止まった……?」
「なに?」
「天候や大気の流れも落ち着き始めている。……これは、決着したのか」
「どちからが勝ったのか? ……まさか、エリクが……」
「……いや、巨大な生物の影が聖域に現れたようにも見えた。……何か、別の事態が起こったのか?」
隣に立つシルエスカは『青』の呟きを聞き、状況に変化が及んだ事を察する。
すると少し離れた場所で立っている武玄と巴の傍に立つエアハルトが、自身の鼻を動かし何かを嗅ぎ取りながら呟いた。
「――……この匂いは……」
「どうしました?」
「……俺と似た、魔力の匂いを感じる」
「えっ」
「……この匂いの数、まさか……!」
「!?」
「お、おいっ!!」
エアハルトは遠く離れた聖域から漂う魔力の匂いを嗅ぎ取り、そこに何が居るのかを無意識に理解する。
すると人間形態から人狼形態の姿に変化し、自身の肉体に雷撃を纏いながら海へ走り出した。
そして海に足を着水させた瞬間、エアハルトは足裏に溜めた生命力で水面を弾きながら四足を駆け出させる。
海の上を走るエアハルトの姿を見たそれぞれの者達は驚愕し、互いに声を漏らした。
「彼はどうしたのです、急に?」
「狼獣族の鼻が、何かを嗅ぎ取ったのかもしれん。……もうすぐ天候が落ち着き、魔力の流れも戻るはず。転移が出来るようになったら、我々も聖域に向かおう。……覚悟は備えておけ」
「……ああ」
先んじて向かい始めたエアハルトの動向を見て、『青』やシルエスカ達も聖域へ向かう事を決める。
そして更に天候が落ち着くのを待ち、転移魔法が可能になる時まで心構えをしながら待った。
そうした一方で、【魔神王】ジャッカスに諭された者達は聖域の地面に足を着ける。
ジュリアやフォウルもそれに従い、その場には巨大な二匹も含めた六名の到達者達が顔を見せながら対話する様子を見せていた。
そうした場において開口一番に口を開いたのは、その話し合いの場を設けたジャッカス自身でもある。
「――……じゃあ、最初に俺達の話からしよう。フォウルの旦那やジュリア様は、知らない話だと思うから」
「……知らない話?」
「五百年前だっけ? その時に起きた天変地異の後に、俺達が居た村に一人の……人間の女の子が現れた」
「!」
「でもその子は眠った状態でさ。それから何年や何十年……何百年経っても、歳を取らずに眠り続けてるんだ」
「……それが、アイリか?」
「俺達も、最初はその子の素性がよく分からなかったんだ。……でもその子を見ると、無性に懐かしくて。それでいて、その子を知ってるような気がするのに思い出せなくて……。……それでその子が誰なのか知る為に、村の皆やジークヴェルトの国も一緒になって、色々としたんだけど。それでも、思い出せなくて……」
「……」
「……それから、百年くらい経った後だ。村に、その子にそっくりな人間の女が現れたんだ」
「え?」
「その女がさ、眠ってる人間の女の子が居ないかって尋ねて来たんだよ。……そして、その子について色々と教えてくれたんだ。その子の名前がアイリで、その子は……俺達の村で育った女の子だって」
「!!」
「そんで、その子の育て親は俺なんだって言ってさ。最初は何言ってんだって思ったんだけど……でも、そう言われると。その子を見てる時に感じる俺の感情に、なんか納得してさ」
「……その女ってのは? 名前や見た目は?」
「名前は、えっと……こう名乗ってた。クロエって」
「!?」
「クロエ……!?」
「サキュバスみたいに黒髪と黒い目で、若い人間の女だった。その子も見た目は凄く似ててさ。転移の術を使ってたから、多分……人間が進化するっていう、聖人だったんじゃねぇかな?」
「……『黒』が、四百年前に魔大陸に行ってただと……?」
ジャッカスの話す言葉に、フォウルもジュリアも互いに驚愕した面持ちを深める。
するとその話は続けられ、四百年前に現れたという『黒』が伝えた言葉が明かされた。
「その人間の女ってのが、こうも言ってたんだ。『だいたい四百年後に、百年前と同じような事が起こる』って」
「!」
「『その時に、魔大陸の到達者はマナの大樹が見えるまで何もしないでくれ』って言われてさ。……俺はついこの間まですっかり忘れちまってたんだけど、バフォメットさんが覚えててくれててよ。助かったぜ」
「はい。彼女は『創造神』の片割れですから、それが彼女の伝えた未来であると理解しておりました」
苦笑いを浮かべるジャッカスに対して、隣に控えるバフォメットは微笑みを浮かべる。
そして視線を集める二人に対して、ジャッカスは自身が関わってくる話を続けた。
「で、それを聞いてからバフォメットさんに頼んでよ。配下のヴェルフェゴールさんって悪魔に、人間大陸の監視を任せたんだ」
「!」
「それから三百年くらい、特に人間大陸には異常も無いって報告が届き続けてたんだけど。……でも、三十年くらい前だっけ? ヴェルフェゴールさんから、いきなり人間と契約して願いを叶えたから魂を献上しますとか声が届いてさ」
「!?」
「それでもう一人と契約しながら人間大陸の監視をするって、いきなり言われてさ。とりあえず貰った魂はバフォメットさんに頼んで輪廻に返してもらって。そしたら三年前に『今から契約を反故にした者の魂も納めます』とか言って来て、要らないからって放っておくように伝えたんだ」
『……それが、ウォーリスの時か』
ジャッカスは配下である悪魔が届けた魂の扱いについて教え、その言動から精神内で聞いていたエリクがウォーリスに及んだ出来事を思い出す。
あの時、ウォーリスと契約し精神内部に留まっていたヴェルフェゴールは、契約を破った代償としてその魂を回収しようとした。
しかしそれを途中で止めると、そのまま魂を奪わずにウォーリスの精神内部から消えてしまう。
それが崇拝する【魔神王】の命令を受けたからであり、それを推察していたアルトリアの言葉を傍で聞いていたエリクは、それによってウォーリスの魂が奪われずに済んだ事を理解した。
フォウルもまたそれを聞いて納得しながらも、この場に訪れたジャッカスについて尋ねる。
「……それで、今回はマナの大樹が現れたから出張ったってことか?」
「いや、それもあるんだけど。この二匹が猛スピードでマナの大樹に向かってるってバフォメットさんが教えてくれてさ。二匹ともマナの実が大好物だから、二人を喰う気なんじゃないかって」
「……」
『マナの実は、俺達にとっては主食みてぇなモンだしな?』
『そうです。それに久しく食べてませんでしたし、ちょっと食べたいなと思っただけです』
「だからって二匹して食べに来ちゃダメでしょ! っていうか、アンタ等が来たら人間大陸が滅茶苦茶になりますって!」
『別にいいではないか』
『そうですよ。好き勝手をやってた人間達には、丁度いい恐怖にもなったでしょう』
「まぁ、そりゃな。でも魔大陸は基本的に人間大陸の連中には関わらないって決めてるし、アンタ等が動いちゃったら魔大陸でもえらい騒動になりますって。ジークヴェルトも怒ってましたよ?」
『むぅ』
『ふぅ』
改めて食欲に従い人間大陸に来た二匹の怪物に、ジャッカスは苦言を向ける。
それを聞き流すように顔を背ける二匹に対して、ジャッカスは溜息を漏らしながら二人に視線と話を戻した。
「まったく、自由奔放っていうのも考えものだなぁ。……あぁ、話がかなり逸れた。えっと、何処まで話したっけ?」
「……『黒』の予言を聞いて、人間大陸を監視してたってとこだな」
「そうそう。それであの時の女が言う通り、本当にマナの大樹が出てさ。……それでバフォメットさんが思い出してくれたもう一つの予言を聞いて、俺も来たんだ」
「もう一つの予言?」
「アイリって子が目覚める為に必要なモンを持ってる人間が、マナの大樹が現れた場所に居るって」
「!」
「……なるほど、そういうことか。『黒』は、未来も視えてたってわけだな」
ジャッカス達が伝え聞いた『黒』の言葉を聞き、フォウルは納得した様子を浮かべる。
そんな彼の様子を見たジャッカスは、僅かな驚きを見せながら問い掛けた。
「まさか、アンタなのかい? その必要なモンを持ってるって」
「違うぜ。この身体が組んでる相棒が、それを持ってる」
「マジかい! その相棒は、何処にいるんだい?」
「少し離れたとこに居るだろ。……お前、本当に【魔神王】になってんのか? 気配も弱っちいし、能力も小鬼の頃のままか?」
「いや、一応そういう形態にもなれるんだけどよ。あっちの姿は、なんか俺っぽくないからさ。普段は小鬼の姿になってるんだ」
「なるほどな。……さっき、ジークヴェルトとか言ってたな。あのエルフの坊主、元気にしてるか?」
「ああ、元気だぜ。今は魔王国の王様やってるよ。ヴェルズェリア様の後を引き継いで、【魔大陸を統べる王】なんて呼ばれてさ!」
「ほぉ、あの泣きべそ掻いてた鼻タレ坊主がな」
「アンタが村に来た時にはな。でも今じゃ、立派に他の魔族達と同盟とか友好関係を築く立役者になってるよ。そうそう、アンタの孫が統治してたっていう南の方も、ちゃんと仲良くやってるぜ。まぁ、たまにオーガが来て暴れたりするけどさ」
「そうか。……なんだかんだで俺達が居なくなっても、魔大陸はちゃんとやっていけてるみたいだな」
魔大陸の事について尋ねるフォウルは、懐かしむようにジャッカスと話を続ける。
しかしそうした話をする二人の傍らで、ジュリアだけは異様な表情を浮かべながらフォウルに声を向けた。
「……どういうことだ? クソ鬼」
「あ?」
「アイリを目覚めさせるモンを、あの女が持ってるだと? ……どうしてすぐに教えなかった?」
「……俺が言って信じたか? クソガキが」
「!」
「テメェは自分の目的ばっかで、周りを何も見てなかったろ。……そんなクソガキに無駄なことするくらいだったら、ボコった方が簡単だ」
「ク……ッ!!」
呆気を含むフォウルの言葉に対して、ジュリアは激昂を起こそうとする。
そんな二人の間を仲裁するようにジャッカスが割り込み、声を挟んだ。
「ストップ! 二人とも、喧嘩は止めてくれよ!」
「……チッ」
「フンッ」
「それよりさ、その相棒って人間から話のモンを貰いたいんだけど。フォウルの旦那、紹介してくれないかい?」
「……ま、それは別にいいがな。……お前はいいのか? ジュリア」
「!」
「テメェの方法以外で、アイリが目覚めるかもしれねぇぞ。……どうする? テメェのやり方を貫くか、それとも他人に委ねるか。どっちにする?」
「お、おいおい……フォウルの旦那……!」
「このクソガキが別の手段を受け入れなきゃ、俺達の邪魔をするだろ。仮にそれを受け入れても、だったら今すぐ人間大陸を滅ぼそうとするかもしれん。……だったら、その前にボコっておく必要がある」
「……」
別の手段で『アイリ』を目覚めさせる方法があると聞いたジュリアに対して、フォウルはそう尋ねる。
その返事によっては制止を聞かずにジュリアと戦う様子を見せるフォウルに対して、ジャッカスもその意思と本気を察しながら二人を交互に見た。
するとジュリアは歯を食い縛った後、ジャッカスを見ながら溜息を零して答えを返す。
「……はぁ……。……アイリが目覚めるんだったら、それでいい」
「ジュリア様……!」
「だが、もしアイリが今の世界に……人間達の姿に幻滅したら。……その時は、アタシが人間大陸を滅ぼす。それを止めるなよ?」
「ああ、いいぜ。嬢ちゃんがそれを望むんだったらな。……ま、その時は……お前と人間達の第三次人魔大戦が起こるだけだ」
二人は鋭い眼光を向け合い、互いに納得した答えを得る。
こうしてジャッカスの仲裁を得た二人は、自分達の意思を貫く形で事態の進展を選んだのだった。
応援ありがとうございます!
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