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終章:エピローグ
娘の悩み
しおりを挟むログウェルの死体と共に行方を眩ませたメディアに対して、『青』は結社の情報網を使ってその行方を探っている。
一方で共に居るアルトリアも魔導国に身を潜めながら新造艦を設計し、何かに備えるように準備を続けていた。
そうした日々の中、幾日か経った魔法学園に場面は移る。
学院内に広がる校庭に置かれた長椅子にて昼食を摂っていたアルトリアは、青い空を眺めながら残る設計部分を考えながら呆然としていた。
するとそんな彼女に、以前に昼食を誘って来た女生徒が歩み寄りながら話し掛けて来る。
「――……アリスさん、ここで昼食は食べてるんだ?」
「……そうね。忙しくない時は、たまにだけど」
「良かったら、私も一緒に良いかな?」
「……ええ、どうぞ」
微笑みながら共に昼食を過ごすことを問い掛ける女生徒に、アルトリアは応じて長椅子の片側に寄る。
そして開けられた空間に座った女生徒は、手に持つ弁当箱を開けながら笑いながら話し掛けた。
「これ、私が作ったんだよ。良かったら、一つどうかな?」
「……貴方の昼食でしょ、いいわ」
「あれ、嫌いなモノしかなかった?」
「……別に、嫌いなモノは無いけど。……ただ、貴方が嫌いなだけ」
「えぇ? そんなぁ……。私、貴方と友達になりたいだけだよ?」
「胡散臭い芝居は止めなさいよ。――……どういうつもり? メディア」
「!」
女生徒が笑いながら話し掛ける様子を見ながら、アルトリアは苛立ちの表情からその言葉を吐き出す。
すると驚いた顔をした女生徒は、その後に瞳を据わらせながら口元を微笑ませて問い掛けた。
「……なんだ、気付いてたんだ?」
「当たり前でしょ。今の私に近付いて来る奴なんて、現状だとアンタくらいしかいないわ」
「ちぇ、つまんないなぁ。せっかく友達になって信頼関係を築いてから、実は私でしたぁって驚かせてあげようと思ったのに」
「友達になる前に、母親としての信頼でも取り戻しなさいよね」
「あちゃちゃ、それを言われると心が痛むなぁ」
「実の娘を痛めつけたアンタに、親として痛む心なんてあるの?」
「うーん。まぁ、無いかもね」
女生徒に姿を偽装し魔法学院に侵入していたメディアに対して、アルトリアは誰も見聞きしていない状況で苦言を向ける。
すると改めて目の前に居るメディアに、この状況を問い掛けた。
「それで、どういうつもり? これも何かの遊戯?」
「娘と仲直りをしたかった。……じゃ、駄目かな?」
「無理ね。……その子の本物は?」
「いないよ。私が姿を変えてるだけだし」
「身分はどうしたのよ?」
「この姿で持ってるよ?」
「!?」
「私ってさ、各国にそれぞれの姿と身分が幾つもあるんだよね。移動も転移で可能だから、特に問題なし。ちょくちょく人間大陸に戻ってたりするし」
「……」
「やだなぁ、そんな顔しないでよ。わざわざ魔法学院に来たのも、本当に君と仲直りがしたかっただけだよ?」
「……それが無理だってのよ。……私はアンタが、死ぬほど嫌いよ」
「それじゃあ、死んでみる?」
「!」
嫌悪感と拒否感を強めた口調で言い放つアルトリアに対して、メディアは冷ややかな声と鋭い殺気を向ける。
それと同時に弁当箱に入ったフォークにミニトマトを刺し、赤い果汁を滴らせながらアルトリアの口元に近付けて言葉を続けた。
「私が本気なら、とっくに君は死んでるよ。魔導国の人達もね」
「……ッ」
「でも今の私に、君達と争うつもりはない。……その点だけは、安心していいよ」
「……今のアンタはね。……でも、将来は敵対する可能性もあるのね」
「それは、状況次第かな」
「状況?」
メディアはそう言いながらフォークを自身の口元に向かわせ、刺したミニトマトを口に含む。
そしてそれを噛んで飲み込んだ後、微笑みながら呟いた。
「うん。私、トマトが好きなんだよね。知ってた?」
「興味無いわ。……状況次第って、どういうこと?」
「ちぇ、つれないなぁ。……例の女の子、まだ目覚めてないみたいだよ」
「!」
「あの結晶だけじゃ目覚めさせるには足りないのか、それとも黒が嘘を吐いたのか。……それを見極めてから、行動しようと思ってるんだ」
「……まさか、また欠片を集める気?」
「それも一つの手段かなと思ってる。ま、その辺は情報が出揃った後に母さんと相談だね」
「!?」
「あら、察しなかった? ……私と母さんが一緒になった時に、魂の回廊を繋いだから。今は母さんとは意思疎通が可能なんだよ」
「……まさか、アンタを通して視てるの?」
「うん。なんなら話させてあげよっか?」
「……!!」
「手を触れて。そうすれば母さんと繋がるよ」
フォークを置きながら右手を差し出すメディアに、アルトリアは緊張感を高める。
しかし敢えてその手に触れずに視線を逸らし、立ち上がりながら苛立ちの言葉を向けた。
「アンタのその手には、もう乗らないわ」
「あらら? 別に何もしないのに」
「アンタの権能を植え付けておいて、何を言ってるのよ」
「でもそのおかげで、君は彼等に会えたんでしょ?」
「!?」
「アレもさ、ログウェルの頼みだったんだよ。私の娘に権能の一部を渡しておくようにってね」
「……ッ」
「私は反対したんだよ? 適性の無い魂が権能を使い続けたら、今の君みたいに魂を傷付けるだけだし。でもこれも、君の為だって言われてね」
「……私の為ですって? アンタ達の為にはなっても、私の為にはならなかった。この権能を持ってるせいで、何回も死ぬ破目になった。……いや。実際に私自身は消滅して、私だけが残る結果になった!」
「?」
「私はただ、アルトリアという女の記憶を持ってるだけの存在。……アンタの娘でも無ければ、本当の意味で彼等の仲間じゃない」
苛立ちと共にそう述べるアルトリアの言葉に、メディアは首を傾げる。
そして持参した弁当の中にあるミニトマトを再び口に含むと、それを噛んで飲み込みながら話した。
「そんなことを言ったら、私は私ですらないよ」
「!」
「私は母さんの器になる為に、権能と意識を分け与えられただけの存在。だから『メディア』なんて存在は、実際にはこの世にいない」
「……」
「私には、失うべき『自分』すら無いんだよ。……だからこうして、姿をコロコロ変えても順応できるんだけどさ」
「……アンタ……」
「皆が持ってる記憶や人格なんて、所詮は誰かによって作られたモノさ。無意識にしろ、意識的にしろね。……もし仮に、『自分』というモノを自分一人で作り出せる人がいるとしたら。それはきっと、ただの化物だよ」
「!!」
「だから私にとって、ログウェルは尊敬できた。たった一人で『自分』という化物を作り出して、それを最後まで貫き通したんだからさ。……私もいつか、『自分』を持てたらいいなぁ」
「……」
そう話すメディアの言葉に、アルトリアは蟠りを抱きながらも奇妙な共感を受ける。
『必要だから生み出された存在』という意識を持っている互いにとって、二人の言葉は自分の境遇と似た既視感を与えたのかもしれない。
するとメディアは弁当の蓋を閉じ、それを覆っていたシーツを包み戻しながら伝える。
「今日は話せて楽しかったよ。今度、君の御弁当も作ってあげるね」
「……要らないわ」
「あぁ、知ってるよそれ。反抗期ってやつでしょ?」
「そんなにとっくに過ぎたわよ」
「そうなの? うーん、親と子って難しいなぁ。どうしたらママと仲良くなってくれる?」
「永遠にならないわよ。あとママって言わないで、気色悪い」
「ははっ、酷いなぁ。――……ま、時間はたっぷりあるし。しばらくは学院に居るから、気が向いたら話し掛けてよ。色々と話してあげるよ?」
「話すことなんか無いわ」
「へぇ。君が作ってるモノの事とか、それを作ってからの目的とかも?」
「!?」
「子供が親に隠し事しようとしたって、すぐに分かるんだよ。じゃ、また午後の講義でね――……」
メディアはそう言いながら微笑み、女生徒の姿に扮したまま校舎側へ戻る。
その背中を睨みつつ背筋に浮かぶ冷や汗を感じるアルトリアは、深い緊張を溜息と共に吐き出した。
この一件について、アルトリアは『青』に報告していない。
仮に今の時点でメディアを下手に捕まえようとすれば、『青』や魔導国そのものが逆撃を受けて危険に晒される事を理解していたのだ。
それから嫌がるアルトリアを無視するように、女生徒は幾度も話す場を作り出す。
最初こそ不気味な母親の思惑を警戒し続けたアルトリアだったが、次第にメディアが本気で仲良くなりたいだけなのだと理解し始めた。
むしろそちらの思惑に頭を悩ませる事になり、魔導国に居る間はアルトリアの気が落ち着かぬ日々が続いている。
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