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終章:エピローグ

森の子供達

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 ガルミッシュ帝国の南方に広がる樹海へ再び訪れたエリクは、そこで樹海の部族達と再会する。
 しかし以前に映し出された老騎士ログウェルとの戦いによって、神の伝承を信じる部族の者達は彼を『神の勇士』であると認識していた。

 そうした経緯で見知っているはずのパールの父ラカムに跪かれ頭を下げられたエリクは、同行者であるガゼル達の助けを受ける。
 恐慌にも似た状態へ陥っていたラカムの上体を起こした後、彼等は改めて天幕テントの中に入り話を行い始めた。

「――……お、御久し振りでございます。神の勇士様……」

「いや、前の呼び方エリオでいいんだが……」

「し、しかし。使徒様の勇士であった貴方が、神になられたのなら……」

「俺は俺のままだ。そこは変わらない」

「む、ぅ……」

 改めて対面するエリクと話すラカムは、僅かに言い淀む表情を浮かべる。
 すると二人の会話に指し挟む形で、隣に居るガゼル伯爵が言葉を続けた。

「ラカム殿。こちらの用向きを御伝えしたいのですが、よろしいですかな?」

「あ、ああ。そういえば、予定より早く御越しになられたな。……それに、そちらの方は……その姿、まさか……」

「そう、彼はローゼン公セルジアス様と申しまして。クラウス様の息子であり、アルトリア様の兄君で在らせられます」

「!!」

「――……御初に御目に掛かります」

 ガゼル伯爵から紹介された青年セルジアスの素性を聞くと、ラカムは動揺した面持ちから一気に驚愕を浮かべる。
 そして僅かに頭を下げて挨拶を述べたセルジアスは、改めてパールの父親ラカムに話し掛けた。

「ラカム殿。貴方が、パール殿の御父君ですね?」

「は、はい」

「私の妹と父が、貴方達親子には随分と御世話になったともガゼル伯爵から御聞きしています。改めて私から、御礼を申し上げます」

「……こちらも、その二人には世話それ以上の恩を返された身。御礼を述べるのであれば、こちらが先でしょうな」

 二人はそうして感謝を伝え、頭を下げる。
 そして互いに顔を上げた後、ガゼル伯爵から今回の要件を伝えた。

「実は、こちらから派遣している工事の護衛役。その一人であるドルフ殿が、今どちらに居られるか御存知ですか?」

「ドルフ……ああ、あの者か。それならば、こちらの中央集落ちゅうおうまで赴いている」

中央集落あそこに? 工事の護衛をしているはずでは……」

「実はこちらに応援へ来る予定だった若い勇士達が、|獲物の群れを発見したらしく。中央集落にも近い為、勇士達を集めて狩る話となった」

「その応援に、ドルフ氏も?」

「本当はここに来ている警備部隊ブルズたちを向かわせようと思ったのだが、気配読みに長けた警備部隊ブルズたちが離れるよりも、援護に向いた彼が合流するという話になり。向かってくれた」

「それはいつの話です?」

「昨日の昼頃だ。案内役が居れば、最短の道で罠を避けてもう中央集落むこうしている頃だろう」

「そうですか……。……ということのようですが、どうしましょうか?」

 ラカムの話を聞いたガゼル伯爵は、エリクに顔を向けながら問い掛ける。
 そしてエリクは特に考える様子も無く、自分がやるべき事を伝えた。

「決闘をやった場所か? だったら、俺は行く」

「待ってください。ラカム殿が仰ったように、実は樹海の中には罠があちこちに設置されておりまして。案内役が同行しないと、引っ切り無しに罠に掛かってしまいます」

「俺なら、突破は出来ると思うが」

「いえ、そうではなくて。設置しているのが警備部隊かれらで、それを破壊しながら向かってしまうのは……」

「そうか、迷惑になるか」

「はい。なので、案内役は必要かと」

「……誰かに案内役を頼めるか?」

 ガゼル伯爵の説得を受けたエリクは、罠が無い場所を通る為に樹海側から案内役を頼めないかラカムに問い掛ける。
 すると再び頭を下げたラカムは、自らこう述べた。

「では、私が……!」

「いや、お前は工事ここを指揮しているんだろう? 他の者でいいんだが」

「し、しかし……。神の勇士様を招くのに、私が赴かないのは色々と……」

「まずいのか?」

「と、言うより……事前に貴方の来訪を伝えていないので、中央集落むこうが大混乱に陥ると……」

「だ、大混乱?」

「貴方様の戦いを見て、勇士の中には敬う者も多く。特に若い勇士達は、熱狂的に……」

「……そ、そうか。……じゃあ、お前にそういう者達の抑え役を頼んでいいか?」

「お任せください」

 自分が樹海の勇士達から熱烈な信仰を受けている事を知ったエリクは、それを緩和する為に族長の一人であるラカムにその仲介と案内役を頼む事を了解する。
 そうした話を聞いていたセルジアスも、ラカムに対して声を向けた。

「ラカム殿。パール殿も、中央集落そこに居られぬのですね?」

「は、はい。大族長むすめもそこに」

「そうですか。では、私も御一緒してよろしいですか?」

「!」

 同行を求めるセルジアスの言葉に、ラカムとガゼル伯爵は驚愕を浮かべる。
 そんな彼に対して、エリクは首を傾げながら問い掛けた。

「パールに会いたいのか?」

「はい。樹海ここに来たのも、彼女と会う為ですから」

「どうしてパールに?」

「話があるのです。……彼女はどうも、隠し事が下手なようなので」

「そうなのか。……分かった。ガゼルおまえも来るか?」

「……私も、同行したいのは山々なのですが。まだ工事現場こちらでやる事もありますので。代わりに、同行しているこちらの護衛を御連れになりますか?」

「護衛はいい。俺は自分で、何とか出来る」

「私も結構です。これでも、自分の身を守れるくらいの鍛錬は欠かしてはいませんので」

「そ、そうですか。……分かりました。エリク殿、それにラカム殿。ローゼン公を御無事に、必ず帝国へ御返し下さい……」

「あ、ああ」

 セルジアスも同行する事が分かると、ガゼル伯爵は頭を下げながらエリクやラカムに頼み込む。
 それを聞き届けた二人は、セルジアスと共に中央集落へ向かう為の準備を始めた。

 各々が準備を進める中、セルジアスは自身の腰に宝槍である赤い槍を持参しており、動き難い礼服から身軽な衣服へ着替える。
 更に必要と思える物資を背負える鞄に持つと、事前に準備していたかのように手早く準備を終えた。

 エリク自身は大剣と荷物を持つ布袋以外は、特に様相に変わりも無い。
 するとラカム自身も石槍を持ちながら準備を終えると、二人へ問い掛けた。

「ゆっくりと急ぐの、どちらがいいですか?」

「急ぎでいい。今日中には到着したい」

「私も、それで大丈夫です」

「分かりました。――……では、全力で!」

 二人の答えを聞いたラカムは、樹海側へ身体の正面を向けながら走り始める。
 すると凄まじい速さで進み、巨大な樹木の根を飛び越え枝や蔦を活用しながら進み始めた。

 エリクとセルジアスはそれを追い始め、二人とも同じように障害物を難なく跳び越えて進んで行く。
 その背中を見送る事になったガゼル伯爵とその護衛を務める領騎士や領兵達は、唖然とした様子を浮かべながら呟いた。

「――……さ、三人とも……もう見えなくなった……」

「エリク殿と、ラカム殿は分かるのですが……。……何故、公爵もアレほどの身体能力が……?」

「父君に鍛えられたそうですからな。普通の人間わたしたちに比べたら、あの方も超人の部類に入るのでしょう……。……はは……」

「……」

 唖然とする周囲に対して、ガゼル伯爵は苦笑いを浮かべながらセルジアスの身体能力をそう認識りかいする。
 そして自分達ごえいが必要だったのか疑問に思う者達を他所に、エリク達はドルフやパールが居る中央集落へと向かった。

 巨大な根や草木などの障害物を容易く跳び越え掴みながら進むラカムに対して、エリクもセルジアスも淀みない動きで付いて来る。
 そしてエリク自身も隣を走り跳びセルジアスを見ながら、僅かに驚いた様子で話し掛けた。

「――……本当に、付いて来れるんだな」

「ええ! これでも、似た環境で一年ほど鍛えられましたので」

「……アリアは、そういう動きはあまり出来なかったが」

「妹は魔法などが得意になりましたが、身体を動かすのは不得意だったようで。私は逆に、魔法よりも身体を動かす方が得意だったんです」

「……兄妹なのに、そういう長所ところは違うんだな」

「はい」

「もしかして、お前も聖人なのか?」

「いえ、そういうわけでは。――……ただ、その素質はあると。幼い頃に、ログウェル殿から言われた事はあります。彼の弟子にならないかとも聞かれました」

「!」

「ただ私は、自分が強くなること自体に興味は無かったんです。――……興味を持ったのは、人々の暮らしを裏で支える者達の仕組み。私はそれを十全に活かす仕組みの作り方を考えていく方に、憧れたので。――……そうなったの、父上がそういう事を疎かにしがちだったせいもあるでしょうが」

「……そうか。……お前も、凄いな」

 セルジアスはその高い素養を活かさず、自身の興味で自ら公爵家ローゼンの跡取りの道を選んだ事を明かす。
 それを聞いたエリクは、幼い頃から自分の進むべき道を決めて歩んでいたセルジアスに尊敬できる部分を見出した。

 すると前方を走り跳ぶラカムが、後方の二人へ声を向ける。

「――……もうすぐ、罠を設置している地帯になる! 最短で抜けるので、上手く避けてくれ!」

「分かった」

「頑張りましょう」

 そうして一行はラカムに導かれ、樹海内部の罠地帯を突破し始める。
 あからさまな仕掛けや巧妙に隠された罠を飛び越え潜り抜けながら進む三人は、そのまま四時間ほど走り続けた。

 そして夕暮れ時で日が沈み始める頃、三人は中央集落の手前に在る崖上まで辿り着く。
 案内されたエリクは汗一つ掻かず疲れた様子は無かったが、逆にラカムとセルジアスは息を切らし汗を拭う様子が見えた。

「――……ハァ……ハァ……ッ」

「大丈夫か?」

「え、ええ……。……久し振りに、良い運動になりましたよ……」

「そうか」

 息を整える二人に呼び掛けるエリクは、振り向いた姿勢から正面へ視線を戻す。
 するとその先に見える光景を改めて訝し気に見据え、隣で肩を揺らすラカムに問い掛けた。

「ところで……中央集落あそこは、前に俺やアリアが来た場所と同じ場所か?」

「は、はい……」

「……普通に、家が並び建ってるが?」

「は、はい。建てましたので……」

「……そ、そうか。……凄いな」

 目の前に見える中央集落を見渡すエリクは、その景色にやや困惑した面持ちを浮かべる。
 その理由としては、集落とは呼べぬ規模に発展した町規模に在った。

 集落まちを囲む防壁は土と粘土を織り交ぜた強固で十メートルに近い高さで張られ、その周囲には木製ながらも立派な監視塔が建てられている。
 更にその周囲に布陣されている勇士と思しき者達の武装も鉄製こそ少ないものの、皮や木を素材とした防具や弓矢、更には弩弓ボウガンなどを含む武装へ進化していた。

 そして住み暮らす人々の姿も、以前までの原住民染みた様子とは大きく異なる。
 身に着けている衣服は帝国民と変わる様相となり、更に祭事の時にしか開かれていないはずの市場のような店も立っていた。

 物を運ぶのも木製の台車が用いられ、樹海に居なかったはずの馬や牛、更には山羊などの姿も所々に見える。
 更にその周囲には切り開かれた森と整備された道が存在しており、その道が周囲の各部族の村とも繋がり移動している光景も見えた。

 帝国に在る市町村と変わらぬ文明速度に、流石のエリクも動揺を浮かべている。
 しかしその後ろから歩み寄るセルジアスも、同じ光景を見ながらラカムに話し掛けた。

「……話には聞いていましたが。良い町になっているようですね」

「はい。これも、ガゼル達が協力してくれたおかげです」

「それは良かった」

「では、行きましょう。ここから少し迂回した場所で、町まで降りられます」

「あ、ああ――……!!」

 ラカムはそう言うと、崖下へ降りる為の道へ案内しようとする。
 それに付いて行こうとする二人だったが、エリクは何かに気付くように空を見た。

 すると足を止めながら、それを凝視して二人に呼び掛ける。

「何か、飛んでいる」

「!」

「……アレは、前に見た……」

 呼び止めたエリクに対して、二人は同じほうを見上げる。
 すると彼等の視界に映り、エリクはそれに見覚えのある様子で呟いた。

 そしてそこには、二つの翼を持つ一匹の青い生物が空から近寄って来る。
 体長は四メートル程の中型魔獣であり、その様相は魔獣種の蜥蜴リザードに似ていた。

 しかもその青い魔獣の背中には、人影らしき姿も見える。
 それを凝視するエリクは、改めて驚きの声を浮かべた。

「……子供か」

「え?」

「子供が、あの魔獣に乗っている」

「!?」

「ああ、アレは――……」

 驚く二人に対して、ラカムは落ち着いた面持ちで何か教えようとする。
 しかし青い魔獣とそれに乗る子供らしき姿は、そのまま中央集落に在る決闘場に降りて行った。

 それを眺めるエリクを他所に、セルジアスはラカムに問い掛ける。

「……まさか、アレは飛竜ワイバーンですか?」 

「その通り」

「しかし、色と体格が……」

「親の色とは違うが、そちらも知っている飛竜りゅうが一年前に生まれた子竜こどもだ」

「!」

「そして、あの子竜を従えているのは――……我が娘でもある、大族長パールの息子ライン」

「……パールに、子供がいたのか……!?」

 二人の会話を聞いていたエリクは、ラカムが述べた話に驚愕を浮かべる。
 しかしセルジアスだけは厳かな表情を浮かべながら、子竜の降り立った場所を見据えて呟いた。

「やはり、そういうことですか……。……ラカム殿、案内の続きを御願いします」

「あ、ああ」

 中央集落まで行く為に、セルジアスは案内を急かすように声を向ける。
 それを聞いたラカムは再び歩みを戻し、二人を連れて崖下へ降りる道へ導いた。

 エリクは先程と様子の違うセルジアスに気付き、改めて声を掛ける。

「どうした?」

「……いえ。……こちらの問題はなしです」

「?」

 敢えてそう言うだけに留めるセルジアスに、エリクは疑問を深める。
 それでも歩む速度は変わらず、三人は無事に中央集落まで辿り着いた。
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