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終章:エピローグ

小さな手に

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 センチネル部族の元族長であるラカムに案内を受け、エリクとセルジアスは樹海もりの中央集落に辿り着く。
 そこで最初に見たのは、大きく文明を発展させたような集落まちの光景だった。

 更に集落まちの上空を飛ぶ青い子竜ドラゴンが存在し、その背中には幼い子供が乗っているのをエリクは目撃する。
 それを聞いてからセルジアスの表情に僅かな強張りが見えながらも、二人は案内役ラカムと共に中央集落まちへ訪れた。

 集落むらを囲む防壁に設けられた門で、ラカムは監視役を務める勇士に呼び掛ける。
 するとラカムの顔を見て応じながら、その後ろに立つ二人の姿を若い勇士は問い掛けた。

「『――……後ろそっちの……まさか、神の勇士っ!?』」

「『そう、神の勇士エリオ殿だ。そしてもう一人は、神の使徒アリスの兄だ。集落むらの中に招く、開けてくれ』」

「『す、すぐに!』」

 若い勇士は慌てた様子を見せながら、ラカムに応じるように門を開けるよう伝えに行く。
 すると二分ほど経って門が外側へ開きながら上昇し、開いた門の先へラカムが先導して歩み始めた。

 そしてエリク達が門を通り中へ入ると、そこで身と頭を屈めながら祈るように跪く若い勇士達の姿が見える。
 再会したラカムと同様の姿を見せる勇士達に、エリクは再び憂鬱な気分を思い出してしまった。

 そんな勇士達かれらに対して、ラカムは問い掛ける。

「『例の、獲物の群れは?』」

「『大族長達が狩りに。それも終わったようです』」

「『なら、そろそろ戻って来る頃か。そういえば、ラインが飛んでいたようだが?』」
 
「『はい。大族長達と共に、子竜アレに乗って付いて行ったようで。狩り終わったので、先に戻ったのかと』」

「『大族長は許したのか?』」

「『はい。実際に自分達の狩りを見せた方が覚えも早いだろうと』」

「『そうか、パールらしいな』」

 自分達の言語ことばで話すラカムは、問題となっていた獲物の群れが既に狩られた後だと理解する。
 そして子竜に乗っていたラインが一人で居た理由も分かり、改めて後ろに立つ二人に呼び掛けた。

「大族長達は、狩り終わってもうすぐ戻る。貴方の探すドルフも一緒に戻って来るだろう」

「そうか、なら待つか」

「では、会議に使っている遺跡ばしょへ――……」

「――……ラカム殿、御願いがあります」

「ん?」

 族長会議で使っている遺跡へ案内しようとするラカムに対して、セルジアスは声を向ける。
 そして僅かに表情を強張らせた後、彼はある頼みを向けた。

「あの子竜に乗っていたという子供に、貴方の御孫さんに会わせて頂けませんか?」

「ラインに?」

「御世話になった彼女パールのお子さんでもありますし、帝国としても次期センチネル領の当主となる方の姿を一目だけ見ておきたいので」

「……まぁ、そういうことなら。……分かった、孫に会わせよう」

 不思議そうな様子を浮かべるラカムは、そうした理由で孫ラインとセルジアスを会わせる事を承諾する。
 するとラカムは先導して歩き出し、人通りの少ない防壁を沿いながら二人を連れて決闘場がある遺跡まで向かった。

 それに付いて行くエリクは、改めて隣を歩くセルジアスに問い掛ける。

「どうして、パールの息子に会いたい?」

「先程も述べた通りです。一目、見ておきたいんですよ」

「……やはり、アリアの兄だな。同じ顔をする」

「え?」

「アリアも嘘を吐くと、そういう顔になる」

「!」

「だから分かる。……お前にとって、パールの息子はここに来てまで会うほど重要な存在なのか?」

「……今は、何も聞かないで頂けると」

「そうか」

 二人はそうした会話を小声で交え、それから口を閉ざす。
 それに気付かないラカムは決闘場まで赴き、二人を案内しながら注意を向けた。

「この先には、飛竜りゅうの巣が在る。最近は部族の者達を見ても威嚇はしなくなったが、他所者あなたたちは警戒するかもしれない」

「パールの子供は、大丈夫なのか?」

「はい。孫はパールと同じように、飛竜達を従えています。飛竜達が自ら近付き懐いているのも、パールと孫くらいです」

「そうなのか」

 そう述べたラカムは、そのまま更に奥へ進む。
 そして観客席となっている場所へ辿り着くと、そこから舞台に居る孫へ呼び掛けた。

「『ライン!』」

「『――……じぃじ!』」

「……あの子が……」

 呼び掛けるラカムの先には、四メートル程の体格を持つ三匹の子竜と戯れる小さな子供がいる。
 そして『ライン』という名前を呼ばれると、その子は振り向きながら相手が祖父だと理解した。

 背は一メートルにも満たない子供の髪色は、母親パールと同じように日に焼け茶色が掛かった短い黒髪をしている。
 しかしその瞳は母親と違い、青く綺麗な瞳を持っていた。

 更に大族長の血筋である事を明かすように、その両頬には赤い紅が二本の線で塗られている。
 そんな子供ラインの姿を見たセルジアスは、更に表情の強張りを強めながら呟いた。

 するとラインは子竜達の傍から短い脚で駆け出し、祖父ラカムが居る観客席の階段を登って来ると、同じ段差まで辿り着く。
 そして駆け寄りながら、歩み寄る祖父ラカムに話し掛けた。

「『じぃじ! かり、いった!』」

「『聞いた。大丈夫だったか?』」

「『うん。かぁか、いっぱいとってた!』」

「『そうだろうな。狩りは楽しかったか?』」

「『うん!』」

「……」

 祖父ラカムの足にしがみつきながら楽しそうに話すラインを、その後ろで二人は見ている。
 するとラインも二人の存在に気付き、祖父ラカムに問い掛けた。

「『……じぃじ、だれ?』」

「『ああ。お前の母親を尋ねてきた、御客様だ』」

「『おきゃくさま?』」

 初めて見るエリクとセルジアスの姿に、ラインは不思議そうに首を傾げる。
 するとセルジアスは止めていた足を歩ませながら、片膝を床に着けながら可能な限りラインと視線を合わせるように話し掛けた。

「『――……初めまして。君が、ライン君だね?』」

「『!』」

「『……貴方は、私達の言葉が喋れるのか……!?』」

「『ええ、以前にパール殿に教わって覚えました。……初めまして、ライン君。私の名前は、セルジアスだ』」

「『……せるじあす?』」

「『そう、セルジアス。君のお母さんに、とても御世話になった一人だよ』」

「『かぁか、しってる?』」

「『うん、知っているよ。君のお母さんも、私をよく知っているはずだ。……聞いた事はないかい?』」

「『んーん』」

「『そうか。……そうだろうね』」

「『……まさか……!』」

 そう言いながら寂し気な表情を浮かべるセルジアスは、青い瞳を僅かに揺らす。
 するとその会話を聞いていたラカムは、ラインとセルジアスの顔を見ながら気付きの表情と言葉を浮かべた。

 しかし会話が聞き取れないエリクは首を傾げ、そうした三人の様子を見ているしかない。
 するとセルジアスは微笑みを戻し、ラインに優し気に話し掛けた。

「『君の手に、触れていいかい?』」

「『?』」

「『君が嫌なら、止めておくよ』」

「『じぃじ、いい?』」

「『……うむ』」

 セルジアスが触れたがる理由が分からないラインは、祖父ラカムにそれを問い掛ける。
 するとラカムもそれに応じ、ラインの小さな両手に触れながらセルジアスへ差し出させた。

 そしてセルジアスはラインの小さな両手に自身の両手で摘まむように触れ、再び寂し気な笑みを浮かべながら優しい瞳で呟く。

「『……小さな手だね』」

「『?』」

「『とても、小さな手だ。……これより小さな手の頃に、触れてみたかったよ』」

「『……』」

 そう言いながら顔を伏せたセルジアスは、ゆっくりとラインの幼い手から両手を離す。
 すると床へ着けていた膝を起こして立ち上がり、改めてラカムに帝国語で言葉を向けた。

「――……ラカム殿。私がここに来た理由は、御理解して頂けましたか?」

「……やはり、この子の種は……」

「そういう事です。……その事で、今回はパール殿と御話をさせて頂きたい」

「それは……!」

「――……集落むこうの方が、騒がしくなった」

「!」

 二人がそうした会話を行う傍らで、周囲の様子を探っていたエリクが集落側の変化に気付く。
 それと同時に上空へ視線を向けると、決闘場そのばに大きな影が一つ現れた。

 それを見たラインが、笑顔になりながら空を見上げる。

「『かぁか!』」

「!」

 ラインの言葉と共に、その影が子竜達の倍近くの体格を持つ赤い飛竜だと三人は気付く。
 そして赤い飛竜は舞台へ翼を羽ばたかせながら降下し、その背中から一人の女性が降り立った。

 するとその女性は黒い石槍を持った姿で、観客席に居る四人に視線を向けながら息を飲むような驚きを浮かべて声を発する。

「――……エリオ。それに、セルジアス……!?」

「パール殿……」

 二人の姿を見て驚くのは、親竜である飛竜を従える樹海の大族長パール。
 そんなパールと視線を交わすセルジアスは、真剣な表情で青い瞳を向ける事になった。
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