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終章:エピローグ
樹海の家族
しおりを挟む尋ね人を探す為に樹海の中央集落へ辿り着いたエリクとセルジアスは、そこで大族長であるパールの息子ラインと出会う。
一年前の『大樹事変』直前にアルトリアやケイルの介助によって生まれてから一年程が経ったラインは、幼くも成長した姿を見せた。
そうして出会った彼等の前に、ラインの母親であり大族長であるパールが親の飛竜に乗って帰還する。
するとパールとセルジアスは、息子を挟む形で約二年振りに再会を果たす事になった。
しかし二人の表情に笑顔は無く、互いに厳かな表情を浮かべながら舞台と観客席から睨むような視線を重ねる。
そんな物々しい様相を見せる二人に対して、エリクは敢えて空気を読まずにパールへ声を掛けた。
「――……パール、久し振りだな」
「エリオ……。あ、ああ。久し振りだ。……だが、どうしてお前達が……ここに……?」
「俺は、ドルフという男を探しに来た。お前と一緒に狩りに同行していたと聞いたが」
「ドルフ……。ああ、あの男か。だったら、もう集落に戻っているはずだ」
「そうか。――……ラカム、一緒に来てくれ」
「えっ」
「俺だけで行くと、部族の者達がまた混乱しそうだ。お前が仲介してくれ」
「あ、あ……しかし……」
目的の人物であるドルフに会う事を優先しようとするエリクに対して、ラカムは動揺した面持ちでセルジアスとパールの二人を見る。
するとエリクも二人を見比べながら、敢えて自身の言動の理由を伝えた。
「よく分からないが、あの男はパールと会う為に来た。だったら、二人に話をさせてやればいい」
「!」
「こういう雰囲気に、誰かが口を挟むのは良くない。……お前も、その方が良いだろう?」
「……そうですね。御気遣い、ありがとうございます」
「いや。――……行くぞ」
「あ……ああ、そうだな。――……『ライン、私は客人を案内して来る。お前は母と一緒に居なさい』」
「『うん』」
そう述べた後、エリクは観客席の階段を登りながら出入り口へ戻る。
ラカムはそれを聞くと、それに渋々ながらも応じる形で共にその場から離れた。
すると幼く帝国語を理解できないラインは、去っていく大男と祖父《ラカム》から背を向けて決闘場の舞台へ再び駆け戻る。
そして母親の傍に幼い身体で駆け寄り、その足にしがみ付くように小さな両手を付けた。
観客席側に一人だけ残されたセルジアスもまた、舞台の近くまで続く階段を降り始める。
そして境となる壁を隔てられながら、彼は真剣な表情を向けながらパールへ呼び掛けた。
「――……パール殿、御久し振りですね」
「……どうして、ここに来た?」
「皇后様から、暫しの暇を頂いたので。貴方に会いに来ました。……そして、その子にも」
「……っ」
「『母?』」
セルジアスの言葉を聞いたパールは、身を寄せる息子を身体で隠す。
そうした様子を見せる彼女に、セルジアスは口から溜息を零しながら言葉を続けた。
「やはり、そういう事ですか」
「何処で聞いた。……まさか、ガゼルか? それともアリスが喋ってしまったか?」
「……貴方ですよ」
「え?」
「貴方が帝国貴族の一員として樹海を領地にする事が決まった際、ガゼル伯爵家を寄り親にしたのは覚えていますか?」
「……ああ、それがどうした?」
「その際に、帝国の法として樹海の領地内に住む者達に帝国内の戸籍……つまり帝国内での身分証を作る事になったのも、覚えていらっしゃいますか?」
「……あ、ああ」
「で、その戸籍情報の更新は三ヶ月毎に一回。その中で生まれた者や死んだ者の戸籍情報も、その領地の領主が管理を行う事になる。……でも貴方はそうした事務が不得意なので、各部族の族長達に協力させながらガゼル伯爵家に人口調査と戸籍の更新を任せていましたね?」
「……!!」
「そう、貴方が一年ほど前に子供を生んだことは、そういう経緯で私にも伝わっていました。……何より一領地を任せている領主の息子です。前例のような問題になった以上、帝国側でそうした存在を正確に把握しないわけにはないので。その点は各領主達に徹底させています」
「……ッ」
「そして出生した頃合いから逆算すれば、貴方の生んだ子供の父親が誰かも分かる。……その子は、私の子ですね?」
「この子は、私の息子だ!」
「――……ガァアア……」
セルジアスの言葉を聞き、息子の情報が届いていた理由をパールはようやく理解する。
その失態に気付けなかったのは、帝国の仕組みについてまだ素人知識しかない若い彼女が、ガゼル伯爵家や他の者達を頼りにするしかない結果でもあった。
しかしセルジアスがラインを自分の子だと告げた瞬間、パールは威嚇するような表情を浮かべる。
更に自身の左腕で息子を庇うように覆い、石槍を握る右手を僅かに強めながら鋭く睨んだ。
それと連動するように、彼等を囲むように居る飛竜の親子達が反応する。
親である赤い飛竜は首を伸ばしながらセルジアスの方へ顔を振り向かせ、子竜達も二人の背後に歩み寄りながら威嚇するような鋭い眼光を放った。
そんな彼女達に対して、セルジアスは再び溜息を漏らしながら問い掛ける。
「何のつもりですか?」
「……子供を奪いに来たんだろ?」
「奪う……。……どうしてそう御考えなのか、理由を御聞きしても?」
「……違うのか?」
「違いますよ。私はただ、その事を知りながら放置するほど無責任な男にはなりたくないんです。その子に対しても、そして貴方に対しても」
「!」
「だからこうして、樹海まで会いに来ました。――……私達の事を、ちゃんと話し合う為に」
「……」
呆れ気味ながらも真剣な表情と口調を向けるセルジアスに対して、パールは警戒と威嚇を僅かに緩める。
飛竜達も主人の威嚇が解けたのを察したが、それでも警戒は解かずに二人の様子を見続けた。
するとパールは、身を寄せる息子に声を向ける。
「『飛竜達と遊んでいろ。……私は、あの男と話して来る』」
「『……母?』」
そう言いながら息子を飛竜達に任せたパールは、そのまま駆け跳びながら観客席側に立つ。
するとその傍に居るセルジアスと向かい合い、改めて問い掛けた。
「……それで、何を話す?」
「そうですね……。……まず、さっきの話を。どうして私が、貴方からあの子を奪うと思ったのです?」
「お前は真面目だ。だからあの子の存在を知れば、きっと樹海ではなく……自分の下で育てようとする。そう思った」
「……なるほど。……確かに、少し前の状況ならば。私もそう考えたでしょうね」
「!!」
「ただ、二年前に貴方は帝国貴族となっているので。そういう行いを私がすれば、帝国法によって裁かれるのは私になります」
「……え?」
「やっぱり御存知なかった……。……いいですか? 帝国貴族として生まれた子供についての帝国法があります。その中で領地と領主権限を持つ帝国貴族の法的権利として、当主は自分が親権を持つ子供についての扱い方に裁量権を得ます。そして今回、当主権限のある貴族家当主の私や貴方の間に子供が生まれた場合。その裁量権は親権を得られる当主同士の示談によって決める必要があるんです」
「け、権利……?」
「要するに、私と貴方であの子をどちらが引き取るか。その話し合いをして決めれば、どちらの領地で育てるか決められます。ただ当主権限に関するこの親権法は、片方が異性である場合に限るので。ほとんどの当主が男性で選ばれ易い帝国貴族の中では、あまり事例の無い状況とも言えますが」
「……で、でも。だったらお前は、あの子を自分の領地で育てたいと要求することも出来るんだろ……?」
「出来ますよ。ただその場合、示談相手や対象となる子供の納得……つまり、貴方と子供自身の意見も取り入れる必要があります」
「!」
「例えば、まだ幼い子供が自分で棲み暮らす親元を決められない場合は。幼少期をどちらかの領地で過ごすか両親で決めるとか。ある程度の教養や知識を身に着ける為に、それに向いた片親の領地で過ごせるようにするとか。そして自分の意思と意見を持つようになった子供に、どちらで過ごしたいか決めさせるとか。そういう単純な取り決めをするだけで、今回の問題は解消できたんです」
「……!!」
「ちなみに貴族家の子供は、幼い頃から家庭教師が付けられて教育を受ける場合がほとんどですが。本人の希望があれば、医療や魔法、もしくは知識や帝国法を学ぶ教育施設の学舎に入学も出来ます。アルトリアも魔法学院に通っていた時期に、医師免許を得る為には一年間の医療施設の従事しながら課題を終えて、医師試験を突破しています」
「……な、何を言ってるか分からないぞ……」
「私が提案しているのは、貴方と共に話し合い、あの子自身が自分の将来を決められる環境を整えること。そういう事です」
「……あの子、自身に……」
「あの子が望むのなら、このまま貴方の後継者として樹海で暮らす事も認められます。ただその示談条件として、私からあの子にも帝国領地の一つを委せられる知識を教える環境を整えさせて欲しい。……それがあの子の父親として、私がやるべき責任の一つです」
「……だが、お前も領地があるだろ? だったら……」
「ローゼン公爵家は、私の代で終わります」
「!?」
「元々は公爵家も、伯父上が父上の為に用意した爵位ですし。任せられるに足る人材を見つけた後は、領地を帝国に返還し適切な人材に振り分けて管理譲渡を行うつもりです。……なので、公爵家としての跡取りを必要としていません」
「だ、だが……そんな事をしたら。お前の領地に住んでる者達がバラバラに……」
「なりません。私はただあの領地を管理していただけの者で、あの領地を実際に動かしているのは、領民自身なのですから」
「!?」
「既にこの事は、皇后様や公爵家に仕える者達にも伝えています。実際に爵位と領地を返上するのはかなり先の話になるでしょうが、撤回するつもりもありませんよ」
「……だが……それが叶ったとして。その後はどうする?」
「ですから、それも貴方と話し合いたかったのです。……ただ私と違い、貴方からの信頼を私は得られていなかったようですが」
「!!」
「……親権に関する書類を持ってきているので、後でちゃんと読んでください。そして貴方の条件を記載して、ガゼル伯爵家を通じて公爵家に届けるよう伝えてください。……私は貴方の条件に、ただ従います」
提げていた鞄から複数の紙書類を取り出したセルジアスは、そのまま寂しげな笑みを浮かべながらパールに差し出す。
それを唖然としながらも受け取ってしまったパールは、そのまま背中を見せて去っていくセルジアスに動揺の声を向けた。
「お、おい!」
「私の用はそれだけです。では――……っ!」
「……ま、待て……っ」
動揺しながらも引き留めるパールは、セルジアスの右腕を左手で掴み止める。
しかし困惑しながら定まらぬ思考を回すパールに、セルジアスは顔を向けぬまま問い掛けた。
「何でしょうか?」
「……お……怒っているのか?」
「いいえ、怒っていません。貴方に信頼されていると自惚れていた自分が、情けなくなっただけです」
「!?」
「貴方の破天荒さには色々と苦労もしましたが、それでも私達の間には確かな絆があると思っていました。……けれど絆は、私の一方的な勘違いだったようです。申し訳ない」
「ち、違う! 私も、お前のことは信頼してる!」
「あの子の事を隠していたのに?」
「そ、それは……お前が知ったら、私達を樹海から連れて行こうとすると思って……」
「それは当たり前でしょう」
「ほ、ほら! やっぱり!」
「樹海には十全な医療機器を置いて扱える者を要した施設は、まだありませんよね。母子共に安全に出産するには、不向きな場所です」
「……え?」
「もし出産時に何かあれば、貴方や子供が命を落としていたかもしれない。……なら十分な環境を整えられる場所に貴方達を招き、私も出産の傍で立ち合いたかった。そして、貴方や私達の子供の未来を助けられるようにしたかった」
「……!!」
「けれどそんな考えも、全て独り善がりだったようですが」
「……セルジアス……」
顔を背けたままそう話すセルジアスを見て、パールはそうした思いを今まで抱かれていたのだと初めて理解する。
そして真面目さと強い責任感を持つ彼だからこそ、逆に自分の行いが今の彼にしているのだとようやく察し、パールは初めて子供の事を知らせなかった判断を強く後悔しながら表情を青くさせた。
するとセルジアスの右腕を掴んだままだった左手を離し、震える声を向ける。
「……私が、悪かった……」
「!」
「お前の事も、考えているつもりだった。……でも、そうじゃなかった……。……ごめん……」
自分の行いを鑑みられたパールは、そうしてセルジアスに謝る。
それを聞いた彼は背けたままだった顔を振り向かせ、僅かに口元を微笑ませながら言葉を返した。
「……貴方も子供も、元気そうで良かったです」
「!」
「それだけが、ずっと気掛かりでしたから」
「……っ」
「それに、貴方の故郷を実際に見れて良かった。……美しい森ですね、ここは」
「……ああ……そうだろ……っ」
柔和な口調で微笑み話すセルジアスに対して、パールは涙を見せながら自慢気な笑みを向ける。
それから二人の顔は緩やかに近付くと、彼等の子供や威嚇をしなくなった飛竜の親子に見守られながら、互いの唇を重ねたのだった。
応援ありがとうございます!
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