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終章:エピローグ

代弁者

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 ユグナリスの即位式典が行われるガルミッシュ帝国において、四大国家に連盟する各国の代表者を集めた国主首脳会議サミットが開かれる。
 そしてそこで議題に上げられたのは、非加盟国であるフラムブルグ宗教国家を再び四大国家の連盟へ再加入させるかという内容モノだった。

 それについて代表国であるアスラント同盟国の首相アスラント=ハルバニカは、宗教国家フラムブルグの再加入について賛成の意思を見せる。
 しかし次の回答者として選ばれたアズマ国の公卿家筆頭である一条ヒカル=院光《イチジョウイン》は、敢えて宗教国家フラムブルグの代表者として赴いた教皇ファルネに問い掛けを向けた。

 再加入した宗教国家フラムブルグは、二度と連盟国に対する戦争行為を行わないかどうか。
 その返答によってアズマ国の意見が決まる事が告げられると、教皇ファルネは僅かに動揺した面持ちを僅かな沈黙で鎮め、一条院イチジョウインに対して返答を向けた。

「――……人の心と同様に、人の行動に絶対はあり得ません」

「!」

「この場において、私が『誓う』という言葉で御返しする事は可能でしょう。……しかし時の流れが進めば、宗教国家フラムブルグもまた新たな時代を迎える時が来る。私は『繋がりの神』のように、その未来せかいは視ることはできません」

「では、誓えぬということかね?」

「この先の未来せかいについては、何も誓えません。――……しかし私という指導者が、そして私と同じく『繋がりの神』に準じ従う者達が健在である限り。フラムブルグ宗教国家が連盟に対して、再び神罰を加える事は無いでしょう」

「し、神罰……!?」

「この後に及んで、まだそのような……」

 教皇ファルネは自身の意見を発し、現状はともかく未来において連盟へ戦争を仕掛けぬ事を誓わない。
 しかもその言い方に対して各国の代表者達の中に怒りの感情と声が沸き上がり始めると、教皇ファルネは敢えて言葉を続けながら強気な口調を向けた。

「そもそも当時の宗教国家わがくにが条約に反して戦争行為に及んだ理由は、我等が奉る現人神アラビトガミ――……『黒』の七大聖人セブンスワンを主席国たるフォウル国が拉致し殺害した事態から端を発します」

「!」

「皆様も四年前の映像こうけいは御覧になったでしょう。あそこで映し出された黒髪の女性こそ、我等が神である『繋がりの神』、そして『黒』の七大聖人セブンスワンです。あの方は幾度も同じ姿で転生する神であり、その方に関する見解の違いによって現在の宗教国家フラムブルグは不安の渦中へ陥りました。決して神の存在も、そして神から発せられた言葉も、幻想の出来事ではありません」

「……ッ」

「その神を拉致し殺すという事態ことさえ無ければ、当時の宗教国家フラムブルグとてフォウル国やそれを庇うアズマ国に対して宣戦布告は行わなかったでしょう。結果論ではありますが、そのせいでゲルガルドなる邪神を信奉する者達を宗教国家わがくには据える事になり、私を含む敬虔な信者は利用されてしまった。――……それについて、フォウル国はどのように御考えなのか。私も御聞きしたいところです」

「!!」

 教皇ファルネは今まで落ち着いた面持ちから歳に見合わぬ怒気を含み、熱弁を披露しながらフォウル国の代表者である『牛』バズディール達を睨む。
 それに対して各国は動揺を広め、全員が返答を求められているバズディールに注目を集めた。

 すると腕を組みながら会議を視聴していたバズディールは、フォウル国としての意見を伝える。

「――……それについては、我等が仕える巫女姫様からの御言葉を賜っている。……確かに宗教国家フラムブルグと各国との戦争が始まった要因は、フォウル国こちらの行動に在る」

「!!」

「その責任について、言い逃れるつもりはない。――……しかしフォウル国としては、早々に宗教国家フラムブルグとの抗争を決着させ、当時の教皇と七大聖人セブンスワンのミネルヴァを抑えることで事態は治まるはずだった。……だがそれで済んだはずの争いを拡大させ、利益を得る為に戦争を続けたのは、お前達……人間の国々だけだ」

「な……!?」

「その火種はフォウル国こちらに在る、それは認めよう。……だが人間同士で続けた醜い戦争あらそいに、フォウル国こちらは何も関わってはいない。その責任まで負うつもりも、被るつもりもない」

「……っ!!」

 バズディールは腕を組んだままそう述べ、後ろに控える『戌』タマモや『申』シンも肯定するような頷きを浮かべる。
 それを聞いた代表者達は表情を強張らせ、魔人である彼等が人間国家に対して無感傷な態度を貫いている事を改めて理解させられた。

 そしてそうしたフォウル国の代表者達に対する態度に、ある連盟国の代表が立ち上がりながら怒気の言葉を向ける。

「――……そ、それはあまりにも無責任が過ぎる発言だっ!! 数十年にも及んだ戦争の原因が貴国にあると認めた以上、連盟の主席国としての人間国家の惨状にも責任は負うべきだろう!」

「……では、フォウル国われわれにどう責任を取れと言うんだ?」

「なっ!?」

フォウル国われわれは人間大陸から隔絶した地に住んでいる。本来ならば、人間大陸そちらのお前達に干渉する事すら難しい。またそこに棲む者達も、お前達との交流はほとんど無い。あるとしても、フォウル国こちらまで来れる一部の聖人達だけだ」

「……!?」

「何度も言うが、我々は早々に宗教国家フラムブルグとの争いは止めた。その結果としてゲルガルドなる者の手の者を宗教国家かのくに前教皇あたまに据えられたことも、人間達おまえたちが勝手に争い続けた事にも、我々は関わってはいない。……それは全て、お前達……人間が勝手にやっていた戦争ことだ」

「な、なんという事を……!!」

「それが事実である以上、フォウル国としては人間国家おまえたちに対する責任は一切ない。……そういう文句は、百万人以上の死者を死なせた当時の愚かな為政者達に言え」

「……な、なんだと……っ!!」

 そうした発言を向けるバズディールの言葉に、連盟国の代表者達は唖然とした表情を憤りに変わり始める。
 人間かれらの意思によって広がった戦争にフォウル国の責任は無いと言及した事で、戦争によって遺恨を持つ国々は一気にフォウル国へ檄した感情を向け始めた。

 そうしてフォウル国に対する怒りの声が放たれ始め、騒然とした様子を見せ始める
 すると司会役であるローゼン公セルジアスが、拡声用の装飾品ペンダントを起動させながらその前で両手を強く叩き会場内に音を響かせた。

「!!」

「――……皆様、静粛に御願いします」

 耳に響く炸裂音たたきと共に静かに流れるセルジアスの低い声に、全員がようやく静まり始める。
 すると改めて司会としての立場を戻したセルジアスは、アズマ国の代表である一条院イチジョウインに視線と声を向けた。

「それでは、話を戻します。先程の議題に対して、アズマ国の意見を御聞きしたい」

「……宗教国家むこうが誓うと言わぬ以上、反対するしかあるまい」

「承りました。――……当議題について、アズマ国はフラムブルグ宗教国家の再加入に反対する意見となりました」

 アズマ国側の意見を復唱するセルジアスの言葉に、連盟国の代表者達は僅かな動揺を浮かべる。
 そして続くように視線を動かしたセルジアスは、ホルツヴァーグ魔導国の代表者であるゼファー=ロッドに声を向けた。

「それでは続いて、代表国であるホルツヴァーグ魔導国の代表ゼファー=ロッド様。宗教国家フラムブルグの再加入について、御意見を御願いします」

「――……ふむ。……個人的にはともかく。魔導国ホルツヴァーグとしては、宗教国家フラムブルグの連盟再加入に賛成する」

「!」

宗教国家フラムブルグの持つ魔法、特に回復や治癒に関する技術は他の国を抜きん出ている。……その理由は、まさの土地の恵みと言えばいいのだろうな」

「土地の恵み……?」

「これは魔導国こちらの非公式な調査結果ではあるが。宗教国家フラムブルグを出身とする者には、『光』の属性魔力を適正とする者が多く生まれ易い。その理由は、まさに教皇殿が述べた『繋がりの神』に関する信奉であると魔導国こちらでは予想している」

「!?」

「魔力適正はその者の『魂』の持つ適正というだけでなく、生まれた環境によって育まれ伸びる場合が多い。『神』に対する強い信仰を抱く者に対しては、『光』の属性魔力を得易い場合が多いようだ」

「……そんな情報、初めて聞いたぞ……」

「現に、宗教国家フラムブルグ以外での国々では『光』の属性魔力を有する者は稀有な存在として重宝される。またその者の扱う治癒や回復の魔法を施される者に高額の対価で支払わせる事で、利益にしようとする者も多い。……逆に言えば、それを格安で提供し布教しようとする宗教国家フラムブルグに対して、邪魔に思う者さえいるだろう。ここに居る連盟国の中にもな」

「……ッ」

「魔導国としては、希少と言える『光』属性の適正を多く生み育てる環境の宗教国家フラムブルグは興味深い。故に魔導国は戦争においても、宗教国家には敵対ではなく同盟を組むことを選び、何とか争いを行うのを宥めようとしていた立場になった。……そうした意味で、今の宗教国家の在り方は魔導国としては人材的にも魔法的にも最も利が得られる最高の形だ。それを連盟に加え戻せるのなら、それ以上の利益は無い」

「……結局は、己の国の利益か……」

 席に座ったままのゼファー=ロッドはそう語り、魔導国ホルツヴァーグ宗教国家フラムブルグの再加入について賛成した理由を明かす。
 それを聞いた各国の代表者達は渋る様子を強め、魔法という価値観を重点に置き利益とする魔導国ホルツヴァーグの在り方に忌避を浮かべた。

 しかしそうした周囲の小声を無視するように、司会役のセルジアスは話を進行させる。

「当議題について、ホルツヴァーグ魔導国はフラムブルグ宗教国家の再加入に賛成する意見となりました。――……それでは、連盟主席国となるフォウル国の代表、バズディール殿。当議題について御意見を御願いします」

「……」

 呼び掛けられたバズディールは腰を上げ、二メートルを越える巨体を立たせる。
 人の姿こそしながも常人より二回り以上も大きな身体は改めて連盟国の代表者達に威圧感を与え、先程の言い様を見せたバズディールの意見に注目を向けた。

 そして会議場の視線を集めたバズディールは、フォウル国の代表として意見を述べる。

「……巫女姫は、宗教国家の再加入に反対する意思は無い」

「!!」

「しかし再加入するならば、宗教国家に対して条件を必要としている。……新たな教皇よ、それを聞く意思は?」

「……まずは、伺わせて頂きます」

「では、その条件を告げる。……宗教国家が行っている魔人への迫害、それを助長させている行為を禁じろ」

「!」

「巫女姫様を敬い信仰する我等を異教徒と称するのはまだいい、互いに違う神を奉るのは事実だからな。…だが人間大陸で生まれた無関係の魔人を、異教や異端と呼び虐げる手酷く扱い、あまつさえ奴隷として弄ぶ。そうした行為を、現教皇であるお前が全面に立って止めろ。そして、この場に居る他国の者達もだ」

「わ、我々も……!?」

「それを実行する意思が見られない場合、巫女姫様や我々はお前達に対して一切の協力や譲歩をするつもりはない」

 怒気を含んだ声でそう伝えるバズディールに、各国の代表者達は冷や汗を見せる。
 しかし教皇ファルネはそうした怒気を向ける姿に、自身の知人である黒獣傭兵団のマチスを思い出した。

 マチスもまた人間大陸で生まれた幼く未熟な魔人達が虐げられる姿に怒り、そうした行いをする人間に対する憎悪と憤怒の感情を抱えている。
 それと同様にフォウル国の魔人達もそうした内情があることを理解した教皇ファルネは、沈黙が生まれた会議場において返答を述べた。

「……その点については、こちらからもフォウル国に……いいえ、貴方達が奉る鬼神の巫女に対して要求があります」

「要求だと?」

要求それを承諾頂けるのなら、宗教国家わたしたちも魔人に対する対応を全面的に改善することを御約束させて頂けます」

「……その要求とは何だ?」

「今後、我が神に手出しをしないこと。そして神と類似する容姿を持つ者を迫害するような風潮の改善に、フォウル国自身も協力することです」

「!?」

フォウル国あなたたちがある者と手を組み、我等の神を百年余りも探しながら殺害し続けていたことは知っています。更に我等が神が転生を繰り返す都度、その可能性がある子を探し易くする為に、また殺め易くする為に、黒髪と黒目を持つ子を迫害する風潮を人間国家に流した貴方達の浅ましい行いを、自ら悔い改める為に取り払いなさい」

「!!」

 途中から怒気を含んだ力強い要求ことばを、教皇ファルネは返し始める。
 それを聞いた各国の代表者達の中には、初めて聞かされる情報に困惑した声が浮かび上がった。

「……何の話だ……?」

「両親とは異なる黒髪黒目の子供は、確かに不吉な忌み子だという噂を聞いた事が……」

「フォウル国は、そのような事まで裏でしていたのか……?」

「つまり宗教国家フラムブルグが各国と敵対し続けてた理由は、やはりフォウル国が関与していたという事ではないか!」

人間われわれの争いに関わっていないなど、どの口が宣うのか……」

「やはりフォウル国は信用できん! 我々人間を対等と思わぬこんな者達が、主席国のままで良いワケが無いっ!!」

「その通りだ!」

「無益までならまだマシだか、有害となっては笑えぬな……」

「……チッ」

 連盟国の代表者達は次第に荒げる声が目立ち、フォウル国の悪辣さを大声で咎め始める。
 その罵詈雑言に対してフォウル国の代表者達は表情を強張らせ、舌打ちを見せた。

 そうした場の中、バズディールは鋭い視線を教皇ファルネに向ける。
 すると淀みの無い真っ直ぐな瞳を向ける教皇ファルネは、改めて自身の感情を含めた宗教国家じぶんたちの怒りを教えた。

「貴方達や、貴方達の仕える鬼神の巫女が思う以上に。神を奪われ続け取り戻せなかった私達の無念と怒りは、とても大きいのです。……貴方達ばかりが被害者だと思うのは、傲慢が過ぎますよ。魔人達よ」

「……貴様……」

「私がここに来た理由の一つは、傲慢な魔人達あなたたちにそれを教える為です。――……我等の神を救う使命を叶えられずに散った同胞達、そして私に後を託した師ミネルヴァ様の意思を、貴様等のような浅ましき者達に、決して蔑ろにさせない為にっ!!」

「……!!」

 今まで怒気を含みながらも落ち着いた声色を見せていた教皇ファルネは、自身の声量だけで騒然としていた会議場の者達を震撼させ硬直させる程の怒声を放つ。

 それは『繋がり神』を信奉する事で多くの親しき同胞や師を得て来た彼女が、それを失いながも生き残り受け継いだ絆を世界かれらに伝える為の選択。
 『教皇』ではなく神に仕える代弁者エクソシストとして、死者達の思いを理解しない異端者達バカモノに立ち向える戦場へ赴いていたのだった。
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