8 / 25
第壱章──出逢いと別れ──
死せる君と。捌話
しおりを挟む
姉との月に一回の文通が私の楽しみになっていた。私の書いた手紙は彼が買い出しに行くついでにと、街まで届けてもらっている。姉と再会して数ヶ月、木々を彩る紅葉は舞い散る櫻へと移り変わっている。彼と出逢ったあの日から半年が過ぎ、私は何時しか彼の事を知りたいと思い始めていた。考えてみれば彼の事なんて、殆ど知らないに等しい。私ばかり情けない所を見せているのに、彼は何も語らない。思い切って今日の夜、過去の事について聞いてみようと、彼に話を持ちかけた。
彼は意外にも、素直に其れに応じた。てっきり断られるとばかり思っていた為に少し驚く。
「茶を入れたから、飲みながら話そう」
雲はなく澄み切った空には、満月と鼓星が煌めいている。二人分の湯呑みを持った彼は、欠けていない綺麗な方を私の前に置いた。安く手に入ったと、独特な芳香を放つ黄金色の液体の入った湯呑みに口を付けた彼は、焦らすように、でも淡々と話し始める。
彼の話は実に興味深かった。幼少期は家族の為に働いていた事、其処で彼の配偶者と出逢った事。戦争に傭兵として家を空けている間に、其の人は流行病で亡くなってしまった事。何れも私が経験し得なかった事だった。
また、彼は熱心なプロテスタントである。仏教の様に偶像崇拝はせず、聖書のみを信じるというものだ。彼が常に分厚い本を持っていたのもその為だろう。中に書いてある字は全て異邦語で何も読め無いが、其れでも興味を示す私に、彼はある一節だけを私に教えてくれた。
『For his anger is but for a moment, and his favor is for a lifetime. Weeping may tarry for the night, but joy comes with the morning.』
流暢な異邦語で紡がれる其の言葉は、意味は分からずとも、何故か心に響くものがあった。彼は此の一節は『怒りは一瞬、一晩中泣いても、朝が来れば喜びが訪れる』という意味だと言った。
茶も冷めた頃、私は異常な眠気を感じていたが、彼は其の原因は茶の所為だと言った。時が経つにつれ、眠さで段々と視界がぼやけてゆく。立つことも儘ならない私に彼は肩を貸してくれた。薄れ行く意識の中で、彼の優しさが身に染みて感じ、胸の奥が熱くなるのと同時に、大きな無力感に苛まれる。寝間の襖を捉えた其の時、とうとう私の意識は途絶えた。
彼は意外にも、素直に其れに応じた。てっきり断られるとばかり思っていた為に少し驚く。
「茶を入れたから、飲みながら話そう」
雲はなく澄み切った空には、満月と鼓星が煌めいている。二人分の湯呑みを持った彼は、欠けていない綺麗な方を私の前に置いた。安く手に入ったと、独特な芳香を放つ黄金色の液体の入った湯呑みに口を付けた彼は、焦らすように、でも淡々と話し始める。
彼の話は実に興味深かった。幼少期は家族の為に働いていた事、其処で彼の配偶者と出逢った事。戦争に傭兵として家を空けている間に、其の人は流行病で亡くなってしまった事。何れも私が経験し得なかった事だった。
また、彼は熱心なプロテスタントである。仏教の様に偶像崇拝はせず、聖書のみを信じるというものだ。彼が常に分厚い本を持っていたのもその為だろう。中に書いてある字は全て異邦語で何も読め無いが、其れでも興味を示す私に、彼はある一節だけを私に教えてくれた。
『For his anger is but for a moment, and his favor is for a lifetime. Weeping may tarry for the night, but joy comes with the morning.』
流暢な異邦語で紡がれる其の言葉は、意味は分からずとも、何故か心に響くものがあった。彼は此の一節は『怒りは一瞬、一晩中泣いても、朝が来れば喜びが訪れる』という意味だと言った。
茶も冷めた頃、私は異常な眠気を感じていたが、彼は其の原因は茶の所為だと言った。時が経つにつれ、眠さで段々と視界がぼやけてゆく。立つことも儘ならない私に彼は肩を貸してくれた。薄れ行く意識の中で、彼の優しさが身に染みて感じ、胸の奥が熱くなるのと同時に、大きな無力感に苛まれる。寝間の襖を捉えた其の時、とうとう私の意識は途絶えた。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる