死せる君と。

木蔦空

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第弐章──過去と真実──

死せる君と。壱話

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──舞子と出会って半年が過ぎた。
 
 初冬しょとうの肌を刺すような風も、新緑のさわやかさを感じさせる心地良い風へと変わっていた。舞子も最初こそ警戒けいかいしていたようだが、最近は家事を手伝ってくれたり、自分の話をしてくれたり、心を開いてくれている。数ヶ月前に再会した姉と月に一回文通しているようで、心做こころなしか顔が緩んできたと思う。貴族として生を受けたものの、次期当主の姉以外は見向きもしない、辛く悲しい過去を過ごしていたようで、中々に自己肯定感じここうていかんという物が低い。れでいて、次期当主で無いと言えども貴族の娘である事には変わりは無いため、一際ひときわ自尊心が高い。其の為か、些細ささいな一言で心を閉ざしたり、如何どうしても高飛車たかびしゃな口調になってしまうと言っていた。母国で奴隷どれいの様に扱われ、この国へ逃げてきた自分とは違う。だが、私は流行病はやりやまいで最愛の妻を亡くしている。家族が居ないというのは同じなのだ。

 或る時、舞子は私の過去について聞いてきた。こんなことを聞いてくるのは出会った時以来である。あの時は私も少し警戒していた為に話すことは叶わなかったが、今なら大丈夫だろう。長年心に封じ込めたの気持ちもようやく解放できる。

 十九世紀末期、私は世界の中心とうたわれた或る国にて生を受けた。だが、私の家はとても貧しく、幼い頃から働かざるを得なかった。勉学に励むことも叶わず、幼いながらも途方に暮れていた。仕事場の屋敷やしきで、大人からは良い様にき使われ、暴力を振られ、生を手放そうと考えていたその時、私の目の前に一人の少女が現れた。其の人は後に私の妻となる、雇い主の一人娘エヴィである。小さい頃から両親の愛情を目一杯受けて育ち、少し我儘わがままで高飛車な所があった。しかし彼女は誰よりも優しく、傷だらけの私をいつも気にかけてくれていたのだ。同い年だが境遇も性格も身分も違う彼女に私は何時いつしかかれていた。

 数年後、第一次世界大戦が始まり私は十代後半を迎えていた。別国に宣戦布告せんせんふこくしたものの兵が足りないと大幅な兵動員をした事により、私も傭兵ようへいとして戦地に赴かなくてはならなくなった。戦争での傭兵などただの駒に過ぎない。病気にかかればほとんど死に、傷を負えば衰死すいしする。そんな過酷かこくな環境で死なないはずが無いと思った私は、エヴィに数年越しの気持ちを伝えるべく兵服の儘彼女の元へ向かった。
「ウィーリ、用事と聞いたのだけれど其れは何かしら」
ひざまずく私に変わらない態度で彼女は聞いてくる。
「傭兵として生を全うする前に貴女あなたに伝えなければならない事があるのです」
「言ってみなさい」
「昔より貴女の事をおしたい申しておりました。命尽きるまでに貴女にこの気持ちを如何しても伝えたかったのです。」
胸が痛む程脈打っている。其れもそう、生まれて初めて好意を伝えたのだから。
「其れで、ウィーリは私を何の程度好いているのかしら」
顔を上げると彼女はこれ迄に無く、顔が紅潮こうちょうしていた。
「失礼を承知で申し上げます。貴女の何気ない仕草、言動が私の悪天の様な心に光を灯しておりました。ですが、それと同時に貴女の事を考えていると心が締め付けられる様に痛むのです。」
言うや否や彼女は細くしなやかな両腕を私に回す。予想外の行動に動けなくなってしまった。
「私は心惹かれた者とは結ばれないと思っていたけれど、やはり神は私を見ていてくださったのね」
信じられなかった。彼女もまた私の事を好いていたのだ。
「お父様がお許しになるかは分からないけれど、私と一緒になって欲しいの」
生きてきた中で一番幸せだった。涙を堪えるのに必死な程。
「喜んでお受け致します」
数日後、エヴィが半ば押し切る形で両親から承諾を受けた私と彼女は、質素な教会で契りを交わした。
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