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第弐章──過去と真実──
死せる君と。弐話
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兵として招集される直前に契りを交わした為に、エヴィと殆ど過ごす間も無く戦地に送り込まれた。鳴り響く銃声、次々と死んでいく戦友。最早心を無にしなければ生きて行けないと悟った。早く平穏な日々を取り戻す為、彼女の元に戻る為死力を尽くして慣れない武器を操る。連日鳴り響く銃声で頭が可笑しくなりそうだった。
或る時物凄い音が頭の中に鳴り響き、衝撃で意識を失った。気付くと其処は野戦病院で、傷付いた兵士達が呻だら呻き声を上げながら硬いベッドの上で横たわっている。途端、焼けるような痛みが頭…いや正確に言うと左眼付近に襲う。ガーゼに覆われた左顔半分に恐る恐る触れると、紅い血がべっとりと左手に付着した。それに左眼の視界が全くと言っていい程無い。
「君の左眼は銃弾にやられて、見るに耐えられない程無惨な事になっていたよ」
突然現れた年寄りな医者は少し枯れた声でそう言った。
「残念だが、其の儘放っておくと腐ってしまうから左眼は全て摘出した。君の命を助けるためだ、悲しまないでおくれ」
普通なら大事な目を失って正気では居られないはずだが、私が左眼を失って思ったのは妻に怖がられてしまうのでは無いかという事だ。
「私の左眼はどうなるのでしょうか。もし戦争が終わって妻の元に帰れるとなった時、左眼が無いと怖がられてしまいます」
「心配しなくても良い。君が戦争で生き残れたなら儂が義眼を作ろう。君の右眼と同じような物をね」
そう告げた彼は他の患者の元へ歩いていった。
戦争が始まって四年後、突然の高熱と全身の痛みに苛まれ、最悪死に至る恐ろしい感染症が世界中に蔓延し始めた。戦争で疲弊していた大勢の仲間も次々に感染して、死体の山が出来るほど死んだ。私も一度罹ったが、幼少期より劣悪な環境で過ごした事で身体は丈夫だった為、死ぬことは無かった。然し、私はこの時死んでいれば良かったと後悔する事になる。
終戦後、無事彼と再会して自分の右眼と瓜二つな蒼い義眼を貰い、彼女と住んでいた家へ戻った時、家にいた義父から彼女の訃報を伝えられた。原因は例の感染症だと言う。右眼から温かいものが頬を伝って流れる。婚姻関係になってから数日しか経っていないものの、誰よりも愛していた人が自分の知らぬ間に手の届かない場所へ行ってしまったのだ。目の前が真っ暗になり、途轍もない喪失感に襲われ、何も考えられなくなった。其れ程までに彼女の存在は私の心の支えだったのだ。
「娘が息を引き取る直前に、如何しても君に伝えたいことがあると遺した物だ。」
そう言って義父は彼女の遺書を私に手渡して来たが其の場では読まずに、込み上げる感情が心を支配する前に部屋を飛び出た。
彼女が亡くなったと聞いて数日は何も手につかず、自室で泣くだけの日々。落ち着く頃には目が開かない程腫れ、部屋は破れた本で荒れて、心は感情を失っていた。スーツであるのも構わずベッドで横になると、涙で皺だらけになった遺書を取り出し開く。腫れた瞼をこじ開け、それに綴られた文を一文一文確かめるように読んでいく。彼女の遺書に書かれていたのは、私に対する感謝と自分よりも長生きして欲しい、そして幸せになって欲しいと言う内容だった。最早彼女の居ないこの世界に居る意味は無いと思っていたのに、愛する妻の遺言に逆らう事は出来なかった。
或る時物凄い音が頭の中に鳴り響き、衝撃で意識を失った。気付くと其処は野戦病院で、傷付いた兵士達が呻だら呻き声を上げながら硬いベッドの上で横たわっている。途端、焼けるような痛みが頭…いや正確に言うと左眼付近に襲う。ガーゼに覆われた左顔半分に恐る恐る触れると、紅い血がべっとりと左手に付着した。それに左眼の視界が全くと言っていい程無い。
「君の左眼は銃弾にやられて、見るに耐えられない程無惨な事になっていたよ」
突然現れた年寄りな医者は少し枯れた声でそう言った。
「残念だが、其の儘放っておくと腐ってしまうから左眼は全て摘出した。君の命を助けるためだ、悲しまないでおくれ」
普通なら大事な目を失って正気では居られないはずだが、私が左眼を失って思ったのは妻に怖がられてしまうのでは無いかという事だ。
「私の左眼はどうなるのでしょうか。もし戦争が終わって妻の元に帰れるとなった時、左眼が無いと怖がられてしまいます」
「心配しなくても良い。君が戦争で生き残れたなら儂が義眼を作ろう。君の右眼と同じような物をね」
そう告げた彼は他の患者の元へ歩いていった。
戦争が始まって四年後、突然の高熱と全身の痛みに苛まれ、最悪死に至る恐ろしい感染症が世界中に蔓延し始めた。戦争で疲弊していた大勢の仲間も次々に感染して、死体の山が出来るほど死んだ。私も一度罹ったが、幼少期より劣悪な環境で過ごした事で身体は丈夫だった為、死ぬことは無かった。然し、私はこの時死んでいれば良かったと後悔する事になる。
終戦後、無事彼と再会して自分の右眼と瓜二つな蒼い義眼を貰い、彼女と住んでいた家へ戻った時、家にいた義父から彼女の訃報を伝えられた。原因は例の感染症だと言う。右眼から温かいものが頬を伝って流れる。婚姻関係になってから数日しか経っていないものの、誰よりも愛していた人が自分の知らぬ間に手の届かない場所へ行ってしまったのだ。目の前が真っ暗になり、途轍もない喪失感に襲われ、何も考えられなくなった。其れ程までに彼女の存在は私の心の支えだったのだ。
「娘が息を引き取る直前に、如何しても君に伝えたいことがあると遺した物だ。」
そう言って義父は彼女の遺書を私に手渡して来たが其の場では読まずに、込み上げる感情が心を支配する前に部屋を飛び出た。
彼女が亡くなったと聞いて数日は何も手につかず、自室で泣くだけの日々。落ち着く頃には目が開かない程腫れ、部屋は破れた本で荒れて、心は感情を失っていた。スーツであるのも構わずベッドで横になると、涙で皺だらけになった遺書を取り出し開く。腫れた瞼をこじ開け、それに綴られた文を一文一文確かめるように読んでいく。彼女の遺書に書かれていたのは、私に対する感謝と自分よりも長生きして欲しい、そして幸せになって欲しいと言う内容だった。最早彼女の居ないこの世界に居る意味は無いと思っていたのに、愛する妻の遺言に逆らう事は出来なかった。
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