異世界行っても喘息は治らなかった。

万雪 マリア

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ミッドガルド国からの出立

三十話・はぐるまのせかい

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 実習は終わり、座学の時間。
 ミカ様の隣で、私は、小さなノートを作り出して開けた。
 そして、座学が始まった。



 この世界に魔子が存在することは、だいぶん前に話したと思う。今回は、それの掘り下げだった。

 魔子と原子では、大きく異なる事がある。それは形だ。
 地球では、原子は丸い形をしていた。しかし魔子は、歯車の形をしている。
 時計の中身みたいに、あまりに細かい歯車や機械がくっついて、さまざまな形をかたどっている。


 あぁ、だからあんな事があったのか、と思い出すのは、ついさっきの事。

 完全に記憶の彼方に葬り去った記憶では、可愛らしい少女が、「私の子どもを作ってください!」と言っていた。
 私は、その時なんて言ったか覚えてない。ただ、全力でその場から走り去った記憶がある。


 しかし、つまり、今ちょうど講義の先生も言っているのだが、この世界で主流な「子どもの作り方」は、人間魔子やら混沌魔子やらを使って赤ん坊を錬成する事らしい。そして、錬成の中で「母体」と呼ばれる方の魔力が多いほど、生まれる(?)赤ん坊の魔力も多いらしい。

 ロマンも何もない。しかも、錬成には市販の魔子と錬成用の魔術具以外に何も必要ない。この世界の人間ってどうなってるんだ。

 そのため、(今まで全く気付かなかったが)へそがない人間が多いらしい。愛されない子供も。
 ちなみに、私にはちゃんとへそがある。私だけ橋の下で拾われた子供とかじゃなくてよかったと思いました。


 さらに、この世界では、一人一人に「役目」が課せられている。

 役目は絶対的。自分の役目を意識する事はできないけど、気づいたらそっちに向かっている。はずれる事は出来ない。幻覚でいくつも道があるように見えるけど、実際は一本道という事だ。

 __この役目って、運命の事かな?
 とか考えてみたりする。
 そして、その役目の重さに比例して、力は強くなる。
 普通の家に生まれて、普通に生をまっとうする人と、高貴な家に生まれて、何か偉業を成し遂げる人とでは、まずそもそもの体のつくりが違うのだ。チートには必ず意味がある。容姿、名前、能力、魔法、すべてに意味があり、一つの人間という器を作り上げていくのだ。



 __さて。

 かなりの美少女の容姿、名前は、光・慈悲を表すエレノアの変化したもの、能力は魔法だけに富んだチート、魔法というか特技のパラノイアワールド。

 つまり、ハイスペックこの上ない私には、面倒な「役目」__「運命」、この場合たぶん魔王討伐になると思う、が課せられている。それは凡人(ではないと思うけど)の私に知覚する事は出来ないし、それを変える事もできないのだろう。
 チートには理由がある。転生者とか、元々いた人間とか関係なく、すべての人に平等に使命があり、その使命の重さに比例して力を持つ。それだけ。偉業を成し遂げられる人は偉業を成し遂げられるだけのスペックを生まれると同時に与えられている。


 クラスの中は騒然とした。当然、自分の「役目」は気になるはずだ。冷静なのはミカ様だけ。

「ふうん、みんな、こんな事で取り乱しちゃうんだぁ。つまんないの」

 侯爵家の令嬢として、きっと幼い頃から教育を受けてきたんだろう。
 にやりと笑って見渡すミカ様は、人間離れした魅力がある。瞳の金色の色彩は、知らず知らずのうちに引き寄せられる。不思議と、今まで忘れてかけていた首元の水仙のへこみが、ぼやりと光っているような気がした。どちらにしても、髪の毛で隠されているから問題ないけど。

「うん、つまらない。本当につまらない。__ねえエッちゃん、なんで神様はこの世界を作ったと思う?」

 不意に問いかけを投げかけられて、あわてる。
 なに、唐突に。そういいたかったけど、口に出る事はなかった。
「__なんでだろう」
 質問を返した。
 ミカ様はなんでだと思う。その気持ちを含ませて。

「ボクはねぇ」

 ミカ様は、窓の外を見るような、あるいは、視界にこそ入っているのに認識はしていないような、ぼやけた、細められた瞳で、じっとどこかを見た。

「神様は、注目されたかったんだと思うよ。自分だけのために歌われる讃美歌、捧げられる花、生贄、常に祈る事を忘れない信者。そうやって自分し注目を向けたかったんじゃないかって」

 同時に、俗世から隔離されて、孤独になっていくだけだなんて、きっとわからなかったんだろうねぇ。

 そういうと、ミカ様は、またぼうっとどこかを見つめていた。
 認めてほしい。見てほしい。自分だけを。
 もしそれが本当なら、なんて子供らしい、無邪気な神なのだろうか。
 授業は次の段階に入っているのに、なぜか頭に入ってこない。鉄砲の玉みたいに、耳を突き抜けて残らない。
 頭の中を、もやもやが、ミカ様の言った言葉が支配していた。



「ねえ、エッちゃん、なんで神様はこの世界を作ったと思う?」





『違うなあ。注目を向けたかったんじゃないでしょ、絶対』



『きみは、仲間が欲しかったんだろ?』



『ひとりは寂しかったんだろ?』



『ほらね、きみもボクも変われない。変わろうと思って、本質的に変わることなんて不可能なのに。人は変われた気でいるんだ。お気楽なモンだよね、ボク達と違って』



『__ああ、でもだからこそ妬ましいんだよ。無知ほど恐ろしい罪なんてないのに、言葉で言うだけで何を理解した気でいるのかなあ』



『キミもボクもアイツもソイツもドイツも、結局、何もかも同じなんだよ。人格や魂や種族なんて、なんの違いにもならないのにね』
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