『光の蝶』

髙橋彼方

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第二章『忘れられない過去』

『忘れられない過去』3

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 日はすっかり沈んで、ランプが優しく照らす寝室。
 アマティスとオルガナとゼノは、ベッドで寝転んで、くつろいでいた。
 アマティスは両脇に、二人を抱く様にして頭を撫でた。 

 二人ともよっぽど疲れが溜まっていたのね。

 アマティスの温もりに包まれて、二人は安らかな表情を浮かべ寝ていた。

——トントン。

 窓からノックする音が聞こえて、頭上の窓を見るとマーブが立っていた。
 アマティスはマーブに向かって頷くと、二人を起こさないように、ゆっくりと慎重にベッドを離れた。

「おやすみなさい」

 アマティスは可愛い寝顔を見ながら微笑むと、ブランケットを二人にかけた。
 そして、ランプを消して部屋を後にする。


 アマティスが階段を降りて、一階に向かうとマーブが円卓の中心で待っていた。

「お待たせ」

 マーブは翼をはためかせると首を傾げた。

≪二人の様子はどうだ?≫

 マーブは低くて、安らぎを感じる様な深みのある声でアマティスに語りかけた。

「今まで気を張り詰めていたから、かなり疲れていたみたいね。でも体に二人とも異常は無いわ」

 ホッとするようにマーブはため息を吐いた。

≪良かった。あの二人がこの先の未来を変える、唯一の鍵だからな≫

 マーブの一言に、アマティスは憂いのある表情を浮かべた。

「あの子たちに託されたものは余りにも重い……」
≪だからこそ、俺らと居る間は幸せに過ごせるようにしないとな≫
「ええ、そうね……」

 アマティスは席に着くと、羽ペンを使って手紙を書き始めた。

≪ヤツが協力すると思うか?≫
「何事もまずは信じることからですよ。私は彼を信じています。あと、早く届けないと彼は……」

 マーブに向かって優しく微笑むと、手紙を封筒に入れて、赤い封蝋印で封をした。

「じゃあ、お願いね」

 手紙を差し出すアマティスに、翼を広げながらため息を吐いた。

≪しゃあねぇ。チャチャっと手紙を届けてくるか≫

 マーブは手紙を咥えると、窓から飛び立った。


 村の奥には海があり、海には赤い大きな灯台があった。
 そこには、ブーワンが住んでいて、双眼鏡で怪物が村へ入ってこないかを監視をしていた。
 椅子に座ると今日起こったことを振り返り、自分の無力さに嫌気をさしていた。
 右手に持った空のコップからは、強いアルコールの匂いが立ち込めていた。

——カチャッ。

 ブーワンは自身の首に掛けたロケットペンダントを開けると、写真を見ながら涙を見せた。
 写真には今は亡き妻のユーファと、抱き抱えられた赤ん坊が写っていた。
 
 ユーファ、俺はこれでいいのだろうか。お前が居ないと何にも希望が持てない……。

 ロケットペンダントをぎゅっと握りしめると、蹲って啜り泣いた。
 ブーワンはもう戻ってこない大切な者への思いから、頭の中が虚無感で埋め尽くされた。

「俺にはユーファの居ないこの世界で、生きている意味を見出せない」

 ブーワンは腰についたナイフを見つめた。

 いっその事、ここで楽になる……。

 頭の中で解放されたいという悲痛の思いが木霊した。

 会いたい……。

 ブーワンがナイフを抜いて喉に向けたその時だった。

——コンコン。

 窓から何かが突く音が聞こえた。
 目に光が無いブーワンは反射的に音の方を見た。

「アマティス様?」

 窓の外には、黄色い温かなオーラに包まれたアマティスの姿があった。
 ブーワンは首に向けたナイフを咄嗟に下ろした。
 すると、ブーワンの目に映るアマティスはマーブの姿になり、口に咥えた手紙から温かな黄色いオーラが出ていた。
 ナイフをその場に落として、ブーワンは窓に向かった。

「手紙だと?」

 窓を開けると、マーブは手紙を差し出した。
 ブーワンは恐る恐るオーラを放つ手紙を受け取った。
 そして、封を解いて手紙を開いた瞬間、ブーワンの体に黄色いオーラが吸収された。

「!?」

 ブーワンの脳内に、手紙の内容がアマティスの声で流れてきた。

『ブーワン。貴方はそこで死ぬ様な方ではありません。自ら命を断つということは自ら自身に負けるという愚かな行為です。自分自身の心に呑まれないでください。貴方には多くの民を守るという、自身に誓った目的がある筈です』

 崩れるようにその場で涙を流しながら座り込むと、ブーワンは自身が何故、保安官になったのかを思い出した。

 ブーワンは幼少期、とあるヒーローの物語が好きだった。
 それは、自身の父フラガの話……。

 
 フラガは光文明と闇文明に並ぶためにかつて栄えた火文明、水文明、金文明、土文明、木文明の五つの国の同盟国で名誉軍人だった。
 しかし、元々五つの国は覇権争いで頻繁に戦争を行っていたため、民同士の争いは合併した後でも絶えなかった。
 その中でフラガは一人でも多くの民を守るために、人生を捧げていた。
 愛する息子が暮らす世は、戦争で家族を失うような世界にしてはいけない。
 その一心でフラガは日々、争いから人命を救った。
 フラガがこう思い立ったのには、大きな理由があった。
 戦争で妻が出産のために入院していた病院に、空爆が落とされたのだ。
 奇跡的に赤ん坊のブーワンは別の病室に居たので奇跡的に助かったが、妻は崩れた天上の瓦礫の下敷きになって即死だった……。
 瓦礫から流れ出る血を見て、我が子を抱きかかえながらフラガは膝から崩れた。
 放心したフラガの頬には涙が溢れ出た。

——ほんぎゃぁ!

 腕から聞こえる我が子の泣き声で、フラガは正気を戻すと立ち上がった。
 そして、我が子の命を守るために病院を後にした。

 あの記憶から七年……。

 フラガはたとえ元敵国の民だとしても、救出しては施設で温かく向い入れて、新たな仲間として国に馴染める様に率先して協力していた。
 それは、元敵であろうとも一人の人であると考えていたからだった。

 この人たちにも守りたい者がきっといる!

 そう思うと放ってはいられなかった。
 幼いブーワンはフラガが帰って来るたびに、話をしてくれる時間が好きだった。
 他の軍人はどれだけの名誉を得たかなどの自慢をしている中で、自分の父はどうすればより多くの人が幸せになれるかを考えていた。
 そんな優しい父の背中を見るのが誇らしかった。
 そして、長年続けた甲斐があってフラガの行動は多くの民の心を掴んだ。
 かつてはいがみ合っていた多くの民が、心を開いて施設のある街では平和な日々が訪れた。

 しかし、同盟国は長くは続かなかった。
 やはり、五つの国の王たちの覇権争いが起こってしまった。
 民たちは困惑した。折角親しみあった人々を再び殺すのかと……。
 フラガはそんな民の声を国王たちに通すため、多くの民を引き連れてデモ隊を設立して、国会の前で毎日抗議運動をした。
 来る日も来る日も……。幼きブーワンも父の隣で手を繋ぎ、活動に率先して参加した。

——バァアン!

 一発の鈍い銃声が響き渡った。
 その瞬間、繋いでいた父の手から力が無くなった。
 フラガは頭を撃ち抜かれて即死だった。

「パパァァァァ!」

 ブーワンは倒れたフラガの亡骸に力いっぱい抱きつき泣き崩れる。
 撃ったのはデモを良く思わなかったどこかの国王の雇った暗殺者が行ったものだった。
 そして、フラガが死んだことによる内乱を図っていたのだ。
 しかし、内乱は起こらなかった。

 フラガの死は瞬く間に同盟国全土に広がり、民たちだけが行っていたデモは兵たちも参加した。
 その結果、五つの国の王は戦争を止めて、再び五つの国に分かれるという和解を選んだ。
 フラガは自分の命と引き換えに大きな戦争を暴力という手段を使わず未然に防いだのだ。
 その後、ブーワンは大人になると父と同じ軍人になった。
 それは、父の目指した平和な世に自分が心底惚れ込んでいたから。

 今度こそ叶えてみせる。

 ブーワンもかつての父のように民を救う活動を行った。
 そんなブーワンに心打たれて同じ軍人だったユーファは恋に落ちた。
 二人は一人でも多くの民を守るため、救助隊に入った。

 時は流れ、二人には子供が出来てブーワンとユーファは幸せで包まれていた。

「俺、本当にお前と結婚して良かった」

 ユーファは照れくさそうに、ブーワンを見つめると笑みを溢した。

「そう言えば、俺のどこに惹かれたんだ?」

 ユーファは頬を赤らめて、顔を逸らした。

「みんなのために出来る事を精一杯やっているところよ」

 再びブーワンに視線を戻すと俯きながら答えた。

「貴方は困っている人を決して見捨てなかったわ。かつて戦場で貴方と初めて会った時もそうだった。私が敵兵に囲まれて絶体絶命の時、貴方だけが見捨てず、一人だけで助けに来てくれた。自分が死ぬかもしれないのに。そんな姿に惚れたのよ」

 ユーファの答えに照れると、ブーワンも同じ様に俯いた。

「俺、これからもお前たちの事を守り続けるよ」
「うん」

 ユーファはブーワンに優しく頷いた。


 しかし、光文明と闇文明の戦争が起こり、平和な日常は崩れ去った。
 ブーワンは徴兵で軍に強制出向させられた。
 そして、戦地にパンドラが現れて世界は闇に包まれた。


 命からがら生還したブーワンが家に戻ると、そこは焼け野原で、家があった場所には赤ん坊を守る様に覆い被さる二人の白骨化した亡骸があった。
 ブーワンは直ぐにそれが妻だと気が付いた。
 それは、亡骸の首には自分の首についているのと同じロケットペンダントが付いていたからだった。 

「うわぁぁぁぁぁぁあ」

 ブーワンは喉から血が出るまで、二人の亡骸を抱きながら叫んだ。
 自分を突き動かす原動力の二人を一気に失ってしまった。
 その喪失感にとても耐えることは出来なかった。
 ブーワンは二人の墓を立てると、生きる屍の様にその場に座り込んだ。

 それから三日程経った日だった。
 ブーワンは痩せ細って、ただただ自分に訪れる死を待っていた。 

「助けてぇ!」

 ブーワンの背後から女性の叫び声が聞こえた。
 その声にブーワンは思考ではなく、感覚的に反応して立ち上がっていた。
 女性は男に襲われ、今にも犯されそうになっていた。

「このクソアマ! 大人しくしろ!」

 気付くとブーワンは男の側頭部を角材で殴っていた。
 男は気絶してその場で倒れ込んだ。

「畜生……」

 ブーワンは角材をその場に落とすと、自身が目の前で襲われている人を放って置けない事実に気付いて、涙を流していた。

「ありがとうございます」

 声の方を向くと、女性は安心感からブーワンに力いっぱい抱きついた。
 女性の体は恐怖心から小刻みに震えて、頬には涙が流れていた。
 ブーワンはロケットペンダントを力いっぱい握りしめると、女性を抱きしめた。

「もう安心してください。近くの集落まで護衛します。私は兵隊です」

 気付くと自身が、怯える市民に対して父が言うセリフを言っていた。
 
 俺は一体何をしているんだ。

 ブーワンは振り向いて、妻と我が子の墓を見つめた。

 俺は俺が出来る事を精一杯やるよ。お前が愛してくれた時の様に。

 二人は荒れ果てた地を生き抜くために歩き出した。


 ブーワンは自身の目的を思い出して、泣きながら手紙の続きを読んだ。

『貴方にはこの先に起こるであろう可能性と唯一、元の世界を取り戻す可能性ついて話します。私は貴方を信じています。もし、貴方も私を信じるなら今夜、十一時に泉の前に来てください』

 目を丸くして唖然とすると、壁に掛かった時計を確認した。
 時刻は十時半を指していた。
 急いで装備を整えて準備を始めると、ブーワンはドアを飛び出した。
 マーブは窓から外に出るとブーワンを先導するように頭上を飛んだ。

 この世界を元に戻せる可能性が本当にあるのなら……。

 ブーワンはロケットペンダントをギュッと握りしめると、マーブと共に走って森に入り、泉へ向かった。


To Be Continued…
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