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14.アズ・ポーン3
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「今までは? 何人かと、つき合っただろ」
「深入りしないし、させなかった。僕が将棋指しだったことは、誰も知らない。
歌穂ちゃんだけだよ。自分から、話したいと思ったのは……」
「あの、巨大なロールキャベツを作ってくれた子だよな」
「そこまで大きくないよ」
「大きいって」
「おいしかったでしょ?」
「それは、認めるけど。うらやましいなとも、正直思ってる」
「婚活しなよ。山賀には、その方が合ってると思う」
笑いかけてみせた。山賀は、複雑そうな顔をしていた。
「どうだった? ネットで指してみて」
「えー? なんだろう……。
勝ったことに、愕然とした。勝てちゃった、みたいな。
もう、二度と、勝てないと思ってたから」
「教えてやろうか? ポーンの勝率」
「いいよ。七割くらいでしょ?」
「残念だったな。八割だ」
「そっか。っていうか、調べてくれたんだ」
「ユーザーのプロフィールのところに載ってる。
俺は、ずっと沢野だと思ってたから。フォローもしてる」
「うわっ……。なんか、はずかしいね。それ」
「興味があったんだよ。もし沢野じゃないとしたら、とんでもない実力のアマチュアがいるってことになるし」
「そうだね。そうだねって、認めちゃった。よくないね。
どきどきしながら、始めたんだけど。
ふつうに楽しかったんだよね。そのことに、びっくりした」
「あれだけ勝てれば、そりゃあ楽しいだろうよ」
「七月の半ばくらいまでは、そうだったんだけど。
申しこんでくる人のレベルが、急に上がったなーと思ってた。最近の対局は、明らかにプロの人が混じってる。
なんでだろうって、不思議に思ってたよ。
注目されてるなんて、知らなかったから」
「ざわついてたよ。お前が、彼女とデートしてる間も」
「そっか」
山賀の手が、駒を崩した。箱にしまうのかなと思って見ていたら、また並べようとしだしたので、ぎょっとした。
「えっ?」
「なあ、もう一局」
「やだよ。次は、たぶん負ける」
「負かしたいな」
「性格が悪いよ」
「否定はしない」
「チェスは?」
「いい。俺は、そこまで器用じゃない」
「そう?」
「今日、泊まってもいいか」
「いいけど……。なんで?」
「お前と、もっと話したい。興奮してるんだよ」
「じゃあ、うん。客間でいい?」
「いいよ。どこでも」
客間に泊まってもらうんだったら、いいかなと思った。寝室には、入ってほしくなかった。
「飲もうぜ。ビールある?」
「うん」
さんざん、飲んでしまった。
楽しかった。
* * *
肩を揺り動かされて、目がさめた。
「んー……?」
「沢野。俺、帰るよ」
はっとした。寝室に、山賀がいた。
「えっ? なんじ? 朝ごはん……」
「いいよ。それより、かわいい子が来てるぞ」
「……えっ?」
「邪魔しちゃ悪いから、俺が出るよ」
「ご、ごめんね」
「いいって」
山賀が、寝室を見まわした。ああ……と思った。
見られてしまった。
「あんまり、見ないで」
「悪いな。すごい部屋だな。待ってるから」
「待たなくていいよ」
寝室を出ていく山賀を追いかけて、リビングから玄関まで行った。
歌穂ちゃんの姿はなかった。
「じゃあ、また」
「そうだな」
「あのっ。あの……まだ、そういう関係じゃなくて。
寝室にも、入らないでねって、お願いしてて。だから」
「言ってないのか。あの子は、何も知らないってこと?」
「そう。僕が奨励会にいたってことしか、知らない。
歌穂ちゃんには、言わないで……。
もう、言っちゃった?」
「言ってない。挨拶しただけだ。
言えばいいのにな」
「言えない……」
「まあ、いいよ。そういうところも、お前らしいし。
俺のことは、いつでも呼びだしてくれていいから。
ネットで、でもいいし」
「……うん」
「またな」
書斎に入った。
とほうにくれたような顔をした歌穂ちゃんが、僕の椅子に座っていた。
「沢野さん」
「ごめんね。びっくりしたよね」
「ううん。あたしの方こそ、ごめんなさい。
お客さんがいらしてるなんて、思ってなくて」
しょんぼりしていた。
「大丈夫だよ。歌穂ちゃんとデートするって、ちゃんと話してあったから」
「そうなんですか?」
「うん。ほんとは、泊まらせる予定じゃなかった。つい、流れで……」
「あたし、きょどっちゃって。
お名前も、よく聞きとれなくて……。山田さん?」
「ううん。山賀。山に、賀正の賀」
「絵を売る人の、画商?」
「ちがう。年賀状の賀」
「ああ……。わかりました」
歌穂ちゃんの横に立って、手をつないだ。
僕を見上げる歌穂ちゃんは、不安そうだった。
「お友達ですか? お仕事の関係の人?」
「友達だよ」
いつ、どこで出会ったかは、伏せた。
「そうなんですか。なんか……。ちょっと、こわい人でした」
「こわかった?」
「はい。武士、みたいな」
「ははは」
声を出して、笑ってしまった。
歌穂ちゃんが、いじけたような顔をした。
「ごめんね。山賀に、ぴったりな表現だと思って」
刀は持たずに、毎日のように、人と斬り合いをしている。山賀が武士みたいに見えても、なんの不思議もなかった。
「歌穂ちゃんは、勘がいいよね」
「そんなことないです」
ぴしゃりとはねつけるような言い方だった。歌穂ちゃんは、ほめられることに慣れていない。謙遜することも、肯定することもできずに、ただ否定する。
「そうかな」
「深入りしないし、させなかった。僕が将棋指しだったことは、誰も知らない。
歌穂ちゃんだけだよ。自分から、話したいと思ったのは……」
「あの、巨大なロールキャベツを作ってくれた子だよな」
「そこまで大きくないよ」
「大きいって」
「おいしかったでしょ?」
「それは、認めるけど。うらやましいなとも、正直思ってる」
「婚活しなよ。山賀には、その方が合ってると思う」
笑いかけてみせた。山賀は、複雑そうな顔をしていた。
「どうだった? ネットで指してみて」
「えー? なんだろう……。
勝ったことに、愕然とした。勝てちゃった、みたいな。
もう、二度と、勝てないと思ってたから」
「教えてやろうか? ポーンの勝率」
「いいよ。七割くらいでしょ?」
「残念だったな。八割だ」
「そっか。っていうか、調べてくれたんだ」
「ユーザーのプロフィールのところに載ってる。
俺は、ずっと沢野だと思ってたから。フォローもしてる」
「うわっ……。なんか、はずかしいね。それ」
「興味があったんだよ。もし沢野じゃないとしたら、とんでもない実力のアマチュアがいるってことになるし」
「そうだね。そうだねって、認めちゃった。よくないね。
どきどきしながら、始めたんだけど。
ふつうに楽しかったんだよね。そのことに、びっくりした」
「あれだけ勝てれば、そりゃあ楽しいだろうよ」
「七月の半ばくらいまでは、そうだったんだけど。
申しこんでくる人のレベルが、急に上がったなーと思ってた。最近の対局は、明らかにプロの人が混じってる。
なんでだろうって、不思議に思ってたよ。
注目されてるなんて、知らなかったから」
「ざわついてたよ。お前が、彼女とデートしてる間も」
「そっか」
山賀の手が、駒を崩した。箱にしまうのかなと思って見ていたら、また並べようとしだしたので、ぎょっとした。
「えっ?」
「なあ、もう一局」
「やだよ。次は、たぶん負ける」
「負かしたいな」
「性格が悪いよ」
「否定はしない」
「チェスは?」
「いい。俺は、そこまで器用じゃない」
「そう?」
「今日、泊まってもいいか」
「いいけど……。なんで?」
「お前と、もっと話したい。興奮してるんだよ」
「じゃあ、うん。客間でいい?」
「いいよ。どこでも」
客間に泊まってもらうんだったら、いいかなと思った。寝室には、入ってほしくなかった。
「飲もうぜ。ビールある?」
「うん」
さんざん、飲んでしまった。
楽しかった。
* * *
肩を揺り動かされて、目がさめた。
「んー……?」
「沢野。俺、帰るよ」
はっとした。寝室に、山賀がいた。
「えっ? なんじ? 朝ごはん……」
「いいよ。それより、かわいい子が来てるぞ」
「……えっ?」
「邪魔しちゃ悪いから、俺が出るよ」
「ご、ごめんね」
「いいって」
山賀が、寝室を見まわした。ああ……と思った。
見られてしまった。
「あんまり、見ないで」
「悪いな。すごい部屋だな。待ってるから」
「待たなくていいよ」
寝室を出ていく山賀を追いかけて、リビングから玄関まで行った。
歌穂ちゃんの姿はなかった。
「じゃあ、また」
「そうだな」
「あのっ。あの……まだ、そういう関係じゃなくて。
寝室にも、入らないでねって、お願いしてて。だから」
「言ってないのか。あの子は、何も知らないってこと?」
「そう。僕が奨励会にいたってことしか、知らない。
歌穂ちゃんには、言わないで……。
もう、言っちゃった?」
「言ってない。挨拶しただけだ。
言えばいいのにな」
「言えない……」
「まあ、いいよ。そういうところも、お前らしいし。
俺のことは、いつでも呼びだしてくれていいから。
ネットで、でもいいし」
「……うん」
「またな」
書斎に入った。
とほうにくれたような顔をした歌穂ちゃんが、僕の椅子に座っていた。
「沢野さん」
「ごめんね。びっくりしたよね」
「ううん。あたしの方こそ、ごめんなさい。
お客さんがいらしてるなんて、思ってなくて」
しょんぼりしていた。
「大丈夫だよ。歌穂ちゃんとデートするって、ちゃんと話してあったから」
「そうなんですか?」
「うん。ほんとは、泊まらせる予定じゃなかった。つい、流れで……」
「あたし、きょどっちゃって。
お名前も、よく聞きとれなくて……。山田さん?」
「ううん。山賀。山に、賀正の賀」
「絵を売る人の、画商?」
「ちがう。年賀状の賀」
「ああ……。わかりました」
歌穂ちゃんの横に立って、手をつないだ。
僕を見上げる歌穂ちゃんは、不安そうだった。
「お友達ですか? お仕事の関係の人?」
「友達だよ」
いつ、どこで出会ったかは、伏せた。
「そうなんですか。なんか……。ちょっと、こわい人でした」
「こわかった?」
「はい。武士、みたいな」
「ははは」
声を出して、笑ってしまった。
歌穂ちゃんが、いじけたような顔をした。
「ごめんね。山賀に、ぴったりな表現だと思って」
刀は持たずに、毎日のように、人と斬り合いをしている。山賀が武士みたいに見えても、なんの不思議もなかった。
「歌穂ちゃんは、勘がいいよね」
「そんなことないです」
ぴしゃりとはねつけるような言い方だった。歌穂ちゃんは、ほめられることに慣れていない。謙遜することも、肯定することもできずに、ただ否定する。
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