チャム・チャムートの世界

福守りん

文字の大きさ
1 / 6

しおりを挟む
 朝テレビのスイッチを入れると、ニュースキャスターが「おはようございます。世界の終わりまであと七日になりました」と言う。

 そう書かれた、ぺらっとした紙が、アパートのポストに入っていた。ごみ出しのついでに開けた、さびた灰色のポストの中には、いつもの朝刊と、その一枚だけ。
「『世界の終わり』?」
 手に取ってすぐに、いたずらかしらと考えた。A4サイズのコピー用紙に、インクジェットのプリンターで印刷されているように見えた。
「なーに。これ……」
 気分が悪い。急いで外の階段を上って、二階にある部屋に入る。
 鍵のかかっていないドアを開けると、コーヒーのいい匂いがした。
「新聞」
「どーぞ」
 廊下で待っていた夫に新聞を渡す。分厚いジャンパーを脱いで、玄関脇の壁にかけた。
 手に持ったままの白い紙をまじまじと見て、しばらく考えてみた。
 いたずらで、こんなことをする人がいるのかしら。本当だとして、たった七日しか残っていないとしたら、悠長に紙で配っているような場合かしら?
 もし、今テレビをつけて、ここに書かれていることと、同じことが起きたら?
「そんなこと、あるわけないか」
「どうしたの」
「ううん。なんでもない」
 二口コンロのガス台だけがあるキッチンを通り過ぎて、リビングに向かった。
 リモコンで電源を入れる。朝よく見ている情報番組だった。ちょうど、始まったばかりの……。
 初老のアナウンサーが、真面目な顔で原稿を読んでいる。
『おはようございます。世界の終わりまであと七日になりました』
「えっ?」
 聞き違いかしら? でも、今たしかに……。
 今日は、四月一日だったかしら? スマートフォンの画面をのぞきこむ。
 表示されている日付は、十二月六日。もちろん、今は冬。リビングの大きな窓は、外の寒さと部屋の暖かさとの温度差で、白く曇っている。
「孝さん。たいへん」
「……なに?」
 気のない返事だった。少し離れたキッチンの前で、立ったまま、テーブルに広げた新聞を読んでいる。片手に、コーヒーの入ったカップを持っている。
 関口孝。三十五才。職業は、日本のあるメーカーの車を売るセールスマン。結婚してもう十一年になる、わたしの夫。
「世界が終わっちゃう」
「はあ?」
「だって。今、テレビでアナウンサーが言ったの」
「疲れてる? そんなこと、テレビで言う訳がないだろう」
「でも……。あと、これ。ポストに入ってたの。見て」
 紙を見せると、「どれ?」と言いながら孝さんが近づいてきた。
「いたずらじゃないのか」
「お隣りの田辺さんに、訊いてみてもいいかしら」
「なんて?」
「お宅にも、同じ紙が入っていましたかって」
「いやー。訊くとしても、今の時間じゃないだろう。昼すぎくらいにしなよ」
「そう、よね……」
「営業所で同僚に訊いてみるよ。そもそも、本当にそう言ったんだったら、SNSで大騒ぎしてるんじゃないか。僕のパソコンで、調べてみたら」
「あ、うん。そうね。見てみる」

 朝ごはんを食べさせて、孝さんを送り出した。
 わたしたちには子供がいないので、孝さんが帰ってくるまでは、まるっきり自由な時間だ。

「ない、か」
 ネットニュースには、なっていなかった。誰も騒いでいないし、怯えているようでもなさそうだった。
「田辺さんには、言わない方がよさそうね」


 午後七時すぎに、孝さんが帰ってきた。
「ねえ。誰か、朝のニュース見た人、いた?」
「訊いたんだけど。誰も見てないって。僕の頭がおかしくなったんじゃないかって、言われたよ」
「あら……。それは、ごめんなさい」
「いいけど。疲れてるんだったら、家事はほどほどに。気晴らしに、しばらく実家に帰ってもいいよ」
「疲れては、いないと思うんだけど……。やっぱり、いたずらだったのかしら」
「どうかな。明日も入ってるかもな。続くようなら、警察に相談しよう」
「そうね……。わたし、夕ごはんを食べたら、早めに寝ようと思うの。いい?」
「もちろん。僕が作ろうか?」
「それは悪いわ。大丈夫。作りおきのおかずが、いくつかあるの」

 いつものように他愛のない話をしながら、夕ごはんを食べる。
「来月の連休に、湯河原の温泉に行かない?」
「いいけど……。今から、予約がとれるかしら」
「調べておくよ。たまには贅沢しよう」
「じゃあ、お願いね。楽しみにしてる」
 孝さんは、仕事のぐちを言ったりはしない。人の悪口も言わない。孝さんと過ごす時間は、わたしにとっては、いつでも宝物のように感じられる。
 あと七日で世界が終わるのだとしても、こんな風に過ごせるなら、悪くないわ……。

 お風呂はシャワーを浴びるだけにして、ベッドだけでいっぱいの、小さな寝室に向かう。
「ねむい……」
 わたしは、すぐに意識を手ばなした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

【1話完結】あなたの恋人は毎夜わたしのベッドで寝てますよ。

ariya
ファンタジー
ソフィア・ラテットは、婚約者アレックスから疎まれていた。 彼の傍らには、いつも愛らしい恋人リリアンヌ。 婚約者の立場として注意しても、アレックスは聞く耳を持たない。 そして迎えた学園卒業パーティー。 ソフィアは公衆の面前で婚約破棄を言い渡される。 ガッツポーズを決めるリリアンヌ。 そのままアレックスに飛び込むかと思いきや―― 彼女が抱きついた先は、ソフィアだった。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

処理中です...