チャム・チャムートの世界

福守りん

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 夢を見た。見た……というのは、おかしいかしら。
 今、夢を見ている。
 とても不思議な――世界の中に、わたしは立っている。
「まあ」
 パステルカラーの風景。そうとしか言えない場所に、わたしはいた。
 童話の挿絵にありそうな、淡い色の煉瓦で作られた家たち。薄だいだいの石畳が、どこまでも続いている。ミモザの木が、長い道の両はじに、たくさん生えている。
 青空。黄色の、太陽の光を集めたようなミモザの花。
「ここは、どこかしら……」
 こんな所には、行ったことがなかった。行く予定もない。
「外国……? 日本じゃ、なさそうね」
「ニホン。ニホンとは?」
 ものすごく近いところから、高い声がした。
「……えっ?」
 慌てて見まわす。小さな子供が、わたしのすぐ後ろにいた。
 背が低い。わたしの腰よりも低い位置に、顔があった。
 どこか猫のようでもある顔つきの、男の子――それとも、女の子かしら?――が、しかめっ面をしている。肌の色は白い。ほとんど白のように見える金色の髪は、肩のあたりまでのびていて、ゆるくウェーブがかかっている。それから、紫色の目。
 いろんな色の宝石を散りばめた、まるでドレスのような服を着こんでいる。
 とても、愛らしく見えた。
「かわいい! かわいいわ」
「かわいさなど、この悲惨な状況においては、なんの力にもならぬ」
「あら……。ずいぶん、大人びたしゃべり方なのね」
「世界が終わる危機である」
「あなたも、そうなの?」
「あなたも、とは?」
「わたしの世界も、あと七日で終わるらしいの」
「そなたの世界は、終わりはせぬ。終わるのは、こちらの世界だ」
「……あら、それは。ご愁傷さまです」
「幾億光年はなれた場所にも届けよと、念じてはみたのだが。われの精神に感応して呼びかけに応えたのは、そなただけであった。そういうことだ」
「ごめんなさい。なんだか、よくわからないわ」
「ここは、われらの世界『チャム・チャムート』だ」
 厳かな声だった。
「チャム・チャムート……。聞いたことないわ」
「無理もない。そなたがいる場所からは、時も場所も、遠くへだたっておる」
「わたしは、関口友香。あなたの名前は?」
「チャム・チャムート」
「この場所の名前と、同じなのね」
「そうだ。われは、この世界そのものだからな」
「世界そのもの……」
「そなた。よく参ったな。われの世界を案内しよう。こちらへ」
 チャム・チャムートが目をほそめる。笑っているようだった。

 眩しい光を背中に受けながら、石畳の上を歩いてゆく。
「この光は、太陽なのかしら」
「われも太陽と呼んでいるから、そうであろうな」
「あらっ。そうなのね」

 淡い青色の煉瓦でできた、小さな家の前に着いた。小さな手が、外側に向かって木の扉を開ける。鍵はかかっていないのねと思った。
「兄弟姉妹たちよ。来客だ」
 チャム・チャムートによく似た、けれど、もっと幼くて小さな子供たちが、家の中からわらわらと飛びだしてきた。いっぱいいる! 十人以上はいそうだった。
「まあー。かわいらしい……」
「この子らは、われの分身も同じだ。感情はそれぞれにあるのだが、われと対話するまでにはいたらぬ」
 どの子も、しょんぼりとしていた。小さな声で、なにか言っている。耳をすませて聞いてみると、「チャム・チャムート」という言葉を歌うようにくり返しているのがわかった。
「元気がないのね」
「みな、しょげかえっておる。世界が終わると知ってしまったからな。
 知らせずにいたかったのだが、それはできない。残念ながら、われの考えることは、この子らには全てつつ抜けなのだ」
「お気の毒ねえ……。ねえ、でも……。チャム・チャムートちゃん」
「一番後ろの『ちゃん』をとってくれ。むずむずして、かなわぬ」
「わかったわ。チャム・チャムート。わたしが暮らしている星も、永遠には存在できないのよ。わたし自身も、まあ、いいとこ八十年生きられれば、御の字ね」
「なんて寿命の短い。われは、すでに三十七億七千二百九十五万三千四百五十五年も生きた」
「それは、なんてすばらしい……のかしら? 長すぎる人生も、考えもののような気がするのだけど」
「そなたは、いくつなのだ」
「三十才よ」
「なんだ。ひよっこではないか」
 チャム・チャムートは鼻を鳴らした。
「わたしと夫の間には、子供がいないの。でも、もし生まれていたとしても、その子供も、いいとこ八十年生きられればいいくらいの寿命しかないわ」
「いたわしい」
 チャム・チャムートは、悲しげな顔をした。
「ううん。そんなことないのよ。いつか、終わるからこそ……。誕生する時は、それこそ大騒ぎして、みんなでお祝いするのよ。わたしの妹に赤ちゃんが生まれた時は、わたしも手伝いに行ったし、お祝いもさせてもらったわ」
「そうか」
「あと、残り七日あるんでしょう。それまで、わたしが毎日会いに来てあげる」
「残念ながら、七日目になったところで終わるので、今日を入れて六日だ」
「じゃあ、あと五回、あなたと会える機会があるわけね」
「そうだな」
「明日の夜に、また、この夢を見られるかしら?」
「おそらく。そなた――友香といったか。友香さんとわれの周波数は、もう合致した。念じれば通じるはずだ」
「そうなの。じゃあ……。また、明日ね」
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