2 / 6
2
しおりを挟む
☆
夢を見た。見た……というのは、おかしいかしら。
今、夢を見ている。
とても不思議な――世界の中に、わたしは立っている。
「まあ」
パステルカラーの風景。そうとしか言えない場所に、わたしはいた。
童話の挿絵にありそうな、淡い色の煉瓦で作られた家たち。薄だいだいの石畳が、どこまでも続いている。ミモザの木が、長い道の両はじに、たくさん生えている。
青空。黄色の、太陽の光を集めたようなミモザの花。
「ここは、どこかしら……」
こんな所には、行ったことがなかった。行く予定もない。
「外国……? 日本じゃ、なさそうね」
「ニホン。ニホンとは?」
ものすごく近いところから、高い声がした。
「……えっ?」
慌てて見まわす。小さな子供が、わたしのすぐ後ろにいた。
背が低い。わたしの腰よりも低い位置に、顔があった。
どこか猫のようでもある顔つきの、男の子――それとも、女の子かしら?――が、しかめっ面をしている。肌の色は白い。ほとんど白のように見える金色の髪は、肩のあたりまでのびていて、ゆるくウェーブがかかっている。それから、紫色の目。
いろんな色の宝石を散りばめた、まるでドレスのような服を着こんでいる。
とても、愛らしく見えた。
「かわいい! かわいいわ」
「かわいさなど、この悲惨な状況においては、なんの力にもならぬ」
「あら……。ずいぶん、大人びたしゃべり方なのね」
「世界が終わる危機である」
「あなたも、そうなの?」
「あなたも、とは?」
「わたしの世界も、あと七日で終わるらしいの」
「そなたの世界は、終わりはせぬ。終わるのは、こちらの世界だ」
「……あら、それは。ご愁傷さまです」
「幾億光年はなれた場所にも届けよと、念じてはみたのだが。われの精神に感応して呼びかけに応えたのは、そなただけであった。そういうことだ」
「ごめんなさい。なんだか、よくわからないわ」
「ここは、われらの世界『チャム・チャムート』だ」
厳かな声だった。
「チャム・チャムート……。聞いたことないわ」
「無理もない。そなたがいる場所からは、時も場所も、遠くへだたっておる」
「わたしは、関口友香。あなたの名前は?」
「チャム・チャムート」
「この場所の名前と、同じなのね」
「そうだ。われは、この世界そのものだからな」
「世界そのもの……」
「そなた。よく参ったな。われの世界を案内しよう。こちらへ」
チャム・チャムートが目をほそめる。笑っているようだった。
眩しい光を背中に受けながら、石畳の上を歩いてゆく。
「この光は、太陽なのかしら」
「われも太陽と呼んでいるから、そうであろうな」
「あらっ。そうなのね」
淡い青色の煉瓦でできた、小さな家の前に着いた。小さな手が、外側に向かって木の扉を開ける。鍵はかかっていないのねと思った。
「兄弟姉妹たちよ。来客だ」
チャム・チャムートによく似た、けれど、もっと幼くて小さな子供たちが、家の中からわらわらと飛びだしてきた。いっぱいいる! 十人以上はいそうだった。
「まあー。かわいらしい……」
「この子らは、われの分身も同じだ。感情はそれぞれにあるのだが、われと対話するまでにはいたらぬ」
どの子も、しょんぼりとしていた。小さな声で、なにか言っている。耳をすませて聞いてみると、「チャム・チャムート」という言葉を歌うようにくり返しているのがわかった。
「元気がないのね」
「みな、しょげかえっておる。世界が終わると知ってしまったからな。
知らせずにいたかったのだが、それはできない。残念ながら、われの考えることは、この子らには全てつつ抜けなのだ」
「お気の毒ねえ……。ねえ、でも……。チャム・チャムートちゃん」
「一番後ろの『ちゃん』をとってくれ。むずむずして、かなわぬ」
「わかったわ。チャム・チャムート。わたしが暮らしている星も、永遠には存在できないのよ。わたし自身も、まあ、いいとこ八十年生きられれば、御の字ね」
「なんて寿命の短い。われは、すでに三十七億七千二百九十五万三千四百五十五年も生きた」
「それは、なんてすばらしい……のかしら? 長すぎる人生も、考えもののような気がするのだけど」
「そなたは、いくつなのだ」
「三十才よ」
「なんだ。ひよっこではないか」
チャム・チャムートは鼻を鳴らした。
「わたしと夫の間には、子供がいないの。でも、もし生まれていたとしても、その子供も、いいとこ八十年生きられればいいくらいの寿命しかないわ」
「いたわしい」
チャム・チャムートは、悲しげな顔をした。
「ううん。そんなことないのよ。いつか、終わるからこそ……。誕生する時は、それこそ大騒ぎして、みんなでお祝いするのよ。わたしの妹に赤ちゃんが生まれた時は、わたしも手伝いに行ったし、お祝いもさせてもらったわ」
「そうか」
「あと、残り七日あるんでしょう。それまで、わたしが毎日会いに来てあげる」
「残念ながら、七日目になったところで終わるので、今日を入れて六日だ」
「じゃあ、あと五回、あなたと会える機会があるわけね」
「そうだな」
「明日の夜に、また、この夢を見られるかしら?」
「おそらく。そなた――友香といったか。友香さんとわれの周波数は、もう合致した。念じれば通じるはずだ」
「そうなの。じゃあ……。また、明日ね」
夢を見た。見た……というのは、おかしいかしら。
今、夢を見ている。
とても不思議な――世界の中に、わたしは立っている。
「まあ」
パステルカラーの風景。そうとしか言えない場所に、わたしはいた。
童話の挿絵にありそうな、淡い色の煉瓦で作られた家たち。薄だいだいの石畳が、どこまでも続いている。ミモザの木が、長い道の両はじに、たくさん生えている。
青空。黄色の、太陽の光を集めたようなミモザの花。
「ここは、どこかしら……」
こんな所には、行ったことがなかった。行く予定もない。
「外国……? 日本じゃ、なさそうね」
「ニホン。ニホンとは?」
ものすごく近いところから、高い声がした。
「……えっ?」
慌てて見まわす。小さな子供が、わたしのすぐ後ろにいた。
背が低い。わたしの腰よりも低い位置に、顔があった。
どこか猫のようでもある顔つきの、男の子――それとも、女の子かしら?――が、しかめっ面をしている。肌の色は白い。ほとんど白のように見える金色の髪は、肩のあたりまでのびていて、ゆるくウェーブがかかっている。それから、紫色の目。
いろんな色の宝石を散りばめた、まるでドレスのような服を着こんでいる。
とても、愛らしく見えた。
「かわいい! かわいいわ」
「かわいさなど、この悲惨な状況においては、なんの力にもならぬ」
「あら……。ずいぶん、大人びたしゃべり方なのね」
「世界が終わる危機である」
「あなたも、そうなの?」
「あなたも、とは?」
「わたしの世界も、あと七日で終わるらしいの」
「そなたの世界は、終わりはせぬ。終わるのは、こちらの世界だ」
「……あら、それは。ご愁傷さまです」
「幾億光年はなれた場所にも届けよと、念じてはみたのだが。われの精神に感応して呼びかけに応えたのは、そなただけであった。そういうことだ」
「ごめんなさい。なんだか、よくわからないわ」
「ここは、われらの世界『チャム・チャムート』だ」
厳かな声だった。
「チャム・チャムート……。聞いたことないわ」
「無理もない。そなたがいる場所からは、時も場所も、遠くへだたっておる」
「わたしは、関口友香。あなたの名前は?」
「チャム・チャムート」
「この場所の名前と、同じなのね」
「そうだ。われは、この世界そのものだからな」
「世界そのもの……」
「そなた。よく参ったな。われの世界を案内しよう。こちらへ」
チャム・チャムートが目をほそめる。笑っているようだった。
眩しい光を背中に受けながら、石畳の上を歩いてゆく。
「この光は、太陽なのかしら」
「われも太陽と呼んでいるから、そうであろうな」
「あらっ。そうなのね」
淡い青色の煉瓦でできた、小さな家の前に着いた。小さな手が、外側に向かって木の扉を開ける。鍵はかかっていないのねと思った。
「兄弟姉妹たちよ。来客だ」
チャム・チャムートによく似た、けれど、もっと幼くて小さな子供たちが、家の中からわらわらと飛びだしてきた。いっぱいいる! 十人以上はいそうだった。
「まあー。かわいらしい……」
「この子らは、われの分身も同じだ。感情はそれぞれにあるのだが、われと対話するまでにはいたらぬ」
どの子も、しょんぼりとしていた。小さな声で、なにか言っている。耳をすませて聞いてみると、「チャム・チャムート」という言葉を歌うようにくり返しているのがわかった。
「元気がないのね」
「みな、しょげかえっておる。世界が終わると知ってしまったからな。
知らせずにいたかったのだが、それはできない。残念ながら、われの考えることは、この子らには全てつつ抜けなのだ」
「お気の毒ねえ……。ねえ、でも……。チャム・チャムートちゃん」
「一番後ろの『ちゃん』をとってくれ。むずむずして、かなわぬ」
「わかったわ。チャム・チャムート。わたしが暮らしている星も、永遠には存在できないのよ。わたし自身も、まあ、いいとこ八十年生きられれば、御の字ね」
「なんて寿命の短い。われは、すでに三十七億七千二百九十五万三千四百五十五年も生きた」
「それは、なんてすばらしい……のかしら? 長すぎる人生も、考えもののような気がするのだけど」
「そなたは、いくつなのだ」
「三十才よ」
「なんだ。ひよっこではないか」
チャム・チャムートは鼻を鳴らした。
「わたしと夫の間には、子供がいないの。でも、もし生まれていたとしても、その子供も、いいとこ八十年生きられればいいくらいの寿命しかないわ」
「いたわしい」
チャム・チャムートは、悲しげな顔をした。
「ううん。そんなことないのよ。いつか、終わるからこそ……。誕生する時は、それこそ大騒ぎして、みんなでお祝いするのよ。わたしの妹に赤ちゃんが生まれた時は、わたしも手伝いに行ったし、お祝いもさせてもらったわ」
「そうか」
「あと、残り七日あるんでしょう。それまで、わたしが毎日会いに来てあげる」
「残念ながら、七日目になったところで終わるので、今日を入れて六日だ」
「じゃあ、あと五回、あなたと会える機会があるわけね」
「そうだな」
「明日の夜に、また、この夢を見られるかしら?」
「おそらく。そなた――友香といったか。友香さんとわれの周波数は、もう合致した。念じれば通じるはずだ」
「そうなの。じゃあ……。また、明日ね」
0
あなたにおすすめの小説
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる