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☆
十二月八日。あと四日。
「かけっこをしましょう」
「……かけっことは?」
「みんなでいっせいに走って、競争するの」
「楽しいのか? それは」
「まあ、まあ。やってみましょうよ」
チャム・チャムートと、小さなチャムたちを横一列に並ばせて、遠くを指さした。
「あの赤い旗がゴールよ。みんな、わかった?」
「あいわかった」
「チャムー」
「チャムートー」
小さなチャムは、「チャム・チャムート」という言葉しか話せないらしい。これじゃあ、対話どころじゃないわね……。
「わたしが、赤い旗のところまで着いて、手を上げたらスタートしてね」
ゴール地点まで、走っていった。ふり返ると、大人しく並んだチャムたちが、わたしを見ていた。さっと手を上げる。
わらわらっと走り出した。横なぐりの風の中を、わたしに向かって走ってくる。
「われが、一番だ!」
チャム・チャムートが抱きついてきた。
頭がしびれるような感じがした。チャム・チャムートを受けとめる手が、ふるえそうになった。幸せって、こういうことかしら……?
「やった!」
「チャム・チャム。かわいいわね」
抱き上げたまま、他のチャムたちがゴールに着くのを待った。何人か、転んで泣いている。後で、なぐさめてあげないといけないわね……。
☆
十二月九日。あと三日。
「美しいものが見たいわ。いつかは終わってしまう世界だからこそ、きれいなものが見たいと思ってしまうの」
「そうか。それも、ひとつの考え方ではあるな」
「この世界には、夜はないの?」
「ある」
「あら……。いつも明るいから、ないのかと思ってたわ」
「夜が見たいのか」
「ええ。夜空を見てみたいわ」
「では」
チャム・チャムートが指を鳴らした。あっという間に、夜がやってきた。
点々とともる街灯の上に、まっくらな空が広がる。見たこともない並び方をした、星たち。それから……。
「月が三つ……。地球とは、なにもかも違うのね」
「別の世界だからな。そなたの世界では、いくつある?」
「一つだけよ」
「そうか。こんなものも、見ることができる」
チャム・チャムートが、右手を高く上げた。人さし指をくるくると回す。
「紫色のオーロラ……。すてきね」
光の帯のようなカーテンが、何重にも重なって見えた。
いつも見ているものとはまるで違う、美しい眺めを、両目に焼きつけた。
☆
十二月十日。あと二日。
家の前の石畳の上で、わたしは重々しく口を開いた。
「ダンスをしようと思うの」
「ダンス?」
「踊るのよ」
「はあ……」
気のりしない様子だった。
「音楽をかけるわ。わたしが歌ってもいいけど。ここでは、念じればなんでもできるでしょう? きっと、できると思うの」
大好きなジャズのスタンダードナンバーを、頭に思い浮かべる。これを、空から流せないかしら?
ピアノとサックスにドラム。それと、ウッドベース。木琴も。
空から、音が鳴った。
「できたわ!」
チャム・チャムートは、ぽかんとした顔をしている。
「高校はブラスバンド部。大学ではジャズ研にいたの」
「さっぱり意味はわからないが。この音は、いいものだな」
うっとりした顔をしている。
「いいでしょう。大好きな曲なの。
踊るのよ。ほらっ」
手をとって、踊りはじめた。
「なんでもいいの。体を動かして」
手を離した。チャム・チャムートが、足を動かす。ひらひらと手を上下に揺らして、リズムをとっている。
「たのしい!」
びっくりしたような声で叫んだ。
小さいチャムたちが、家の中から次々に飛びだしてきた。「チャム・チャムート」という言葉だけで、わたしの好きな曲を歌う。なんて、斬新なのかしら。
「チャム・チャムート?」
「友香さん」
「うん?」
「われは、これほど楽しい時間をすごしたことは、かつてない」
「それは……光栄だわ」
「終わる命などいらぬと、思ったこともあったが。われが、誤っていたな」
そう言うと、チャム・チャムートは、にっこりと笑った。
十二月八日。あと四日。
「かけっこをしましょう」
「……かけっことは?」
「みんなでいっせいに走って、競争するの」
「楽しいのか? それは」
「まあ、まあ。やってみましょうよ」
チャム・チャムートと、小さなチャムたちを横一列に並ばせて、遠くを指さした。
「あの赤い旗がゴールよ。みんな、わかった?」
「あいわかった」
「チャムー」
「チャムートー」
小さなチャムは、「チャム・チャムート」という言葉しか話せないらしい。これじゃあ、対話どころじゃないわね……。
「わたしが、赤い旗のところまで着いて、手を上げたらスタートしてね」
ゴール地点まで、走っていった。ふり返ると、大人しく並んだチャムたちが、わたしを見ていた。さっと手を上げる。
わらわらっと走り出した。横なぐりの風の中を、わたしに向かって走ってくる。
「われが、一番だ!」
チャム・チャムートが抱きついてきた。
頭がしびれるような感じがした。チャム・チャムートを受けとめる手が、ふるえそうになった。幸せって、こういうことかしら……?
「やった!」
「チャム・チャム。かわいいわね」
抱き上げたまま、他のチャムたちがゴールに着くのを待った。何人か、転んで泣いている。後で、なぐさめてあげないといけないわね……。
☆
十二月九日。あと三日。
「美しいものが見たいわ。いつかは終わってしまう世界だからこそ、きれいなものが見たいと思ってしまうの」
「そうか。それも、ひとつの考え方ではあるな」
「この世界には、夜はないの?」
「ある」
「あら……。いつも明るいから、ないのかと思ってたわ」
「夜が見たいのか」
「ええ。夜空を見てみたいわ」
「では」
チャム・チャムートが指を鳴らした。あっという間に、夜がやってきた。
点々とともる街灯の上に、まっくらな空が広がる。見たこともない並び方をした、星たち。それから……。
「月が三つ……。地球とは、なにもかも違うのね」
「別の世界だからな。そなたの世界では、いくつある?」
「一つだけよ」
「そうか。こんなものも、見ることができる」
チャム・チャムートが、右手を高く上げた。人さし指をくるくると回す。
「紫色のオーロラ……。すてきね」
光の帯のようなカーテンが、何重にも重なって見えた。
いつも見ているものとはまるで違う、美しい眺めを、両目に焼きつけた。
☆
十二月十日。あと二日。
家の前の石畳の上で、わたしは重々しく口を開いた。
「ダンスをしようと思うの」
「ダンス?」
「踊るのよ」
「はあ……」
気のりしない様子だった。
「音楽をかけるわ。わたしが歌ってもいいけど。ここでは、念じればなんでもできるでしょう? きっと、できると思うの」
大好きなジャズのスタンダードナンバーを、頭に思い浮かべる。これを、空から流せないかしら?
ピアノとサックスにドラム。それと、ウッドベース。木琴も。
空から、音が鳴った。
「できたわ!」
チャム・チャムートは、ぽかんとした顔をしている。
「高校はブラスバンド部。大学ではジャズ研にいたの」
「さっぱり意味はわからないが。この音は、いいものだな」
うっとりした顔をしている。
「いいでしょう。大好きな曲なの。
踊るのよ。ほらっ」
手をとって、踊りはじめた。
「なんでもいいの。体を動かして」
手を離した。チャム・チャムートが、足を動かす。ひらひらと手を上下に揺らして、リズムをとっている。
「たのしい!」
びっくりしたような声で叫んだ。
小さいチャムたちが、家の中から次々に飛びだしてきた。「チャム・チャムート」という言葉だけで、わたしの好きな曲を歌う。なんて、斬新なのかしら。
「チャム・チャムート?」
「友香さん」
「うん?」
「われは、これほど楽しい時間をすごしたことは、かつてない」
「それは……光栄だわ」
「終わる命などいらぬと、思ったこともあったが。われが、誤っていたな」
そう言うと、チャム・チャムートは、にっこりと笑った。
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