緋黒の焔〜ヒトラー異世界戦記〜

影山ろここ

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第七章

ビュクシ攻防戦13

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「――――」

 言葉にならない裂帛を聞いた瞬間、幼女の体は錐揉みするチェイカごと街の西側に押し込まれていく。少なく見積もっても数百メーテル以上は吹き飛ばされたように見え、その真下には燃え盛る穀物倉庫の置かれた場所があった。

 幼女が受けたのは即死に等しい衝撃だったと思うが、それに遭遇したアドルフも完璧に言葉を失った。だれのものとも知れない体当たり攻撃。始まりが不明なら、終わりも一瞬だった。

 結果的に、事実と認識のあいだに大きな隔たりができた。けれど事実を確かめていくにつれ、次第に認識とのずれが埋まっていく。

 視界から敵の幼女が消えたことは確かであり、ついでその目線の先で巨人が動作を止めていた。魔力の供給が断たれたのだろうか。第三撃を放つべく、凝集しかけていた閃光は急激に弱まり、微弱な点へと萎んでいく。

 ――助かったのか?

 そう安堵したい場面だが、彼の興奮は収まらない。かろうじて思考が向かったのも、幼女をぶちかましたチェイカの行方だ。

 ふらつきを覚えながら、めまぐるしく探索をおこなう。けれど、それらは空振りに終わった。あまりの高速度で空域を離れてしまったと見るべきか。おぼろげな答えがぽつんと残される。
 どこか魂の抜けた気分のアドルフに、背後からリッドの声が聞こえた。

「安全なところへ移動しよう。そら、前衛を私と換われ」

 翼竜は緩やかに滑空しているが、確かに彼では操れない。
 また命拾いした格好ではあるものの、幼女が戦闘不能になったであろういま、戦略的退避は妥当な判断だ。
 参謀役の進言をそのまま受け入れ、アドルフは座る位置を入れ換え、後方にまわった。

 眼部を負傷した翼竜は動きがやや不安定だったが、安定した手綱さばきを見せるリッドによって二人を行政府庁舎前へと運んで行く。

 その間、アドルフを阻む動きは幸いなく、術者を失った巨人はおろか、健在だった鉄兜団員も姿を見せる気配がなかった。

 冷静に考えれば、不自然ではない。マナの枯渇が顕著である以上、魔導師である彼らの戦闘力は骨抜きも同然であり、司令官が不在ともなれば、死力を尽くす合理性がない。

 それでもアドルフは周囲に瞳を凝らし、警戒を怠らなかったが、その両目はふいに高速の移動物体を捉えた。特徴的な軍装から、それが空域を横切る二、三名の鉄兜団員だとわかった。

 操縦するチェイカが向かった方角は、幼女の落下地点である。おかげで彼らとの距離は秒刻みで広がり、反比例してアドルフの緊張は少しだけ落ち着いていく。

「よし、到着だ」

 降下体勢に入ったリッドも、どこか柔らかい声を出し、翼竜をふわりと着地させた。
 彼らが地面に降り立ったとき、真っ先に駆け寄ったのはフリーデである。とはいえ思いもよらないことに、彼女の後ろには群衆がひしめいていた。街路に溢れる人だかりはどこかこわばった雰囲気だが、国民服の指揮官を見つけた途端、熱気と共に押し寄せてくる。
 そんな人波の先頭に立ち、鬼の形相を弛めてフリーデが言った。

「無事戻ってこれたな。とにかくお帰り」

 群衆が翼竜の周囲で見守るなか、フリーデが小さく拳を突き出してくる。同じ動作でアドルフも応えると、合わさった拳にリッドもグータッチを寄せてきた。

 大した時間ではないはずだが、まるで半月ぶりの再会のように思え、アドルフは苦笑してしまう。命懸けの戦闘はそれほど濃密だったわけだが、真面目な話、ここで安心感に浸ってはいられない。
 巨人の第三撃は潰えたと見るべきだし、幼女も九割がた生きてはいまいが、勝利を確定するにはいくつか条件がある。
 その条件について幕僚たちに話をしようとしたとき、フリーデが妙なことを口にした。

「ともあれ最大の殊勲者は、チェイカで駆けつけたあいつだろう」

 なぜか誇らしげな態度だが、アドルフは意味がわからず、釈然としない顔をする。

「……あいつ?」

 おうむ返しで声も出た。緊張が解けて、頭がまわりきらなかったのである。
 そんな彼をよそに――。

「こっちへ来たな。どうやら元気そうじゃないか」

 会話を取り繕う間もなく、上空を指で差したフリーデ。彼女の動作につられたアドルフは、おもむろに背後を振り返る。その方角は、敵の幼女と戦闘をくり広げた場所。つまりビュクシの西方面だ。
 隣にいたリッドも同じ方向を見あげる。庁舎付近に群がった街の人々もだ。

 このときアドルフは、我が目を疑うような光景を二つ見る。
 片方は、巨人の崩壊だった。兆候自体はあったとはいえ、起きた出来事はまるでドミノ倒しだった。
 おそらく術者との連携が断たれ、完全に力が切れたのだろう。〈閃光〉を放つ源であった矛が巨人の手から滑り落ち、重力に引き寄せられ、商店の連なる街の大通りに突き刺さった

 ついで吐き出されたのは巨人を構成していた黒い煙であった。この戦闘で破壊の限りを尽くした魔導兵器は、そこから空気中に飛散した微細な塵と化していく。

 魔法が解けたという表現は陳腐だが、いまはその言葉がうってつけに思える。
 撒き散らされた大量の黒い塵は薄曇りの空を覆い、巨人の残像を照らしながら辺りに幻想的な景色をつくり出す。

 莫大な資金を投じた映画でも、ここまでの映像は撮れまい。驚嘆するばかりのアドルフだが、濃灰色の空を斬り裂いてもうひとつの驚きが飛び込んでくる。

 それは噴煙を立ちのぼらせ、西の方角から向かってきた。彼は最初、盛大に勘違いした。接近するのは二機のチェイカ。敵襲によるものとしか見えなかったからだ。

 ところが隣のフリーデに身構える様子がまったくない。
 彼女だけではなく、群衆も目を見張った様子で、さらなる高揚感が伝わってくる。

「待ってくれ。何が起きてるんだ?」

 怪訝な表情で声をあげたのはリッドだ。
 敵襲でないことは察しがついたものの、ではそれ以外の何だというのか。ここまで考えを及ぼしたとき、アドルフの脳裏にある出来事がよぎった。

「そう言えばリッドよ。我らの戦闘中、敵の幼女を粉砕した身元不明のチェイカだが――」
「ああ、私も同じことが気になった。ひょっとしてあの機体か?」

 図らずも想像が重なり合ったことを知り、二人は互いにハッとなる。とはいえそこで会話が途切れたのは、突然群衆がざわめきはじめたからである。

 アドルフを迎えたとき、彼らには物怖じのようなものがあった。しかし今度は違う。感情がついに溢れ出し、抑えきれなくなった者たちが声を出し、口笛を吹く。

 完全に味方を歓迎する態度だが、そんな真似をした者をアドルフは他に思いつかない。幼女に特攻をぶちかました謎の機体以外には。

 やがて急降下したチェイカが、爆音を奏でつつ、瓦礫を押しのけて着陸した。機体は二つあり、ともにゴーグルと防塵マスクを着けた操縦士が地面に降り立つ。

 群衆の出迎えを受けつつも無愛想な動作に映ったが、それは問題ではなかった。荒っぽくゴーグルを外したことで操縦士の一人が判明したことに意味があった。

「……お疲れ、ディアナ?」

 つかつかと歩を進めたフリーデが声をかけた。名前を呼ばれた少女は照れ笑いで肩をすくめる。

「へへっ。機体がぶっ壊れねぇか心配だったけどよ、意外とうまくいったぜ」

 鼻の下をこすりつつ、ぶっきらぼうに言い放つ。ディアナである。幕僚の一人であった彼女が、群衆に手を振りながら向かってくる。アドルフの傍に。

 戦線を離脱したところまでは覚えているが、その後どこへ雲隠れしていたのか。そしてなぜ、いまこの場にいるのか。
 彼に生じた疑問はもっともだが、ディアナもそれを自覚していたようだ。

「よお。途中で隠れちまって悪かったな。巨人の相手はしんどく思えちまってさ」

 卑屈とまでは言えないが、珍しく悪びれた様子のディアナ。対巨人戦に加勢できなかったことへの気後れが滲んでいる。
 だがアドルフはわかってる。戦士である彼女があの状況でやれたことは限りがあると。それに覚えていた。彼女が敵の包囲を破り、パベルを引きつけ、戦闘にタメを作ったことを。

 あの動きがなければ、今ごろ自分は――。

 湧きあがったのはむしろ、感謝の念だ。そして互いに生き延びた。浸ることはできないが、喜びは覆い隠せない。

「命を投げうつ覚悟で功績をあげてくれた。そんなお前に恥じるべき点など一つもない」

 右手を差し出すと、ディアナが苦笑いしつつ握手を返してきた。

「何だよ、照れるじゃねぇか」

 そっけなく力をこめるアドルフだが、言葉や動作に嘘はなく、同時に彼は戦況の全体像とも言うべきものが段々とのみ込めてきた。

 アドルフとリッドが幼女との決闘に挑んでいたとき、おそらく庁舎付近でべつの動きがあったのだろう。戦線復帰を図ったディアナがフリーデと連携し、兵力を立て直しつつ最大の脅威であった幼女への特攻を画策した。もしそれらが事実であるなら、全ての出来事はぴたりと符合する。

 彼は部下をねぎらいながら頭の整理を着々とつけ、そしてすぐさま戦闘の幕引きへと意識を向けていく。具体的に言うと、停戦交渉だ。

 使者を送って話し合いをさせれば、司令官であるパベル、及び金兜の幼女という二人の王族の損耗状態を確認しつつ継戦の意志も探れる。

 アドルフがこれまでに得た実感は、敵の人的ダメージは回復不能なほど大きく、戦闘の続行もまた然りというものだった。交渉はそういう思惑を事実で補強し合い、戦いを次のステップへ進ませる行為だ。
 気もそぞろになった彼は、握手を解くとあごに手をやった。
 そんなアドルフを見つめたディアナが急に真面目くさった顔で言う。

「まあ功績って言うけどさ、実際あのガキを吹っ飛ばしたのは俺じゃねぇぜ。感謝すんなら、そいつにしてやりな」

 この発言に意識を引き戻された。
 やったのはディアナではない。それは何を意味するのか。
 些細な思い違いだが、無視できるほど小さくもない。ディアナの補足説明を待ったが、彼女は何も言ってこず、そそくさと体をどける。

 空いたスペースにもう一機の操縦士が、ゴーグルをかけたまま進み出る。
 この流れを受け、アドルフはおのれの誤解を悟った。もう一人の操縦士のことを、たかが一兵卒と軽く見ていたことを。しかし決定的な戦果を挙げたと言われては冷遇するわけにはいかない。

「よくやってくれた。勇敢な行動だ。怪我はなかったか?」

 彼の問いかけに操縦士が返したのは数秒間の沈黙だった。応答がない。かわりに悩ましげにため息を吐くしぐさを見せた後、防塵マスクを外しつつゴーグルを引きあげる。

 そこから覗いた操縦士の顔はなんと――。

「ノインじゃないか!?」

 その馴染み深い名前を呼んだのはリッドの声である。ほとんど同時に、だれかの歓声がおなじ名前を連呼しだす。人だかりの最前列を占めた群衆の声だ。彼らはこの状況を恐ろしく正確に注視し続けていたのだ。

「ノイン! ノイン!」

 その声は徐々に、だがはっきりとした発音で、群衆の波に行き渡っていく。ざわめきが大きくなり、部分的に叫びをともなった。喜びと戸惑いの入り混じった反応を見て、ディアナが茶化すように言った。

「何だよ、俺のときとはえらい違いだな!」

 そんな人々の息づかいしかし、アドルフの耳には入っていなかった。むろん声も出せていない。絶句である。埋葬式で仲違いした彼女、つまりノインがこの場に来るなんて、微塵も考えていなかったからだ。

 しかし、それもわずかな時間である。
 不明なことだらけで理解が及ばない。まるで夢を見ているようだ。けれどここは現実。自分の意志で動き、能動性を発揮できる。
 つまりできることをやればいいのだ。細かい事実確認など、後でやればいい。
 そこまで心が落ち着くと、体は彼女の前へ歩きだす。

「本当にノインなのか? よくぞ来てくれた」

 地面を踏みしめながら一歩、二歩と進む。距離を縮めれば、表情は手にとるようにわかる。

「我はお前を待っておったのだ。どんな形でもよい。共に行動してくれることを」

 言葉は澱みなく溢れ出るも、ノインはばつが悪そうに視線を逸らす。だがアドルフは止まらない。

「理由など問わん。結果を出して、いまここにおる。それだけで十分であろ?」

 吐息混じりに言って彼女の手をとる。握手ではない。何かを慈しむような所作だ。
 けれどそのしぐさは、人々の注目を浴びた場において無頓着なまでに馴れ馴れしいというか、隠された情熱のようなものを感じさせた恐れがある。

 現にノインは、口にした言葉以上の感激を示され、頬を桃色に染めてしまった。よく見れば耳の辺りなどは林檎のように赤い。
 とはいえアドルフは、そうした羞恥を気後れの一種と解釈する。

「照らずともよい。お前への感激は口だけでは伝えられんのだ。もっと胸を張れ」

 ようするに、抜群の働きをした以上、堂々として欲しかったわけだが、相手はそう取らなかったようだ。

「べ、べつに照れてなんかないわよっ。というか、どさくさに紛れてなにベタベタ触ってんのよっ」

 逸らしていた視線をキッと向け、潤んだ瞳がアドルフを睨みつけた。

「あたしべつに、あんたと仲直りしたつもりないんだからねっ!」

 約一ヶ月もの間、口もきかず疎遠になっていた二人。
 大げさに言えば、和解の要素があったはずである。なのに彼女は素直に受けとめない。それでいてビュクシまで駆けつけたあたり、本音は他にあるのだろう。

 けれどそんな複雑でひねくれた心こそ、彼の熟知するノイン・ニミッツのものだ。アドルフの内に秘めたつぶやきも、場違いなほど優しさをおびてしまった。

 ――まあよい。我に逆らった罪は軽くないが、今回は大目に見てやるか。
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