また、恋をする

沖田弥子

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竜宮神社 1

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「へえ……」

 興味深げに覗き込んだ西河くんと共に、書籍の内容をじっくりと読んでみた。
 江戸時代に日照りで苦しんでいた水池村は、かつて存在した竜族を神と崇めて雨乞いを行っていた。村には竜族の化身である青年がいたが、水が枯渇したある年、村人は青年の雨乞いをまやかしと糾弾して殺害しようとした。それが竜神の怒りを買い、村は水底に沈んでしまった。後悔した村人は高台に竜宮神社を建て、幾世代に渡り、竜神に許しを請うことにした。
 それが竜宮神社の始まりとされていた。
 要約すると、そういうことだった。
 生贄の娘が焼き殺されたとは、どこにも書かれていなかった。
 ニエのことを除けば、私が夢で見た内容と合致する。
 私はこの村で起きた詳細を、初めて知ったはずなのに。
 西河くんは著者名を確認した。

「竜宮神社一二代宮司、鑓水茂樹。神社の宮司さんなんだね。この人の祖先が、水池村の村民だったんじゃないかな」

 竜神信仰の村は、江戸時代に実在した。
 じゃあ、私が夢に見たあの村は……。
 書籍のどこを捲っても、竜族の化身であるという青年が、その後どうなったのかは記されていない。
 村は水害に遭い、沈没してしまったので、彼も村から去って行ったのだろうか。

「明日、この竜宮神社に行って取材しようか」

 西河くんの言葉に、私は本から顔を上げた。

「市内に同じ名前の神社があるけど……まさかこの本に登場する竜宮神社のことじゃないよね?」

 私は市内の竜宮神社を訪ねたことはないのだけれど、書籍によれば、竜神の怒りを収めるために建設された竜宮神社は水池村の高台にあるはず。

「何か関係があるかもしれないよ。部活動のためということで、宮司の鑓水さんに話を聞いてみよう」
「そうだね」

 私は同意した。
 夢の正体に、徐々に近づいている気がしたから。
それは輪郭を持って、私の目の前に姿を現す。
 ノートに要点をまとめて書き記していると、窓からそよぐ温い夏の夜風が頬を撫でていく。
 もうすぐ夏休みだ。
 夢の中では秋の気配が訪れていたと、ふいに思い出す。
 私の視線に気づいた西河くんは立ち上がり、網戸を閉めた。

「寒い?」
「ううん。大丈夫」

 作業を終えると歯を磨いて、就寝の支度をした。
 布団に入った私に、隣の布団に仰臥した西河くんから低く声をかけられる。

「おやすみ」
「おやすみなさい」

 西河くんが横に寝ていることに、微かな緊張を覚える。
 けれどそれよりも、那岐とこうして布団を並べて眠った日々が瞼の裏に思い出されて、胸が締めつけられた。
 那岐とは、おやすみという言葉を交わしただろうか。
 私の胸の奥には、那岐への想いが深く刻まれている。
 屈託のない那岐の笑顔、低いのに凜とした声音、包み込んでくれた逞しい腕の強さまで明瞭に覚えている。
 私を好いていると言ってくれた。婚姻の証だと、逆鱗を授けてくれた。
 その想いに応えられず、逆鱗を手放してしまったばかりか、最後の一文字を伝えられずに息絶えてしまった……。
 那岐に会いたい。彼はその後、どうなったのだろうか。
 どうか、無事でいてほしい。
 眦を涙が伝い落ちる。
 ふいに左手に冷たいものが触れて、その感触に驚いた。

「手をつないでいよう。そうすれば、怖くないから」

 西河くんとつないだ手の感触、そして体温までもが那岐と同じで、私はまた涙を零した。

「うん……ありがとう」

 西河くんは、那岐なのだろうか。
 つないだ手の感触が、揺れる心を凪いでいく。
 冷たい体温に安堵した私は眠りの淵に沈んだ。



 薄らと腫れた瞼を押し上げると、隣には少々寝乱れた布団があった。西河くんはすでに起床したらしい。泊まった彼の部屋のカーテンからは、眩い夏の朝陽が零れている。
 昨夜は泣きながら眠ってしまった。
 西河くんが手をつないでくれたためか、悪夢を見ることはなかった。
 もう、見ないのだと思えた。
 私の記憶の深いところで、あの悪夢は終わったのだと伝えた。
 足音が鳴り、部屋の扉が開かれる。

「おはよう、絆。朝御飯できてるよ」
「あ……ありがと。おはよう……」

 すでにシャツに着替えた西河くんから、爽やかに声をかけられる。
 堂々と名前で呼ぶ西河くんは、もう『相原さん』は返上したらしい。
 私は目を擦りながら布団から起き上がる。寝起きを見られるなんて恥ずかしいけれど、西河くんは嬉しそうに微笑んだ。

「泣いたから、少し目が腫れたね。冷たいタオル持ってくるよ。着替えておいで」
「ん……」

 お泊まりした朝、顔を合わせるのは気恥ずかしさが込み上げる。
 普段着を持ってきていないので、ハンガーに掛けていた制服に着替えた。洗面所で髪を梳く。

「はい、タオル」
「ありがとう」

 顔を出した西河くんに冷たいタオルを手渡される。わざわざ氷で冷やしてくれたらしく、とても冷たかった。それを腫れた瞼に押し当て、そのあと顔を洗う。
 ダイニングへ向かうと、すでに食卓には朝食が並べられていた。
 食欲をそそる美味しそうな匂いに、お腹がきゅうと鳴る。

「わあ……パンだ。ハムエッグも……美味しそう」

 マグカップをふたつ携えた西河くんは席に着いた。ひとつを私の前に置く。

「はい、カフェラテ」

 おそろいの白磁のカップには、私のほうにはカフェラテが、西河くんのほうにはブラックコーヒーが淹れられている。
 私は瞳を瞬かせた。
 いつも朝はカフェラテを飲む習慣があるけれど、それを西河くんに話したことがあっただろうか。

「西河くん……ブラックコーヒーなんだね」
「朝はいつもブラックを一杯飲むんだ。絆はカフェラテだよね」
「うん。そのこと西河くんに話したっけ?」

 西河くんはトーストをかじりながら頷いた。
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