淫神の孕み贄

沖田弥子

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「真実を知ることができて、僕は幸福です。ラシードさまは昔から僕と母さまのために、様々なことを配慮してくださったんですね」
「私はあのときからずっと、セナを捜していたのだ。私のつがいとなる、神の贄を。そして、私の弟を」

ラシードを見上げれば、あのときの兄と同じ漆黒の眸をしていた。
朗らかな笑みでセナを見守る少年だった兄と、今の精悍な青年となったラシードの面差しが重なる。

「兄さま……?」

きつく抱きしめられて、ラシードの力強い腕に包まれる。

「私は少年の頃よりこの家を訪れて、リヨの腕に抱かれるセナを見守っていた。リヨと同じ翡翠色の眸をした赤子のそなたは私に笑いかけてくれたのに、過酷な運命を背負わせてしまった兄を許してほしい」

やっと、会えた。
ラシードが、探し求めていたセナの兄なのだ。
抱きしめ返したセナの眦から涙が溢れる。

「兄さま……! 会いたかった。僕はずっと母さまと兄さまに会いたいと願っていました」
「セナ……。もう離さない。これからはずっと私の傍に置く。たとえ子を孕まなくとも、私は妃を娶らない。そなただけが私の運命のつがいだ」

ラシードはセナを運命のつがいだと認めてくれる。運命とは、こんなにも傍にあるものだったのだ。愛しい人に受け入れられた喜びに、セナの胸を占めていた想いが溢れた。

「好きです、兄さま。僕の、兄さま……」

兄と分かっても、ラシードを男として愛し、抱かれたいと思う気持ちに変わりはなかった。
ラシードの熱い唇にそっと口づけられる。セナは瞼を閉じて、柔らかい接吻を受け入れた。

「私もだ、セナ。そなたを愛している」

愛しさはあとからあとから溢れてきて、胸の裡から滲み出る。
固く抱き合い、啄むような口づけを何度も交わして眦の涙を舌で拭われる。
ややあって、目を逸らしていたハリルは苦笑を零した。

「十年遅れてきた神の子か。セナはいつも俺たちを振り回してくれるな」
「ああ、まったくだ」
「俺は何も知らなかったぞ。まあ、リヨのことは先王が隠すのもわかるが。なんでラシードはセナの出生の秘密や先代の贄のことを俺たちに黙っていたんだ」

肩を竦めたハリルに、ラシードは平然と答える。

「マルドゥクの動向を探るためにも秘匿する必要があった。それに王の隠し子という立場上、公にはできないからな。儀式が終了してから告げようと思っていたのだ。そして神の贄の責務を終えたら、セナは私の花嫁にするつもりだ」

花嫁という言葉に驚きを隠せない。
ラシードはセナを運命のつがいとして認めてくれるだけでなく、花嫁にしようという心づもりなのか。妃を娶らず、生涯をセナとだけ過ごすという強い意志をもって漆黒の眸はセナを見つめる。

「心優しく、たおやかなセナを守ってやれるのは私しかいない。儀式が終われば、セナはもはやイルハーム神のものではなくなるのだ。愛しいそなたに正式な地位を与えて、私のものにする」
「兄さま……」

ラシードの想いを聞いて胸を熱くする。名実共に、彼のものになれるのだ。
途端にハリルは眉根を寄せた。

「ちょっと待て。ラシードがセナの兄だからといって、譲ってやるつもりはないぞ。俺もセナを愛してるんだ。セナは俺の嫁にする」
「なんだと?」

両者の間に剣呑な空気が満ちる。
ふたりとも、セナを花嫁として迎えるつもりらしい。右手をラシードにしっかりと握られ、左手はハリルに指を絡ませられてつながれる。戸惑うセナを挟んだ男ふたりは睨み合った。

「セナは私を愛していると、いま口にしたのだ。しかも私の弟だ。弟を神の贄として子を孕ませることは初代国王が成したこと。いわば正統な伝統だ」
「そんなこと関係ないだろ。俺の肉棒を悦んで受け入れて喘いでる姿を見れば、俺を欲しているのは明白だ。なあ、セナ。俺を好きだと言っただろ?」

ハリルとラシードの真摯な双眸に見据えられ、セナは困惑する。
ふたりの傍にずっと寄り添っていたいと願っていた。ラシードは優しいだけではなく時折独占欲を滲ませて強く求めてくれる。気品に溢れる王の姿はもちろんのこと、兄としても慕っている。そしてハリルは不遜で強引に挑んでくるけれど、甘い雰囲気で和ませてくれることも多々ある。勇猛な騎士団長が見せる気さくな人柄に惹かれている。
そしてふたりはセナのために労を尽くしてくれた。とても感謝している。
ふたりとも、好きだ。
どちらかひとりなんて選べない。
それにセナは誰かひとりのものになることはできないのだ。
儀式の期間は終わっていない。セナは今も神の贄なのだから。

「あの……僕は、イルハーム神の贄ですから……イルハームさまのものです」

ふたりと手をつなぎながら紡ぎ出した答えに、ラシードとハリルは顔を見合わせた。
なるほど、と同時に頷く。

「確かに、そういうことになる。未だ儀式は終わっていないのだから、ひとまず遂行しなければならない」
「まあ、いいだろ。孕ませてから考えてもいいしな」

ふたりに挟まれながら、セナは幸せな悩みに苦笑を零した。
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