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出立 2
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これはお守りのアミュレットらしい。
丁度掌に収まる程度のペンダントトップはラシードの双眸と同じ色で、立体の長方形だ。セナは、きゅっとペンダントを握りしめる。
「ラシードさまの瞳と、同じ色ですね……」
「私がいない間も、このアミュレットがそなたを守るだろう。困ったことがあれば、アミュレットを太陽の軌道に掲げよ。そうすれば道は見えてくる」
「わかりました。百人のアルファと、アミュレットを王よりお預かりいたします」
「うむ……」
心配そうな表情を浮かべたラシードに、両手を握られる。
そんな顔をされたら、離れがたくなってしまう。
儀式は無事に終わって、すぐに帰ってこられるのに。
セナは明るい笑顔を見せた。
「大丈夫です。すぐに帰ってきますから。子どもたちをお願いしますね」
「ああ、わかっている」
そこへ革の鎧を着込んだハリルが、にやりと笑いを湛えてやってきた。
「感動の別れの挨拶は済んだか? そろそろ出発するぞ。ラシードは政務で忙しいからな。ほらセナ、来いよ」
ハリルに馬車へと導かれる。
アルファたちはそれぞれの馬で向かうが、セナだけは体力の温存のため馬車での移動になる。そもそもセナは馬に騎乗したことがなかった。
「頼んだぞ、ハリル」
「任せておけよ」
ふたりは軽く声をかけ合った。
騎士団長のハリルがいてくれるので長旅でも安心だ。それから宰相のファルゼフも、王の名代として神馬の儀を遂行するべく、リガラ城砦に同行する。
召使いが差し出した階段を、セナは登る。
白銀に輝く馬車は、内装も煌びやかだった。ゆったりした座席には真紅の羅紗が張られ、扉の枠は瑪瑙で造られている。
馬車は目立たないよう黄金ではなく、できるだけ質素にしてほしいとお願いしたのだけれど……
セナは微苦笑を零しながら座席に腰を下ろした。
馬車の前で待機したファルゼフは、出発を見届けるラシードに慇懃な礼をする。
「それでは行って参ります。帰還の際には、陛下のご期待通りの結果を必ずやもたらしますので、どうぞご安心くださいませ」
「うむ。そなたの辣腕を、見せてもらおう」
「御意にございます」
騎士団は馬に騎乗した。その中には黒衣を纏うシャンドラの姿もある。出立の準備が整い、盛大な拍手と声援が見送りの人々から送られる。
ファルゼフが馬車に乗り込むと、召使いが乗降のための階段を素早く外す。ファルゼフも馬には乗らないようなので、セナと共に馬車で移動するのだ。
勇猛な黒馬に跨がったハリルは、堂々と手を掲げた。
「出立だ!」
前足を掻いた馬たちが、順に歩み出した。
御者が手綱を操ると、セナを乗せた馬車の車輪が回り出す。
窓から顔を出したセナは、門の前で見送るラシードと子どもたちに手を振った。
「行ってきます! ラシードさま、アル、イスカ……!」
アルとイスカは、「かあさまー!」「がんばれー!」と大きな声を上げながら懸命に両手を振っていた。その隣で、ラシードは手を掲げている。
泣いてはいけない。たった二週間だ。セナは最後まで笑顔を見せながら、彼らの姿が遠ざかり、やがて見えなくなるまで手を振っていた。
街道へと続く王都の道を、勇壮な騎士団の行列が闊歩する。
居合わせた街の人々は道の脇で平伏していた。
「どうして、みなさんは平伏しているのでしょう。僕は王ではないのに……」
「王侯貴族はそれだけの権威を誇っているのです。それに、セナ様はイルハーム神の子を宿す神の贄です。今のあなた様は、神と同等の地位なのですよ」
手を伸ばしたファルゼフは窓のカーテンを、さらりと閉める。外が見えなくなったので、自然とセナは隣に腰かけるファルゼフに目を向けた。
「さて、神馬の儀を遂行するにあたりまして、わたくしからセナ様にいくつかお教えしなければならないことがございます」
セナは神馬の儀の詳細について、未だに知らされていない。無論ファルゼフは把握しているだろうが、詳しいことを教えてくれないということは、セナは本番まで知らないほうがいいということなのだろう。
「はい……どんなことでしょう」
セナは緊張に体を硬くしながら、目を瞬かせた。
その様子を紫色の双眸でじっくりと眺めたファルゼフは、妖艶な笑みを浮かべる。
「言葉だけでは伝えられませんので、実地が必要です。事前に指導してさしあげると申しましたとおり、今夜にでも懐妊指導を行いましょう」
「懐妊指導……ですか? それが神馬の儀の成功にかかわるのでしょうか」
丁度掌に収まる程度のペンダントトップはラシードの双眸と同じ色で、立体の長方形だ。セナは、きゅっとペンダントを握りしめる。
「ラシードさまの瞳と、同じ色ですね……」
「私がいない間も、このアミュレットがそなたを守るだろう。困ったことがあれば、アミュレットを太陽の軌道に掲げよ。そうすれば道は見えてくる」
「わかりました。百人のアルファと、アミュレットを王よりお預かりいたします」
「うむ……」
心配そうな表情を浮かべたラシードに、両手を握られる。
そんな顔をされたら、離れがたくなってしまう。
儀式は無事に終わって、すぐに帰ってこられるのに。
セナは明るい笑顔を見せた。
「大丈夫です。すぐに帰ってきますから。子どもたちをお願いしますね」
「ああ、わかっている」
そこへ革の鎧を着込んだハリルが、にやりと笑いを湛えてやってきた。
「感動の別れの挨拶は済んだか? そろそろ出発するぞ。ラシードは政務で忙しいからな。ほらセナ、来いよ」
ハリルに馬車へと導かれる。
アルファたちはそれぞれの馬で向かうが、セナだけは体力の温存のため馬車での移動になる。そもそもセナは馬に騎乗したことがなかった。
「頼んだぞ、ハリル」
「任せておけよ」
ふたりは軽く声をかけ合った。
騎士団長のハリルがいてくれるので長旅でも安心だ。それから宰相のファルゼフも、王の名代として神馬の儀を遂行するべく、リガラ城砦に同行する。
召使いが差し出した階段を、セナは登る。
白銀に輝く馬車は、内装も煌びやかだった。ゆったりした座席には真紅の羅紗が張られ、扉の枠は瑪瑙で造られている。
馬車は目立たないよう黄金ではなく、できるだけ質素にしてほしいとお願いしたのだけれど……
セナは微苦笑を零しながら座席に腰を下ろした。
馬車の前で待機したファルゼフは、出発を見届けるラシードに慇懃な礼をする。
「それでは行って参ります。帰還の際には、陛下のご期待通りの結果を必ずやもたらしますので、どうぞご安心くださいませ」
「うむ。そなたの辣腕を、見せてもらおう」
「御意にございます」
騎士団は馬に騎乗した。その中には黒衣を纏うシャンドラの姿もある。出立の準備が整い、盛大な拍手と声援が見送りの人々から送られる。
ファルゼフが馬車に乗り込むと、召使いが乗降のための階段を素早く外す。ファルゼフも馬には乗らないようなので、セナと共に馬車で移動するのだ。
勇猛な黒馬に跨がったハリルは、堂々と手を掲げた。
「出立だ!」
前足を掻いた馬たちが、順に歩み出した。
御者が手綱を操ると、セナを乗せた馬車の車輪が回り出す。
窓から顔を出したセナは、門の前で見送るラシードと子どもたちに手を振った。
「行ってきます! ラシードさま、アル、イスカ……!」
アルとイスカは、「かあさまー!」「がんばれー!」と大きな声を上げながら懸命に両手を振っていた。その隣で、ラシードは手を掲げている。
泣いてはいけない。たった二週間だ。セナは最後まで笑顔を見せながら、彼らの姿が遠ざかり、やがて見えなくなるまで手を振っていた。
街道へと続く王都の道を、勇壮な騎士団の行列が闊歩する。
居合わせた街の人々は道の脇で平伏していた。
「どうして、みなさんは平伏しているのでしょう。僕は王ではないのに……」
「王侯貴族はそれだけの権威を誇っているのです。それに、セナ様はイルハーム神の子を宿す神の贄です。今のあなた様は、神と同等の地位なのですよ」
手を伸ばしたファルゼフは窓のカーテンを、さらりと閉める。外が見えなくなったので、自然とセナは隣に腰かけるファルゼフに目を向けた。
「さて、神馬の儀を遂行するにあたりまして、わたくしからセナ様にいくつかお教えしなければならないことがございます」
セナは神馬の儀の詳細について、未だに知らされていない。無論ファルゼフは把握しているだろうが、詳しいことを教えてくれないということは、セナは本番まで知らないほうがいいということなのだろう。
「はい……どんなことでしょう」
セナは緊張に体を硬くしながら、目を瞬かせた。
その様子を紫色の双眸でじっくりと眺めたファルゼフは、妖艶な笑みを浮かべる。
「言葉だけでは伝えられませんので、実地が必要です。事前に指導してさしあげると申しましたとおり、今夜にでも懐妊指導を行いましょう」
「懐妊指導……ですか? それが神馬の儀の成功にかかわるのでしょうか」
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