肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子

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1巻

1-2

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「K部長というより、私は男性との関係とか、そもそも恋愛自体に不信感を抱いてますね」
「どうしてです?」
「私の過去のトラウマです。そのせいで恋愛を信じられなくなってしまったんですよね」
「過去のトラウマって、なにがあったんですか……と聞きたいところですけど、長くなることは必至だと思うので、タイトルだけ聞かせてください」

 高橋くんは詳細を聞いてもいないのに、恐れたように身を引いている。
 おそらくどこにでもこんな話は転がっていて、高橋くんも誰かに似たような話を延々と聞かせられて辟易へきえきした経験があるのだろう。
 私としても彼に詳細を話す気はない。私のいきどおりまで話したら最後は愚痴になってしまうだろう。

「そうですね……タイトルをつけるとしたら『あてのないドライブ』ですね」

 意味不明だったのか、高橋くんは眉根を寄せた。

「ホラーみたいなタイトルですね。ドライブがトラウマなんですか?」
「そういうことです。高橋くんは好きな人とか、いないんですか?」

 話題を逸らすためと、礼儀としても相手にもたずねてみたのだが、高橋くんからはさすがの答えが返ってきた。

「ぼくですか? ぼくは学生のときに好きだった女性が親友と付き合うことになって、それをずっと引きずったままですね」
「きっと彼女は今頃、高橋くんのよさに気づいて、付き合わなかったことを後悔してますよ」
「あ~、そういう根拠のない慰めはやめてください。傷がえぐられますので」
「……それは失礼しました」

 場はそろそろお開きという頃になり、みんなは帰り支度を始めている。
 私も残ったビールを飲み干して、取り皿にとった料理を平らげた。
 会計が終わったので、みんなは続々と席を立つ。
 村木さんが部長に「このあと、どうします?」とたずねている声が聞こえた。
 二次会へ行く人もいるだろうが、このあとは個々の流れになるので、私はさっさと帰宅するつもりだ。
 お手洗いを済ませてから居酒屋の外へ出ると、高橋くんは早々に駅へ向かっていた。店の前には二次会を相談する一団がいたが、それを避けて私も駅へ行こうとしたとき。

「吉岡さん、ちょっといいかな」

 甘くて低い声がかけられ、ふと振り返る。
 話題になったK部長――もとい久我部長である。彼の両隣には村木さんともう一人の女性が、ぴったりとくっついていた。
 このあと彼らはどこかで呑むと思われるが、私は参加する気はない。
 まさか誘われるわけはないと思いながらも、平静を装って返事をした。

「なんでしょうか?」
「このあと、二人で呑もう。話したいことがある」

 途端に女性たちから不満の声が上がった。
 部長が二人きりで呑む相手に私を指名したことが、彼女たちはショックのようだ。
 誰もが不満の声を上げるだけだったが、その中で果敢にも村木さんが部長に提案した。

「久我部長。私たちもご一緒していいかしら? せっかくだからみんなで行きましょうよ」
「村木さん。俺は、吉岡さんに話があるんだ。きみたちはほかのグループで呑みたまえ」

 芯の通った、有無を言わせぬ声音が響く。圧倒された村木さんは黙ってしまった。
 おそらくだが、部長の話とは説教ではないだろうか。
 仕事のことか、それとも先ほど高橋くんとイニシャルで噂話をしていたのがバレてしまっただとか。
 いずれにせよ、上司と二人きりで呑むなんて、村木さんたちが想像するほど楽しい話ではない。

「……わかりました。ご一緒させていただきます」

 仕方なく私は了承した。確かにイニシャルでの噂話は、本人の耳に入ったら不愉快極まりないだろう。そのことを指摘されたら、高橋くんの分も素直に謝ろう。

「では、行こうか」

 部長は女性たちの輪から抜け出すと、滑らかな仕草でてのひらを差し出し、私を促した。背後からは女性たちの残念そうな声が聞こえた。
 どうせお小言なのだろうからそんなに残念がらなくても……と思いつつ、私は部長のあとについていく。
 私の少し前を歩く部長の背中が広くて見惚れてしまう。脚も長いし、どこから見てもスタイルのよい完璧な人だ。
 小言なのだから近くの居酒屋にでも入るのだろうと思っていたが、どうやら少し遠い店のようで、部長の歩みは止まらない。
 歩道を進んでいると、車道ぎりぎりを車が通過して、ひやりとさせられる。
 少し酔っているから、気をつけないと。
 そう思ったとき、前を行く部長が、つと振り返った。

「危ないから、こちらに」

 長い腕を伸ばして腰を引き寄せられ、歩道側へと誘導される。部長と体が密着して、どきんと心臓が跳ね上がる。
 これは車に接触しそうになったからなのか、それとも部長とくっついたからなのか……よくわからない。

「あの、大丈夫ですから」

 さりげなく離れようとしたが、部長の手は私の腰にしっかりと回されている。

「いけない。転んだらどうするんだ」
「これだと、私が転んだら部長まで巻き添えになってしまいますけど」
「きみを転ばせないくらいには鍛えているから安心したまえ」

 ふっと部長は笑みを向ける。
 頼もしいな……なんて、きゅんと私の胸が鳴ってしまった。
 ……私、部長に好意を持っているのかな?
 そんなわけないよね。だってもう私は恋愛しないんだから。
 そうしてしばらく二人で歩いていくと、繁華街を抜けて大通りに差しかかった。
 少し歩いたあと部長が入ろうとしたのは、大通りに面した外資系の高級ホテル。

「え。ここですか?」
「夜景を見たくなってね。ホテルの最上階にあるバーで飲み直そう」

 まさかラグジュアリーホテルに行くとは。
 部長は微笑を浮かべ、私の腰を支えながらエスコートしてくれた。
 ドアマンが丁寧にお辞儀する脇を通り抜けて、クリアガラスの洒落しゃれた回転ドアを通った。
 ホテルのロビーはきらめくシャンデリアが吊り下げられ、磨かれた大理石のフロアが輝いている。水が流れるオブジェがあって、とても豪奢ごうしゃな空間だ。
 こんなに高級なホテルに入ること自体が初めてで、思わず目眩めまいがしてしまう。
 けれど部長がホテルの夜景が見たいと言うのなら、ついていくしかない。

「チェックがあるから、ちょっとここで待っていてくれ」
「はい」

 ロビーの一角にある臙脂えんじ色の椅子を勧められたので、大人しくそこに腰をかける。
 格式あるホテルでは、バーの利用であってもデスクでのチェックインが必要なのかもしれない。
 コンシェルジュデスクからすぐに戻ってきた部長は、笑みを浮かべて私に手を差し出した。

「さて。お嬢様が酔っ払っていないか、チェックしてみよう」
「お嬢様だなんて……。部長のほうが酔ってるんじゃないんですか?」

 部長の冗談に、私は顔をほころばせる。

「俺は酔い潰れたことはないよ。だから安心して俺の手を取るんだ」
「では、お言葉に甘えて……」

 姫を守る騎士のように差し出された大きなてのひらに、私はそっと自らの手を重ねた。
 部長の手は、火傷しそうなくらいに熱い。彼の熱い体温がてのひらを通して、体中に浸透するような錯覚に襲われ、どきどきと胸が高鳴る。
 部長の手を借りて私は難なく立ち上がった。
 ……酔いが回っているわけではないので平気なのだけれど、なぜかこの手を離したくない。

「うん、大丈夫みたいだね。でも心配だから、バーの椅子に腰を下ろすまで手をつないでいよう」
「ええ……? 恥ずかしいです」
「それじゃあ、俺の腕に手を回して」
「それも恥ずかしいです」
「それじゃあ……」

 私たちは戯れのように話しながら、ロビーの奥にあるエレベーターへ向かった。結局、手はつないだままだ。
 豪奢ごうしゃなエレベーターホールには私たちしかいない。部長がエレベーターのボタンを押すと、すぐにドアが開いた。
 どきどきと胸の鼓動が大きく鳴り続けているのは、稀有けうな体験をしているから。
 別に部長に惹かれているわけではない……たぶん。
 浮遊感がなくなり、最上階のフロアにエレベーターが到着する。エレベーターから出たあとも私たちはしっかりと手をつないで、瀟洒しょうしゃなバーへ入った。
 ピアノの生演奏が流れているバーは、しっとりした雰囲気が漂っている。青い墨を垂らしたかのような薄闇の中、ところどころにともされたほのかな橙色の照明を見ると、心が落ち着いてくる。
 音もなく近づいてきたスタッフに、部長はなにかを告げた。
 彼は薄闇の中で私の手を引き寄せると、そっと耳元でささやく。そうしないと、ピアノの調べで聞こえにくいから。

「さあ、窓際の席へ行こう。夜景がよく見えるよ」
「は、はい」

 部長に導かれて、窓際へ近づく。

「わあ……綺麗……」

 窓の向こうに視線を向けると、きらきらした夜景が輝いていた。
 まるで黄金と貴石がちりばめられた海のようだ。感嘆の息を吐いた私は、目を細めて都会の夜景に夢中になった。

「気に入ってくれたかい?」

 部長の声にハッとなって視線を外し、窓際のボックス席に座る。ピアノの奏でる曲と、人々のささやき声が混じり合う極上の空間に身を浸す。

「……こんな素敵な夜景、初めて見ました」
「デートでは来たことないの?」

 何気なく質問をされて、ぎくりとする。
 これまでこんなにも華やかな世界は知らなかった。でも二十六歳という年齢を考えたら、バーで夜景を見るデートくらい、当たり前なのかもしれない。

「えっと……」

 言い淀んでいると、スタッフが飲み物を運んできたので、私は口を閉ざした。
 私が夜景に夢中になっている間に注文してくれたようだ。部長はスタッフから受け取った黄金色のカクテルを、私の前に差し出す。

「これは……オレンジジュースですか?」
「アプリコットフィズ。アマレットを炭酸で割ってレモンジュースを加えているから、爽やかな呑み口だよ」

 そう説明した部長は、自らはウィスキーのロックを手にしている。
 レモンと氷が浮かんだカクテルは照明の明かりを反射して、きらきら光っている。初めて呑むカクテルだけれど、レモネードが好きなので、このカクテルも私の好きな味だろう。
 私はロンググラスを両手で取り、黄金色のカクテルを夜景にかざした。
 部長も軽くロックグラスを掲げる。

「乾杯」
「おつかれさまです」

 カクテルを一口呑む。アプリコットの甘さの中に、レモンの酸味が絶妙に混じり合っていて、とても美味しい。

「甘くて飲みやすい……美味しいです」
「花言葉と同じようにカクテル言葉というものがあって、アプリコットフィズには『振り向いてください』という意味が込められているんだ」

 甘く優しく私にささやく部長は、ロックグラスを片手に微笑んでみせた。
 仕事に厳しい普段の部長からは考えられないセクシーさがあふれている。

『振り向いてください』

 ――まさか、私に?
 どきん、と胸が鳴る反面、私の心の底には疑念が湧いた。
 なんだか場慣れしている部長は、ほかの女性ともこうして夜景を見に訪れたのではないだろうか。
 私は素知らぬふりをして、先ほどされたのと同じような質問を返した。

「部長はよくデートで、ここを利用されているんですか?」

 モテる部長のことだから、このバーも常連なのではないか。うちの部署の女性なら、部長に声をかけられて断る人なんていないだろうし。

「いいや。俺、今までデートしたことないんだよ」
「……えっ!?」

 ところが部長は、あっさり言い放った。

「このバーは一人でよく来るけどね。いつもはカウンターで呑んでる」

 なんと、部長はデート未経験者らしい。私も似たようなものだけれど。
 私はともかく、イケメンで御曹司の部長がデートをしたことがないなんて信じられない。それとも、家柄の格が高いゆえに、軽々しくデートできないといった事情なのだろうか。

「そうなんですね。部長はモテるから、意外です」
「好きでもない人にモテてもしょうがないよ。デートだって、好きな人としかしたくないだろう?」
「確かに……そうですね」
「さっきの質問だけど、吉岡さんはデートしたことないの?」
「実は、私もないんです。デートなのかどうか、わからなかったことはありますけど」

 部長があっさりデートをしたことがないと打ち明けてくれたので、私も言いやすかった。
 ただ、『あてのないドライブ』はノーカウントかと思うが、正直な部長の前では誤魔化すこともできず、つい補足してしまった。

「なるほど。曖昧なのはあるんだね。その男に嫉妬してしまうな」
「あれは……忘れたい思い出なんですけどね」

 すると彼は気遣わしげに言った。

「居酒屋で小耳に挟んだけど、『あてのないドライブ』に関係があるのかい?」

 そのワードを耳にして、あれだけうるさかった私の鼓動がすうっと静かになる。
『あてのないドライブ』は、私が恋愛と結婚に絶望し、トラウマとなるまでに至った元凶の出来事だ。
 他人からしたらたいした話ではないだろうし、この流れで秘密にするほうが不自然だろう。

「……その通りです。私のトラウマなんです。『あてのないドライブ』のこと、話してもいいですか?」
「もちろん。ぜひ聞きたいね」

 夜景に目をやった私は、訥々とつとつと話し始めた。

「学生時代に、合コンで知り合った鈴木すずきさんという男性と連絡先を交換しまして。彼は社会人だったので、普段は彼の仕事が終わってから、夜中に彼の車であてもなく街中をドライブするデートのようなことを、頻繁にしていたんですよね」
「ふうん。食事に行ったりしないのかい?」
「しないんです。どこにも寄らずにドライブするだけでした。彼の会話も上辺だけのような感じで、そもそも私たちが付き合ってるかどうか疑問だったんです」
「……なるほど」
「なにかイベントが必要かなと思った私は、年末が近かったので彼に年賀状を送ろうとしました。それで彼に住所を聞いて年賀状を送ったんですが……それ以来、音信不通になりました。年賀状はお正月明けに『あて所不明』のスタンプが押されて戻ってきて、彼とはそれきりです」

 年が明けて数日、年賀状が戻ってきたときに受けた衝撃は忘れられない。
 年賀状を送る前に鈴木さんに確認をとったので、私が住所を書き間違えたということはない。
 ということは、彼は平然と嘘の住所を私に教えたのだ。
 つまり、家を知られたくないし、私とは恋人のような関係を望んでいないという表れだった。
 お互いの気持ちが盛り上がらないのも当然だ。彼は自分のことを明かしたくないと、隠していたのだから。もしかしたら、鈴木という苗字も偽名だったのかもしれない。
 部長は眉根を寄せた。

「それは……嘘の住所だったということだよね。その彼は結婚してたんじゃないか?」
「ええ。姉や友達にこの話をしたら、みんなそう言いました」

 このことを、私は姉や女友達に相談した。
 そうすると、「その人、結婚してたんだよ」という、まったく同じ答えが返ってきた。

「そうだろうね。既婚者だから家を知られたくないし、店に入らないのは、吉岡さんといるところを知り合いに見られたくないからだろう。しかし車で連れ回した挙げ句、嘘の住所を教えるとは、不誠実な男だな」
「ですよね……。あてのないドライブはなんだったんだろうと思いましたけど、私から誘うのを待ってたというのが周りの意見なので、そうなんだと思います」

 私は赤いスタンプの押された年賀状を、ゴミ箱に捨てた。
 鈴木さんとはなにもなくてよかった。あんな卑怯な男に処女を捧げなくて助かったと思おう。捨てた年賀状を見て、私はそう決心した。
 この経験のおかげで、恋愛や結婚に夢を見られなくなったというわけだ。

「吉岡さんは、その男に未練があるの?」

 私は勢いよく首を横に振る。
 未練なんてあるはずがない。恋心もなにも、始まる前に裏切られたのだから。

「ありません。気持ちが盛り上がらないまま終わりましたから。それから合コンには行ってませんし、出会いを求めなくなりましたね」
「なるほど。それで恋愛や結婚に絶望したというわけか」
「はい……」
「じゃあ、その『あてのないドライブ』はデートとしては数えないことにしようか」
「そうしてください」

 部長は優しい笑みを浮かべて、私の髪をそっと撫でた。

「そんな男のことなんか忘れろ。きみを大切にしてくれる男は、きっといるよ。案外、すぐ近くに」 
「えっ……それって……」

 私は瞠目どうもくした。
 意識すると、どきどきと胸が高鳴る。顔が熱くなったのは、お酒のせいだと思いたい。
 部長はどういうつもりなんだろう。
 彼は先ほどから、手をつないだり、『振り向いてください』というカクテル言葉を持ち出したり、まるで私を口説くどいているような素振りを見せる。
 経験のない私をからかって楽しんでいるのだろうか。
 怒るべきなのかもしれないけれど、部長の言葉の一つひとつが私の胸に染み込んで、心臓を揺らすので、反応に困ってしまう。
 私はカクテルを呑んで気持ちを落ち着かせた。
 でもその間も、部長は端麗な顔をこちらに向けて、じっと見つめてくる。

「俺なんか、どうかな?」
「あの……からかうのはやめてください」
「からかってないよ。俺はいつでも真剣だ」
「だって、部長が私を口説くどいてるみたいに感じられるんです」
「好きな人としかデートしたくないと言ったろう。つまり口説くどいているんだが、ほかにどう聞こえる?」
「……経験のない私をからかってるように聞こえます」

 部長の手にしたロックグラスの氷が溶けて、カランと涼しげな音を立てた。
 グラスを持った彼の長い指が私の目を惹く。

「俺が、からかうような男に見える? 吉岡さんの中では、俺はどんなイメージなのかな?」
「仕事には厳しい上司というイメージですね。ここに呼ばれたのも、なにか仕事のことでお説教でもされるのかなと思いました」

 苦笑した部長は、ことりとロックグラスをテーブルに置いた。

「そう思われても仕方ない誘い方だったね。きつく言わないと、吉岡さんは誘いに乗ってくれなそうだからな」

 ……部長が、私を本気で口説くどいている?
 にわかには信じられなかった。
 だってイケメンで御曹司の彼が、こんな凡庸な私を特別に扱って、果ては口説くどこうだなんて、夢でも見ているようだ。
 恋愛なんてしない。私にできるわけがない。
 でも、もし子どもを授かるとしたら、その相手は部長がいい。彼でなくては嫌だという確固たる思いが私の中にはいつの間にか存在していた。
 ――実は、私は部長に恋しているのかもしれない。
 けれど、かぶりを振って湧き上がった想いを否定する。
 あれだけのトラウマがあるのだから、私はもう恋なんてしない。ただイケメンで仕事のできる部長の優秀な遺伝子が欲しいだけなんだから!
 とはいえ、まさかあなたの遺伝子だけくださいと言うわけにもいかない。
 私は優しい目でこちらを見ている部長を、ちらりと見た。

「初デートの相手が、久我部長でよかったです」

 勇気を出してそう告げると、彼は破顔する。

「俺もだよ。吉岡さんと、初めてのデートをしたかったから」
「どうして私なんですか? 私は美人でもないし、平凡な女です」

 ほろ酔いになった私に、部長がささやく。

「吉岡さんはとても仕事を頑張っているよね。そういう一生懸命な姿に惹かれたんだ」
「……仕事ですから、懸命にこなすのは当然です」

 少し酔った私は、ふわふわしながら返事をする。
 部長は妖艶ようえんな雰囲気をまとい、私を見つめた。

「ご褒美に、一つだけ願い事を叶えてあげよう」

 彼の魅力的な言葉が、脳内に染み込んでいく。
 一つだけ……
 なんでも叶えてくれるの? 
 だとしたら、どうしても欲しいものがある。
 今の私がどんなに頑張っても、一人では得られないもの。
 部長を見ると、二人の距離はとても近くて、キスしそうなほどだった。
 切れ長の双眸そうぼうが、私を覗き込む。まるで心の奥まで見透かされそう。
 息を吸い込んだ私は切なる願いを口にした。

「私に、あなたとの子どもをください!」


    ◆


 正直に言って、俺は面食らった。
 吉岡さやかの願いは斜め上のものだったからだ。
 ――あなたとの子どもをください。
 いろいろと過程を飛ばしているようだが、彼女はいったいどういうつもりなのだ。

「……吉岡さん。俺の聞き間違いでなければ『あなたとの子どもをください』と、きみは言ったのかな?」

 吉岡さんは今さら自分の発した台詞に羞恥を覚えたようで、かぁっと顔を赤らめた。そんな顔も最高に可愛らしい。
 うろうろと視線をさまよわせてから、彼女はようやく頷いた。

「……はい。言いました」

 なんだか俺がいじめているみたいで、嗜虐心しぎゃくしんが煽られる。
 彼女を、ぎゅっと抱きしめたい衝動を、俺はかろうじて抑えつけた。
 さて。どう出るべきか。
 彼女をホテルのバーに誘ったのは、もちろん下心があるからだ。
 御曹司という身分だからか、俺は学生のときから女にちやほやされてきた。
 だが、彼女たちが好きなのは俺の顔や身分であって、俺自身に興味のあるやつはいない。それどころか俺に対して御曹司らしい言動を求めてきて、辟易へきえきとしていた。
 今の会社でも同じだ。女性社員たちは、御曹司と交際して結婚する幸せな自分……という夢を追いかけているだけで、俺自身のことは見ようとしない。
 そんな中で、吉岡さやかだけは異質だった。
 どうにも彼女にだけは避けられている気がする。俺を避ける女など、今までに見たことがない。
 苦手意識を持たれると、肉食の血が騒いでしまう。
 ――吉岡さやかに近づきたい。


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