獣人王と番の寵妃

沖田弥子

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獣人王の祝宴 3

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 そこは、濡れていないのに。
 感じる内股を探るように舌を這わされて、官能を含んだ吐息が唇から零れた。
 ずくり、と花芯が淫らな反応を示す。
 はっとした天は湧き上がる情動に必死に抗い、強靱な肩を押し返した。

「あ……、や……っ、やめて……!」

 こんなこと、いけない。
 天の華奢な腕では剛健な肩はびくともしなかったが、ふいに舌が離れた。
 情欲を孕ませていたエドの瞳はひとつ瞬きをすると、穏やかな眼差しに戻る。腰を抱いていた大きな掌で、宥めるように優しくさすってくれた。

「いやがることは、しない。嫌われたくないからな」

 え、と天は心の中で首を捻る。
 僕は、いやだったのだろうか。
 王の宴で側近のエドとこのような行為に耽ることは、良いわけがない。いやです、と主張して然るべきだ。
 それなのに愛撫を途中で止められたことにより、投げ出された身体は物足りなさを覚えて切なく疼いた。なぜか鼓動は甘く高鳴り、収まってくれない。
 自分の身体になにが起こっているのか分からず、視線を彷徨わせていると、エドは真新しい下衣を穿かせて、上から紗布を腰に巻いてくれた。

「これでいい。よく似合っている」

 宝石の散りばめられた真紅の紗布はとても高価そうな代物で、一介の舞手には手が届かないものだ。
 立ち上がったエドは、ふと天の胸元に目を留めた。革紐の絡んだ翡翠の欠片を、ついと指先で掬う。

「これは……」
「僕のお守りです。子どものときに出会ったひとが、授けてくださったんです」
「そうか。大切にしているのだな」

 あのひともエドと同じ青褐色の毛をしていたと記憶しているが、狼型の獣人には青褐色のひとがとても多いので、毛色だけでは判断できない。バシリオの毛色もエドと少々濃淡が異なる程度なので、隣に並ばないと見分けがつかないくらいだ。
 広間からは涼やかな笛の音色が流れてくる。舞の披露は終わったらしい。

「ありがとうございました。もし追放されることになっても……エドに助けていただいた御恩は忘れません」

 あの場はエドのおかげで収めてもらえたが、バシリオの怒りを思えば追放は免れないかもしれない。宿舎に戻れば宴席を乱した沙汰が言い渡されるだろう。
 項垂れた天の肩にそっと大きな掌が置かれる。琥珀色の双眸を眇めたエドに、まっすぐに射抜かれた。

「追放はさせない。君は他の舞手に押されたから卓に手をついたのだ。それなのに、なにも言い訳をしなかった。天は清らかな心の持ち主だと、私からバシリオに進言しておこう」

 彼は見ていてくれたのだ。エドが分かってくれただけで、喜びが胸に溢れる。
 天はもう一度礼を述べながら、肩に置かれた掌のぬくもりを心に刻んだ。



 妃候補の朝は早い。
 暁の頃、鳴り響く鉦鼓の音にオメガたちは一斉に飛び起きる。
 天は眼を擦りながら寝台を下りた。
 封号のない妃候補は舞手といえど、小間使いと同等の格である。宿舎のひとつの部屋には六名分の寝台が並べられ、着替えをするだけで隣の者と肩がぶつかる。
 午前中は広大な宮殿の清掃を行い、それが終われば講師から勉学を教わる。さらに舞の指導もあり、疲れて宿舎に戻れば居室の掃除に洗濯、そして大量の宿題が待っている。自分たちの食事も交代制で作らなければならない。宿題をするときは寝台に板を敷き、部屋にひとつしかない燭台の灯りを元にして筆を執る。
 後宮に入れば贅沢な暮らしができると街では噂されているが、それは封号を与えられた妃の話である。妃候補は連日が掃除と勉強の繰り返しで、街へ遊びに行くことも許されない。監督官に監視された自由のない生活はさながら囚人のようだ。
 宿舎に百名ほど在籍している妃候補たちはそれぞれが舞手、歌い手、奏者など部門ごとの選抜試験に合格して後宮入りを果たしているが、想像との違いに落胆して、早々に故郷へ戻る者も少なくない。天と同室者はすべて舞手で、宴のときに王に会えることを期待していた分、皆の落胆は大きかった。最後まで玉座は空のままだったのだ。粗相をした天はお咎めなしだったので安堵したのだが、ルカス教育官の鬼のような形相は忘れられない。
 簡素な麻の平服に着替えながら、同室のれいは早々にぼやきだす。

「王は妃を娶る気がないんだよ。先代の王はお披露目で百人に封号を与えたっていうのにさ。俺も一番下の位でいいから妃になりたいな。宮殿に住んで美味しいもの食べてそれから……」
「黎、今週は僕と食事当番だよね。早く支度しよう」

 ぐずる黎の腕を引いて厨房へ連れ込む。一室分の食事を当番のふたりで作るのだが、厨房は狭いので各部屋の当番たちですぐにいっぱいになってしまうのだ。場所が空かないと待たなければならず、宿舎を出るのが遅れてしまう。宮殿の掃除に遅刻すると監督官に懲罰を与えられるので、当番が迅速でないと部屋の雰囲気が悪化するのだ。
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