白熊皇帝と伝説の妃

沖田弥子

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その後の伝説の妃 2

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「じょうぶ?」
「そうだ。白熊一族は特有の病気に罹りやすい遺伝子を持っていたのだ。そのためエミルの祖先は白熱病に冒され、亡くなってしまった者も数多くいた。だが、エミルにその心配はない。なぜなら、ママの丈夫な遺伝子を受け継いだことにより、病に罹る可能性は格段に減っているのだからな。ママの黒い髪と黒い瞳は、丈夫な遺伝子を持っていることの証明なのだ。パパの憧れだ。とても綺麗な色なのだよ」

 結羽の胸に、じんとした感動が広がる。
 異世界人である結羽の髪と目の色を、レオニートは丈夫な遺伝子の証だと褒めてくれるのだ。
 けれどエミルには難しい内容だったようで、彼は父親の銀髪を小さな手で掴みながら、こっくりと舟を漕ぎ出した。

「ふにゅ……」
「……眠ってしまったか。エミルには、まだ難しかったようだな」

 レオニートは頭に被さったエミルを肩車しながら、皇子の部屋に入った。
 くすりと微笑んだ結羽は、エミルの小さな体をレオニートの肩から下ろす。ふたりで協力してエミルを寝台に横たえ、毛布をかけてあげる。
 天使の寝顔を見せるエミルは、すうすうと安らかな寝息を立てていた。
 彼の純白の耳が、ぴくりと動いている。
 白熊一族の幼年期のみに見られる純白の耳だ。成年になれば人型のときの耳はなくなり、獣型への変身も自在に操れるようになるという。
 エミルの耳の毛をそっと撫でた結羽は感謝の言葉を述べた。

「ありがとうございます、レオニート……。僕の髪と目の色を、健康の象徴のように言ってくれて……」

 白熊病という大病は過去、白熊一族の間で蔓延したそうだが、現在は不治の病であろうとも、氷の花のおかげで治癒できるようになった。
 実際には結羽だって様々な病気に罹るだろう。黒い目を受け継いだエミルが、母親のおかげで健康に過ごせるという保証にはならないはずだ。
 すべて、レオニートの気遣いなのだ。
 目を伏せる結羽をじっと見つめていたレオニートは、その背を優しく撫でた。

「……君は今でも、私の妃となったことに後ろめたいものを抱いているのだな」
「それはそうですよ。僕は異世界からやってきたふつうの人間ですから。エミルを妊娠しなかったら、あなたの妃にはなれなかったかもしれないですし……」

 眉を跳ね上げたレオニートは、考え込むように顎に手を遣る。

「ほう……つまり、孕まなければ結羽は私の妃にはならなかったと?」
「え……ええ、まあ、そうかなと思います」

 おそらくお腹にエミルがいなければ、霊峰を登り切ることはできなかっただろう。結羽はあのとき力尽き、雪に埋もれて死んでいたはずだ。
 それ以前に、レオニートと別荘での一夜を過ごさなければ、彼はあのまま隣国の姫であるアナスタシヤと結婚していた。
 そうなっていて然るべきと思ったのだが、結羽の返答に非常に不満を抱いたらしいレオニートは美しい眉を寄せる。

「今夜はじっくり、結羽と話し合いたいことがある。ひとまず、氷の花を村人に授けようか」
「……わかりました」

 頷いた結羽は、ごくりと息を呑む。
 なぜなのかわからないけれど、レオニートの不興を買ってしまったようだ。
 氷の花を入れた籠を大切に抱えた結羽は、そっと皇子の部屋を出た。



 バルコニーから見上げた満天の星々は、冷徹に輝いている。

「寒いから、星が綺麗だな……」

 白い息を吐いた結羽は、纏っているローブの前を掻き合わせた。
 昼間は無事、村人に氷の花を渡せたので、ほっとした。昼寝をしたあとのエミルはたっぷり遊んだので、夜もぐっすり眠ってくれている。今は召使いに任せているから安心だ。
 温室には氷の花の他にも数多くの野菜や果物を植えている。今後の管理はどうしようかな……と考えを巡らせていると、ふいに体が熱いもので包まれた。

「結羽、どこにも行かないでくれ」

 唐突に投げかけられたレオニートの言葉に瞠目する。
 回された逞しい腕に、そっと手を添えながら、結羽は肩口に顎を預けているレオニートを振り返った。

「僕はどこにも行きませんよ。どうしてそんなことを聞くんですか?」

 ただ、星空を見上げていただけだ。結羽には帰る場所などない。家族の傍を離れるわけがないのに。 
 結羽の体を軽々と抱き上げたレオニートは、室内に連れ去る。
 寝室の暖炉では薪が赤々と燃やされているので、とても暖かい。
 夫婦の部屋には天蓋付きの寝台の他に、語らうための円形のテーブルと二脚の椅子、それに寝椅子も置かれている。
 レオニートはサモワールが湯気を上げているテーブルへ向かい、椅子に結羽の体を下ろした。お茶の準備をしてくれていたようだ。
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