15 / 56
十五話
しおりを挟む
「ええっ……そこまで……?」
「ホテルマンに止められたから部屋に戻って、ひとりでインルームダイニングを食べたよ。砂の味しかしなかったな。俺のなにがいけなかったのかとか、懊悩してた」
そんなことになっていたなんて知らなかった紗英は驚いた。
まさか悠司がいなくなった紗英を気にしていたなんて、露ほども思わなかったのだ。
「わ、私のことなんて、放っておいていいじゃないですか」
「よくない。改めて聞くけど、どうして逃げたんだい?」
「それは……なんだか怖くなったんです。酔った勢いで上司と寝てしまうなんて、なんてことしたんだろうと、混乱して……」
悠司はまた小さな息をついた。
真剣な双眸をした彼は、手を置いている紗英の両肩に力を込める。
だけど決して痛いほど力を入れているわけではなく、子猫を怖がらせないよう、ほんの少し押さえるといった程度だ。
「紗英は、俺と一夜をともにしたことを後悔してるのか?」
「……わかりません」
「じゃあ、俺とセックスして、嫌だった?」
紗英は首を横に振った。
嫌なんてことはなかった。
悠司は紗英を優しく抱いてくれた。あんなにも丁寧な愛撫を施されて、感じるセックスを経験したのは生まれて初めてだった。
「ちょっと嫌なこと聞くけど、元カレのことはまだ好きなのか?」
「いいえ。一度も好きと思ったことありませんので」
「え? じゃあ、なんで付き合ってたんだ?」
「……なんででしょう。元カレが要求するので料理をしたり洗濯したり、あれこれやらされていた感じですね」
「利用されていたということか。付き合ったのはクズ男ばかりだから、俺もそうなるだとか言ってたもんな」
紗英はもう恋愛しないほうがよいと思っている。
自分はクズ男を引き寄せるばかりか、さらに男をクズにしてしまう。
もしも悠司が紗英と付き合うようなことになったら、彼がクズ男に変貌してしまう恐れがある。優しくて気遣いに溢れる悠司が、自堕落になっていく姿なんて見たくなかった。
「そうなんですよね。でも一夜限りのことですから、その話も忘れてください」
悠司は訝しげに目を細めた。
間近から見つめてくるので、吐息が触れそうなほどだ。
端麗な容貌に圧倒されて、紗英は思わず硬直する。
「一夜限りなんて、誰が言った?」
「え? だって……」
そういえば、一夜限りだとか、忘れるだとか、すべて紗英が勝手に解釈したことである。
悠司がどう考えているのかは、まだ聞いていなかった。
彼は真摯な双眸で言葉を紡ぐ。
「俺はバーで言ったはずだ。俺がクズ男になったら、俺の負け。きみのことは諦める。ただし、きみが俺に惚れて甘えられたら、俺の勝ち。俺の言うことを聞いてもらう。そうだったろ?」
「そういえば、悠司さんはそんなことを言ってましたね。酔っていたので意味がよくわかりませんでしたけど」
「つまりな、俺ときみが付き合うということだ。だからセックスしたんだろ。遊びじゃないんだぞ」
「……ええっ⁉」
悠司の言い分を聞いた紗英は驚きに目を瞠った。
なんと、付き合う前提でのセックスだったという。
だが悠司の言うことをすんなりと受け入れるわけにはいかない。彼をクズ男にしたくないゆえに、付き合えないのだから。
「ちょっと待ってください。それって、私が勝ったら、悠司さんがクズ男になってしまうわけじゃないですか。あなたは将来、会社を背負って立つ御曹司なんですよ? その未来を潰すようなことできません」
「心配ない。俺が勝つ」
絶対の自信を見せられ、紗英は目眩を覚える。
悠司が勝つには、紗英が彼に惚れて甘えられるようにならなければいけないという。
惚れる――という箇所はともかくとして、甘える女になんてなれる気がしない。
「私は甘えるのはすごく苦手なんです……」
「そんなところあるよな。仕事でも誰かに頼ることをしないし、全部自分で片付けようとするだろ」
仕事でもそうだが、プライベートでもそういった傾向がある。
クズ男と付き合ってしまうのも、男性に甘えられないのが要因なのもあるだろう。
求められるままに食事を作って洗濯をして、寝転がってテレビを見ているだけのクズ男のために脚のマッサージまでする。
まるで母親である。
しかも、してあげた分だけ返してもらおうとはしない。
紗英だって、愛の言葉を囁いてほしいだとか、どこかに連れていってほしいという欲求はある。だけど、それとなく言っても、面倒そうな返事しかもらえないので我慢していた。
だから相手が図に乗って紗英に甘えるのだ。
「ホテルマンに止められたから部屋に戻って、ひとりでインルームダイニングを食べたよ。砂の味しかしなかったな。俺のなにがいけなかったのかとか、懊悩してた」
そんなことになっていたなんて知らなかった紗英は驚いた。
まさか悠司がいなくなった紗英を気にしていたなんて、露ほども思わなかったのだ。
「わ、私のことなんて、放っておいていいじゃないですか」
「よくない。改めて聞くけど、どうして逃げたんだい?」
「それは……なんだか怖くなったんです。酔った勢いで上司と寝てしまうなんて、なんてことしたんだろうと、混乱して……」
悠司はまた小さな息をついた。
真剣な双眸をした彼は、手を置いている紗英の両肩に力を込める。
だけど決して痛いほど力を入れているわけではなく、子猫を怖がらせないよう、ほんの少し押さえるといった程度だ。
「紗英は、俺と一夜をともにしたことを後悔してるのか?」
「……わかりません」
「じゃあ、俺とセックスして、嫌だった?」
紗英は首を横に振った。
嫌なんてことはなかった。
悠司は紗英を優しく抱いてくれた。あんなにも丁寧な愛撫を施されて、感じるセックスを経験したのは生まれて初めてだった。
「ちょっと嫌なこと聞くけど、元カレのことはまだ好きなのか?」
「いいえ。一度も好きと思ったことありませんので」
「え? じゃあ、なんで付き合ってたんだ?」
「……なんででしょう。元カレが要求するので料理をしたり洗濯したり、あれこれやらされていた感じですね」
「利用されていたということか。付き合ったのはクズ男ばかりだから、俺もそうなるだとか言ってたもんな」
紗英はもう恋愛しないほうがよいと思っている。
自分はクズ男を引き寄せるばかりか、さらに男をクズにしてしまう。
もしも悠司が紗英と付き合うようなことになったら、彼がクズ男に変貌してしまう恐れがある。優しくて気遣いに溢れる悠司が、自堕落になっていく姿なんて見たくなかった。
「そうなんですよね。でも一夜限りのことですから、その話も忘れてください」
悠司は訝しげに目を細めた。
間近から見つめてくるので、吐息が触れそうなほどだ。
端麗な容貌に圧倒されて、紗英は思わず硬直する。
「一夜限りなんて、誰が言った?」
「え? だって……」
そういえば、一夜限りだとか、忘れるだとか、すべて紗英が勝手に解釈したことである。
悠司がどう考えているのかは、まだ聞いていなかった。
彼は真摯な双眸で言葉を紡ぐ。
「俺はバーで言ったはずだ。俺がクズ男になったら、俺の負け。きみのことは諦める。ただし、きみが俺に惚れて甘えられたら、俺の勝ち。俺の言うことを聞いてもらう。そうだったろ?」
「そういえば、悠司さんはそんなことを言ってましたね。酔っていたので意味がよくわかりませんでしたけど」
「つまりな、俺ときみが付き合うということだ。だからセックスしたんだろ。遊びじゃないんだぞ」
「……ええっ⁉」
悠司の言い分を聞いた紗英は驚きに目を瞠った。
なんと、付き合う前提でのセックスだったという。
だが悠司の言うことをすんなりと受け入れるわけにはいかない。彼をクズ男にしたくないゆえに、付き合えないのだから。
「ちょっと待ってください。それって、私が勝ったら、悠司さんがクズ男になってしまうわけじゃないですか。あなたは将来、会社を背負って立つ御曹司なんですよ? その未来を潰すようなことできません」
「心配ない。俺が勝つ」
絶対の自信を見せられ、紗英は目眩を覚える。
悠司が勝つには、紗英が彼に惚れて甘えられるようにならなければいけないという。
惚れる――という箇所はともかくとして、甘える女になんてなれる気がしない。
「私は甘えるのはすごく苦手なんです……」
「そんなところあるよな。仕事でも誰かに頼ることをしないし、全部自分で片付けようとするだろ」
仕事でもそうだが、プライベートでもそういった傾向がある。
クズ男と付き合ってしまうのも、男性に甘えられないのが要因なのもあるだろう。
求められるままに食事を作って洗濯をして、寝転がってテレビを見ているだけのクズ男のために脚のマッサージまでする。
まるで母親である。
しかも、してあげた分だけ返してもらおうとはしない。
紗英だって、愛の言葉を囁いてほしいだとか、どこかに連れていってほしいという欲求はある。だけど、それとなく言っても、面倒そうな返事しかもらえないので我慢していた。
だから相手が図に乗って紗英に甘えるのだ。
3
あなたにおすすめの小説
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。
泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。
でも今、確かに思ってる。
―――この愛は、重い。
------------------------------------------
羽柴健人(30)
羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問
座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』
好き:柊みゆ
嫌い:褒められること
×
柊 みゆ(28)
弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部
座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』
好き:走ること
苦手:羽柴健人
------------------------------------------
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される
絵麻
恋愛
桐島花は父が病没後、継母義妹に虐げられて、使用人同然の生活を送っていた。
父の財産も尽きかけた頃、義妹に縁談が舞い込むが継母は花を嫁がせた。
理由は多額の結納金を手に入れるため。
相手は二十五歳も歳上の、海軍の大佐だという。
放り出すように、嫁がされた花を待っていたものは。
地味で冴えないと卑下された日々、花の真の力が時東邸で活かされる。
Melty romance 〜甘S彼氏の執着愛〜
yuzu
恋愛
人数合わせで強引に参加させられた合コンに現れたのは、高校生の頃に少しだけ付き合って別れた元カレの佐野充希。適当にその場をやり過ごして帰るつもりだった堀沢真乃は充希に捕まりキスされて……
「オレを好きになるまで離してやんない。」
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる