一途な御曹司の甘い溺愛~クズ男製造機なのでお付き合いできません!~

沖田弥子

文字の大きさ
14 / 56

十四話

しおりを挟む
「わかった。それじゃあ、終業後に会議室で。今度は逃がさないからな」
 どうにか納得してくれたようだ。
 唇に弧を描いた悠司は、腕を下ろして紗英を解放した。
 ほっとした紗英は、誰かに見つからないうちにエレベーターホールへ向かおうとする。
 だがその間際、悠司の唇が耳朶を掠めた。
「あっ」
 熱くて柔らかい感触に、かぁっと顔が火照る。
 耳を手で覆った紗英は、驚いて悠司に目をやる。
「残念」
 そう呟くと、彼は踵を返してフロアに戻っていった。
 まるで獰猛な肉食獣が、獲物を逃して惜しい顔をしているようだ。
 でもその顔には、次はそうはいかないという余裕が滲み出ていた。
 呆然とした紗英は、悠司が去っていった廊下を見つめていた。
 残念ということは、まさか、唇にキスするつもりだったの……⁉
 平然として艶めいたことを仕掛ける悠司に翻弄されている。
 でも、それが嫌ではないから困ってしまう。
 耳が赤くなっていないか気になった紗英は、シュシュを外して、セミロングの髪で隠す。
 エレベーターに乗っている最中も気になってしまい、何度も髪をいじった。
 もう……悠司さんったら……。
 困っているはずなのに、紗英の鼓動は軽やかに脈打つ。胸がときめくのを、どうしても抑えられなかった。

 やがて本日の業務は無事に終了した。
 社員が続々と帰宅する中、悠司は書類を眺めている。
 紗英も彼と会議室で話をする予定があるので、パソコンで顧客情報を見直していた。
 すると、木村が笑みを浮かべて悠司のデスクに近づく。
「桐島課長、このあとお食事に行きませんか? ちょっと相談したいことがあるんです」
 堂々と食事に誘えるのは、自分が男性から断られない美人だと、彼女自身が知っているからだろう。悠司を狙っている女性社員は多いものの、人前で誘うのは勇気がいるため、表立って誘うことは誰もしない。
 パソコンの画面を見つめながら、紗英は少し不安になった。
 悠司が木村との食事のほうを選んだなら、会議室で会う約束は反故されることになる。それとも会議室で話してから、彼女と食事に行くという選択をするのだろうか。
 悠司は紗英と木村の双方の上司であるので、どちらを選んだから不誠実であるなどということにはならない。
 でも、木村さんと行かないでほしいな……。
 なんとなくそう思った。私を選んでほしい、という欲が紗英の胸のうちに湧いていた。
 かといって、悠司が紗英となにを話すというのだろう。彼はきっと、ヤリ逃げした謝罪を求めているというだけなのに。
 書類から目を外した悠司は、ちらりと木村を見た。
 だが、彼女の顔は直視しない。
「相談したいこととは? ここで話してくれ」
「ここでは言えないことなんです。お食事しながらお話ししたいです」
「職場で言えないなら、プライベートにまつわることじゃないのか。そういった相談にはのれない」
 ばっさりと断った悠司に、木村は眉をひそめた。
 誘いを断られたという事実が、彼女には受け入れがたいのだろう。
 木村は呆然として、しばらく悠司の傍に立っていたが、彼がそれ以上なにも言うことがないのだと気づき、唇を噛みしめて背を向けた。
 紗英は内心で、ほっとしていた。
 ということは……やっぱり、ヤリ逃げの謝罪をしてほしいと思ってるのかな。
 ごくりと唾を呑み込み、弁明を考える。
 その間にも、社員たちはみんなフロアから退出していった。木村は怒ったように足音を荒くして出ていった。
 紗英と悠司以外、誰もいなくなると、すっと悠司は席を立つ。
 彼は紗英のデスクにやってくると、トントンと指先で机の端を叩いた。
「さて。行こうか」
「……はい」
 首を竦めた紗英は、席を立ち上がる。
 まるで悪さをした猫がご主人様に叱られるようである。
 悠司のあとについて、同じフロアにある会議室に入った。
 こぢんまりとした第二会議室は、二十名ほどが入れる。
 彼は照明を点けると、会議室に鍵をかける。
 終業後なので、辺りにひと気はなかった。
 ふたりきりになると、紗英は真っ先に頭を下げる。
「あのっ、先日はヤリ逃……先に帰ってしまい、申し訳ありませんでした」
 謝罪した紗英を目にした悠司は、長い睫毛を瞬かせる。
 彼は紗英に近づくと、優しく両肩を手で包み込んだ。
「謝らなくていいんだよ。俺が怒っていると思ったの?」
「……はい。謝罪が必要かなと思いました」
 小さく息を吐いた悠司は、目元を緩める。
「ショックではあったけどね。きみがいないと知って、バスローブでロビーまで捜しに行った俺の醜態を想像できる?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。

泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。 でも今、確かに思ってる。 ―――この愛は、重い。 ------------------------------------------ 羽柴健人(30) 羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問 座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』 好き:柊みゆ 嫌い:褒められること × 柊 みゆ(28) 弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部 座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』 好き:走ること 苦手:羽柴健人 ------------------------------------------

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される

絵麻
恋愛
 桐島花は父が病没後、継母義妹に虐げられて、使用人同然の生活を送っていた。  父の財産も尽きかけた頃、義妹に縁談が舞い込むが継母は花を嫁がせた。  理由は多額の結納金を手に入れるため。  相手は二十五歳も歳上の、海軍の大佐だという。  放り出すように、嫁がされた花を待っていたものは。  地味で冴えないと卑下された日々、花の真の力が時東邸で活かされる。  

Melty romance 〜甘S彼氏の執着愛〜

yuzu
恋愛
 人数合わせで強引に参加させられた合コンに現れたのは、高校生の頃に少しだけ付き合って別れた元カレの佐野充希。適当にその場をやり過ごして帰るつもりだった堀沢真乃は充希に捕まりキスされて…… 「オレを好きになるまで離してやんない。」

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

処理中です...