18 / 56
十八話
しおりを挟む
「え……あの、悠司さんは前の彼女とか……いないんですか?」
聞きにくいことだけれど、つい口に出してしまった。
今は恋人がいないようだけれど、悠司の以前の彼女のことは気になる。
ロータリーを目視しながらハザードランプを消した悠司は、ウインカーを出す。車はゆっくりと動き出した。
「学生のとき、友達感覚でデートしたことはあるんだけどね。すぐに冷めてしまった。まあ、さほど好きじゃなかったってことだな」
「そうなんですか……」
「社会人になってからは会社での立場もあるしね。そう気楽に付き合えないというか」
「だから私との恋人契約というわけなんですね」
「ん? うーん、まあ、そうだね」
なんだか悠司の歯切れが悪いが、御曹司なので気軽に恋人を作るわけにはいかないのだろう。
だから、その代わりに紗英と仮の恋人を演じるというわけだ。
紗英も恋愛で傷ついたばかりなので、悠司との恋人契約はちょうどよい距離感を保てると思えた。
快晴の空の下、車は大通りを順調に走行していく。
悠司の運転は安定感があり、安心して乗っていられた。
「ところで、デートコースは三番でいいんだよな?」
「あ……はい。プラネタリウムを見たいです」
「いいね。紗英は星が好きなの?」
あっさり許可されたことに、紗英はびっくりする。強引な悠司のことだから、自分の行きたいところを優先すると思っていた。それ以上に、紗英が知る男たちはみな、自分のことばかりを優先していたので、紗英の意見など聞かなかった。
悠司さんは、私の意見を尊重してくれるんだ……。
紗英の胸に感動が溢れる。
とても小さなことかもしれないけれど、紗英には夜空の星を捕まえたくらいの感激が染みていた。
「は、はい! 星座とか、興味があって……でも一度もプラネタリウムを見たことがないんです」
「俺もプラネタリウムは初めてだな。映画館の近くにあるからデートコースに加えてみたけど、紗英が興味あるならよかった」
「いいんですか? 私のやりたいことを優先させても」
悠司は一瞬、なにを言われたのかわからないかのように小首を傾げる。
「もちろん。紗英の行きたいところを選んでほしいから、デートコースを何種類か提案してみたんだけど、なにかおかしなことあったか?」
「あ、いいえ。そういうわけじゃないんですけど、悠司さんはほかに行きたいところはないのかなと思って」
「きみといられるなら、俺はどこでもいいんだけど……そうだな、俺の要望を汲んでくれるなら、あとで海をドライブしたいけど、いいか?」
「もちろんです! ドライブもしてみたいです」
「よかった。それじゃあ、まずはプラネタリウムだな」
かりそめの恋人ではあるけれど、こうしてデートコースを相談できることに、紗英の心は浮き立った。
ややあって、車は商業施設の近くにある駐車場に到着した。
車を降りると、悠司は紗英と手をつなぐ。
「え……」
紗英が目を瞬かせると、悠司は爽やかな笑みを向けた。
「俺の彼女だからね。転ばないよう、手をつないでいよう」
「か、かりそめですよね……」
「いいんだよ」
手をつないで休日の街を歩くなんて、まるで本物の恋人同士みたいだ。
紗英の心は、ふわふわと躍る。
しっかりと握られた悠司の手はとても熱くて大きくて、頼もしい。
少しだけ、ほんの少しだけ、きゅっと紗英は力を入れて悠司の手を握り返した。
手をつないだふたりはプラネタリウムを上映している施設に入館する。
人はまばらで、ほとんどが親子連れのようだ。
悠司はカウンターで「大人ふたりです」と告げて財布を出す。
それを見た紗英も慌ててバッグから財布を取り出した。
「自分の分は自分で払います」
「おっと。きみは俺の彼女だから、今日のデート代は全部俺が払うことになってる。だから紗英の財布は封印してくれ」
「ええっ⁉」
「それが俺のスタンスだから。男に花を持たせてくれよ」
悠司は茶目っ気たっぷりに片目を瞑った。
そう言われては、無理に払うとは言えない。
仕方なく紗英は財布をしまった。
「それじゃあ、ごちそうになります」
「うん。それでいいんだよ」
彼女だから奢られる……なんて、なんだかこそばゆいけれど、今日は素直に悠司に甘えよう。
チケットを購入すると、ふたりはシアタールームに入室する。
聞きにくいことだけれど、つい口に出してしまった。
今は恋人がいないようだけれど、悠司の以前の彼女のことは気になる。
ロータリーを目視しながらハザードランプを消した悠司は、ウインカーを出す。車はゆっくりと動き出した。
「学生のとき、友達感覚でデートしたことはあるんだけどね。すぐに冷めてしまった。まあ、さほど好きじゃなかったってことだな」
「そうなんですか……」
「社会人になってからは会社での立場もあるしね。そう気楽に付き合えないというか」
「だから私との恋人契約というわけなんですね」
「ん? うーん、まあ、そうだね」
なんだか悠司の歯切れが悪いが、御曹司なので気軽に恋人を作るわけにはいかないのだろう。
だから、その代わりに紗英と仮の恋人を演じるというわけだ。
紗英も恋愛で傷ついたばかりなので、悠司との恋人契約はちょうどよい距離感を保てると思えた。
快晴の空の下、車は大通りを順調に走行していく。
悠司の運転は安定感があり、安心して乗っていられた。
「ところで、デートコースは三番でいいんだよな?」
「あ……はい。プラネタリウムを見たいです」
「いいね。紗英は星が好きなの?」
あっさり許可されたことに、紗英はびっくりする。強引な悠司のことだから、自分の行きたいところを優先すると思っていた。それ以上に、紗英が知る男たちはみな、自分のことばかりを優先していたので、紗英の意見など聞かなかった。
悠司さんは、私の意見を尊重してくれるんだ……。
紗英の胸に感動が溢れる。
とても小さなことかもしれないけれど、紗英には夜空の星を捕まえたくらいの感激が染みていた。
「は、はい! 星座とか、興味があって……でも一度もプラネタリウムを見たことがないんです」
「俺もプラネタリウムは初めてだな。映画館の近くにあるからデートコースに加えてみたけど、紗英が興味あるならよかった」
「いいんですか? 私のやりたいことを優先させても」
悠司は一瞬、なにを言われたのかわからないかのように小首を傾げる。
「もちろん。紗英の行きたいところを選んでほしいから、デートコースを何種類か提案してみたんだけど、なにかおかしなことあったか?」
「あ、いいえ。そういうわけじゃないんですけど、悠司さんはほかに行きたいところはないのかなと思って」
「きみといられるなら、俺はどこでもいいんだけど……そうだな、俺の要望を汲んでくれるなら、あとで海をドライブしたいけど、いいか?」
「もちろんです! ドライブもしてみたいです」
「よかった。それじゃあ、まずはプラネタリウムだな」
かりそめの恋人ではあるけれど、こうしてデートコースを相談できることに、紗英の心は浮き立った。
ややあって、車は商業施設の近くにある駐車場に到着した。
車を降りると、悠司は紗英と手をつなぐ。
「え……」
紗英が目を瞬かせると、悠司は爽やかな笑みを向けた。
「俺の彼女だからね。転ばないよう、手をつないでいよう」
「か、かりそめですよね……」
「いいんだよ」
手をつないで休日の街を歩くなんて、まるで本物の恋人同士みたいだ。
紗英の心は、ふわふわと躍る。
しっかりと握られた悠司の手はとても熱くて大きくて、頼もしい。
少しだけ、ほんの少しだけ、きゅっと紗英は力を入れて悠司の手を握り返した。
手をつないだふたりはプラネタリウムを上映している施設に入館する。
人はまばらで、ほとんどが親子連れのようだ。
悠司はカウンターで「大人ふたりです」と告げて財布を出す。
それを見た紗英も慌ててバッグから財布を取り出した。
「自分の分は自分で払います」
「おっと。きみは俺の彼女だから、今日のデート代は全部俺が払うことになってる。だから紗英の財布は封印してくれ」
「ええっ⁉」
「それが俺のスタンスだから。男に花を持たせてくれよ」
悠司は茶目っ気たっぷりに片目を瞑った。
そう言われては、無理に払うとは言えない。
仕方なく紗英は財布をしまった。
「それじゃあ、ごちそうになります」
「うん。それでいいんだよ」
彼女だから奢られる……なんて、なんだかこそばゆいけれど、今日は素直に悠司に甘えよう。
チケットを購入すると、ふたりはシアタールームに入室する。
1
あなたにおすすめの小説
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。
泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。
でも今、確かに思ってる。
―――この愛は、重い。
------------------------------------------
羽柴健人(30)
羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問
座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』
好き:柊みゆ
嫌い:褒められること
×
柊 みゆ(28)
弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部
座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』
好き:走ること
苦手:羽柴健人
------------------------------------------
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される
絵麻
恋愛
桐島花は父が病没後、継母義妹に虐げられて、使用人同然の生活を送っていた。
父の財産も尽きかけた頃、義妹に縁談が舞い込むが継母は花を嫁がせた。
理由は多額の結納金を手に入れるため。
相手は二十五歳も歳上の、海軍の大佐だという。
放り出すように、嫁がされた花を待っていたものは。
地味で冴えないと卑下された日々、花の真の力が時東邸で活かされる。
Melty romance 〜甘S彼氏の執着愛〜
yuzu
恋愛
人数合わせで強引に参加させられた合コンに現れたのは、高校生の頃に少しだけ付き合って別れた元カレの佐野充希。適当にその場をやり過ごして帰るつもりだった堀沢真乃は充希に捕まりキスされて……
「オレを好きになるまで離してやんない。」
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる