26 / 56
二十六話
しおりを挟む
まずは新規施設を視察して、工事の進捗状況を確認する。介護施設は小高い丘の上にある風光明媚な場所だった。とても眺望がよく、気持ちよく過ごせそうなところだ。工事の進捗にも問題はなく、予定通りのスケジュールでオープンを迎えられそうだった。
さらに訪問を予定していた工房や農家を見学して交渉する。道なりにあるレストランにも足を運び、実際に食事をして味と雰囲気を確かめた。
伊豆はどこも落ち着いた雰囲気の漂う土地で、観光地なのに静かだ。繁忙期はそうはいかないかもしれないが、入居者もその家族も、きっと気に入ってくれるだろう。
一日を終えて予定していた行程をすべて済ませたふたりは、車で宿泊するホテルへ向かっていた。疲れてはいたが、収穫は充分にあった。
「伊豆は素敵な土地ですね。都心を離れて静かに過ごすとしたら、最高の場所です」
「そうだな。問題はほかの施設より若干値が張るところくらいか。だが問い合わせの件数を考えても、注目されている場所であることは間違いない。なんとしても成功させたいな」
「そうですね。ええと、入居の日取りは……」
書類を捲り出した紗英を、悠司は止める。
「続きは明日にしよう。そろそろホテルに着くぞ」
「はい」
紗英が書類を鞄にしまうと、車はホテルの車寄せに到着した。
出張といえばビジネスホテルが定番だが、やたらとラグジュアリー感のあるホテルである。
車に近づいたドアマンが慇懃に出迎えて、ポーターがキャリーケースを下ろしている。
ホテルの壮麗な玄関の向こうには、煌めくシャンデリアにより、キラキラとロビーが輝いていた。
想像とかけ離れていたので、紗英は目を丸くした。
「……随分と豪華なホテルですね」
「ここは俺が個人的に予約したホテルだ。ビジネスホテルは狭すぎるから、遠慮したい」
「は、はあ。ということは、私だけビジネスホテルに泊まるんでしょうか?」
さすが御曹司の悠司は、狭いビジネスホテルなどには泊まれないらしい。
もしかして、紗英だけ経費分のビジネスホテルだとか、そういうことだろうか。
ところが悠司は不機嫌そうな顔をして、こちらを見た。
「なにを言ってるんだ。きみも当然、俺と一緒の部屋だ。ビジネスホテルは予約していない」
「……えっ⁉ 同室なんですか?」
「スイートルームが一室しかないと予約の段階で告げられた。一室しかないものは仕方ないだろう」
「……そうですね」
なにも驚くことはないのかもしれない。
紗英はすでに悠司と体を重ねた仲だ。
たとえ同室でなにかあっても、なにもなくても、困ることはないと言える。
車を降りた悠司は待機していたドアマンに車のキーを預けると、助手席側に回り込んでドアを開けた。
紗英が降りようとすると、彼はてのひらを差し出してエスコートする。
まるで王子様がお姫様に対するような扱いだ。
恥ずかしいけれど、振り払ったりするほうが目立つと思い、紗英はおとなしく悠司のてのひらに自らの手を重ねる。
そうしてつないだ手を掲げられ、壮麗なラグジュアリーホテルの玄関をくぐった。
豪奢なロビーにずらりと並んだ瀟洒な椅子のひとつに、紗英は導かれる。
「ちょっと待っていてくれ。チェックインしてくる」
「はい」
手を離した悠司はコンシェルジュデスクに向かった。
手続きを済ませた悠司は優雅な足取りで紗英のもとへ戻ってくる。彼は、するりと、再び紗英の手を取る。
「さあ、部屋へ行こう」
「あの……桐島課長」
「ふたりきりのときは名前で呼んでくれ。紗英」
「それじゃあ……悠司さん。出張で来ているのに、私までこんな豪華なホテルに宿泊できませんから、私だけビジネスホテルに泊まります」
「なにを言い出すんだ。そんなワガママを言ってると、お姫様抱っこで部屋に運ぶぞ」
「それはちょっと……冗談はやめてください」
「俺はいつでも本気だ」
悠司は真剣な表情をしている。しかも彼は紗英の手を離そうとしない。
紗英は観念して、このホテルに悠司と宿泊することにした。
エレベーターに乗り込むと、悠司が最上階のボタンを押す。
そのとき、くいとつないだ手を引かれたので、紗英はバランスを崩した。その隙に軽々と横抱きにされてしまう。
「きゃあっ! お、下ろしてください。まだエレベーターの中なんですよ!」
「別のホテルに泊まるなんて言って、俺を怒らせるからお仕置きだ」
悠々と言った悠司は、到着したエレベーターから紗英を横抱きにしたまま下りる。
スイートルームは最上階に一部屋という仕様だったため、ほかの客には会わなくて済んだ。
カードキーでロックを外し、扉を開けた悠司が室内に入る。紗英は抱き上げられたままなので、彼の肩にしがみついていることしかできない。
広い室内はリビングと寝室の二部屋がつながっており、奥の窓からは煌めく夜景が見えた。フットランプでわずかに照らされた室内には、すでにふたりのキャリーケースが運び込まれている。
さらに訪問を予定していた工房や農家を見学して交渉する。道なりにあるレストランにも足を運び、実際に食事をして味と雰囲気を確かめた。
伊豆はどこも落ち着いた雰囲気の漂う土地で、観光地なのに静かだ。繁忙期はそうはいかないかもしれないが、入居者もその家族も、きっと気に入ってくれるだろう。
一日を終えて予定していた行程をすべて済ませたふたりは、車で宿泊するホテルへ向かっていた。疲れてはいたが、収穫は充分にあった。
「伊豆は素敵な土地ですね。都心を離れて静かに過ごすとしたら、最高の場所です」
「そうだな。問題はほかの施設より若干値が張るところくらいか。だが問い合わせの件数を考えても、注目されている場所であることは間違いない。なんとしても成功させたいな」
「そうですね。ええと、入居の日取りは……」
書類を捲り出した紗英を、悠司は止める。
「続きは明日にしよう。そろそろホテルに着くぞ」
「はい」
紗英が書類を鞄にしまうと、車はホテルの車寄せに到着した。
出張といえばビジネスホテルが定番だが、やたらとラグジュアリー感のあるホテルである。
車に近づいたドアマンが慇懃に出迎えて、ポーターがキャリーケースを下ろしている。
ホテルの壮麗な玄関の向こうには、煌めくシャンデリアにより、キラキラとロビーが輝いていた。
想像とかけ離れていたので、紗英は目を丸くした。
「……随分と豪華なホテルですね」
「ここは俺が個人的に予約したホテルだ。ビジネスホテルは狭すぎるから、遠慮したい」
「は、はあ。ということは、私だけビジネスホテルに泊まるんでしょうか?」
さすが御曹司の悠司は、狭いビジネスホテルなどには泊まれないらしい。
もしかして、紗英だけ経費分のビジネスホテルだとか、そういうことだろうか。
ところが悠司は不機嫌そうな顔をして、こちらを見た。
「なにを言ってるんだ。きみも当然、俺と一緒の部屋だ。ビジネスホテルは予約していない」
「……えっ⁉ 同室なんですか?」
「スイートルームが一室しかないと予約の段階で告げられた。一室しかないものは仕方ないだろう」
「……そうですね」
なにも驚くことはないのかもしれない。
紗英はすでに悠司と体を重ねた仲だ。
たとえ同室でなにかあっても、なにもなくても、困ることはないと言える。
車を降りた悠司は待機していたドアマンに車のキーを預けると、助手席側に回り込んでドアを開けた。
紗英が降りようとすると、彼はてのひらを差し出してエスコートする。
まるで王子様がお姫様に対するような扱いだ。
恥ずかしいけれど、振り払ったりするほうが目立つと思い、紗英はおとなしく悠司のてのひらに自らの手を重ねる。
そうしてつないだ手を掲げられ、壮麗なラグジュアリーホテルの玄関をくぐった。
豪奢なロビーにずらりと並んだ瀟洒な椅子のひとつに、紗英は導かれる。
「ちょっと待っていてくれ。チェックインしてくる」
「はい」
手を離した悠司はコンシェルジュデスクに向かった。
手続きを済ませた悠司は優雅な足取りで紗英のもとへ戻ってくる。彼は、するりと、再び紗英の手を取る。
「さあ、部屋へ行こう」
「あの……桐島課長」
「ふたりきりのときは名前で呼んでくれ。紗英」
「それじゃあ……悠司さん。出張で来ているのに、私までこんな豪華なホテルに宿泊できませんから、私だけビジネスホテルに泊まります」
「なにを言い出すんだ。そんなワガママを言ってると、お姫様抱っこで部屋に運ぶぞ」
「それはちょっと……冗談はやめてください」
「俺はいつでも本気だ」
悠司は真剣な表情をしている。しかも彼は紗英の手を離そうとしない。
紗英は観念して、このホテルに悠司と宿泊することにした。
エレベーターに乗り込むと、悠司が最上階のボタンを押す。
そのとき、くいとつないだ手を引かれたので、紗英はバランスを崩した。その隙に軽々と横抱きにされてしまう。
「きゃあっ! お、下ろしてください。まだエレベーターの中なんですよ!」
「別のホテルに泊まるなんて言って、俺を怒らせるからお仕置きだ」
悠々と言った悠司は、到着したエレベーターから紗英を横抱きにしたまま下りる。
スイートルームは最上階に一部屋という仕様だったため、ほかの客には会わなくて済んだ。
カードキーでロックを外し、扉を開けた悠司が室内に入る。紗英は抱き上げられたままなので、彼の肩にしがみついていることしかできない。
広い室内はリビングと寝室の二部屋がつながっており、奥の窓からは煌めく夜景が見えた。フットランプでわずかに照らされた室内には、すでにふたりのキャリーケースが運び込まれている。
1
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる
夏菜しの
恋愛
十七歳の時、生涯初めての恋をした。
燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。
しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。
あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。
気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。
コンコン。
今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。
さてと、どうしようかしら?
※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
お見合いに代理出席したら花嫁になっちゃいました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
綾美は平日派遣の事務仕事をしているが、暇な土日に便利屋のバイトをしている。ある日、お見合いの代理出席をする為にホテルへ向かったのだが、そこにいたのは!?
美しき造船王は愛の海に彼女を誘う
花里 美佐
恋愛
★神崎 蓮 32歳 神崎造船副社長
『玲瓏皇子』の異名を持つ美しき御曹司。
ノースサイド出身のセレブリティ
×
☆清水 さくら 23歳 名取フラワーズ社員
名取フラワーズの社員だが、理由があって
伯父の花屋『ブラッサムフラワー』で今は働いている。
恋愛に不器用な仕事人間のセレブ男性が
花屋の女性の夢を応援し始めた。
最初は喧嘩をしながら、ふたりはお互いを認め合って惹かれていく。
男に間違えられる私は女嫌いの冷徹若社長に溺愛される
山口三
恋愛
「俺と結婚してほしい」
出会ってまだ何時間も経っていない相手から沙耶(さや)は告白された・・・のでは無く契約結婚の提案だった。旅先で危ない所を助けられた沙耶は契約結婚を申し出られたのだ。相手は五瀬馨(いつせかおる)彼は国内でも有数の巨大企業、五瀬グループの若き社長だった。沙耶は自分の夢を追いかける資金を得る為、養女として窮屈な暮らしを強いられている今の家から脱出する為にもこの提案を受ける事にする。
冷酷で女嫌いの社長とお人好しの沙耶。二人の契約結婚の行方は?
財閥御曹司は左遷された彼女を秘めた愛で取り戻す
花里 美佐
恋愛
榊原財閥に勤める香月菜々は日傘専務の秘書をしていた。
専務は御曹司の元上司。
その専務が社内政争に巻き込まれ退任。
菜々は同じ秘書の彼氏にもフラれてしまう。
居場所がなくなった彼女は退職を希望したが
支社への転勤(左遷)を命じられてしまう。
ところが、ようやく落ち着いた彼女の元に
海外にいたはずの御曹司が現れて?!
結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。
絶対に離婚届に判なんて押さないからな」
既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。
まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。
紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転!
純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。
離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。
それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。
このままでは紘希の弱点になる。
わかっているけれど……。
瑞木純華
みずきすみか
28
イベントデザイン部係長
姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点
おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち
後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない
恋に関しては夢見がち
×
矢崎紘希
やざきひろき
28
営業部課長
一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長
サバサバした爽やかくん
実体は押しが強くて粘着質
秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?
子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちだというのに。
入社して配属一日目。
直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。
中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。
彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。
それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。
「俺が、悪いのか」
人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。
けれど。
「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」
あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちなのに。
星谷桐子
22歳
システム開発会社営業事務
中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手
自分の非はちゃんと認める子
頑張り屋さん
×
京塚大介
32歳
システム開発会社営業事務 主任
ツンツンあたまで目つき悪い
態度もでかくて人に恐怖を与えがち
5歳の娘にデレデレな愛妻家
いまでも亡くなった妻を愛している
私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる