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二十五話
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指摘された木村は唇を噛みしめた。
彼女は隣の紗英を、じろりと睨みつける。
「では……海東さんを課長の補佐から外してください」
「理由は?」
「彼女には山岡さんほどのキャリアはありませんし、役不足です。きっと桐島課長の足手まといになります」
「……木村さんがそれを指摘するのは非常に滑稽なんだが。海東さんが俺の補佐に就任したのは本部長も認めたことだ。きみがそれを非難するのなら、まずは契約件数で海東さんを超えてからにしたまえ」
ぐっと息を詰めた木村はもうそれ以上なにも言わず、踵を返してデスクへ戻っていった。
美貌では社内で誰にも負けないであろう木村だが、契約件数としては低迷している。さらに退去者とのトラブルも抱えているので、伊豆の担当を数多く請け負っている紗英とは雲泥の差だった。
私は、悠司さんの私情で補佐に選ばれたわけじゃない……。実力が認められたということなんだよね。
そう思うと、なんとしても伊豆の新施設を成功させようという気持ちが湧いてくる。
小さな溜息を吐いた悠司は、紗英に言った。
「木村さんのことは気にするな。きみは自分の仕事を精一杯こなしてくれ」
「はい。承知しました」
返事をした紗英は、さっそく伊豆周辺に関しての情報収集にあたった。
やがて出張の日がやってきた。
小型のキャリーケースを引いた紗英は、漆黒のキャリーケースを引いている悠司と新幹線のホームに並び立つ。
出張は一泊の予定だが、施設のほかに工房やレストラン、農家など視察するところが多い。
伊豆に終の棲家を決める人は基本的に都内住まいなど、地元ではない顧客が多いので、いかに伊豆がおしゃれで暮らしやすい場所かということをアピールする必要がある。そのため工房と契約して施設へクラフトアートなどの出張に来てもらったり、農家を訪問して野菜の仕入れ状況をうかがったり、レストランはどんな店か、値段は相応かなど、現地で調べることは山ほどあるのだ。
「伊豆ではレンタカーを借りよう。中伊豆あたりは車移動でないと回りきれないからな」
「私が運転しましょうか?」
「そんな気を使わなくてもいいよ。きみは俺の隣に座って景色でも眺めていてくれ」
「観光じゃないんですから……」
「入居者がいたら、その家族が伊豆を観光することになる。だから今回は観光して楽しいかという点も気にかけないといけない」
「なるほど。わかりました」
到着した新幹線に乗り込み、指定席の座席に着く。ふたりの席は、もちろん並び合っていた。悠司は自分の分と紗英のキャリーケースを荷物棚にしまうと、彼女を窓際の席に促す。「私が窓際でいいんですか?」
「もちろん。景色を見ながらきみの顔も見ていられるという最大のメリットが俺にはある」
冗談なのか本気なのかわからないが、苦笑した紗英は窓際のシートに腰を下ろした。
悠司は購入したお茶と弁当が入ったビニール袋を、紗英に手渡す。
「あ、ありがとうございます」
もちろん悠司の分もある。駅の売店で買っておいてくれたのだ。
「どういたしまして。経費の内だ」
「そうでしょうね。……これは、経費ではないんですけど……」
「ん?」
渡すなら、さっさと渡してしまおうと思った紗英は、鞄から薄いピンク色の紙袋を取り出した。それを隣の席の悠司の膝に、そっとのせる。
「これは?」
「……シュシュのお返しです」
「開けてもいいか?」
「どうぞ」
笑みを浮かべた悠司は嬉しそうに紙袋を開ける。
彼の反応が怖くなり、紗英は小さくなっていた。
悠司さん、喜んでくれるかな……?
デパートの紳士用コーナーで、あれでもないこれでもないと迷った結果、無難なものに落ち着いてしまった。
ちらりと見ると、悠司は青いハンカチを手にして、満面の笑みを見せている。
広げると、チェック柄のなんということはない無難なデザインだ。あまり奇抜でもよくないと思い、ありきたりなものにした。
「俺のために? ありがとう。大切にするよ」
「……よかったら、使ってください」
丁寧にハンカチを折りたたんだ悠司は、スラックスのポケットに入れる。
とりあえず、使ってもらえるようでよかった。
ほっとした紗英は、もらったペットボトルのお茶のキャップを開けた。
新幹線は予定時刻通りに発車すると、ややあって伊豆付近の駅に到着した。
駅を降りると、ふたりはレンタカーを借りて、伊豆の各地を回った。
彼女は隣の紗英を、じろりと睨みつける。
「では……海東さんを課長の補佐から外してください」
「理由は?」
「彼女には山岡さんほどのキャリアはありませんし、役不足です。きっと桐島課長の足手まといになります」
「……木村さんがそれを指摘するのは非常に滑稽なんだが。海東さんが俺の補佐に就任したのは本部長も認めたことだ。きみがそれを非難するのなら、まずは契約件数で海東さんを超えてからにしたまえ」
ぐっと息を詰めた木村はもうそれ以上なにも言わず、踵を返してデスクへ戻っていった。
美貌では社内で誰にも負けないであろう木村だが、契約件数としては低迷している。さらに退去者とのトラブルも抱えているので、伊豆の担当を数多く請け負っている紗英とは雲泥の差だった。
私は、悠司さんの私情で補佐に選ばれたわけじゃない……。実力が認められたということなんだよね。
そう思うと、なんとしても伊豆の新施設を成功させようという気持ちが湧いてくる。
小さな溜息を吐いた悠司は、紗英に言った。
「木村さんのことは気にするな。きみは自分の仕事を精一杯こなしてくれ」
「はい。承知しました」
返事をした紗英は、さっそく伊豆周辺に関しての情報収集にあたった。
やがて出張の日がやってきた。
小型のキャリーケースを引いた紗英は、漆黒のキャリーケースを引いている悠司と新幹線のホームに並び立つ。
出張は一泊の予定だが、施設のほかに工房やレストラン、農家など視察するところが多い。
伊豆に終の棲家を決める人は基本的に都内住まいなど、地元ではない顧客が多いので、いかに伊豆がおしゃれで暮らしやすい場所かということをアピールする必要がある。そのため工房と契約して施設へクラフトアートなどの出張に来てもらったり、農家を訪問して野菜の仕入れ状況をうかがったり、レストランはどんな店か、値段は相応かなど、現地で調べることは山ほどあるのだ。
「伊豆ではレンタカーを借りよう。中伊豆あたりは車移動でないと回りきれないからな」
「私が運転しましょうか?」
「そんな気を使わなくてもいいよ。きみは俺の隣に座って景色でも眺めていてくれ」
「観光じゃないんですから……」
「入居者がいたら、その家族が伊豆を観光することになる。だから今回は観光して楽しいかという点も気にかけないといけない」
「なるほど。わかりました」
到着した新幹線に乗り込み、指定席の座席に着く。ふたりの席は、もちろん並び合っていた。悠司は自分の分と紗英のキャリーケースを荷物棚にしまうと、彼女を窓際の席に促す。「私が窓際でいいんですか?」
「もちろん。景色を見ながらきみの顔も見ていられるという最大のメリットが俺にはある」
冗談なのか本気なのかわからないが、苦笑した紗英は窓際のシートに腰を下ろした。
悠司は購入したお茶と弁当が入ったビニール袋を、紗英に手渡す。
「あ、ありがとうございます」
もちろん悠司の分もある。駅の売店で買っておいてくれたのだ。
「どういたしまして。経費の内だ」
「そうでしょうね。……これは、経費ではないんですけど……」
「ん?」
渡すなら、さっさと渡してしまおうと思った紗英は、鞄から薄いピンク色の紙袋を取り出した。それを隣の席の悠司の膝に、そっとのせる。
「これは?」
「……シュシュのお返しです」
「開けてもいいか?」
「どうぞ」
笑みを浮かべた悠司は嬉しそうに紙袋を開ける。
彼の反応が怖くなり、紗英は小さくなっていた。
悠司さん、喜んでくれるかな……?
デパートの紳士用コーナーで、あれでもないこれでもないと迷った結果、無難なものに落ち着いてしまった。
ちらりと見ると、悠司は青いハンカチを手にして、満面の笑みを見せている。
広げると、チェック柄のなんということはない無難なデザインだ。あまり奇抜でもよくないと思い、ありきたりなものにした。
「俺のために? ありがとう。大切にするよ」
「……よかったら、使ってください」
丁寧にハンカチを折りたたんだ悠司は、スラックスのポケットに入れる。
とりあえず、使ってもらえるようでよかった。
ほっとした紗英は、もらったペットボトルのお茶のキャップを開けた。
新幹線は予定時刻通りに発車すると、ややあって伊豆付近の駅に到着した。
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