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二十四話
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本部長は若い頃から介護事業を手がけてきた老齢のベテランである。
「桐島課長、そろそろいいかな」
「わかりました。では、山岡さんも」
悠司に促されて、山岡も硬い表情で腰を上げる。
そして悠司は、紗英にも声をかけた。
「海東さんも会議に参加してくれ。すぐに終わるから」
「あ、はい。承知しました」
おそらく伊豆の施設に関することだと思うが、なぜ紗英が呼ばれるのだろう。
不思議に思いながらも、紗英は名簿のファイルを閉じると、席を立ち上がった。
本部長に続いて、三人は同じ階の会議室に入る。
窓際の席に本部長が腰を下ろすと、その隣に悠司が座る。山岡はL字型のコーナーになっている斜め向かいの席に座った。紗英も、山岡の隣の席に腰を落ち着ける。
白髪を撫でつけた本部長は、おもむろに切り出した。
「実はね、伊豆の営業メンバーなんだが……」
本部長は紗英を見やった。隣の山岡はうつむいている。
「桐島課長のチームリーダー補佐を、海東さんにお願いしたい」
「えっ……? 私がですか?」
「うむ。きみはすでに伊豆の仮担当をいくつも持っているし、そのまま担当者として受け持つのがいいんじゃないかな。今度の現地視察にも同行してくれ」
「でも……山岡さんがチームリーダー補佐じゃないんですか?」
そこで顔を上げた山岡は、自分の口で紗英に説明した。
「ぼくは一度は伊豆のチームリーダー補佐を受けたんですけど、持病の腰痛がひどくて、今度手術する予定があるんです。この体では新規施設の案件をやっていけないなと思いまして、どなたかに交代してほしいと願い出ていました」
「そうだったんですか……。お体のことを考えたら、難しいですよね」
先ほど山岡が気まずそうにしていたのは、伊豆のチームリーダー補佐を辞退するからだったのだ。途中で辞退されるのは会社として困るが、体の不調により手術を控えているのなら仕方がない。
頷いた悠司が、紗英へ告げる。
「俺が本部長に海東さんを推したんだ。きみなら実力も充分にある。ぜひ、俺の補佐をしてほしい」
「私でよろしければ。よろしくお願いします」
従来の仕事に加えて、悠司の補佐となると忙しくなるが、抜擢されたのは光栄なことだ。それだけ紗英の実力を評価してくれたと思うと、誇らしさが胸に溢れる。
快く返答した紗英に、本部長は頷いた。
「伊豆の詳細については桐島課長から聞いてくれ。山岡さんも、後任は海東さんでいいかね?」
「もちろんです。本部長と課長の人選ですから間違いありません。のちほど海東さんに資料をお渡しします」
「ありがとうございます。責任を持って、やらせていただきます」
重要な仕事を任された紗英は、しっかりと頭を下げた。
けれど、ふと頭を掠めるものがある。
後任のチームリーダー補佐は、悠司が自ら選んだという。もしかして、そこに私情が挟まれているのでは……と思うと、複雑な思いがした。
そんなことないよね。だって昇進だとか、そういうわけじゃないし……。
あくまでもチームリーダーの補佐である。それも伊豆の施設が完売するまでの話だ。ただしそれまでは、悠司とやり取りをする機会が多くなるだろう。
会議を終えてフロアに戻ると、悠司はさっそくデスクに紗英を呼んだ。
「来週に伊豆の現地視察が入っているから、準備をしておいてくれ」
「承知しました」
条件反射で返事をしたものの、伊豆のメンバーは悠司と紗英のふたりである。
もしかして、ふたりきりで出張ということだろうか。
でも、なにも、起こるわけないよね……。
そう思ったとき、木村が素早く悠司のデスクにやってくる。
「海東さんが伊豆のメンバーになったんですか? 山岡さんは?」
「隠すことではないから言うが、山岡さんと交代して、海東さんが俺の補佐に就任した」
そう聞いた木村は、きつく眉を寄せた。
彼女はすぐに悠司に直談判する。
「桐島課長。私を課長の補佐にしてください!」
「なぜ?」
悠司は冷淡に問い返した。
視線を紗英に向けた木村は、自らの発言の理由をしばし考えているようだった。
おそらく彼女の本心としては、出張で紗英と悠司がふたりきりになるのは許しがたいのではないだろうか。だがまさかそんな私的なことを持ち出すわけにはいかない。
口ごもった彼女だったが、ふと思いついたらしい理由を口にする。
「私も伊豆の新施設にかかわりたいんです。新しい仕事をこなす意欲があります!」
やる気に満ち溢れている木村だが、紗英が補佐になったと知って、急に申し出るなんて、仕事のことだけを考えているわけではなさそうだ。
だが紗英としては仕事なので、木村に譲るわけにもいかない。紗英は悠司の判断を待った。
訝しげに双眸を細めた悠司は、木村に告げた。
「木村さん。きみの現在の状況だが、最近は契約がまったく取れていないだろう。さらに退所者の返金トラブルも抱えている。退所者は、担当であるきみの説明が悪いと言っているんだ。そちらへの誠意ある対応を含めて、まずは目の前の仕事を頑張りたまえ」
「桐島課長、そろそろいいかな」
「わかりました。では、山岡さんも」
悠司に促されて、山岡も硬い表情で腰を上げる。
そして悠司は、紗英にも声をかけた。
「海東さんも会議に参加してくれ。すぐに終わるから」
「あ、はい。承知しました」
おそらく伊豆の施設に関することだと思うが、なぜ紗英が呼ばれるのだろう。
不思議に思いながらも、紗英は名簿のファイルを閉じると、席を立ち上がった。
本部長に続いて、三人は同じ階の会議室に入る。
窓際の席に本部長が腰を下ろすと、その隣に悠司が座る。山岡はL字型のコーナーになっている斜め向かいの席に座った。紗英も、山岡の隣の席に腰を落ち着ける。
白髪を撫でつけた本部長は、おもむろに切り出した。
「実はね、伊豆の営業メンバーなんだが……」
本部長は紗英を見やった。隣の山岡はうつむいている。
「桐島課長のチームリーダー補佐を、海東さんにお願いしたい」
「えっ……? 私がですか?」
「うむ。きみはすでに伊豆の仮担当をいくつも持っているし、そのまま担当者として受け持つのがいいんじゃないかな。今度の現地視察にも同行してくれ」
「でも……山岡さんがチームリーダー補佐じゃないんですか?」
そこで顔を上げた山岡は、自分の口で紗英に説明した。
「ぼくは一度は伊豆のチームリーダー補佐を受けたんですけど、持病の腰痛がひどくて、今度手術する予定があるんです。この体では新規施設の案件をやっていけないなと思いまして、どなたかに交代してほしいと願い出ていました」
「そうだったんですか……。お体のことを考えたら、難しいですよね」
先ほど山岡が気まずそうにしていたのは、伊豆のチームリーダー補佐を辞退するからだったのだ。途中で辞退されるのは会社として困るが、体の不調により手術を控えているのなら仕方がない。
頷いた悠司が、紗英へ告げる。
「俺が本部長に海東さんを推したんだ。きみなら実力も充分にある。ぜひ、俺の補佐をしてほしい」
「私でよろしければ。よろしくお願いします」
従来の仕事に加えて、悠司の補佐となると忙しくなるが、抜擢されたのは光栄なことだ。それだけ紗英の実力を評価してくれたと思うと、誇らしさが胸に溢れる。
快く返答した紗英に、本部長は頷いた。
「伊豆の詳細については桐島課長から聞いてくれ。山岡さんも、後任は海東さんでいいかね?」
「もちろんです。本部長と課長の人選ですから間違いありません。のちほど海東さんに資料をお渡しします」
「ありがとうございます。責任を持って、やらせていただきます」
重要な仕事を任された紗英は、しっかりと頭を下げた。
けれど、ふと頭を掠めるものがある。
後任のチームリーダー補佐は、悠司が自ら選んだという。もしかして、そこに私情が挟まれているのでは……と思うと、複雑な思いがした。
そんなことないよね。だって昇進だとか、そういうわけじゃないし……。
あくまでもチームリーダーの補佐である。それも伊豆の施設が完売するまでの話だ。ただしそれまでは、悠司とやり取りをする機会が多くなるだろう。
会議を終えてフロアに戻ると、悠司はさっそくデスクに紗英を呼んだ。
「来週に伊豆の現地視察が入っているから、準備をしておいてくれ」
「承知しました」
条件反射で返事をしたものの、伊豆のメンバーは悠司と紗英のふたりである。
もしかして、ふたりきりで出張ということだろうか。
でも、なにも、起こるわけないよね……。
そう思ったとき、木村が素早く悠司のデスクにやってくる。
「海東さんが伊豆のメンバーになったんですか? 山岡さんは?」
「隠すことではないから言うが、山岡さんと交代して、海東さんが俺の補佐に就任した」
そう聞いた木村は、きつく眉を寄せた。
彼女はすぐに悠司に直談判する。
「桐島課長。私を課長の補佐にしてください!」
「なぜ?」
悠司は冷淡に問い返した。
視線を紗英に向けた木村は、自らの発言の理由をしばし考えているようだった。
おそらく彼女の本心としては、出張で紗英と悠司がふたりきりになるのは許しがたいのではないだろうか。だがまさかそんな私的なことを持ち出すわけにはいかない。
口ごもった彼女だったが、ふと思いついたらしい理由を口にする。
「私も伊豆の新施設にかかわりたいんです。新しい仕事をこなす意欲があります!」
やる気に満ち溢れている木村だが、紗英が補佐になったと知って、急に申し出るなんて、仕事のことだけを考えているわけではなさそうだ。
だが紗英としては仕事なので、木村に譲るわけにもいかない。紗英は悠司の判断を待った。
訝しげに双眸を細めた悠司は、木村に告げた。
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