一途な御曹司の甘い溺愛~クズ男製造機なのでお付き合いできません!~

沖田弥子

文字の大きさ
39 / 56

三十九話

しおりを挟む
 考えてみれば、紗英がやりたいことを叶えられるなんて機会が、これまでにあっただろうか。依存されてばかりで、相手に翻弄され、自分の望みが叶うことなどなかった。
 ただ、悠司とのこの小さな幸せは、できるだけ長く守りたい。それだけだった。

 食事を終えると、ふたりで食器を片付ける。
 食洗機に食器を入れて、スイッチを押す。鍋などの大きなものは悠司が洗ってくれた。
「もう一度、紅茶を淹れてもいいですか?」
「そうだね。ティーバッグはそこの引き出しに入ってるよ」
 ふたり分のティーバッグをそれぞれのカップに入れた紗英は、ポットからお湯を注ぐ。
 ダージリンの芳しい香りがキッチンに漂った。
 紅茶を淹れると、ポテトチップスを手にした悠司にリビングへ手招かれる。
「話題になってる映画を借りたんだ。一緒に観ようよ」
 また悠司から『一緒に』という言葉が出たことに、紗英の胸はほっこりと温まる。
 ローテーブルにふたり分のカップを置いて、その間にポテトチップスの袋が置かれる。ソファにふたりは並んで腰かけた。
「悠司さんはよく家で映画鑑賞するんですか?」
「そうだね。ひとり寂しく観てるよ。でも今日は紗英がいてくれるから、嬉しいな」
「邪魔になりません? 映画を観ながら『これどうなるの?』とか言っても大丈夫ですか?」
「全然オッケーだよ! 映画館では言えないからこそ、家では恋人と喋りながら楽しみたいな」
 恋人――。
 はっきりその単語を悠司が断定したのは、話の流れからだろう。
 そういう、おうちデートが理想だという話だ。
 紗英としても、そんな楽しいおうちデートの経験などないから、とても楽しみだ。胸に走ったほんの少しの切なさは見ないふりをする。
 悠司がリモコンを操作すると、大きな画面にマークが表示される。
 どうやらハリウッド映画らしい。
 どこか遠く離れた惑星に宇宙船が到着するシーンから始まる。未開の地に住んでいる生物が宇宙船を警戒していた。ややあってタイトルが表示されると、悠司はポテトチップスの袋を開いた。
「熱中して忘れてしまうな。好きなように食べていいからね」
「はい。いただきます」
 この映画は紗英も広告を見たことがある。話題になっているだけあって、ジャンルはスペースファンタジーのようだ。ホラーやB級映画などの殺戮系のものが苦手なので、安心した紗英はポテトチップスをひとつかじった。
 ひとつ食べ始めると止まらなくなり、悠司と紗英は交互にぽんぽんと袋に手を入れてポテトチップスをかじる。
 合間に紅茶のカップを手にして飲むタイミングも一緒だった。
 それに気づいた紗英は、くすりと笑みを零す。
 そうしてふたりは、まったりとしながら映画を観た。
 やがて映画は佳境に入り、宇宙船に乗ってやってきた人間たちが、惑星の先住民族を根絶やしにするという作戦が実行される。苦悩する主人公は反対するが、牢に囚われてしまった。
「どうなるんでしょう……」
「セオリー通りなら、フレイヤが助けに来てくれるはずだな」
 フレイヤとは、主人公と恋仲になった先住民族の女戦士である。しかし彼女には同じ部族の婚約者がいた。
「でも婚約者の男性がいますよね」
「マトラか。うーん。フレイヤは横暴なマトラを好きじゃないし、信頼もしてないよな。そうなると、やっぱり部族の立場を捨てても主人公を助けに行くと思うよ」
 そんなことを話しているうちに、物語は悠司の予想した通りになる。
 フレイヤは止めようとするマトラを振り切り、主人公の救出に向かうのだ。
 そのとき、紗英の肩を悠司が優しく抱いた。
 ふたりの肩はソファの中で、ぴたりとくっつく。
 物語がどうなるのかというどきどきだけでなく、紗英は悠司の体温にも胸を高鳴らせていた。
 そっと悠司の肩にもたれて、物語を見守る。
 これが、甘えるってことかな……。私は今、悠司さんに甘えているんだ……。
 そう思うと、心身ともに太陽のようなぬくもりに包まれた。
 紗英は安心して悠司に体を預け、物語を見守る。
 フレイヤは無事に主人公を救出する。そしてふたりは作戦に立ち向かい、先住民族の戦士たちの助けもあって、見事に人間側の作戦を潰すことに成功した。
 愛している、と互いの気持ちを告白するシーンでは、紗英は涙がほろりと零れてしまう。
 そんな彼女を、悠司はきつく抱きしめ続けていた。
「ふたりは一緒に暮らせないんでしょうか……」
 人間たちには地球から帰還命令が出ていた。そして先住民族にとっては、たとえ危機を救ってくれた主人公であっても人間には変わりない、と部族長から伝えられる。
「うーん……」
 悠司は眉根を寄せて、ラストを見守っていた。
 彼もふたりがどうなるかは、予想がつかないようだ。
 後ろ髪を引かれながらも宇宙船に乗り込もうとする主人公。そのとき、跳ねるように現れたフレイヤが主人公を抱きしめる。あなたなしでは、生きていけないという告白とともに。
 固く抱き合ったふたりを残して、人間たちをのせた宇宙船は飛び立っていった。地球へと向かって――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。

泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。 でも今、確かに思ってる。 ―――この愛は、重い。 ------------------------------------------ 羽柴健人(30) 羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問 座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』 好き:柊みゆ 嫌い:褒められること × 柊 みゆ(28) 弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部 座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』 好き:走ること 苦手:羽柴健人 ------------------------------------------

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される

絵麻
恋愛
 桐島花は父が病没後、継母義妹に虐げられて、使用人同然の生活を送っていた。  父の財産も尽きかけた頃、義妹に縁談が舞い込むが継母は花を嫁がせた。  理由は多額の結納金を手に入れるため。  相手は二十五歳も歳上の、海軍の大佐だという。  放り出すように、嫁がされた花を待っていたものは。  地味で冴えないと卑下された日々、花の真の力が時東邸で活かされる。  

Melty romance 〜甘S彼氏の執着愛〜

yuzu
恋愛
 人数合わせで強引に参加させられた合コンに現れたのは、高校生の頃に少しだけ付き合って別れた元カレの佐野充希。適当にその場をやり過ごして帰るつもりだった堀沢真乃は充希に捕まりキスされて…… 「オレを好きになるまで離してやんない。」

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

処理中です...