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四十一話
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「おかずはなににしようか? 紗英はサラダとか食べたい?」
「そうですね……。ごはんと、さっきの肉じゃががあるから、私は軽いものでいいです」
ふたりで食料品のコーナーへ行き、紗英はポテトサラダを手にしてカゴに入れる。悠司は鶏の唐揚げを選んだ。
「鶏の唐揚げ、好き?」
「好きです。むしろ、鶏の唐揚げが嫌いな人はいるのかなってくらいですよね」
「よかった。一緒に食べよう」
「はい!」
会計を済ませて、エコバッグに購入したものを詰める。
荷物は悠司が持ってくれた。
コンビニを出ると、さらに空は藍の帳が広がっている。
ふたりはまた手をつないで、ぶらりと家路へ向かって歩いた。
悠司の温かな体温を感じながら、ぽつりと紗英は呟く。
「……悠司さんが、『一緒に』って言ってくれるの、すごく好きです」
「ん? そうか?」
悠司はそれが特別な言葉なのだとは思っていないらしい。彼としては何気なく使った言葉なのだろう。
けれど、『なんでも自分でやること』と幼い頃から躾けられ、誰かに甘えることも頼ることも許されなかった紗英としては、『一緒にやろう』と声をかけてもらえるのは、まるで砂地獄から引き上げてくれた救世主のごとく、感謝にたえない輝かしいことだったのだ。
「でも、誰から言われても嬉しいわけじゃないですよ」
きっと、悠司から言われたからこそ嬉しいのだ。
ほかの人からでは、心に響かないかもしれない。
「そうか。紗英が俺の言ったことを『好き』って言ってくれるのが、俺はすごく嬉しいよ」
甘い声で悠司は、そんなふうに返す。
私、悠司さんのことが、好き――。
紗英の胸の奥に淡い芽が育っていく。
その想いはもう抑えることができないほど、成長していた。
でも私たちは、本当の恋人じゃない……。
いつまで、この幸せを続けられるのだろうか。そしていつまで、紗英の想いを押し殺しておけるのか。
切ない想いと、彼といられる幸せの双方を抱えながら、紗英はそっと悠司の傍に寄り添った。
マンションに帰宅すると、ふたりは購入したポテトサラダと鶏の唐揚げを取り出した。それから鍋に残った肉じゃがを温め直す。
「インスタントの味噌汁ばかりなのもどうかと思うから、ちょっと作るよ」
「えっ。悠司さん、お味噌汁を作れるんですか?」
「俺の料理の腕を侮ってるだろ。美味しい!って言わせてやるからな」
朗らかに笑った悠司は、片手鍋に水を入れると、火にかけた。
彼は冷蔵庫を開けて、冷凍のほうれん草と卵を手に取る。
「すぐできるから、盛りつけしておいていいよ」
「わかりました。お米もたくさんありますしね」
紗英は肉じゃがと米をそれぞれ器に盛り、ダイニングテーブルにセットする。もちろん箸もふたり分だ。こうして昼も夜も一緒に食事ができるなんて、なんだか同棲しているような気分になった。
ややあって、悠司は小ぶりの器をふたつ持ってダイニングにやってくる。器からは、ほかほかと湯気が立ち上っていた。コンソメの香りが辺りに満ちて、紗英の食欲が刺激される。
「美味しそうですね」
「ちょっとは料理できるってところを紗英に見せたいからね。味も美味しいと思うよ」
夕食の準備が整い、席に着く。ふたりは手を合わせて「いただきます」と同時に言った。
紗英はさっそく悠司が作ってくれたスープに箸をつけた。
ほうれん草と、ふんわりした卵が優しく舌の上でほぐれる。コンソメのだしが効いていて、具材と絶妙に合っていた。
「すごい! 美味しいです」
「よかった。紗英がいたら、毎日でも作るよ」
まるで同棲や結婚を示唆するような悠司の台詞に、紗英の頬が朱に染まる。
旦那様が毎日スープを作ってくれるなんて、夢みたいな生活だ。
「毎日は……飽きると思います」
「あはは、そうだね。レパートリーを増やしておくよ」
悠司の胸のうちで、紗英と同棲や結婚をしてもよいという気持ちがあるのだろうか。それとも、話の流れでの、リップサービスのようなものなのか。
追及できないけれど、もし悠司がほかの誰でもなく、紗英とならいいと思っていてくれるなら、嬉しかった。
「ポテトサラダも食べてくださいね」
「うん。紗英も鶏の唐揚げ、食べなよ」
お互いが選んだおかずも摘みつつ、残った肉じゃがも食べた。
肉じゃがをすっかり綺麗に平らげた悠司は、満足げな息をつく。
「ああ、やっぱり紗英が作ってくれた肉じゃがが一番美味しいよ」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
あなたのためなら毎日でも……という言葉が出かけて、喉元で抑えた。
こうして毎日、悠司と食卓をともにできたらどんなに幸せだろう。
「そうですね……。ごはんと、さっきの肉じゃががあるから、私は軽いものでいいです」
ふたりで食料品のコーナーへ行き、紗英はポテトサラダを手にしてカゴに入れる。悠司は鶏の唐揚げを選んだ。
「鶏の唐揚げ、好き?」
「好きです。むしろ、鶏の唐揚げが嫌いな人はいるのかなってくらいですよね」
「よかった。一緒に食べよう」
「はい!」
会計を済ませて、エコバッグに購入したものを詰める。
荷物は悠司が持ってくれた。
コンビニを出ると、さらに空は藍の帳が広がっている。
ふたりはまた手をつないで、ぶらりと家路へ向かって歩いた。
悠司の温かな体温を感じながら、ぽつりと紗英は呟く。
「……悠司さんが、『一緒に』って言ってくれるの、すごく好きです」
「ん? そうか?」
悠司はそれが特別な言葉なのだとは思っていないらしい。彼としては何気なく使った言葉なのだろう。
けれど、『なんでも自分でやること』と幼い頃から躾けられ、誰かに甘えることも頼ることも許されなかった紗英としては、『一緒にやろう』と声をかけてもらえるのは、まるで砂地獄から引き上げてくれた救世主のごとく、感謝にたえない輝かしいことだったのだ。
「でも、誰から言われても嬉しいわけじゃないですよ」
きっと、悠司から言われたからこそ嬉しいのだ。
ほかの人からでは、心に響かないかもしれない。
「そうか。紗英が俺の言ったことを『好き』って言ってくれるのが、俺はすごく嬉しいよ」
甘い声で悠司は、そんなふうに返す。
私、悠司さんのことが、好き――。
紗英の胸の奥に淡い芽が育っていく。
その想いはもう抑えることができないほど、成長していた。
でも私たちは、本当の恋人じゃない……。
いつまで、この幸せを続けられるのだろうか。そしていつまで、紗英の想いを押し殺しておけるのか。
切ない想いと、彼といられる幸せの双方を抱えながら、紗英はそっと悠司の傍に寄り添った。
マンションに帰宅すると、ふたりは購入したポテトサラダと鶏の唐揚げを取り出した。それから鍋に残った肉じゃがを温め直す。
「インスタントの味噌汁ばかりなのもどうかと思うから、ちょっと作るよ」
「えっ。悠司さん、お味噌汁を作れるんですか?」
「俺の料理の腕を侮ってるだろ。美味しい!って言わせてやるからな」
朗らかに笑った悠司は、片手鍋に水を入れると、火にかけた。
彼は冷蔵庫を開けて、冷凍のほうれん草と卵を手に取る。
「すぐできるから、盛りつけしておいていいよ」
「わかりました。お米もたくさんありますしね」
紗英は肉じゃがと米をそれぞれ器に盛り、ダイニングテーブルにセットする。もちろん箸もふたり分だ。こうして昼も夜も一緒に食事ができるなんて、なんだか同棲しているような気分になった。
ややあって、悠司は小ぶりの器をふたつ持ってダイニングにやってくる。器からは、ほかほかと湯気が立ち上っていた。コンソメの香りが辺りに満ちて、紗英の食欲が刺激される。
「美味しそうですね」
「ちょっとは料理できるってところを紗英に見せたいからね。味も美味しいと思うよ」
夕食の準備が整い、席に着く。ふたりは手を合わせて「いただきます」と同時に言った。
紗英はさっそく悠司が作ってくれたスープに箸をつけた。
ほうれん草と、ふんわりした卵が優しく舌の上でほぐれる。コンソメのだしが効いていて、具材と絶妙に合っていた。
「すごい! 美味しいです」
「よかった。紗英がいたら、毎日でも作るよ」
まるで同棲や結婚を示唆するような悠司の台詞に、紗英の頬が朱に染まる。
旦那様が毎日スープを作ってくれるなんて、夢みたいな生活だ。
「毎日は……飽きると思います」
「あはは、そうだね。レパートリーを増やしておくよ」
悠司の胸のうちで、紗英と同棲や結婚をしてもよいという気持ちがあるのだろうか。それとも、話の流れでの、リップサービスのようなものなのか。
追及できないけれど、もし悠司がほかの誰でもなく、紗英とならいいと思っていてくれるなら、嬉しかった。
「ポテトサラダも食べてくださいね」
「うん。紗英も鶏の唐揚げ、食べなよ」
お互いが選んだおかずも摘みつつ、残った肉じゃがも食べた。
肉じゃがをすっかり綺麗に平らげた悠司は、満足げな息をつく。
「ああ、やっぱり紗英が作ってくれた肉じゃがが一番美味しいよ」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
あなたのためなら毎日でも……という言葉が出かけて、喉元で抑えた。
こうして毎日、悠司と食卓をともにできたらどんなに幸せだろう。
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