一途な御曹司の甘い溺愛~クズ男製造機なのでお付き合いできません!~

沖田弥子

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五十話

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 まるで子どもが駄々をこねるようなやり方だが、男の手で強く揺さぶられ、体勢を崩して転びそうになる。
「は、はなして……っ!」
 紗英は必死に足で踏ん張った。雅憲はしつこくすれば紗英が諦めて部屋に入れてくれると思っているのか、腕にしがみついて離れない。
 もみ合っているうちに、紗英の体が反り返る。
 いつの間にか、階段まで来ていた。ヒールを踏み外したら、真っ逆さまに落ちてしまう。
 そのとき、雅憲がパッと手を離した。
「きゃ……」
 突然、引っ張られていた力がなくなり、後ろに重心をかけていた紗英の体は傾いてしまう。階段から、がくりと足を踏み外した。
 ――落ちる……
 階段を転げ落ち、頭を打ちつけるイメージが浮かんだ。
 だが予想した衝撃は訪れず、がしりと体は力強い腕に受け止められる。
「……えっ?」
 紗英がおそるおそる振り向くと、悠司が彼女の体を支えていた。
 悠司は紗英を守るように、しっかりと支えた体を階段上にのせる。
「悠司さん……どうしてここに?」
「紗英を追ってきたんだ。どうしても話をしなければと思ってね。だが、危ないところだったようだな」
 思い通りにいかなかったばかりか、悠司が助けに現れたので、雅憲は唖然としていた。
「な、なんだよ、おまえは……」
 紗英の肩を抱いた悠司は、雅憲に毅然と向き合う。
「俺は紗英の恋人だ」
「えっ、ゆ、悠司さん……」
 はっきり恋人と言ってしまうなんて、悠司はどういうつもりなのだろう。
 それとも、この場を収めるためにとりあえずということなのだろうか。
 険しい双眸を雅憲に向けた悠司は言葉を継いだ。
「きみは紗英の知り合いのようだが、彼女を階段から突き飛ばすのを、俺は見た。紗英は大怪我をするところだったんだぞ」
「オレは突き飛ばしてない! その女が勝手に転んだんだ」
 おもしろくなさそうに唇を尖らせた雅憲は、きょろきょろと辺りを見回す。
 誰もいないはずだが、誰かが助けてくれると思っているのだろうか。それとも、自分が窮地に立たされたこの場から逃げたいという心理の表れなのかもしれない。
「では、警察へ行ってそう証言したらいい。俺も同行して、見たままを語ろう」
「け、警察……⁉ それは困る!」
 慌てた雅憲は、ふたりを突き飛ばすようにして横を通り抜け、階段を駆け下りていった。警察沙汰になったらまずいことでも抱えているのだろう。
 雅憲が道路の向こうに去っていったことを確認した悠司は、紗英に目を向ける。その双眸には心配そうな色が含まれていた。
「怪我はない?」
「ええ……平気です。守ってくれて、ありがとうございました」
「無事でよかった。あいつはとんでもないクズ男だな」
 悠司は床に叩きつけられて、ひしゃげた紙袋を拾い上げる。
 それを紗英に差し出した。
「この荷物は?」
「あ……私がさっき購入した茶葉とか、マグカップです。壊されてしまいました」
「なんてやつだ。アパート下にも声が響いていたが、よりを戻せと迫られたのか?」
「そういうことですね。ただ、よりを戻そうとは言わず、あなたが可哀想だからよりを戻しましょうと私のほうから優しくするのを待っていたのに、私がそう言わないから怒ったみたいです」
 それを聞いた悠司は深い溜息を吐いて、額に手を当てた。
 彼にとっては、成人男性とは思えない信じがたい依存思考だろう。
「きみをここに置いておくわけにはいかない。あいつが戻ってきたら困る。今夜は俺のマンションに泊まるんだ。いいね?」
「わかりました……」
 紗英としても、ひとりでアパートの部屋で過ごすのは心細かった。今夜だけでも、悠司の傍にいたい。
 手をつないで階段を下りると、道路脇には悠司の車が停車していた。
 紗英が先に帰ったので、アパートまで来てくれたのだ。もし悠司が追ってきてくれなかったら、階段を転げ落ちて大怪我をしていたことだろう。
 ぶるりと身を震わせた紗英を安心させるように、悠司は両肩にそっと手を添える。
 助手席のドアを開けた彼は、紗英が座席に乗り込むのを確認すると、ドアを閉めた。
 周囲を警戒するように見回した悠司は、運転席に乗ると、車を発進させる。
 車内で紗英は、ぼろぼろになった紙袋を、ぎゅっと握りしめた。
「ショックを受けただろう。遠慮なく泣いていいんだよ」
「いえ……彼には未練なんてありませんから。もうとっくに別れてますし。階段から落とそうとしたのも、ちょっと怪我をしたら私が言うことを聞くとでも思ったんじゃないでしょうか」
「実際に目にするまでは、クズ男と言われてもピンとこなかったけど、ああいう男ときみはこれまで付き合っていたわけなのか?」
「そうですね……。考えてみれば母親もああいうタイプで、子どもっぽい思考で、依存性が強いんです。でも私はもう振り回されないと決めました」
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