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2巻

2-3

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「ジィーオさん」

 この村の門番を務めているジィーオさん。
 ボロボロだったお父さんの形見の剣を、いつか子にたくしたいとお店まで訪ねてきてくれた、一番最初のお客様だ。今日は形見の剣ではなく、カッパーソードを腰につけていた。
 私が初めて彼に会った時、あまりにボロボロな剣に驚いて、代わりに渡したものだ。

「今日は、休みですか?」

 私が尋ねると、ジィーオさんは頷いた。

「ああ、そうなんだ。まだ会ったことなかったな。これがうちの女房と子どもだ」

 ジィーオさんの隣に立つ女性は、怪訝けげんそうに眉をひそめながらこちらを見て、軽く頭を下げる。
 彼女に抱かれた子どもは、まだ一歳にもなっていない小さな赤ちゃんで、まん丸なおめめをパチクリさせていた。

「こいつは、剣を打ち直してくれた鍛冶かじのメリアだ」

 そう紹介されると女性の表情が変わり、その頬を赤く染めて大きな声でお礼を述べた。

「あなたが! うちの包丁もすっごく切れ味がよくなったの‼ 本当にありがとう‼」
「い、いえ。お役に立てたようで何よりです」

 母親が突然興奮し、大きな声を出したからだろう。赤ちゃんは「ふえぇ……」と泣き出した。

「ああ! ご、ごめんなさい。よしよーし、泣かないでー」
「ほれ、カンカンだぞぅ。いい子だー。……すまんが失礼するぞ!」

 二人はあわてて赤ちゃんのご機嫌を取りつつ私に別れを告げると、足早に家のほうへ行ってしまった。
 ジィーオさんがあの露店のお姉さんに見惚みとれていたことは、もう奥さんの頭からはすっかり消えてしまっていたようだ。
 ふと露店を振り返ると、先ほどのお姉さんもこちらを見ていて、目が合った。
 お姉さんは色っぽい笑みを浮かべて私に手を振ると、店仕舞いを始める。
 ただそれだけのことなのに……なんでだろう? あのお姉さんの笑みが、とてつもなく不気味で恐ろしいもののように感じた。
 そんな私の様子に気づいたフローとオニキスが、声をかけてくれる。
 ――ご主人様、何かあった?
 ――大丈夫? 大丈夫?

「大丈夫。もうメニュー決まったかな? 『猫の目亭』に戻ろう」

 よくわからない悪寒おかんのせいで、皆に心配をかけるわけにはいかない。不安な気持ちを誤魔化ごまかすようにもう一度「大丈夫」と呟いて、早くここから離れようと急ぎ足で『猫の目亭』へと向かった。
 準備中の看板を無視して入ると、ミィナちゃんが「あ、お姉ちゃん。決まったよ! こっち、こっち‼」と手を引いてくれる。その手のあたたかさに、人知れずほっとした。

「試作品だ」

 誰もいない広い店内でヴォーグさんが指し示したのは、山かと思うほどドドンと積み上げられたスパゲティ。
 麺とソースが絡めてあるので、あとからソースが足りないっ! みたいなことはなさそう。
 さらに、粉チーズやタバスコなど、味を変えるための調味料も準備されている。
 五人前もあるから、最後まできずに食べてほしいというヴォーグさんの発案だそうだ。
 試食会と称して、ミィナちゃんとマーベラさん、ヴォーグさんの全員でスパゲティを食べる。
 トマトの酸味と濃厚な甘味が、もちもちした麺にバッチリ絡んでいておいしい‼

「うん、これなら大丈夫そう」

 スパゲティを食べながら、マーベラさんが満足そうに言った。

「あ、そういえば、制限時間とか決めますか?」
「制限時間?」

 私が聞くと、ヴォーグさんが首を傾げる。

「あらかじめ食べる時間を決めておいて、その時間が経ったら終了にするんです。設定していないと、いつまでもダラダラ食べて完食できちゃうかもしれないので」

 私の説明に、マーベラさんはなるほど、と頷いた。

「確かに、いつまでもいられたら商売にならないものね。でも、時間を計るすべがないわ」

 そう、この世界には懐中時計のような持ち運べる時計が存在しない。
 時計はかなり大掛かりな装置で、村に一つしかない。村人は一定の間隔で鳴らされるかねの音で、大体の時間を知るのだ。太陽の位置を見る場合もあるけど、今回のように制限時間をきっちり計るのは無理だ。
 時計が作れればいいのだけど、私の鍛冶かじスキルでは難しい。一つ一つのパーツが細かいので、細工さいく師のスキルが必要なのだ。
 砂時計もガラス細工ざいくのスキルが必要で、やっぱり無理だった。
 私が悩んでいると、暇だったのか、オニキスが机に上がってきてコツコツとくちばしで机を叩き始める。
 一定の速度で鳴るその音がメトロノームみたいだと思った瞬間、はっとひらめいた!

「そうだ! 歌はどうですか?」
「う、歌?」

 マーベラさんが面食らったように問い返した。私は首を縦に振る。

「一曲丸々歌えば、結構な時間になりますよね」
「そうだな、パスタをでる時は、歌を口ずさんで、曲が終わるタイミングで取り出している」
「え、お父さん、厨房でそんなことしてたの?」

 聞いてみたい……とミィナちゃんが呟いたら、ヴォーグさんが穏やかな表情で「お前が赤子の時、歌うと笑ってくれていた」と頭を撫でた。
 そんななごやかな様子を見つつ、私は提案した。

「なら、長めの曲を四曲歌う間に食べきれたらにしましょうか」

 一曲約五分と計算すれば、大体二十分の制限時間になる。
 難易度が低すぎるとマーベラさんから苦情が出そうだし、これくらいがちょうどいいだろう。
 歌い手は私とミィナちゃんの二人が担当することになった。二人で交互に複数の曲を歌うのだ。
 恥ずかしいと拒否したかったけれど、当日に動ける人が他にいないと言われてしまうとなぁ。
 仕方ない。頑張ろう。そうミィナちゃんと頷き合う。
 そういえば、今回のイベントはお店の宣伝も兼ねているんだよね。それなら……

「参加した人には、次回使える割引券を渡すとかどうですか?」
「割引券?」

 ヴォーグさんが、それはなんだと問う。

「はい。券を持っている人は会計から50ビーンズ引いてあげるとか、そんな感じのお得感のある券です」
「いいわね! それならまた次も来てもらえるかもしれないし、お客さんが増えそうだわ」

 割引券の提案には、マーベラさんのほうが食いついてくれた。
 どんどん決まっていくイベントの内容に、私たちは夢中になって話す。
 楽しい時間は早く過ぎるもの。夕のかねの音が聞こえたので、話し合いは中断することになった。

「いけない。夜の営業の時間よ」

 マーベラさんが急いで入り口へと向かう。私も帰らなくてはと、席を立った。

「もう暗くなるよ? 危ないから泊まっていけばいいのに」
「ごめんなさい。でも、今日はお留守番してもらってる子たちがいるし、心配させちゃうから」

 ミィナちゃんの提案を、申し訳なく思いながら断る。

「まだ決まっていない部分もある。また来てくれ」
「はい。また来ます」

 ヴォーグさんに返事をして、私は『猫の目亭』を出た。
 入れ違いで市場の商人たちが入っていくのを見ながら、私は村の外へと駆け出す。
 村の門の周辺は既に人気ひとけがなく、私が村を出ると門はゆっくりと閉まった。
 これなら、ここからオニキスに乗って帰っても大丈夫だ。

「オニキス、お願い」

 ――わかった‼
 オニキスはそう返事をすると、ブルルと身震いしながら私が乗れるほどの大きさに変わる。私がまたがると、オニキスは大地をって加速し、空へと舞い上がった。
 もう太陽が沈みかけて、夜の闇があたりを包み始めている。
 逢魔おうまとき
 元の世界でそう呼ばれたように、こちらの世界でもこの時間から魔物が少しずつ増えていく。
 夜になれば魔物が活発になり、凶暴性も増す。急いで帰らないと……
 オニキスの周囲に、薄気味悪い鳥のような魔物が集まり始める。
 不気味な声を放つそれに向かって、フローがシャーと威嚇いかくするように水のたまを当てた。
 ――ご主人様に手を出すなっ!
 それに続いて、ルビーくんもポケットから出てきてほのおを矢のようにして攻撃する。
 ――これでも食らっとき‼

「ありがとう、フロー。ルビーくん。あと少しだからね、オニキス」

 ――大丈夫、大丈夫!
 オニキスが徐々に降下し、家のすぐそばに着地した。
 倒しても倒しても、魔物はしつこく狙ってくる。知識として夜は魔物の時間だと知っていても、ここまでとは思ってもいなかった。
 こんなことなら『猫の目亭』に泊まればよかった。
 そう後悔した時だった。
 ――ザシュ。
 風を切る音が耳に届くとともに、その場にいた魔物たちは地にした。
 なぜ、と地面のほうに目線を向ける。
 そこには、夕闇にけ込むようなマントをまとった人物が一人、立っていた。
 フードが外れ、銀色の髪がサラリと揺れる。
 魔族のあかしである羊のようなつのが現れ、にぶく光った。
 その姿が視界に入った瞬間、私はまだ魔物の血がしたたる剣を持つ彼へと駆け寄った。

「リクロス‼」
「早く家の敷地に入ろう。血のにおいを追って、他の魔物が寄ってくる」

 リクロスはけわしい顔つきで静かに言った。
 その言葉に頷きながら、彼とともに家の敷地へと足を踏み入れる。
 神様が与えてくれた家だけあって、魔物はこの敷地へは入ることができない。
 無事帰ってこられたことにほっとして、皆に声をかけた。

「皆、大丈夫? 痛いところはない?」

 ――ないっ! 頑張った、頑張った‼
 ――ないよー。でも、疲れてしもたわ。おいしいご飯作ってや。
 ――僕も大丈夫。ご主人様、大丈夫ー?
 オニキス、ルビーくん、フローの順に返事を聞いて、私は微笑んだ。

「うん、大丈夫。皆とリクロスのおかげで無傷だった。リクロス、助けてくれてありがとう」

 リクロスに向き合って先ほどの礼を告げる。けれどいつもならすぐにある返事がなく、彼の様子は普段とは違っていた。
 どうしたんだろうと、首を傾げる。
 次の瞬間、彼の表情を見て、私の顔は石になったように強張こわばった。
 リクロスはいつもは柔らかな紫の瞳で私を見つめてくれるのに、今はまるで氷のように冷たく厳しい表情をしている。
 こんなリクロスの顔、今まで見たことがない。
 不穏ふおんな空気を感じ取ったのだろう。フローたちがじっと成り行きを見守っている。
 リクロスは、重々しく口を開いた。

「君は……この時間が危険だとわかっていたはずだ」
「ごめんなさい」
「彼らが自分の身を守ってくれるから、無茶をしてもいいと思っていたの?」
「私、そんなつもりじゃっ!」
「じゃあ、どういうつもりだったの?」
「それは……」

 まだ太陽が出ていたし、オニキスの翼ならここまで帰るのにそんなに時間はかからないと思っていた。それに、私が魔物に出会ったのは、最初に村に行った時の一回だけ。だから、それほど危険な生き物だとわかっていなかった。
 いざとなったら、守ってもらえる。そんな考えが全くなかったわけじゃない。
 でも、家に残していた他の子たちが心配しているだろうと思ったのも事実で……
 私は自分だけでなく、皆も危険にさらしてしまった。
 言葉に詰まる。リクロスの顔をまともに見れず、私はうつむいてしまう。
 そんな私に、リクロスはあきれたようだった。

「……君はもう少し、自分の価値を知るべきだと思うよ」

 しばらく経って届いた言葉にばっと顔を上げると、既にそこにリクロスの姿はなかった。
 空は雲におおわれて、星の光も見えない。そこにはただ、暗闇が広がっていた。



   第三章 悪夢と眷属けんぞくの想い


「リクロス……っ」

 彼が姿を消してから、私は何度も呼んだけれど、彼が姿を現すことはなかった。
 ――ご主人様、お家に入ろう?
 フローが優しくうながしてくれる。ラリマーやセラフィも気遣うように私の周りに集まってくれた。
 ああ、心配をかけてる。ごめんね、皆。
 重い足取りで家の中へと入る。
 明るいはずの部屋が暗く感じるのは、私の気持ちが落ち込んでいるせいだろう。
 ――お帰りなさい。市場はいかがでした?
 アンバーが明るく私に話しかけてくれる。それに応えられず、そのまま寝室へと足を進めた。

「……ごめん、今日はもう寝るね」

 ――あるじさま……
 心配してくれている皆には悪いけれど、一人きりになりたい。
 暗い寝室のベッドに横になる。涙があふれてきて止められず、ポロポロとこぼれてまくらを濡らしていく。
 眷属けんぞくたちは、私の意見を最優先してくれている。
 それに気づいていながら、彼らの優しさに甘えているのは私だ。
 前の事件の時だって、そう。いつだって私は判断をあやまる。そして皆に迷惑をかけてしまう。
 フローたちの力を利用して、頼って、私自身は成長していない。
 鍛冶かじとしての力や眷属けんぞくたちの能力は私自身のものじゃない、与えられたものだ。
 そんな私が、世界に本当に必要とされている彼らを振り回して、怪我けがをさせたら?
 ――ふふっ、ここに来ても、私は前の世界での私のままなのね。
 役立たずの能なし。
 いつだって上司に怒られて、毎日残業をする給料泥棒どろぼう
 そんな自己嫌悪におちいりながら、私はいつの間にか眠りについた――


『またか。こんな資料、使えるはずがないだろうっ‼』

 強い叱責しっせきを受けるとともに意識が覚醒かくせいし、ドンッと机を叩く音にビクッと肩を震わせる。
 あれ? とあたりを見回す。
 いつの間に職場に来たのだろう?
 並んだ机には同僚たちが着いていて、パソコンに向かいながら私たちの様子を見ている。
 古いコピー機の印刷するガーッという音にどこか懐かしさを感じていると、また怒号が飛んでくる。

『聞いているのか! 何をボサッとしているんだ‼』
「す、すみません」

 そうだ。頼まれていた資料が、また間違っていると怒られていたんだ。
 それなのに、私ったら、ぼんやりして……
 上司が顔を真っ赤にして怒鳴る。
 クスクスと隠れて笑う同僚たちの、小馬鹿にしたような視線を感じた。

『――お前のような、出来の悪いやつをやとってやってる会社の身にもなれ! さっさと仕事に戻らんかっ‼』

 もう一度頭を下げて、床に散らばった資料を拾い上げ、机へと向かう。
 机の上には、おしかりを受けている間にここぞとばかりに押しつけられたであろう仕事が、山のように載せられていた。
 どれも、期限がせまっているものばかり……
 今日も残業決定だなと、一人ため息をつく。
 いくら頑張っても減らない仕事量。隙があれば仕事を押しつけてくる同僚たち。突然飛んでくる上司の叱責しっせき
 それらに耐えながら、無心で仕事をし続ける。
 気づけば退社時間となり、上司も同僚も帰っていく。残っているのはとうとう私一人になった。
 カタカタと、キーボードの音だけが静かな部屋に木霊こだまする。

[……メ、……ア]

 誰かの声が聞こえた気がした。
 ふと顔を上げて首を巡らす。けれど、部屋の中には誰もいない。
 気のせいか。そう思って視線を元に戻す。

[駄目……よ?]

 また聞こえた。誰? 優しく呼びかけるような声。
 パソコンの画面が消えて、黒いディスプレイに私の姿が映る。
 疲れ果ててやつれた顔。違う……これは、今の私じゃない。

[戻っておいで。君の居場所はそこじゃないだろう?]

 ガラスが割れるような音が鳴り、ポロポロと部屋が崩れていく。
 部屋が崩れ落ちると、初めて神様に会った時と同じ白い空間が広がっていた。

「わ、私……」
[ふふ、悪夢にとらわれていたようだね]

 てのひらを見る。小さくてぷにっとした子どもの手。
 気づけば、神様が私のそばに来たようだ。
 パチンと指を鳴らす音がして、何もない空間からテーブルと椅子が出てくる。
 なんで、神様が?

夢現ゆめうつつで会おうって言ったでしょ? ほら、お座り]

 ああ、そういえば、神様の加護かごがあれば会えるって……
 じゃあ、これは夢なの?
 私がそう尋ねようとすると、言葉を発する前に、そうだよと答えられ、うながされるまま席に着く。神様は困惑する私を見て寂しそうに漏らす。

[せっかく会えたのに、喜んでくれないとは残念だな。……それにしても、過去の夢を見るなんて随分と落ち込んでいたんだね]

 ……リクロスを怒らせてしまったの。

[うん。見ていたよ。少し無謀むぼうだったねぇ]

 神様も、そう言うの? やっぱり私が全部悪いんだ。

[メリア。君が怪我けがをしたら僕は悲しい]

 唇を噛みしめて下を向いた私に、神様は幼子おさなごに言い聞かせるような優しい声で言う。

眷属けんぞくの力も絶対じゃない。彼らはそれを知っている。だからこそ、君を守るための力を持った子たちに助けを求めただろう?]

 家庭菜園で野菜を植えながら、もっと種類があればなぁって内心思った。
 鍛冶かじで作りたいものがうまく作れなかった時、手助けがあればと望んだ。
 そうだ。いやしの力を持つセラフィだけじゃない。
 ラリマーとルビーくんもまた、私が声に出さなかっただけで、欲しいと望んだからやってきたのだ。

「私、我儘わがままですね」

 思わず、声が出た。神様には話さなくても聞こえているのに。

[いいんだよ。もっと甘えなさい。僕の加護かごを受けた、僕のいとなのだから]

 神様は私に甘い。だから、眷属けんぞくの皆も私の意思を優先してくれるのかな?

[違うよ。彼らは彼らで、君のことが大好きなんだ。だからこそ、君の望みを叶えたいと思ったんだ。実際、それを叶えられるだけの力を彼ら自身は持っている。だから止めなかったし、無事に帰ってこられただろう?]

 そうだね。結果的には誰も傷つかず帰れた。でも……

[君がそこまでうれえているのは、リクロスの言葉のせいかい?]

 彼が私に怒ったのは初めてだった。
 彼はいつだって私のことを守ってくれていた。
 会いに来てくれて、優しい笑みを浮かべてくれて……そんな彼があんなに怒るとは思ってもみなかった。きっと、彼の中の何かに私はれてしまったんだ。
 ……もう、会いに来てくれないかもしれない。

[そうだね。彼はいつも会いに来た。でも、君は……彼に会いに行こうとは思わないのかい?]

 会いに……行く?

[ずっと、待ち続けるだけなの? そんなえんなら切れてしまっても困らないよね]
「嫌、嫌だよ。神様。えんが切れてしまうのは、嫌だっ‼」
[なら、今度は君が会いに行けばいい。……もっとも、その前に少しつらい思いをするかもしれないけど……]

 え……?

[それとね、君は気づいていないかもしれないけれど、今の君は前の君よりも、ずっと幼いんだ]
「どういうことですか?」
[身体と精神は互いに干渉かんしょうし合うものだ。今の君の体は十四歳。思考も体に引きずられる。けれど、それを気にする必要はない。今の君は過去の君とはまた違った人生を楽しめるのだから……]

 少しずつあたりが明るくなり、神様の姿がぼんやりと消えていく。
 神様の声もだんだん小さくなっていき、最後はほとんど聞こえなくなる。

[ああ、もう、目覚めの時か]
「目覚め……」
[メリア。君なら、彼とともに歩める。少しだけ、勇気を出して]

 ゆっくり、ゆっくりと体が空に浮いて……目が覚めた。


 カーテンを開けると、太陽が顔を出している。部屋から出ると、オニキスが腕の中に飛び込んできた。
 優しく抱きしめると、オニキスは私の顔をのぞむ。
 ――ご主人、ご主人、大丈夫?

「ごめんね。もう、大丈夫……。神様とも少し話をして、スッキリしたの」

 リクロスの言う、私の価値なんてさっぱりわからなかったけれど……今ここにいる彼らが、私を大切に思ってくれているのはわかるから。

「アンバー、ルビーくん、フロー、おはよう」

 壁から少しだけ顔を出して、様子をうかがう三匹に声をかける。
 ――あるじさまっ! おはようございます‼
 ――おはよぉ、あるじさん。
 ――ご主人様。

「皆、心配かけたね。今日の朝ごはんは庭で食べようか。お腹すいちゃったね」

 そう伝えると、皆ほっとしたように動き出した。
 きっと、セラフィやラリマーにも心配をかけたから、彼らにも謝らなきゃ。
 簡単に作れるサンドイッチを持ち、水筒すいとうに紅茶を入れて庭へと出る。
 私の姿を見て、セラフィが近寄ってきた。
 ――おはよう、わらわあるじ。大体のことは聞いた。あの無礼者が言ったことは気にするでないぞ?
 その言葉を聞いて、彼女の頭を撫でて抱きしめる。
 きっと昨日から心配してくれていたのだろう。
 ふんわりと柔らかな毛とあたたかさにいやしを感じる。
 だからだろう、私の口からぽろりと言葉が出た。

「私の我儘わがままで振り回してごめんね。皆を危険な目にわせちゃった」

 すると、アンバーがそれを聞いて、問いかけてくる。
 ――あるじさま。

「ん?」

 ――あるじさまは、無理を通したと思っていますの?

「……それは」

 ――私たちは、嫌だと思ったら断りますわ。
 アンバーに同意するようにルビーくんも続く。
 ――帰れると思うたから、なんも言わんかっただけや!

「で、でも」

 ――確かに~、無謀むぼうではあったけどねぇ~。
 ――わらわあるじは、失敗を何度も繰り返すようなお方であったかのう?

「ラリマー、セラフィ……そうだね、次、気をつければいいんだよね」

 そう言うと、アンバーがにっこり笑った。
 ――私は、あるじさまが優しく抱きしめてくださるの、好きですわ。
 それに続いて、オニキス、ルビーくん、フロー、ラリマーが次々に口を開く。
 ――オニキスも! オニキスも!
 ――雑食のわしに、好きなもんあるか? って毎回聞いてくれるのも嬉しいわ。
 ――ご主人様、いいとこ、いっぱいある。
 ――だから~ぼくらはマスターの言うことを聞いてあげようって思うんだぁ~。


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