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9章 東奔西走
57.神官長はのんびり屋
街道をゴトゴトと幌を張った荷馬車が進む。
馬を御している俺は手に汗をかきながら、心のなかではムチを打って駆けさせたい気持ちを堪え平静を装う。
俺が今身につけているのは地味な農民の服だ。俺の実家で着ていた服だ。
ほころびを母に繕ってもらっていたけど、それでも匂い出る貧乏臭が今はちょうどいい。
後ろでゴトッと物音がした。
「そろそろ良いか?」
「ええ、いい頃合いですね。包囲は一旦抜けました。町の外に出るためにはおそらくまた衛兵の検問を抜けないとだめでしょうけどね」
野菜くずの入っていた箱からゴソゴソ這い出してきた神官長は、裾についていた菜っ葉のカスを払い落とした。
「案外、簡単に抜け出せるものだな」
「初動が早かったのもありますし、神官見習いたちがまだ神官長が部屋にいると見せる工作を続けてくれているんでしょう」
「……彼らは大丈夫だろうか」
「神官長が儀式の準備のために籠もっている。その間は何人たりとも入室できない。ただ、それがちょっと早く終わったことを彼らは知らなかった。それだけのことです、問題ないですね」
神官長が捕縛されそうだとわかってすぐ、俺は神官長を逃がすために駆け回った。
神官長付き副官と神官見習いたちの協力によって神官長の居場所を偽装し、神官長本人は厨房用に裏に置いている年季の入った荷馬車に詰め込んで、颯爽と大聖堂包囲を抜けてきた。
何も手を打っていないこのタイミングで捕縛されれば、神官長がどうなるかわからない。 まだ解決策も立たないまま、時間を稼ぐための計画だ。
こんな杜撰な計画に乗ってくれた神官長側近たちにありがとう。
この計画に一番反対しているのが神官長だ。今もブチブチと文句をたれる。
「こんな逃げるような真似、余計に疑心を招くんじゃないか? 私が捕縛されたとしても、不正の証拠などないんだ。きっと裁判で真実が明かされると――」
「あなたはギロチンに首を飾りたいんですか?」
「いや、だから誤りであるという話を――」
「あなたの敵は無い証拠を作ってきますよ。いや、もうすでに作っているから王宮騎士を派遣したんじゃないですか? ちょっとのんき過ぎやしませんかねぇ?」
神官長が荷台の箱に腰掛けながら腕を組んでいる。
のんき過ぎ……ってのは言いすぎたかな? ちょっとムッとした顔してるな。
「私にも後ろ盾はあるんだぞ」
「後ろ盾ですか……。神官長って心配になるんですよね。前に王宮に行ったときは下級官吏にさえ舐められてたし。正直なところ世渡り下手すぎません?」
おっと、またポロッと言ってしまった。今度はしょんぼりした顔してるな。
でも、もうちょっと危機感を持ってもらわないと、いざというときの動きが遅れそうだ。 正義は勝つ、なんていう社会じゃないんですから。
「これからどこへ行くつもりだ? おまえがこんなことをしていると知れたら、騎士の身分剥奪ではないか?」
「とりあえず目標は王都脱出ですね。俺の処分については命までは取られないのでご心配なく」
「……覚悟の上か」
神官長とショーパブで遭遇してから覚悟の連続だな。
それでも今まで紙一重でしのいできた。今回は俺の首じゃなくて神官長の首だ。いつもより気楽なもんじゃないか?
「王都脱出については、神官長の知り合いの冒険者たちが一枚噛んでくれるんじゃないですか? 経験豊富そうですし、頼み込もうと思って今は宿泊先に向かっています」
「おい、あの人たちに迷惑は――」
「迷惑かけられない、なんて気持ちを持つでしょうけど、今は使える手はなんでも使うタイミングですよ。昔のよしみで助けてくれるかもしれないし、冒険者らしく金で依頼するならできる範囲でやってくれるかもしれません」
それに、神官長の危機に何もできなかったと後から知ったときの気持ち、想像できる? 水臭いぞ! って俺なら思うけどね。
神官長の他人行儀なところを寂しく思う人も多いだろうね。
今回協力してくれた神官長の側近たちは、きっと使命感と喜びに燃えていただろう。神官長にはそういう周りに世話を焼かせたくなる一面がある。
俺もそれに踊らされている一人だ。
「そう、だな。相談してみるか」
「いやぁ、神官長との逃避行だなんて、背徳的でワクワクしますねぇ」
そんな軽口を叩きながらも荷馬車は平凡を装ってゴトゴト進む。今は一刻も早く頼れる先を確保して身を隠さなければ。
馬を御している俺は手に汗をかきながら、心のなかではムチを打って駆けさせたい気持ちを堪え平静を装う。
俺が今身につけているのは地味な農民の服だ。俺の実家で着ていた服だ。
ほころびを母に繕ってもらっていたけど、それでも匂い出る貧乏臭が今はちょうどいい。
後ろでゴトッと物音がした。
「そろそろ良いか?」
「ええ、いい頃合いですね。包囲は一旦抜けました。町の外に出るためにはおそらくまた衛兵の検問を抜けないとだめでしょうけどね」
野菜くずの入っていた箱からゴソゴソ這い出してきた神官長は、裾についていた菜っ葉のカスを払い落とした。
「案外、簡単に抜け出せるものだな」
「初動が早かったのもありますし、神官見習いたちがまだ神官長が部屋にいると見せる工作を続けてくれているんでしょう」
「……彼らは大丈夫だろうか」
「神官長が儀式の準備のために籠もっている。その間は何人たりとも入室できない。ただ、それがちょっと早く終わったことを彼らは知らなかった。それだけのことです、問題ないですね」
神官長が捕縛されそうだとわかってすぐ、俺は神官長を逃がすために駆け回った。
神官長付き副官と神官見習いたちの協力によって神官長の居場所を偽装し、神官長本人は厨房用に裏に置いている年季の入った荷馬車に詰め込んで、颯爽と大聖堂包囲を抜けてきた。
何も手を打っていないこのタイミングで捕縛されれば、神官長がどうなるかわからない。 まだ解決策も立たないまま、時間を稼ぐための計画だ。
こんな杜撰な計画に乗ってくれた神官長側近たちにありがとう。
この計画に一番反対しているのが神官長だ。今もブチブチと文句をたれる。
「こんな逃げるような真似、余計に疑心を招くんじゃないか? 私が捕縛されたとしても、不正の証拠などないんだ。きっと裁判で真実が明かされると――」
「あなたはギロチンに首を飾りたいんですか?」
「いや、だから誤りであるという話を――」
「あなたの敵は無い証拠を作ってきますよ。いや、もうすでに作っているから王宮騎士を派遣したんじゃないですか? ちょっとのんき過ぎやしませんかねぇ?」
神官長が荷台の箱に腰掛けながら腕を組んでいる。
のんき過ぎ……ってのは言いすぎたかな? ちょっとムッとした顔してるな。
「私にも後ろ盾はあるんだぞ」
「後ろ盾ですか……。神官長って心配になるんですよね。前に王宮に行ったときは下級官吏にさえ舐められてたし。正直なところ世渡り下手すぎません?」
おっと、またポロッと言ってしまった。今度はしょんぼりした顔してるな。
でも、もうちょっと危機感を持ってもらわないと、いざというときの動きが遅れそうだ。 正義は勝つ、なんていう社会じゃないんですから。
「これからどこへ行くつもりだ? おまえがこんなことをしていると知れたら、騎士の身分剥奪ではないか?」
「とりあえず目標は王都脱出ですね。俺の処分については命までは取られないのでご心配なく」
「……覚悟の上か」
神官長とショーパブで遭遇してから覚悟の連続だな。
それでも今まで紙一重でしのいできた。今回は俺の首じゃなくて神官長の首だ。いつもより気楽なもんじゃないか?
「王都脱出については、神官長の知り合いの冒険者たちが一枚噛んでくれるんじゃないですか? 経験豊富そうですし、頼み込もうと思って今は宿泊先に向かっています」
「おい、あの人たちに迷惑は――」
「迷惑かけられない、なんて気持ちを持つでしょうけど、今は使える手はなんでも使うタイミングですよ。昔のよしみで助けてくれるかもしれないし、冒険者らしく金で依頼するならできる範囲でやってくれるかもしれません」
それに、神官長の危機に何もできなかったと後から知ったときの気持ち、想像できる? 水臭いぞ! って俺なら思うけどね。
神官長の他人行儀なところを寂しく思う人も多いだろうね。
今回協力してくれた神官長の側近たちは、きっと使命感と喜びに燃えていただろう。神官長にはそういう周りに世話を焼かせたくなる一面がある。
俺もそれに踊らされている一人だ。
「そう、だな。相談してみるか」
「いやぁ、神官長との逃避行だなんて、背徳的でワクワクしますねぇ」
そんな軽口を叩きながらも荷馬車は平凡を装ってゴトゴト進む。今は一刻も早く頼れる先を確保して身を隠さなければ。
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