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9章 東奔西走
61.冗談がきついぜ
王宮につくと、門兵に行く手を遮られた。
「おまえ、クラレンスじゃないか。こんな時に聖堂騎士が何用で王宮にきた」
「ウォーレン・アルメスト神官長の護衛として来た」
「神官長……だと!? 神官長は今、騎士団が――!」
どうやら門兵にも話は伝わっているらしい。
後ろの馬車から颯爽と神官長が身を乗り出した。
「約束がある、宰相閣下に御目通り願う」
「ッ!? 宰相閣下ですと……!?」
「至急、対応を願う!」
結果、物々しい警備の騎士に取り巻かれながら王宮内を移動することになった。
それでも、騎士たちが神官長へ剣を向けなかったのは良い流れに乗った気がした。大聖堂でならすぐに包囲されて威嚇され、令状を突きつけられて捕縛されただろう。
宰相との面会という名目が大きな効果を発揮したようだ。
神官長とその護衛として、俺たちは宰相との会談に臨んだ。
宰相執務室には、昔モテただろうことが分かるイケメンオジサンが待っていた。
ただその眼光は冷たく、顔はやつれているために、全体から鋭さを感じさせる威厳がある。
仕事の鬼を思わせる。なんなら昼間の神官長の仕事中の様子に通じるところがある。
「きたか、ウォーレン」
宰相からは騎士団に追い回されて疲れた息子に対する気遣いなど一切感じられない。
執務机から顔をあげても手はペンを持ったままで歓迎された。
「宰相閣下、貴重なお時間をいただきありがとうございます」
執務机から少し距離をおいて相対した神官長も父を相手にしていると思えないほど慇懃だ。その後ろ、扉近くに俺は控えた。
もし神官長に危害が加えられるならば、身を盾にしてでも守るつもりだ。そのために来たわけだし。
宰相の目が神官長を通り過ぎて俺に止まる。
鷹を思わせる目だ。獲物を狩ることに躊躇のない目。
「内密の話だ。部外者は退出させろ」
「……いえ、この者は信用がおける護衛です。ここでの話を口外はしません」
「護衛か。聖堂騎士の中に職務違反を犯して神官長の逃亡を手助けしたものがいると聞いたが……」
宰相がジロッと神官長を見たままペンで机をコツコツ叩く。その小さな威嚇にも動きを見せない神官長に、それ以上の言及は諦めたようだった。
その鋭い視線にさらされている神官長は後ろ手を組み、その指がしきりに俺の付けた跡を撫でている。
それが無意識に頼りにしているサインに見えて、少し胸が騒ぐ。
宰相の座る椅子が軋んだ。その音に神官長から宰相へと視線を戻した。
宰相が何か考えるように顎を撫でながら体を椅子に預けていた。
「まぁいい。この件、おまえならどうする?」
「令状が偽造という事しか伝え聞いていませんが、間違いないですか?」
「あぁ、その通りだ」
「閣下が対応に悩むということは、偽造の罪は閣下の近しい人という事で?」
「あぁ」
「それならば、正と誤の令状が2枚あったことにします」
唐突な問いかけに、端的な返答だ。神官長の打って響くような回答を聞くと、すでに想定済みの展開だったのかもしれない。
「ふむ……あくまで手続き上のミスとするか。それもそれで下策な気はするが、あのアホの穴だらけの策に乗って補完のために奔走するよりはマシか」
「私を切り捨てるのも無駄な手数がかかるでしょうね。そして、今回の件で閣下を脅かす存在が誰なのか、ハッキリしたでしょう」
二人の間にはすでに誰かの顔が浮かんでいるらしい。今までのことを考えると義家族の誰かだとは思う。
「そうだな。いい加減、感情に振り回されるやつの尻拭いにも疲れた。政界と軍隊、あと宗教に手駒がいる状況は利が大きいかと思ったが……あいつはそろそろ中央政権から領地経営に転換させるべき時か」
宰相はしばらく目を閉じて考えるように沈黙した後、机に向き直りサラサラと書類にペンを走らせた。
ベルを鳴らすとすぐに側近が入室してくる。
「これを」
側近は書類を受け取るとすぐに退室した。
「おまえの捕縛は誤りであり、神官汚職事件によりバシリオ以下関係者の捕縛が正として話をすり替える。おまえは参考人招致として王宮に呼び寄せたとする。予定より例の事件の対応が早くなったが、根回しはほぼ終わっている」
「ありがとうございます」
どうやら、神官長の味方をする意思を固めたらしい。
10秒ほどで義家族を切る判断がくだされたことについては家族と思えないほど薄情だと思うけど……俺は神官長の味方でしかないから内心安堵した。
ただ、その直後に爆弾が落とされた。
「そろそろおまえを貴族籍に戻すことを考える時期か……」
「ッ!」
神官長の後ろで握った手に力がこもったのが見えた。
「もういい歳だろう。どこかの令嬢と所帯を持って地位を確立しろ」
「それは……決定事項ですか?」
「今回の不始末であいつも少しは黙るだろう。タイミング的には良い。何か不満でもあるのか?」
考えるように口ごもる神官長の後ろ姿がもどかしい。
後ろ手にソワソワと動く指をみると、神官長の気持ちは反対したくてたまらないんだろう。
俺だってそうだ。神官長が貴族籍に入れば立場も変わるし、王宮勤めになるかも。そうなれば簡単には近寄れないかもしれない。
不意に、宰相と目があった。
相変わらず冷たい目なのに、何か面白いものでも見るような視線――
「恐れながら」
俺が口を開くと神官長がギョッとした顔で振り返った。
「俺の恋人にそんな誘惑はやめていただけますか?」
「?! なにを……クラレンス?」
「ウォーレンは未来永劫所帯を持つこともないですし、神官を辞めることもないですし、あなたの脅威となることもない。俺と幸せな家庭を築きます」
神官長が口をパクパクして動揺している。
もちろん打ち合わせなどしていない、俺の口から出まかせだ。
ただ、宰相のツボには入ったようで、喉の奥でクックと笑っているのが見える。
「そうか、馬に蹴られる前に一旦退こう。健闘を祈る」
「父上?!」
とりあえず貴族に戻される難を逃れたわけだからよしとすれば良いのに、ウォーレンは未だ動揺が収まらないようで俺と宰相の顔を見比べている。
俺がポンポンとその背を叩くと、ようやく考えるのを諦めたのか、ウォーレンが宰相に頭を下げた。
「……それでは汚職事件の件、よろしくお願いします」
「あぁ」
神官長と俺が背を向け、退室するために扉を開いたところで後ろからまた声がかかった。
「ウォーレン、結婚式には呼んでくれ」
オイオイ、真顔で冗談言うなよ。ウォーレンが足を滑らせたぞ。
「おまえ、クラレンスじゃないか。こんな時に聖堂騎士が何用で王宮にきた」
「ウォーレン・アルメスト神官長の護衛として来た」
「神官長……だと!? 神官長は今、騎士団が――!」
どうやら門兵にも話は伝わっているらしい。
後ろの馬車から颯爽と神官長が身を乗り出した。
「約束がある、宰相閣下に御目通り願う」
「ッ!? 宰相閣下ですと……!?」
「至急、対応を願う!」
結果、物々しい警備の騎士に取り巻かれながら王宮内を移動することになった。
それでも、騎士たちが神官長へ剣を向けなかったのは良い流れに乗った気がした。大聖堂でならすぐに包囲されて威嚇され、令状を突きつけられて捕縛されただろう。
宰相との面会という名目が大きな効果を発揮したようだ。
神官長とその護衛として、俺たちは宰相との会談に臨んだ。
宰相執務室には、昔モテただろうことが分かるイケメンオジサンが待っていた。
ただその眼光は冷たく、顔はやつれているために、全体から鋭さを感じさせる威厳がある。
仕事の鬼を思わせる。なんなら昼間の神官長の仕事中の様子に通じるところがある。
「きたか、ウォーレン」
宰相からは騎士団に追い回されて疲れた息子に対する気遣いなど一切感じられない。
執務机から顔をあげても手はペンを持ったままで歓迎された。
「宰相閣下、貴重なお時間をいただきありがとうございます」
執務机から少し距離をおいて相対した神官長も父を相手にしていると思えないほど慇懃だ。その後ろ、扉近くに俺は控えた。
もし神官長に危害が加えられるならば、身を盾にしてでも守るつもりだ。そのために来たわけだし。
宰相の目が神官長を通り過ぎて俺に止まる。
鷹を思わせる目だ。獲物を狩ることに躊躇のない目。
「内密の話だ。部外者は退出させろ」
「……いえ、この者は信用がおける護衛です。ここでの話を口外はしません」
「護衛か。聖堂騎士の中に職務違反を犯して神官長の逃亡を手助けしたものがいると聞いたが……」
宰相がジロッと神官長を見たままペンで机をコツコツ叩く。その小さな威嚇にも動きを見せない神官長に、それ以上の言及は諦めたようだった。
その鋭い視線にさらされている神官長は後ろ手を組み、その指がしきりに俺の付けた跡を撫でている。
それが無意識に頼りにしているサインに見えて、少し胸が騒ぐ。
宰相の座る椅子が軋んだ。その音に神官長から宰相へと視線を戻した。
宰相が何か考えるように顎を撫でながら体を椅子に預けていた。
「まぁいい。この件、おまえならどうする?」
「令状が偽造という事しか伝え聞いていませんが、間違いないですか?」
「あぁ、その通りだ」
「閣下が対応に悩むということは、偽造の罪は閣下の近しい人という事で?」
「あぁ」
「それならば、正と誤の令状が2枚あったことにします」
唐突な問いかけに、端的な返答だ。神官長の打って響くような回答を聞くと、すでに想定済みの展開だったのかもしれない。
「ふむ……あくまで手続き上のミスとするか。それもそれで下策な気はするが、あのアホの穴だらけの策に乗って補完のために奔走するよりはマシか」
「私を切り捨てるのも無駄な手数がかかるでしょうね。そして、今回の件で閣下を脅かす存在が誰なのか、ハッキリしたでしょう」
二人の間にはすでに誰かの顔が浮かんでいるらしい。今までのことを考えると義家族の誰かだとは思う。
「そうだな。いい加減、感情に振り回されるやつの尻拭いにも疲れた。政界と軍隊、あと宗教に手駒がいる状況は利が大きいかと思ったが……あいつはそろそろ中央政権から領地経営に転換させるべき時か」
宰相はしばらく目を閉じて考えるように沈黙した後、机に向き直りサラサラと書類にペンを走らせた。
ベルを鳴らすとすぐに側近が入室してくる。
「これを」
側近は書類を受け取るとすぐに退室した。
「おまえの捕縛は誤りであり、神官汚職事件によりバシリオ以下関係者の捕縛が正として話をすり替える。おまえは参考人招致として王宮に呼び寄せたとする。予定より例の事件の対応が早くなったが、根回しはほぼ終わっている」
「ありがとうございます」
どうやら、神官長の味方をする意思を固めたらしい。
10秒ほどで義家族を切る判断がくだされたことについては家族と思えないほど薄情だと思うけど……俺は神官長の味方でしかないから内心安堵した。
ただ、その直後に爆弾が落とされた。
「そろそろおまえを貴族籍に戻すことを考える時期か……」
「ッ!」
神官長の後ろで握った手に力がこもったのが見えた。
「もういい歳だろう。どこかの令嬢と所帯を持って地位を確立しろ」
「それは……決定事項ですか?」
「今回の不始末であいつも少しは黙るだろう。タイミング的には良い。何か不満でもあるのか?」
考えるように口ごもる神官長の後ろ姿がもどかしい。
後ろ手にソワソワと動く指をみると、神官長の気持ちは反対したくてたまらないんだろう。
俺だってそうだ。神官長が貴族籍に入れば立場も変わるし、王宮勤めになるかも。そうなれば簡単には近寄れないかもしれない。
不意に、宰相と目があった。
相変わらず冷たい目なのに、何か面白いものでも見るような視線――
「恐れながら」
俺が口を開くと神官長がギョッとした顔で振り返った。
「俺の恋人にそんな誘惑はやめていただけますか?」
「?! なにを……クラレンス?」
「ウォーレンは未来永劫所帯を持つこともないですし、神官を辞めることもないですし、あなたの脅威となることもない。俺と幸せな家庭を築きます」
神官長が口をパクパクして動揺している。
もちろん打ち合わせなどしていない、俺の口から出まかせだ。
ただ、宰相のツボには入ったようで、喉の奥でクックと笑っているのが見える。
「そうか、馬に蹴られる前に一旦退こう。健闘を祈る」
「父上?!」
とりあえず貴族に戻される難を逃れたわけだからよしとすれば良いのに、ウォーレンは未だ動揺が収まらないようで俺と宰相の顔を見比べている。
俺がポンポンとその背を叩くと、ようやく考えるのを諦めたのか、ウォーレンが宰相に頭を下げた。
「……それでは汚職事件の件、よろしくお願いします」
「あぁ」
神官長と俺が背を向け、退室するために扉を開いたところで後ろからまた声がかかった。
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