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【012】心が死んだ後
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ビダソアは下級貴族の生まれだった。三男。長兄は存命だったから家督を継ぐことは無い。成人すれば一定の財産分与を受けて独立するのが普通だ。
慎ましく生きていく程度であれば何の問題もない——ビダソアもそういう未来を想像していた。絵を描くのが好きだった。画材を買う程度の贅沢は出来る。結婚願望も無い。ヘタな絵を描いては時々画商のところへ持っていき、おべっかを使われ、二束三文の値段で売り払う。そういう生活を夢見ていた。
それが一変したのは、ビダソアが成人を間近に控えたある日のことだった。領地内に出没した魔物——ゴブリン程度の小さな魔物である——の退治に加勢した時だ。油断した長兄を助ける為に、必死になって振るった小剣が突然輝いた。
青い光なら闘気、赤い光なら魔力。まあ、一般人でも多少そういった力が発現することはある。しかし、両方——青と赤——が入り交じった光となると話は別だった。
長兄を狙ったゴブリンは退治したものの、光り輝くおのれの小剣を呆然と見つめるビダソア。しばしの沈黙の後、誰かが言った。
「……勇者だ。勇者様の力だ……!」
その時からビダソアは下級貴族の三男では無く、勇者と呼ばれる様になった。財産分与を受けて独立する話は無しになった。冒険者組合に連れていかれ、剣と魔法の修行を受け、そして魔物との戦場に送られた。
——地獄だった。
元々剣や魔法が得意でも好きでも無い。だが一度も見たことも無い人間が、それこそ子供から老人までが「勇者様、勇者様」と縋り付いて、ビダソアの背を押して戦場へと向かわせる。
ビダソアは何度も逃げようとしたが、出来なかった。人の目が、期待を裏切るのが怖かった。
勝てば持て囃すが、負ければ見える所で陰口を叩かれる。見知った仲間は戦場を転戦する度に減っていく。
そうやってビダソアは疲弊していき……ついに戦場で倒れた時、周囲には誰も居なかった。わずかな仲間は既に無く、ビダソアを勇者と持て囃した人々は真っ先に逃げ出していた。
(……ああ、オレの人生って、何だったんだろうな……)
仰向けに倒れたビダソアは死ぬまでの数分間、降り始めた雨をじっと見つめていた。そういえば昔は絵を描いていた。たわいも無い風景を夢中になって描いていた。この雨雲は、美しい。昔のオレなら、きっと一心不乱になって描き続けただろうな。そして、ビダソアは死んだ。
——心が、死んだ。
ビダソアの身体は死ななかった。目を閉じて意識を失い、雨が止んでから再び目を開けた時には、身体が動くようになっていた。ビダソアは仕方が無いので立ち上がり、重い身体を引き摺って近くの村まで戻り、倉庫に蓄えられていた穀物をそのまま貪った。
それがビダソアが犯した人生最初の犯罪であり——そこで彼は、自分の心が死んでいることに気づいた。
(……ああ、悪くない。これは、悪くない……)
ビダソアは自分が自由になっていることに気がついた。もう他人のことなどまるで気にならない。あるのは、勇者としての力だけ。ビダソアの口角が釣り上がる。
そして彼は動き始めた。心を失い、ただ欲求の赴くままに行動する生き物として。
—— ※ —— ※ ——
長刀が弾かれた。ビダソアは舌打ちをし、しかしとっさに後ろに下がって距離を取る。バレンシアとの間に割って入ったのは冴えない中年——セレド——だったが、ビダソアは油断しない。勇者であるビダソアの剣戟を凌げる人間は、そうはいない。
「おいおい、なんだよお前ら。ひょっとして漁夫の利を狙ってたんか? いい根性してるじゃないか」
現れたのはセレドだけでは無かった。どこに隠れていたのか、老齢の魔術師と金髪の少女が姿を現した。槍の戦士が目線で「どうする?」と聞いてきたが、ビダソアは「待て」と制止した。
金髪の少女——シエラ——はこちらを警戒しながらも、倒れているノルテに歩み寄る。首に手を当てるが、その表情が曇る。老魔術師——ビスケー——も他の二人を確認するが、軽く首を振った。
——そうだな、その三人はもう死んでいる。そして死者を蘇生する魔法はこの大陸には無い。
シエラがゆっくりとビダソアを見据える。ビダソアは口笛を吹く。蔑むような視線だが、意外と冷静だ。そしてツラも良い。残念ながら好みじゃないがな。
「何も殺すことはなかったんじゃないの?」
「どうせ盗み聞きしてたんだろ? 殺して競争相手を減らそうと思うぐらいには、こいつらは有能だったってことさ」
「正々堂々やらないのは、自分に自信がないってことなのかしら?」
シエラが挑発する様に言う。だがビダソアは意に介さない。
「そうだよ。オレは勇者のなり損ないなんでな、自信なんてねえのさ。ただ結果だけが欲しい、それだけさ」
「王様になって、どうするつもり? そんなに良い仕事じゃないわよ」
「んー……そうは言っても多少財産ぐらいはあるだろ? それが尽きるまでは遊ばせて貰って、尽きたら別の国へ行くさ」
「この国を捨てて?!」
「まじめに王様してもいいけど、確かに面白くはなさそうだしな。やることやったら、王座は誰か欲しい人間にあげてもいい。クジでもなんでもして——ああ、それは面白いかもな。王座が当たる宝くじってのはどうだい?」
「ふざけないで……王族舐めんな」
シエラは吐き捨てる様に言う。手にしたクロスボウが震えているが、まだ構えない。ビダソアは内心ふむりと考える。今の反応、この娘は貴族か王族なのか……? だがこの西の王国では見たこと無い顔だが……。
だが、まあ「普通」だ。ごく普通の社会性の持ち主……だからきっと、心が死んでいるビダソアとは相容れない。別に今更死体が三つから七つに増えても、全く心は痛まない。
「……で、アンタたちは何がしたいんだい?」
「素直に出頭するなら、別に何もしないわ」
「出頭? は、本気で言っているのか? この国で殺人は絞首刑だ。誰が馬鹿正直に出頭するっていうんだ。アタマ御花畑か?」
「でしょうね」
その瞬間、凍った地面が揺れた。ぐらりと氷が軋む。地震か?
『巻き上げろ——地鳴吼!』
——いや、違う。魔法だ。死体を確認する振りをして、ビスケーが呪文を唱えていた。微詠唱呪文。詠唱がほぼ無しで発動する代わりに、効果は薄い。
地鳴吼は本来であれば大地を割る呪文だが、今は多少地面を揺らした程度だ。ビダソアは少しだけ体勢を崩し、一歩足を踏み替える。他の仲間も一瞬動きが止まる。
「今よ!」
シエラが叫んだ。彼女たちだけはその揺れに対応出来ていた。素早くクロスボウを構えたシエラが、魔術師へと弓を放つ。魔術師は「うっ」と呻き、杖を落とした。その肩にはクロスボウの矢が突き刺さっている。
ビスケーは次の呪文の詠唱を開始していた。
『疾く、疾く、疾風の如く。天空の咆哮、ジャカードの地図、天球儀より来たれ——雷蛇!』
「ぐふっ!」
斥候の身体が反る。呪文によって発生した雷撃が命中したのだ。斥候はそのまま四つん這いになって蹲る。致命傷ではないが、その手は震えていた。雷撃には麻痺の効果もある様だった。
「やるじゃねえか!」
ビダソアは歯を剥いて嗤った。あっという間にこちらの戦力は半減。しかしまだ自分と槍の戦士が残っている。ビダソアは二振りの長剣を構えて、襲いかかってくるであろう相手の攻撃を待った。
——が。
「あ?」
ビダソアは目を剥いた。斬りかかってくると思ったあの冴えない中年——セレドが、何と背を向けて遁走していたからだ。バレンシアの手を引き、一目算にこの空洞の出口に向かって走っている。途中、シエラとビスケーも合流する。
ビダソアは拍子抜けした表情を浮かべる。
(……なんで逃げるんだ? 訳分からねえ……)
ビダソアには彼らの行動が理解出来なかった。そして思ってもみない行動だったので、初動が遅れた。連中の姿は随分遠くにまで行ってしまっている。今から追い掛けても間に合わないか……。
(まあ、このまま逃がしてもいいが……)
だが。ビダソアは目を細める。嫌な予感がした。今、この場でケリをつけるべきだと、ビダソアの直感がそう告げている。それはあの中年と剣を交えた時から感じていたものだった。
ビダソアは長刀を肩に担ぎ、ゆっくりと腰を落とした。
『跳べ、放て、駆ける。青に輝くドゥーリドゥーエ、我が魔眼の果てを見よ——跳躍順針!』
ビダソアは呪文を唱えた。
—— ※ —— ※ ——
「ひーはー……ひーはー……」
セレドは走っていた。手を引いた白銀の勇者——バレンシアは、今は自分の力で走っている。というか向こうの方が若い。さっきまではセレドの後ろにいたが、今は追い抜いて先を走っている。どうやらこちらの意図は伝わっている様だ。シエラも、そしてビスケーさえもセレドより先を走っている。
空洞の出口まではあと少し。外まで出ればビスケーの魔法で麓まで飛んで逃げることが出来る。
——シエラの判断は正しい。
『……こちらの方が不利だわ。ここは逃げの一手に限る』
飛び出す前、シエラは即座にそう判断した。ビスケーが意外そうな顔をする。
『じゃあ、このまま見なかったことにして逃げるのかい?』
『白銀の勇者は助けてからね。そうしないと陛下との約束が果たせなくなるわ』
『それはそうだが、勇者殿を助けるとなると随分リスクがある』
『こっちにだって勇者はいるのよ? 大丈夫よ』
『え、オレのことかい? そんなに期待されても……』
『二十年間、ずっとサボってたんだから。たまには勇者らしいところを見せて貰わないとね』
『ええー……』
そんな訳でセレドはシエラの期待に応えるべく、悪辣勇者の前に飛び出したのだ。良かった……長期戦にならなくて。本当に三分間しか持たないんだってば。
出口が見えてきた。どうやら外は晴れているらしい。暖かな日射しが差し込んでいる。後方からは追ってくる気配は無い。
——ぞくり。
セレドは悪寒を感じた。
「シエラ!!」
「えっ?」
セレドは渾身の力を振り絞って、シエラの目の前へと走り出た。剣を振り上げる。
がきん。
金属同士がかち合う音が響く。セレドの剣とかち合ったのは、ビダソアの長刀だった。お互いの刀身が青く光り、燐光が火花のように散る。
全員の足が止まる。遙か後方にいたはずのビダソアが、いつの間にかにセレドたちの前に現れていた。
——魔法。それは瞬間移動の魔法だった。勇者は魔力——魔法を使うことも出来るのだ。
「やっぱり! お前も「勇者」なんだな!?」
ビダソアはセレドに向かって、歯を剥いて嗤った。
慎ましく生きていく程度であれば何の問題もない——ビダソアもそういう未来を想像していた。絵を描くのが好きだった。画材を買う程度の贅沢は出来る。結婚願望も無い。ヘタな絵を描いては時々画商のところへ持っていき、おべっかを使われ、二束三文の値段で売り払う。そういう生活を夢見ていた。
それが一変したのは、ビダソアが成人を間近に控えたある日のことだった。領地内に出没した魔物——ゴブリン程度の小さな魔物である——の退治に加勢した時だ。油断した長兄を助ける為に、必死になって振るった小剣が突然輝いた。
青い光なら闘気、赤い光なら魔力。まあ、一般人でも多少そういった力が発現することはある。しかし、両方——青と赤——が入り交じった光となると話は別だった。
長兄を狙ったゴブリンは退治したものの、光り輝くおのれの小剣を呆然と見つめるビダソア。しばしの沈黙の後、誰かが言った。
「……勇者だ。勇者様の力だ……!」
その時からビダソアは下級貴族の三男では無く、勇者と呼ばれる様になった。財産分与を受けて独立する話は無しになった。冒険者組合に連れていかれ、剣と魔法の修行を受け、そして魔物との戦場に送られた。
——地獄だった。
元々剣や魔法が得意でも好きでも無い。だが一度も見たことも無い人間が、それこそ子供から老人までが「勇者様、勇者様」と縋り付いて、ビダソアの背を押して戦場へと向かわせる。
ビダソアは何度も逃げようとしたが、出来なかった。人の目が、期待を裏切るのが怖かった。
勝てば持て囃すが、負ければ見える所で陰口を叩かれる。見知った仲間は戦場を転戦する度に減っていく。
そうやってビダソアは疲弊していき……ついに戦場で倒れた時、周囲には誰も居なかった。わずかな仲間は既に無く、ビダソアを勇者と持て囃した人々は真っ先に逃げ出していた。
(……ああ、オレの人生って、何だったんだろうな……)
仰向けに倒れたビダソアは死ぬまでの数分間、降り始めた雨をじっと見つめていた。そういえば昔は絵を描いていた。たわいも無い風景を夢中になって描いていた。この雨雲は、美しい。昔のオレなら、きっと一心不乱になって描き続けただろうな。そして、ビダソアは死んだ。
——心が、死んだ。
ビダソアの身体は死ななかった。目を閉じて意識を失い、雨が止んでから再び目を開けた時には、身体が動くようになっていた。ビダソアは仕方が無いので立ち上がり、重い身体を引き摺って近くの村まで戻り、倉庫に蓄えられていた穀物をそのまま貪った。
それがビダソアが犯した人生最初の犯罪であり——そこで彼は、自分の心が死んでいることに気づいた。
(……ああ、悪くない。これは、悪くない……)
ビダソアは自分が自由になっていることに気がついた。もう他人のことなどまるで気にならない。あるのは、勇者としての力だけ。ビダソアの口角が釣り上がる。
そして彼は動き始めた。心を失い、ただ欲求の赴くままに行動する生き物として。
—— ※ —— ※ ——
長刀が弾かれた。ビダソアは舌打ちをし、しかしとっさに後ろに下がって距離を取る。バレンシアとの間に割って入ったのは冴えない中年——セレド——だったが、ビダソアは油断しない。勇者であるビダソアの剣戟を凌げる人間は、そうはいない。
「おいおい、なんだよお前ら。ひょっとして漁夫の利を狙ってたんか? いい根性してるじゃないか」
現れたのはセレドだけでは無かった。どこに隠れていたのか、老齢の魔術師と金髪の少女が姿を現した。槍の戦士が目線で「どうする?」と聞いてきたが、ビダソアは「待て」と制止した。
金髪の少女——シエラ——はこちらを警戒しながらも、倒れているノルテに歩み寄る。首に手を当てるが、その表情が曇る。老魔術師——ビスケー——も他の二人を確認するが、軽く首を振った。
——そうだな、その三人はもう死んでいる。そして死者を蘇生する魔法はこの大陸には無い。
シエラがゆっくりとビダソアを見据える。ビダソアは口笛を吹く。蔑むような視線だが、意外と冷静だ。そしてツラも良い。残念ながら好みじゃないがな。
「何も殺すことはなかったんじゃないの?」
「どうせ盗み聞きしてたんだろ? 殺して競争相手を減らそうと思うぐらいには、こいつらは有能だったってことさ」
「正々堂々やらないのは、自分に自信がないってことなのかしら?」
シエラが挑発する様に言う。だがビダソアは意に介さない。
「そうだよ。オレは勇者のなり損ないなんでな、自信なんてねえのさ。ただ結果だけが欲しい、それだけさ」
「王様になって、どうするつもり? そんなに良い仕事じゃないわよ」
「んー……そうは言っても多少財産ぐらいはあるだろ? それが尽きるまでは遊ばせて貰って、尽きたら別の国へ行くさ」
「この国を捨てて?!」
「まじめに王様してもいいけど、確かに面白くはなさそうだしな。やることやったら、王座は誰か欲しい人間にあげてもいい。クジでもなんでもして——ああ、それは面白いかもな。王座が当たる宝くじってのはどうだい?」
「ふざけないで……王族舐めんな」
シエラは吐き捨てる様に言う。手にしたクロスボウが震えているが、まだ構えない。ビダソアは内心ふむりと考える。今の反応、この娘は貴族か王族なのか……? だがこの西の王国では見たこと無い顔だが……。
だが、まあ「普通」だ。ごく普通の社会性の持ち主……だからきっと、心が死んでいるビダソアとは相容れない。別に今更死体が三つから七つに増えても、全く心は痛まない。
「……で、アンタたちは何がしたいんだい?」
「素直に出頭するなら、別に何もしないわ」
「出頭? は、本気で言っているのか? この国で殺人は絞首刑だ。誰が馬鹿正直に出頭するっていうんだ。アタマ御花畑か?」
「でしょうね」
その瞬間、凍った地面が揺れた。ぐらりと氷が軋む。地震か?
『巻き上げろ——地鳴吼!』
——いや、違う。魔法だ。死体を確認する振りをして、ビスケーが呪文を唱えていた。微詠唱呪文。詠唱がほぼ無しで発動する代わりに、効果は薄い。
地鳴吼は本来であれば大地を割る呪文だが、今は多少地面を揺らした程度だ。ビダソアは少しだけ体勢を崩し、一歩足を踏み替える。他の仲間も一瞬動きが止まる。
「今よ!」
シエラが叫んだ。彼女たちだけはその揺れに対応出来ていた。素早くクロスボウを構えたシエラが、魔術師へと弓を放つ。魔術師は「うっ」と呻き、杖を落とした。その肩にはクロスボウの矢が突き刺さっている。
ビスケーは次の呪文の詠唱を開始していた。
『疾く、疾く、疾風の如く。天空の咆哮、ジャカードの地図、天球儀より来たれ——雷蛇!』
「ぐふっ!」
斥候の身体が反る。呪文によって発生した雷撃が命中したのだ。斥候はそのまま四つん這いになって蹲る。致命傷ではないが、その手は震えていた。雷撃には麻痺の効果もある様だった。
「やるじゃねえか!」
ビダソアは歯を剥いて嗤った。あっという間にこちらの戦力は半減。しかしまだ自分と槍の戦士が残っている。ビダソアは二振りの長剣を構えて、襲いかかってくるであろう相手の攻撃を待った。
——が。
「あ?」
ビダソアは目を剥いた。斬りかかってくると思ったあの冴えない中年——セレドが、何と背を向けて遁走していたからだ。バレンシアの手を引き、一目算にこの空洞の出口に向かって走っている。途中、シエラとビスケーも合流する。
ビダソアは拍子抜けした表情を浮かべる。
(……なんで逃げるんだ? 訳分からねえ……)
ビダソアには彼らの行動が理解出来なかった。そして思ってもみない行動だったので、初動が遅れた。連中の姿は随分遠くにまで行ってしまっている。今から追い掛けても間に合わないか……。
(まあ、このまま逃がしてもいいが……)
だが。ビダソアは目を細める。嫌な予感がした。今、この場でケリをつけるべきだと、ビダソアの直感がそう告げている。それはあの中年と剣を交えた時から感じていたものだった。
ビダソアは長刀を肩に担ぎ、ゆっくりと腰を落とした。
『跳べ、放て、駆ける。青に輝くドゥーリドゥーエ、我が魔眼の果てを見よ——跳躍順針!』
ビダソアは呪文を唱えた。
—— ※ —— ※ ——
「ひーはー……ひーはー……」
セレドは走っていた。手を引いた白銀の勇者——バレンシアは、今は自分の力で走っている。というか向こうの方が若い。さっきまではセレドの後ろにいたが、今は追い抜いて先を走っている。どうやらこちらの意図は伝わっている様だ。シエラも、そしてビスケーさえもセレドより先を走っている。
空洞の出口まではあと少し。外まで出ればビスケーの魔法で麓まで飛んで逃げることが出来る。
——シエラの判断は正しい。
『……こちらの方が不利だわ。ここは逃げの一手に限る』
飛び出す前、シエラは即座にそう判断した。ビスケーが意外そうな顔をする。
『じゃあ、このまま見なかったことにして逃げるのかい?』
『白銀の勇者は助けてからね。そうしないと陛下との約束が果たせなくなるわ』
『それはそうだが、勇者殿を助けるとなると随分リスクがある』
『こっちにだって勇者はいるのよ? 大丈夫よ』
『え、オレのことかい? そんなに期待されても……』
『二十年間、ずっとサボってたんだから。たまには勇者らしいところを見せて貰わないとね』
『ええー……』
そんな訳でセレドはシエラの期待に応えるべく、悪辣勇者の前に飛び出したのだ。良かった……長期戦にならなくて。本当に三分間しか持たないんだってば。
出口が見えてきた。どうやら外は晴れているらしい。暖かな日射しが差し込んでいる。後方からは追ってくる気配は無い。
——ぞくり。
セレドは悪寒を感じた。
「シエラ!!」
「えっ?」
セレドは渾身の力を振り絞って、シエラの目の前へと走り出た。剣を振り上げる。
がきん。
金属同士がかち合う音が響く。セレドの剣とかち合ったのは、ビダソアの長刀だった。お互いの刀身が青く光り、燐光が火花のように散る。
全員の足が止まる。遙か後方にいたはずのビダソアが、いつの間にかにセレドたちの前に現れていた。
——魔法。それは瞬間移動の魔法だった。勇者は魔力——魔法を使うことも出来るのだ。
「やっぱり! お前も「勇者」なんだな!?」
ビダソアはセレドに向かって、歯を剥いて嗤った。
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