聖女転生? だが断る

日村透

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未知の瘴気

154. 正ヒロインとの違い

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 帰路は本当に何事もなく、ひたすらのどかとしか言いようがなかった。
 こういう時、不意に思い出すのは、本来のヒロイン『ルリ』が辿るはずだったストーリーの詳細。

 ウェルディエ皇国ではないどこかの国で、霧に包まれた土地をアロイスとともに訪れる。
 地下で壁画が発見されるエピソードはもちろん、ミュリエルの大活躍などもなく、ヒロインの「あちらが変な気がするの」で目指す方向が決まった。

 思えば、結構適当というか強引な展開だ。
 今の私には、広範囲に瘴気の濃霧が立ち込める世界の中で、さほど大きくない源を自分の感覚だけで突き止めるのは至難のわざだとわかる。
 ヒロインだからそういう能力が特別に与えられていたとするよりも、『レーベル』という運命の意向によって、アロイスとのエピソードががんがん削られた影響と考えるほうが自然だった。

 そして普通に瘴気の源を発見した瞬間、その周辺を守るようにうろついていた怪物の襲撃に遭った。――そう、あのお話では、怪物が地下ではなく霧の中から襲ってきた。
 舞台となったその地域には、地下に隠し通路なんてなかったのかもしれない。

 ヒロインが浄化魔法を放つと、辺り一帯の瘴気は消え去り、浄化魔法を浴びた怪物達は苦悶の声を上げて倒れた。
 その辺りの視界が一気に晴れ、アロイス達の倒した数よりも多くの怪物が息絶えているのが目に映り、ヒロインはショックを受けて美しい涙をこぼしながらこう言うのだ……「ごめんね」と。

 ――いえいえいえ、あなたその怪物が皆様を殺すつもりで襲ってきたのだとおわかり!? あなただって彼らに守っていただけなければ、むしゃむしゃ食べられていてよ!?

 とにかく、噴き出ていた瘴気をごっそり消したあと、ヒロイン達はもと来た道を戻っていった。

 そもそも小説には『瘴気を発見した』とシンプルに書かれていたものの、『発見』したのは誰なのだろう。
 それの噴き出る源は濃い黒霧に包まれていただろうから、実際は誰も『見えて』はいなかったのではないか?
 見えない状態で消してしまったから、彼らはそれが霧の形で噴き出ていたと思い込んだままで、修正する機会が訪れなかったということではないだろうか。

 ――その場所まで浄化しながら向かったのですから、黒霧が白霧に変わるところは目にしているはずですけれど。その点は書かれておりませんでしたし、今思うといろいろ曖昧ですわね。

 途中でに包まれながら神殿に戻ると、なんと建物が大量の怪物にぐるりと取り囲まれているではないか。
 ヒロインがアロイス達と出かけている間に、群れが神殿を襲っていたのだ。
 そこでヒロインは特大の浄化魔法を発動。獣達は一気に倒れ、ついでに霧までもが嘘のように晴れた。
 が消えてしまった件ついて、誰かがそれを怪しんだセリフやモノローグはない。すべては『聖女の起こした奇跡』で片付けられたのである。

 怪我人は何人かいたけれど、幸い死者はいなかった。
 ヒロインは人々から感謝されつつ、たくさんの獣の死骸を見つめて「可哀想なことをしちゃった」と心の中で呟き、罪悪感が芽生えるのだった……

 ――あなた悠長に罪悪感など覚えていられる立場だとお思い? 襲われて怪我を負った方がおりますのに、のんびりさんが過ぎますわよ!

 神殿の中には侵入されなかったとはいえ、たまたま庭に出ていた村人が襲われている。食い殺されなかったのが奇跡ではないか。
 どうしてそんな勘違いの同情などできるのか、不思議でならない。

 ――霧の中で襲撃された時は、視界が悪くて怪物の姿がよく見えなかったのかもしれませんわね。加えて、怪物のうなり声やアロイス様達の荒々しい声が恐ろしくて、ずっと目や耳を塞いでいた……と書かれていたのだったかしら。

 怖くて何も見たくなくて、本当に何も見ようとしなかったから、そのせいで現実感が希薄なまま終わってしまったのだ。

 思えば前世の私は、ヒロインが悪役聖女の嫌がらせで王宮を追い出される時点までは可哀想に感じていたけれど、それ以降はこれっぽっちも共感できなかった。
 その理由は、彼女がアロイスではなくオーギュスト王子を選んだからという、それだけではなかったみたいだ。

 ヒロインの遭遇した怪物と、今回ここに出現した怪物達は、種類が近いもので間違いない。
 前世で読んだ何かでは、伝書鳩の飛行速度が百キロ前後みたいに書かれていた。
 ミュリエルもそのぐらいと仮定すると、つまりあの怪物は時速百キロ以上を自前の足で出せることになる。
 高速道路を走っている車と並走できる生物――そんなものが私達をおいしくいただくために群れで襲ってきているというのに、「ごめんね」って何。
 倒す一択でしょうが?

 アロイス達と世界中を見て回りながらも、彼女は常に安全圏にいて、怪物の襲撃すらどこか他人事でしかなかった。
 守られているからこそ、いつだって自分だけは綺麗なヒロインでいられた『ルリ』。
 私が『リリ』に対して思うところがないのをアロイス達に不思議がられたけれど、あの正ヒロインに比べたら、偽ヒロインと思しき『リリ』のほうがいくらかマシなのだった。



「日よけになるもんを持ってくりゃよかったな」
「ほんとですよ。被りものにできる薄衣か何か持って来ればよかったです」

 アロイスが悔しそうに独りごち、ジゼルがすかさず同調して、私は物思いから引き戻された。

 来る時はほとんど意識しなかったけれど、こうして帰路を見渡すと、日影になっている場所がない。
 まるで何日も日照りが続いた荒野みたいに、木々の枝に葉はなく、足元には枯れ草をまばらに見かける程度だった。

「仕方ありませんわ。さすがに、そのようなものを準備しようとは思えませんわよ」

 よし、動揺せずに答えられたわ! と、密かに胸中で自信をみなぎらせる私。
 アロイスがあれこれ話しかけてきたり、私の髪の毛先を指でいじったりという意地悪を何度も仕掛けてきたおかげで、ちょっぴりしか緊張しなくなっていた。

 それはともかく、こんなに視界が晴れて陽射しが降りそそぐことになるなんて、出発時に想定できるはずもない。
 何事も準備がいいアロイスやジゼルとしては、それでも悔しいみたいだったけれど。

 そうこうしているうちに、私達は神殿に帰り着いた。
 これまでずっと霧に包まれていた建物の全貌が明らかになり、軽く感動を覚える。
 庭にたくさんの人々が出ていて、私達を待ってくれているのが見えた。
 そしてその周辺には、怪物の死骸はもちろん、足跡すら見あたらなかった。


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