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お仕置きのお時間
191. 呪いか天罰か -sideある魔法使い
しおりを挟むその日、ロラン王国にローブを纏った一人の女が足を踏み入れた。
年の頃は二十代後半。
幼い頃から諸国で名の知られる大魔法使いに師事し、彼女自身も若くして凄腕の魔法使いとなった。
ごく弱い火魔法を扱うほか、風魔法も扱えるのだが、彼女の専門は『解呪』だ。
「これは、思った以上に嫌な感じね……」
ロラン王国の中央に近付くたび、嫌な予感がどんどん肌に迫ってきて、頻繁に皮膚が粟立つ。
本当はここには来たくなかった。気が進まない仕事を、それでも引き受けざるを得なかったのは、自国の王の命令だったからだ。
ロラン王国の国王と王子、そして大神官の頭髪が、『呪い』によりとんでもないことになっているらしい。
その噂は彼女の耳にも入っていたけれど、あまりの内容にほとんど信じてはいなかった。
それが、今回この仕事を持ち込まれるに至り、どうやら事実に近いことはあったのだなと察するしかなかった。
『かの国の王宮からしつこく要請されてかなわんのでな。そなたを派遣すると約束したのだ』
国王は苦々しい顔でそう話した。
ロラン王国に接した小国で、昔からロラン王国の我が儘に振り回されてきた国だ。
本当は言うことを聞きたくなくとも、国同士の力関係で従うしかないことが多い。
そのあたりの事情は理解できたので、彼女も拝命すること自体に抵抗感はなかった。
それに約束したのは、解呪のために力を尽くすこと……絶対に解呪できるという確約もしていなければ、できるまで帰れないという話にもなっていない。
(でも、この国がどう考えているかは怪しいわね)
もともとロラン王国は気に入らなかった。
自分の国の王に対し、上から目線で高圧的なのも気に入らないが、何より神殿の連中だ。
彼らは女神に仕えている自分達こそが上であると言い、彼女のような魔法使いを『下』に位置付けている。
魔法使いは女神に祈りもせず、そのお力をこっそりくすねて使っている泥棒と言い放った神官もいた。
(勝手に決めつけないでくれる!? あたしらだって祈ってるっつうの!)
だからこの国には、ほとんど魔法使いがいない。
しかし今回は、魔法使いはああだこうだと言っていられない事態になったようだ。
ロラン王国の都が見えて来た頃、彼女はぽつりと呟いた。
「やだ……こっから先、行きたくないわ」
王がつけてくれた数名の護衛は、困惑した顔を見合わせた。
「ごめんなさい、言ってもしょうがないわね……」
彼女は無理やり笑顔を浮かべ、止まりたがる足を叱咤して歩いた。
馬には乗っていない。しばらく前から、辻馬車すら見かけなくなった。
見かけるのは貴族の馬車ぐらいで、通りの真ん中を我が物顔で進んでいる。
それを周りで見つめる民の瞳には、強烈な怒りや嫉妬が渦巻いていた。
(でも、どうしてかしら……自業自得、にも見えるのよね)
いつもならそういう光景を目にした時、彼女の中には民衆寄りの感情が芽生えるのに、ここでは「同情に値しない」と思ってしまう。
それはこの国に入ってからずっと、皮膚をざわつかせている気配のためだ。
単なる不快感ではない。それは、恐ろしい何かに接近する時に感じるもの。
やがて王宮と、その向こうにある大神殿が両方とも視界に入り、曖昧な予感は確信に変わった。
(『何者かの呪い』じゃない……! この国の連中がみんな、女神の怒りを買ったんだわ……!)
逃げ出した聖女セレスティーヌの噂はもちろん知っている。
ところが彼女は魔法の専門家であるために、そんなおかしな天罰が存在するものかと思ってしまっていた。
それよりも長年『女神の加護』を盾にし、大きな顔をしてきたロラン王国を嫌う人間は多く、その誰かによる創作話と考えるほうが自然だった。
けれど全体に満ちるこの気配は、人によってどうこうできるものではない。
髪が爆発しただの、おぞましい色に変じただの、ハサミですら切れないだの、それらはさすがに作り話であったとしても……
(天罰自体は、本当にあったなんて)
女神は『人』を細かく区別しないと、彼女は師匠から聞いたことがある。
王が女神の不興を買えば、その『罰』は国全体に降りかかることが多いのだと。
発端が聖女セレスティーヌへの非道な扱いだとすれば、真の罪人は王宮と大神殿の者だけであり、この国の人々は無関係な被害者ということになるが……
「あいつらのせいで、聖女様が……」
「聖女様は早くお戻りにならないのかねぇ」
「早くわしらのために祈っていただかなければ」
「俺らは悪くないのに、なんで聖女様は出て行ってしまったんだ」
「聖女様がいないせいで商売に失敗した。俺らは無関係だってのに、とんだとばっちりだ」
「もうあたしらのために祈ってくださらないのかね? そんなの困るよ」
耳に入ってくる民の声と、それ以上に伝わってくるドロドロとした感情に、魔法使いは顔をしかめた。
(なるほど、これね。そりゃあ同情も湧かないはずよ)
誰も彼もが身勝手なことばかり。
自分の不平不満だけを垂れ流して、聖女のことを心配してあげている者がいない。
彼女は見たこともない聖女セレスティーヌにこそ、深い同情を覚えた。
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