文字の大きさ
大
中
小
61 / 195
番外・後日談
9. 僕の婚約者 -sideラウル
閣下と護衛騎士に、何故かニコラ様まで加わった総攻撃を食らった後、妹君が実際のところどうお考えになりそうかを探らされることになった。
僕は休憩時間によく妹君とお茶をしているので、任務を遂行するとなればそのタイミングになるだろう。その席に閣下の愛猫、アムレート様も同席させるようにと命令されたのは意味不明だった。
「なんでまた」
「間諜であり監視人だ。おまえが真面目に『使命』を果たしているかどうかのな。頼んだぞ子猫よ」
「みゃっ♪」
……子猫相手へ何を大真面目に言ってんですか。
アムレート様もそこで返事をするなんてタイミング良過ぎだろ。僕の部下にも猫に関しては少々おかしくなる猫好きがいるけれど、「意外と言葉が通じますよ」っていうあの言葉はまさかただの事実だったんだろうか。
気のせいかアムレート様の瞳がキラキラ楽しそうにきらめいて、面白がっているように見えなくもない。……これは僕の被害妄想だな。
言葉は僕の商売道具なのに、今回ばかりはやってしまった。
「ご武運をお祈りします」
苦笑を浮かべ、こっそり励ましの言葉をかけてくれたのは唯一アレッシオさんだけ。でも全然嬉しくない。
あんた自分だけとっとと逃げたでしょうが! 僕がみんなにボコられてても執事の顔でスルーしたくせに!
「ひとつだけご忠告を。お相手をお子様だと思っていられる時期など、あっという間に過ぎます」
「……あなたが言うと説得力ありますね」
あてこすりながら睨みつけてやったが、アレッシオさんの微笑は崩れなかった。
アレッシオ=ブルーノという人物のことは嫌いじゃない。むしろ好意のほうが大きい。仕事仲間として頼りになるし、全身全霊で閣下を大切にして、この先何があっても絶対に裏切らないのがわかるからだ。
ただしこれに関しては、少しばかりやりづらい。どう答えるのがいいか、たまに苦慮する質問や忠告を投げかけられることが増えた。
僕と妹君の年齢差は、閣下とアレッシオさんのそれよりも一年だけ短い。貴族の婚姻における有り無しで言えば、余裕で『有り』の差だ。
アランツォーネの家に子供は僕しかいない。そろそろ結婚を考えねばならない時期に入り、真っ先に頭に浮かんだのは閣下の妹君だった。
閣下のご家族とはずっと仲良くさせてもらっているし、「ラウル兄様」と呼んで慕ってくれる妹君は可愛い。彼女にとって僕はたくさんいる兄様の一人なんだろうけれど、貴族間の結婚で『好意を持てる相手』というのは僥倖なんだ。
嫌いな相手でも家の都合で無理やり結婚させられる、なんて話はザラだからね。
何よりお互いの家が信頼できる。不安要素がない。そして僕は妹君をきちんと大切にするし、愛人を囲うことだって決してない。
だから父様に頼んで、ロッソ家に婚約の打診をしてもらった。
実は父様と母様は、閣下に受けていただけるか五分五分だと思っていたそうだ。後でそれを聞いて少しびっくりした。
今やアランツォーネが『成金貴族』とバカにされることはなくなっている。それに普段の関係性を思えば、いくら妹大事な閣下でも、僕なら許可をしてくれるとどこか甘い見通しを立てていた。
父様と母様に言われ、僕の中の増長を見つけて、少しバツが悪くなった。
確かにそうだ。アランツォーネは男爵家。対して、ロッソは伯爵家。身分差がかなりある。
しかも彼女はロッソ直系の血を引いており、閣下はヴィオレット公爵家とも親しく、密かに王家からの覚えもめでたい。だから僕みたいな『格下』じゃなく、なんなら王族だって狙えなくもない位置にいた。
閣下がああいうご性格でなければ、我が家からの打診は一蹴されていたかもしれない。
僕なら大丈夫だろうと、日頃の親しさから図に乗っている部分が無意識にあって、昨夜もそれが漏れてしまったのが敗因なんだろうな。商売相手なら決してこんなミスはしないのに。
自業自得とはいえ、面倒くさいことになったなと思う一方、閣下のご家族がらみだったらこういう面倒もそんなに悪くないと感じる自分もいる。
だからこんなアホみたいな『任務』を、ひょっとしたらこの先もずっと命じられることになりそうだった。
薔薇の庭の一角へ最近建てられた四阿には、既に菓子と飲み物が準備されていた。
お茶会と銘打ってはいるものの、夏の明るい時間帯に提供されるのはジュースだ。
男の僕が早めに着いて待つのがマナー。
「ラウル兄様、お待たせいたしました」
取り澄ましていない笑顔が今日も可愛い。
婚約を結んでから、僕はよく妹君と二人でお茶をするようになった。
一般的な政略婚であれば、婚約者の義務として『週に一度お茶会を行う』といった取り決めを事前にしておくものだけれど、僕らはそういうのを一切交わしていない。
義務化しなきゃやらないような間柄じゃないからね。誕生日プレゼントだって毎年当たり前に贈っているし。
「今日ね、先生に褒めていただいたの。これなら学園でも良い成績が取れるでしょうって!」
「それはよかったですね。苦手な教科なども特にないのでしょう?」
「お勉強をしていてつらいと感じたことはないから、特にないのだと思うわ」
言葉遣いや言い回しが、とても丁寧で上手になったなぁ。所作もどんどんイレーネ様に似てきているし。
僕の知っている範囲では、このぐらいの年齢だとまだまだ『お姫様ぶりっこ』の域を出ないものだけれど、彼女は既に板に付いていた。
お勉強は好きだと本心から言っているのがわかる笑顔で、無理をしている様子もない。ロッソ家の弟妹に学ぶことへの苦手意識がないのは、もともと賢い子だからというのもあるだろうけど、閣下の影響が一番大きいんだろうなと思う。
大きくなったらあの人の力になりたいと、ごく自然にそんな目標を立てさせてくれる人が兄だから。
―――さて。僕はそんな素敵なお兄様に、重要な任務を言いつけられているわけだけれど。
どんな方向から何を切り出せばいいかな?
背も伸びて年々綺麗になっていく妹君は、それでもまだまだ子供だった。身体も小さいし、顔立ちも幼い。
アレッシオさんの忠告を軽んじる気はないけれど、現実問題として学園の入学すら先の話だ。大人よりずっと感情的だろうし、下手な言い方をしてしまうと、へそを曲げたり泣き出したりするかもしれない。
「うふふ、アムちゃん、美味しい?」
「みっ♪」
僕と同じく主人から重大任務を仰せつかっているはずのアムレート様は、妹君の足元近くの皿に顔を入れ、中身をちょびちょびと食べていた。
干し魚を削ったものを、ほんの少しずつ口に入れて味わっている。
「いつもよりお食事の速度が遅いので、いまいちだったのかなと心配したんですけれど。そうでもないのかな」
「それがね、特に美味しい時はゆっくり大事に食べるんですって。オルフェ兄様が仰ってたわ」
なるほど、閣下が仰ったのならそうなんだろう。実際、妹君にも嬉しそうに返事をしたしな……。
「そうだわ。オルフェ兄様といえば、お贈りした手巾のことなのだけれど」
おっと、彼女のほうから切り出してくれるとは。ここからどう繋げるか―――
「兄様、ちゃんと使ってくださっているかしら? 兄様が人前でお使いになる時も恥ずかしくないようにって、図案にとっても悩んだの」
―――しまった、いきなり先手を打たれた!?
「もっと簡素な図案にしたほうが刺しやすいですよって先生には言われたのだけれど、それだと子供っぽくなってしまうでしょう? 兄様がお手に取る時、お似合いの品でなければいけないと思ったの。一生懸命刺したのよ。兄様、喜んでくださっているかしら」
「もちろん。とてもお喜びだったでしょう?」
渡した瞬間にとても喜んでいたのを目の前で見ているだろう。なのにそんな問いかけをしてくるということは、本当は嬉しくもないのに妹を傷付けないよう喜んだフリぐらいするかもしれないと考えたんだな。
本当に賢いお嬢様だよ。でも閣下が大喜びしていたのは間違いないから、それだけはハッキリと言える。
というか、それしかハッキリと言えないのに……この、期待と不安がないまぜになったまなざし……答えを待たれている!
やっぱり彼女も使ってもらえたほうが嬉しいタイプか……!
探りを入れるどころじゃないぞ。僕が探りを入れられてるじゃないか!?
「……兄様、本当は私の贈ったものなんて、使いたくなどないかしら……?」
「は!? いえ、待ってください、決してそんなことは……!」
いや、そんなことはあるぞ。でも意味合いが違う。全然違う。
だけどこれをどう説明すればいいんだ。いっそあの親バカ達の秘密会議をバラしてしまいたいけど、「シシィには言うなよ」って釘を刺されてしまっているし……!
「なんてね。ふふ」
「……シシィ様?」
「あのねラウル兄様、オルフェ兄様に伝えてくださるかしら? お贈りした手巾、お部屋に飾っても良いですよ? って」
グラスを口につけていなくてよかった。むせるところだった。
シルヴィア嬢は花開くように笑い、そしていたずらっぽい上目遣いになる。
「お母様もね、お母様のお父様への贈り物に、初めての作品をさしあげたことがあるんですって」
「…………ああ。そういうことですか……」
なるほど。イレーネ様、ご自分のお父上がそうだったから、閣下もそういう反応をするかもとお話しに。
つまりご存知だったわけですか。お二人して。
え、ちょっと待って。それ、いつお話されたんです?
もしや閣下の反応を読んだ上で、自ら刺繍を施した手巾を贈り物に……?
「それとね、ラウル兄様」
「は、はい」
「兄様がシシィに賭けてくださった分は、将来必ず倍以上になって戻るとお約束しますから、楽しみになさっててね♪」
―――そのセリフ。
昔、閣下が僕に。
それに対して僕は、「元本すら戻らない呪いをかけるのやめてください」って答えたんだ。
そのやりとりも、ご存知なんですね。
『お相手をお子様だと思っていられる時期など、あっという間に過ぎます』
アレッシオさんの忠告が頭をよぎった。
悪戯が成功した姫君の瞳に蠱惑的なものを予感して、僕は慌ててジュースで喉を潤した。
この時点で既に、僕らの完全敗北は確定した。
なのにこの子が本当に大人になってしまったら、その時、僕はどうなっているんだろうか……。
感想 882
あなたにおすすめの小説
真の皇帝は俺です ~面倒だから幼なじみに帝位を任せていたら、婚約者に捨てられました。正体を明かしたら全員後悔してももう遅い~
由香皇帝の仕事が面倒だったレインは、信頼する幼なじみアレクシスに表向きの皇帝を任せ、自身は陰から帝国を支えていた。
だがある日、婚約者エミリアは「権力も将来性もない」と彼を見限り婚約破棄を宣言する。
しかし彼女は知らなかった。
帝国を動かしていた真の支配者が誰なのかを。
これは全てを持ちながら隠していた男と、見るべきものを見失った者たちの後悔の物語。
【完結】悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
本編完結済です。
もっちもっち感謝祭で、リクエストいただいたお話を更新しています。
皆さまの応援のおかげで『もふもふ獣人に転生したら、最愛の推しに溺愛されています』書籍化、心から、ありがとうございます!
皆の動画をつくりました!
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです!
表紙や動画にAIを使っていますが、小説にはAIを使っておりません
『捨てたはずのΩが運命の番でした ~今さら愛してると言われても、もう遅い~
雪兎あらすじ
Ωである朝霧湊は、事故のような一夜をきっかけに、名門企業の御曹司α・九条玲司と関係を持つ。
しかし玲司は「ただの過ちだ」と湊を切り捨て、政略結婚のためβの婚約者との未来を選んだ。
深く傷ついた湊は、彼の前から姿を消す。
数か月後――。
湊の身体は、これまで誰も知らなかった希少な『遅咲きΩ』として覚醒する。
その瞬間、玲司は初めて湊こそが運命の番だったと知る。
「戻ってきてくれ」
今さら必死に追いかけてくる玲司。
だが湊の隣には、自分を支え続けてくれた医師のα・神崎伊織がいた。
「あなたは俺を捨てたでしょう」
後悔に苦しむα、執着する第二のα、そして希少Ωを巡る陰謀。
もう二度と傷つきたくないΩが最後に選ぶ相手とは――。
捨てた側の後悔と執着が加速する、すれ違いオメガバースBL。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
婚約破棄から50年後
あんど もあ王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。
そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!