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番外・後日談
11. シシィの『お父様』 -sideシルヴィア
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七月。王都の社交シーズンを終えて、私達はロッソ領の本邸に戻って来た。
残念ながらジル兄様だけは学園があるから、夏のお休みに入るまで離ればなれ。
すっごく悔しがっていらっしゃったけれど、こればかりは仕方ないものね。胸を張ってオルフェ兄様の側近に加わるためには、授業をさぼったらダメなのよ。
「ミラ、久しぶりね! お腹がまた大きくなったかしら?」
「お帰りなさいませ、シシィ様。ええ、元気に大きくなっております」
お腹に耳を当てさせてもらうと、ぽこ、ぽこって蹴っているのがわかるのよね。重そうで大変そうなのだけれど、ニコラ兄様がいつも気遣っているから、ミラはとても幸せそう。
動き回ることができないけどお仕事はしたいっていうミラのために、オルフェ兄様は使用人向けのマナー講師のお仕事を与えているの。私も時々教わるのよ。
兄様達はさっそく領内のお仕事に入られて、今はとってもお忙しいみたい。兄様の事業が領内にうまく根付いているのと、作物が以前と同じぐらい実りそうなのとで、いい意味でのお忙しさだとアレッシオが言っていたわ。
ロッソ領は以前、領民の家や畑がたくさんめちゃくちゃになってしまったのだけれど、そうなった時に立て直す計画をオルフェ兄様が事前に立てられていて、それがとても順調に進んだのですって。
領主命令で強引に進めたってオルフェ兄様は少し自嘲されていたけれど、ラウル兄様は「ねじ伏せなきゃいけないほどの反発はごく一部しかなかった」って仰っていたわ。
領民にとって領主命令というのは、普通はどんなことでも従わなければならない不条理なものらしいの。
でも兄様は必要な時に必要な命令だけを発されていて、ほとんどの民はそれが理解できている―――というより、ラウル兄様を始めとするオルフェ兄様の部下が、民に正しく伝わるよう広めることに手を抜かないの。だから領主様に見捨てられたと勘違いをする者が滅多にいなくて、いろんなことが円滑に回るんですって。
「今年のロッソ杯の日には生まれているかしら?」
「もしかしたら重なるかもしれませんわね」
前回ミラが優勝したの、とっても格好よかったわ。お馬さんがダンスをするみたいに軽やかに障害を越えて行って、最後のゴールまでの全速力も風のようで素敵だった。歓声がすごかったわ。
「オルフェ兄様は秋の収穫祭を復活させたいとお考えになっていて、それを第二回ロッソ杯と一緒にするかどうかお悩みだったの」
「まあ、そうなのですか?」
「それで、ニコラ兄様に改めて不在時の状況をお尋ねになって、部下の皆様ともお話合いをされて、ロッソ杯と収穫祭はやっぱり別々にすることになったそうよ」
第一回がとても盛り上がったから、領の内外から既に問い合わせがたくさん来ているのですって。
昨年の参加者なども再戦を希望されていて、そういった方々は今年も九月に行われるつもりで予定を調整されているから、日を大きくずらすのは良くないでしょう、ていうニコラ兄様のご意見が決定打だったらしいわ。
「収穫祭は十一月の十一日よ。領民が憶えやすいからですって!」
「確かに憶えやすいのが一番ですわね。一日に《ファタリタの祝祭》を終えてから、十一日に秋の実りを祝う……良い並びかもしれません」
「王都の春祭りは見たことがあるのだけれど、あれもロッソ領でできるかしら?」
「きっと閣下はお考えでしょうね。―――王都では楽しい思い出ができましたか?」
「ええ、とっても面白いことがあったわ! といっても、お祭りではないのだけれど」
首を傾げるミラに、私はくすくす笑ってしまった。
「母様と一緒に、あちらのパーティーに招待された時のことなの」
未成年は夜会に出られない。その日出席したパーティーは、子供同士が交流できるよう昼間に行われていたものだった。
私と年齢の変わらない貴族の子が何人もいたわ。男の子も女の子もいた。
でも私はその子達に興味が持てなかった。だって、その子達が私に声をかけようとする直前、周りの大人がさりげなくこちらを気にしているのが見えてしまったのだもの。
その子達のふるまい、口調、どれもわざとらしいというか、いかにも大人の真似をしていますっていう感じしかなくて、ちょっと白けてしまったわ。
私はラウル兄様という婚約者がいるのだから、男の子よりも女の子と話そうと思いはしたのだけど、あいにく嫌な子しかいなかったのよね。
「あの家の令嬢はお母様のご身分がどうこうとか、あの程度のドレスで出席するなんて恥ずかしくないのかしら……なんて、自分より少しでも低い身分の子と見ては、飽きずに悪口を言う子ばかりだったわ。オルフェ兄様が仰っていたのだけれど、そういう子はよく大人の真似をしているから、つまりそういう価値観の大人が近くにいる子ということよね?」
「……閣下の仰せの通りと思いますわ。ただ、すべての令嬢がそのような方ではないことも事実です」
「そうね。でもそこにいた、私と身分の近い女の子達は仲良くできそうにない子ばかりだったの。仲間を大勢集めて、たった一人を相手に『あなたはどちらの味方をなさるおつもり?』なんて訊くのよ」
そんなにひどいドレスではないように見えるけれど、と言葉を挟んだ私に、そう言って迫ったのよね。
ミラも経験があるのか、少し困ったような顔で頷いた。それから少し心配そうな目で私を見つめた。
私がその子達にいじめられたのではと心配したのかしら? 大丈夫よ、ミラ。
「あまり付き合わないほうがいい子達だわと思って、そのテーブルから離れることにしたの。そうしたらその子達、私の去り際にギリギリ聞こえる声でこう言ったのね。『連れ子ごときが、大きなお顔をなさっていますこと』『きっとご自分が偉いおつもりなのだと勘違いなさっているのね』ですって」
「なんという……!」
憤りかけたミラだけれど、私の笑顔を見て怪訝そうな顔になった。それから何か得心がいったような表情を浮かべた。
ええ、そうよ。だって私、オルフェ兄様のむす―――じゃなく、妹だもの。
だから、兄様に教わった方法を実践したの。
『残念ながらそういう、少々頭の足りない者がいるかもしれない。これは子供に限らず大人にも言えるんだが、何故かその手の連中は、自分が陰口を叩いた相手はやり返してこないという、根拠のない自信を持っているんだ。……だからシシィ、その時はこうしてやれ』
ニヤリと嗤ったオルフェ兄様のお顔、とっても素敵だったわ!
「母様のお席に行ったら、何組かのご夫妻とお話中だったわ。母様に『シシィ、お話はもういいの?』って訊かれて、こう答えたの。―――『あの子達、連れ子ごときが大きなお顔をなさっていますこと、とか、自分が偉いおつもりなのだと勘違いなさっているのね、なんておかしなことを言うのだもの。言葉の通じない子と仲良くする必要はないとオルフェ兄様も仰っているし、もうあちらへは行かないわ』って」
母様は「あらあら、そうなの」とお顔が面白がっていたわ。だってあの時の兄様との会話、母様も傍で聞いてらしたものね。
母様と一緒にいたご夫妻の何組かが顔色を悪くして、中には「なんという無礼な」と怒ってくださった方もいたわね。
私が『連れ子』ではないというのもそうだけれど、あのパーティー、ロッソの家格が一番上だったものね。娘に私のことを『しょせん元子爵夫人の連れ子』だって教えたのは、いったいどなたなのかしら。
「私だけではなく、ジル兄様のこともその子達はバカにしたことになるのよ。そのような方々が、オルフェ兄様に取り入ることができると思っているのかしら?」
くすくす笑いながら言うと、ミラが唖然とした。
私の愛称はシシィ。
オルフェ兄様が昔、ジル兄様にプレゼントした物語に出てくる、幸運の妖精の名前。
私、もっと小さい頃はオルフェ兄様のことをお父様なんだって、長いこと思い込んでいたの。
途中で、兄様は兄様なんだって理解できるようになったけれど。それでも私の中では、オルフェ兄様はずっと『お父様』なのよ。
だって『本物のお父様』って、知らない人なのだもの。
会ったことはあるはずなのだけど、顔も言葉も全然記憶にないの。
オルフェ兄様を筆頭に、いろんな人が酷い目に遭わされた極悪人で、投獄された後に亡くなったというのも知っているわ。将来、嫌な人がねじ曲げた偽情報を私に聞かせたらいけないからって、母様が私に教えてくれたの。
でも、全然ピンとこないの。
「あんな父親の子で可哀想」って、いつか言われるのかもしれない。
だけどやっぱり、私の中で『お父様』はオルフェ兄様で、この先もずっと変わりそうにない気がしているの。
今よりもっと小さい頃、お熱を出して寝ていた時、ベッドの中でわけもなく不安で泣いていたわ。
そんな時、オルフェ兄様は私の額に手を当てて、何度も優しく言い聞かせてくださった。
『大丈夫だ。何も怖いことはないぞ。ここに居てやるからな』
『にいたま……』
お忙しくていつも一緒にいてくださるわけじゃない。それに兄様は責任ある立場の御方だから、本当はお熱のある子に近付いたらいけないのよ。
でも、私がつらい時は必ずお顔を見せに来てくださったの。
だから私、なんにも怖いことなんてなかったのよ。
いつも私やジル兄様を守り、教え導いてくださったオルフェ兄様。
そんな兄様に恥じない大人になる、それが私の最大の目標なの。
「こう申し上げてはご無礼かもしれませんが、シシィ様……閣下に似てきておいでですわね。末恐ろしゅうございます……」
え。私、オルフェ兄様に似てきた?
嬉しいわ。それって、私にとっては誉め言葉よ!
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