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番外・後日談
24. ヴェルデ家の元主人の末路 (1)
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今回は2話あります。
※番外19話、ラウルがぐいぐい行くところが不足していたので大幅に加筆修正しました。
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(それにしても、いい男になったなあ)
ニコラの結婚記念パーティーの夜。
ロッソ伯爵が気前よく貸してくれたという《秘密基地》の居間で、ちびちび酒を味わいつつ、ヴェルデ子爵はすっかり成長して大人の男になった息子を眺めた。
「ミラは母上やあの子達に取られてしまったな……。父上、我々は二人寂しくゲームでもしませんか? 閣下がカードや遊戯盤も貸してくださったんだ」
「いいね、久しぶりにやろう」
「運の要素が強いカードゲームのほうがいいかな」
「そうだね。遊戯盤はおまえに勝てる気がしないよ」
謙遜ではなく、子爵は本気でそう思った。ニコラも穏やかな笑顔で、否定はしない。
単純に外見が変わっただけではなかった。昔より目が強く、芯の通った強さを感じる。
ある時を境に、この息子は変貌した。とてもいい方向へ。
そしてヴェルデ子爵自身も変わった。ニコラの本音を初めて聞かされ、夫婦ともに自分達を見つめ直そうと話し合いを重ね。
―――だがそれ以上に、子爵の目を決定的に覚まさせた、苦い出来事があった。
■ ■ ■
アヴォーリオ伯爵と名乗る男がいた。
かつて広大な領地を有し、王女の降嫁を賜ったこともある由緒正しい大貴族である。
しかし些細な誤解による不幸で領地を奪われるはめになり、多くの家臣が離れ、別荘として使っていた王都郊外の館で暮らさねばならなくなった。
「なんと不義理な者どもか、あれほどに取り立ててやったものを!」
だが、彼にはまだ忠実な臣が残っていた。先祖代々、アヴォーリオ家に仕えてきたヴェルデ家である。
末席に近い、取るに足りない子爵家だったが、忠誠心だけは見上げたものだ。不当にも追いやられた主人のために、現在に至るまで毎月の生活費も出している。
パオロはそれを『献上』と認識していた。物品であろうが金銭であろうが、下位の者が上位の者に捧げるのは当然の行いである。それをかつての家臣は放棄し、ヴェルデ家だけは正しく守ってきた。途中で息子に代わってからも、ずっと。
「しかし、褒めてつかわすには献身がまだ足りぬわ」
「仰せの通りにございますな」
同意したのは執事だ。いつ頃から仕えているのかは記憶にない。何人かクビにした憶えはあるが、今の執事になってからはそこそこ長いはずだ。
ヴェルデ子爵とのやりとりには、この執事も同席させている。金勘定などパオロのやることではなく、執事にすべて任せている。
献身が足りないと断じた理由は、パオロ達が相応しい生活を送るための『献上』が足りないからだ。蓄えが尽きても金を作る方法はあろうと執事に詰め寄られても、平謝りをするばかり。
どうやら借財というものに抵抗があるらしい。それが何なのかパオロにはわからないが、主人のためならば嫌なことでも苦にならないのが真の忠臣というものであろう。
ヴェルデ子爵を帰した後、パオロは執事に言った。
「仕方あるまい。ヴェルデの小僧などあてにせず、商人どもに用立てさせるがよい」
商人から物を購入するのに、その代金を商人の懐から出せと言っているようなものだ。
さすがに執事が言葉に詰まっていると、小さな娘達がノックもせずにバァンとドアを開けて乱入した。
「ねえねえお父様、ドレスがまだ届きませんの! 一週間も待っているのに、使いの者が『先にお代を』なんて言い出すのよ!」
「首飾りも届かないんですの! 怠慢にもほどがありますわ!」
「これ、おまえ達。落ち着きなさい」
このままでは有耶無耶になると危惧したか、執事がここで口を挟んだ。
「旦那様。旦那様ご一家のお暮らしの費用、奥様やお嬢様方のお買い物の代金に足りぬ分でございますが、ヴェルデを頼らぬとなりますと、あとは旦那様ご自身のお名前でお金を借りていただくしか……」
「ああ、ああ、適当にやれ。そのようなつまらぬことはそなたに任せる」
「かしこまりました」
「あなた、今よろしいですかしら? 新作の香水を注文―――あら、あなた達どうしたの?」
「お母様!」
「お母様聞いて、ひどいんですのよ!」
夫人まで加わり、いよいよやかましくなってきたその場を、執事はそそくさと後にした。
そのやりとりがいつの出来事だったのか、パオロの記憶にはない。
それから十数年が過ぎた後も、妻だけでなく、娘達二人までもが一緒に住んでいた。
上の娘は資産家の後妻になっていたが、その家の子らに追い出されて戻ってきた。
下の娘はやはり資産家の息子といい仲になっていたが、婚約を結ぶ段階になって、相手の男が「詐欺だ」と難癖をつけてきた。執事によれば「今までの関係を無かったことにしろ」と、大層な額を手切れ金として寄越してきたという。
なんという仕打ちであろうか。気立ての良い素晴らしい娘達であるのに、このような目に遭っていいはずがない。
だが、よくないことはさらに続いた。
「ヴェルデはまだ来ぬのか」
「は……何度か連絡を入れておりますが、音沙汰もなく」
ヴェルデ家からの『献上』がある日突然途絶えた。執事に何度も人をやらせたが、全員が追い返されて戻ってくる。
「どうやら管財人と申す男が、余計な口出しをしているようでして。もうそちらとは一切関わりがない、よって援助はしないなどと申しておるのです」
パオロは憤慨した。
援助だと? 何を偉そうに。
「埒が明かぬ。そなたが行け」
「わ、わたくしめがですか?」
「そう言うておるだろう」
「……かしこまりました」
しかし、執事は追い返されるどころか、戻ってこなかった。次の日もその次の日も。
使用人を問い詰めても事情を知る者はなく、それどころか一人、また一人と辞めていき、とうとう全員いなくなった。
「あなた、どういうことですの?」
「困るわお父様、ドレスのお着替えができませんのよ」
「髪も結えないわ」
怒り狂ったパオロは自ら足を運ぶことにした。御者も辞めたため、通りで辻馬車を捕まえ、行き先を告げる。
「お客さん、お代は……」
「そのようなもの、ヴェルデに言え」
「……」
貴族風なのに供もおらず、居丈高で面倒くさそうな客人にタダ乗りをされそうな臭いを感じ、前払いを頼もうとしたら案の定だ。
御者は顔をしかめつつ、ヴェルデ子爵邸へ遠回りをしながら向かった。途中、少しの間だけ馬車を停め、同業者の男と何か言葉を交わす。
「何を勝手に止めておる! 急がぬか!」
「へいへい、すんませんね。野暮用でして」
パオロに急かされ、再び馬車は前進を始めた。
やがてヴェルデ家の貸し家の前に到着した頃、パオロは少し落ち着きを取り戻していた。主人たる者、何時でも泰然とした態度を見せてやらねばならぬ。
門の前に降り立ち、従僕らしき男に告げた。
「アヴォーリオ伯爵パオロである。ヴェルデの小倅はどこだ」
「…………はあ」
はあ? 何が「はあ」だと?
なんだこの間抜け面の従僕は、躾けがなっておらん。
だが、従僕はすんなりパオロを通した。なるほど、最初から自ら足を運んでやればよかったのかとパオロは思った。伯爵たる自分のことを門前払いになどできはしないのだから。
自分の使いを適当にあしらうなど、無礼極まりないことに変わりはないが。
背後で御者が門番に乗車賃の相談をしていることなど、パオロの気にすることではない。
「みすぼらしい小屋だな。このような小屋に住んでいたとは、確かに金がないようだ」
応接間に案内するメイドの肩がピクリと揺れたのに、パオロはまったく気付かなかった。腰をおろし、出された茶に口をつけて「薄い。まずい」と文句をつけ、メイドのこめかみに青筋が浮かんでいたのにも気付いていない。
やがて現われたのは、緊張の面持ちのヴェルデ子爵と、見知らぬ中年の男。二人は対面に座り、見知らぬ男のほうが口火を切った。
「当家の管財人を務めておる者です。ヴェルデ子爵に代わり、わたくしがお話しいたします。まず先に申し上げておきますが、わたくしは男爵位を持っておりますので、お心にとめておいてください」
「それがどうしたというのだ。それよりも管財人だと? きさまか、この小倅に余計な口出しをしておるというのは」
「ヴェルデ子爵です。『小倅』と呼ばれてよい者はこの場にはおりません」
「無礼者が!!」
パオロはひと口しか飲んでいない茶の入ったカップを、ソーサーごと手で薙ぎ払った。横の壁へ当たった拍子にパリンと割れ、赤茶色の液体が壁から床へ広がる。
ヴェルデ子爵はすくみあがり、メイドが慌てて掃除道具を持ってくる間も、パオロはふーふーと鼻息荒く管財人を睨みつけていた。怒りが過ぎて次の言葉が出てこないのだ。
管財人は澄ました顔で問いかけた。
「ここには現在ヴェルデ子爵と、子爵夫人、五人のお子様方が住んでおいでです。そのことについてどのようにお考えでしょう?」
「知らぬわ! それよりも貴様、我に対する無礼千万を詫びぬか!」
「侘びとは奇妙なことを仰る。ところで、ヴェルデ子爵とご家族の暮らしについて、どのようにお考えか?」
「知らぬと言っていよう! どうでもよいわ!」
―――ヴェルデ子爵の表情が変わったことに、パオロは気付かなかった。
それは唐突に夢から覚めた者の浮かべる表情だった。
怯えも緊張も完全に消え去り、肩に入っていた力も抜けた。
「そのようなことよりも、我への献上が滞っているそうではないか。それゆえわざわざ来てやったというに、関係のない戯れ言で濁そうとするでないわ!」
「『献上』ですか、それはそれは……。ところで、ヴェルデ子爵ご本人に献上とやらを要求するあなた様は、どなた様なのでしょう?」
「ふざけるのも大概にせよ! 我はかつて王女の降嫁も賜った貴き血筋のアヴォーリオ伯爵、パオロであるぞ!」
仁王立ちになって高らかに宣言した。ヴェルデ子爵の表情は完全に消え、管財人はパンと手を打ち鳴らした。
それを合図に、何人もの警官隊がどかどかと入ってくる。警官隊は目を白黒させたパオロを組み伏せ、あっという間に縛り上げて猿轡を噛ませた。
「もがッ!? うう~ッ!?」
「ご質問は『何故このような真似をする』でしょうか。お答えしましょう。―――おまえは伯爵ではない。伯爵を名乗る、平民の犯罪者だ」
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