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番外・後日談
25. ヴェルデ家の元主人の末路 (2)
王都の警官隊は、日頃からロッソの警備隊と親しくしている。今回、パオロの使いが何度かヴェルデ家にやって来たことで、管財人は協力を頼んでいたのだ。
そしてパオロの乗った辻馬車の御者は、無賃乗車や悪質な客の対処に困って警官隊の世話になることがあり、この日も「妙な輩がヴェルデ子爵家に押しかけようとしている」と同業者へ通報を頼んでいたのだった。
管財人はゴミを見下す目で、床に這うパオロを見おろした。
「忘れているようだが、おまえはアヴォーリオ伯爵ではない。何代も前に一度だけ王女の降嫁があった、それだけでしつこく王の親族を主張し、ついには領内の産物に『王家御用達』の印をつけて販売させたために爵位剥奪、財産も没収となった。おまえはとうの昔から爵位も家名もない、平民の、ただのパオロ。平民でありながら貴族を名乗る、犯罪者だ」
「むぐぅ、う~ッ!!」
「加えて私は男爵であり、こちらにおわすのはヴェルデ子爵。おまえごときが侮辱してよい相手ではない。―――そうそう、先日、『アヴォーリオ伯爵家の執事』と名乗る詐欺師が現われたが、その者も今は牢に入っているぞ。おまえの名で借りた金のうち、一部を懐に入れていたようだな」
「!?」
その男はパオロが伯爵ではないことなど百も承知だった。知った上で執事を装い金をくすねていた、本物の詐欺師だったのである。
警官隊が縄を掴み、強引にパオロを立たせて言った。
「身分詐称と貴族に対する脅迫の現行犯だ。生きているうちは牢から出られないと思え」
「……!!」
血走った目を見開き、暴れ出した男を警官隊は悠々と押さえつけ、引きずるように連れて行った。
管財人は立ち上がり、隊長へ親しげに声をかけた。
「いつもご苦労様ですな」
「いえ、こちらこそ治安維持へのご協力感謝いたします」
管財人と警官隊の隊長がにこやかに茶番を交わし、数分後、子爵邸はすっかり静かになっていた。
カップに手をつける余裕もなく、ぼうっとソファに座り込んでいる子爵に、管財人は「目が覚めましたか?」と的確な言葉をかけた。
「……すっかりな。奥様とお嬢様……いや、夫人と娘達はどうなるのだろう?」
「夫人は共犯者として投獄でしょうな。爵位をなくす前から夫婦だったのですから、知らぬという言い訳は通りません。娘達は別々の矯正院へ入ることになるでしょう」
隔離された場所で慎ましい生活をしながら、世の安寧のため天に祈りを捧げ続ける。修道院に似たものであるが、異なるのは犯罪者の身内であり、無実ではないものの投獄されるほどの罪はないと判断された女性が入る点だ。
「……私がもっと、早く目を覚ましていれば、せめてその娘達は……」
「そのようなことにはならなかったかも、と罪の意識を感じていらっしゃるのなら、勘違いはおやめなさい。この件で最も大きな被害を受けたのは、詐欺で踏み倒されることになった金貸しです」
え、と子爵は顔を上げた。
「彼奴らの生活費、贅沢品の数々にかかる金は莫大なものでした。何の立場もない平民が、ほいほいそんな大金を借りられると思うのですか。手段については例の執事とやらの尋問でいずれ判明するでしょうが、十中八九、パオロが昔の家印のスペアを手元に隠し持っていたのではないでしょうかね。まともな金貸しからすれば、騙された挙句に貸した金がほとんど戻らないのだから大損ですよ。せめてあれが本当に貴族であれば国からの補償も期待できたのに、それも無理ときている。そして審査がより厳しくなり、まともな理由で借りたくても借りられない者が増え、まともではない金貸しのもとに流れるわけです」
ふん、と肩を怒らせる管財人を、子爵はポカンとしながら見上げた。
「だいたい、パオロの娘達が何も知らぬ無邪気な存在とお思いか? 知った上で贅沢三昧をしていたのですよ、あれらは。本来あなたのご一家が幸せに暮らすためのお金でね」
管財人はどうやら、パオロだけでなくその妻子のこともきっちり調査したようだ。そう思い至り、ヴェルデ子爵の眉がハの字になった。
今日、妻と子供達には外出してもらっている。こんな情けない夫、情けない父親の顔を見せずに済んでよかったと、なけなしの矜持で思った。
パオロが逮捕されて間もなく、自称アヴォーリオ邸に警官隊が押し入った。
妻と娘はわけもわからぬまま全員縄をかけられ、同時に衣類や家財にどんどん差し押さえの紙が貼られていった。
「お母様!」
「お母様ぁ!」
「な、何をするのです! わたくしは伯爵夫人ですよ!? このようなことをしていいと思っているのですか!?」
大扉の開け放たれた玄関ホールに、母娘三人が引きずり出され、床に座らされた。娘達は母親に寄り添い、怯えてしくしく泣いているが、彼女らに憐憫の情を覚える者は誰もいない。
三人の前に警官隊の隊長が立った。彼は少し前、ある詐欺師を連行させたばかりだった。
「先ほど、アヴォーリオ伯爵パオロと名乗る男を逮捕した。罪状は身分詐称、貴族への無礼な言動及び脅迫。おそらく公文書偽造なども追加されるだろう」
夫人はぎくりと固まった。娘達はますます怯え、顔を伏せて泣いている。
「な、なんのことですの? わ、わたくしの夫は、そのような罪を犯す方では」
「奴が貴族籍から抜かれていることなど知っていたはずだぞ、白々しい」
「そんな! し、知りませんわ! わたくし、何も知らなくてよ!」
「きさまの夫が爵位剥奪を言い渡された日、その場に居たことぐらい調べがついている」
「っ! ……お、お、おぼえて、ません、の……」
「証人は王宮の皆様だ。『夫人は目を開けたまま寝ていた』と証言してくださる方がいればいいな」
母娘はわっと泣き出し、隊長はうんざりした。
「お母様ぁ……」
「お母様、わたくし達、どうなるの……?」
「娘は、娘達は何も知らなかったのです……どうか、この娘達にはお慈悲を……」
哀れっぽく泣いている娘を、母親が涙ながらに庇う美しい光景だが、隊長はもちろん待機していた警官の間にも白けた空気が漂う。
幼い少女ならいざ知らず、娘達は二十代後半。『何も知らない』が通用する年齢ではないのだ。
「学園への入学資格がない時点で、自分が貴族の娘でないことぐらい気付いたろうが。小芝居はやめろ」
今度は娘達もギクリと硬直した。
そう、とうの昔に察していたのである。その上で、由緒正しい貴族の娘と名乗り続けていた。
姉は後妻に入った家で散財を重ね、妻の金遣いの荒さに辟易した夫から離縁を言い渡された。それを折り合いの悪かった子供らのせいした。
妹は婚約を結ぶ直前、相手の家族が「この娘は貴族令嬢ではない」と気付き、醜聞を避けるために口止め料が払われた。かなりの額であったが、当然使い切った。
「連れて行け」
「いやよ、嫌!」
「わたくし達どうなるの!?」
「夫人は共犯だ、生涯牢暮らしをすることになるだろう。娘は良くて矯正院か」
「そんな! そんなの嫌よ!」
「なら牢暮らしを希望か? 牢も矯正院も嫌なら、父親の作った莫大な借金を抱え、姉妹仲良く返済生活を送るしかないぞ」
元の持ち主が貴族であったなら、衣類も家具も宝石も高値がついただろう。没落貴族の中古品であったとしても、よほど傷や汚れでもなければ価値は下がらない。モノがいいとわかるからだ。
ところが、自称貴族の犯罪者の持ち物というケチがつけば、本来の価値より買い叩かれることになる。この館まるごと売り払っても、借金の補填には到底足りないのだ。
「何ひとつ教養を身につけていないおまえらの行き先など、花街にしかないだろうがな」
「わ、若い娘になんてことを!」
「嫌よ、冗談じゃないわ!」
「このゲス! おまえなど、おまえなど……!」
「人をゲス呼ばわりする前に、自分が他人の金で遊び暮らしていた薄汚い詐欺師一家だと自覚しろ」
隊長は目配せをした。頷いた警官達は女達を立たせ、なおも暴れようとするのを引っ張っていった。
遠ざかっていく騒ぎを眺めながら、部下が小さくぼやく。
「隊長~……見ているだけで疲労困憊です。あれ、とっとと引っ張っても良かったんじゃないですか?」
あんな問答いらないでしょ? とげんなりしている若い部下の背を叩いてやりながら、隊長は首を横に振った。
「間を置くと喋る内容が変わるんだ。冷静になってマシな言い訳を思い付けるようになるんだろうな。あの女、聖母よろしく『娘達は何も知らなかったのです』と口走ったろ。自分は知っていましたという自白だが、多分気付いていない」
「あ、ほんとですね……」
「だからここの問答もすべて報告し、尋問官に役立ててもらうんだよ」
良くて矯正院と言いはしたが、姉の元嫁ぎ先と妹の元交際相手が、体面を気にせず訴えるかもしれない。被害者が増える可能性ありとして、取り調べは入念に行われるだろう。
ひとまず今日の大仕事は終わったと思いたい。今夜は店で飲もうと約束を交わし合い、隊長は部下を伴って館を後にした。
■ ■ ■
ミラと楽しそうにお喋りをしているヴェルデ子爵の妻は、夫と近い価値観で育てられた令嬢だった。
おまけに、夫には逆らわず、疑問を持たないようにとも教育されていた。
だから妻には罪がないと庇いたくなる子爵だったが、息子にとってはどちらもどちらだろう。
あの一件で最大の被害者は金貸しという、身も蓋もない管財人の意見ももっともではあった。
しかしヴェルデ家の中における最大の被害者は、間違いなく長男のニコラだった。
考える頭があるのに、考えることを放棄し、ろくなことをしてこなかった。そこから一歩を踏み出さねばと夫婦は決意し、どんなことでも子供達と相談を重ねるようになった。
失敗の記憶を忘れずに、少しでも良い未来へ繋げられるようにと。
下の子供達はミラに夢中になっている。赤ちゃんに関して気まずい質問をしそうな年齢の子がいないので、夫二人は安心して眺めていられた。
父と息子でカードゲームに興じていると、たまたま次男がローザ家の令嬢を追って行くのが見えた。
(おやおや)
子爵が見なかったフリをしつつ、カードに手を伸ばそうとした瞬間、長男と目が合った。
ほんの小さく肩をすくめ、唇の端だけを上げてニヤ、と笑うニコラ。なんとなく悪そうな表情が、とても様になっていた。
後で揶揄ってやろうなどと思っているのかもしれない。
(こういう表情、昔はしなかったよなあ。どなたの影響だろう)
子爵はついくふふと笑ってしまい、誤魔化すように酒をちびりと舐めて、息子との勝負に意識を戻した。
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