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番外・後日談
41. オルフェオの手紙 (1) -side家族
「雪が降ると、一気に冬! という感じがするわねえ」
今日は十二月一日。数日前からちらほらと雪が舞い始め、昨夜は本格的に降った。
ロッソ領の初雪は毎年何日か前後するけれど、だいたいは十一月の末から十二月の初旬に降るみたいね。
今はもうやんでいるけれど、これからもっと積もる日が増えてくる。
「お寒くはありませんか、奥様」
白く曇った窓を眺めて呟いたわたくしに、専属メイドが尋ねた。年嵩で落ち着いていて、育て上げた子供が全員結婚しているから、人生の教師という雰囲気があって頼りになるのよ。
「あなたが暖炉に火を入れてくれたから何ともなくてよ。それにオルフェがお祭りの日に買ってくれたこの肩掛け、とても温かいの」
「それはようございました」
昔わたくしとジルベルトが住んでいた家は、子爵家の中でもこぢんまりとした建物だった。あそこには家族全員が集まって楽しめる居間があり、暖炉があるのはそこだけだったように思うわ。寒い季節になると、家族皆がそこで過ごすの。わたくしの実家もそうだった。
ロッソ邸においては、当主と家族の各部屋にくつろぎ用の部屋があって、それぞれに暖炉がある。家族みんな、自分の部屋に暖炉があるのはとても贅沢なのよね。
貴族というものは、家の都合で成立している夫婦が多いから、そもそも家族の団欒部屋なんて必要ないっていう家が多いわ。高位の家ほどそうだから、初めてこの家に嫁いだ頃は、少し寂しいかもと思ったりもしたのだけれど。
そう思ったのは最初の一瞬だけで、むしろこの家ではこれが最良だったのだと理解してからは、すっかり忘れるぐらい気にならなくなったわね。
―――家族用の居間なんてものがあったら、オルフェオはとてもつらい思いをさせられたに違いなかった。
一人だけそこに加わるのを許されなかったか、逆に加わることを強制されていたか。
どちらに転んでも、わたくしもあの子も胃が痛くなっていたことでしょう。
「わたくしよりもオルフェよ。あの子、身体はとっても丈夫に見えるけれど、毎年熱を出しているでしょう? この時期は特に多くなるけれど、今年は大丈夫なのかしら?」
メイドの淹れてくれたお茶を飲みながら、今頃アレッシオと仲良く二人で庭歩きをしているであろう義息子が心配になってきた。
「閣下は雪がお好きでいらっしゃいますから……アレッシオ様が常に細やかに目を配っておりますので、今のところお身体の調子はすこぶる良いと聞いておりますわ。仲睦まじさが過ぎて、ということも今後はないと思われます」
「そうね。ふふ。アレッシオったら、珍しくミスをしてしまったものね。気持ちは理解できるのだけど」
ミスというより愛しさが過ぎて、というところなのでしょうけど。きちんと我慢ができなかったばかりに、大変な目に遭ってしまったものね。
だってみんな、あの子のことが大好きなのよ。なのに、エルメリンダが宣言した禁止令をあっさり破ってしまうのだもの。
エルメリンダはもちろん、セルジオのことも怒らせてしまって、禁止令は半月に延長。その期間、二人はとことん引き離されて、アレッシオは神妙にお仕事に没頭し、オルフェオも寂しそうにお仕事三昧。
ついつい、お薬ではなくスパイスを与えていないかしら? と思ってしまったのは内緒よ。
しかも、いろいろあって半月が過ぎてしまったから、ラウル様やニコラ様いわく、オルフェオから何かが切れる音がしたらしいわ。鬼気迫る勢いで前倒しに仕事を片付け、アレッシオとの長期休暇をもぎとったそうよ。
もともとこの時期は農閑期だから、ほとんどの領主が暇になる時期なのだけれど。あの子は時間に余裕があれば何かを始めてしまうきらいがあるから、「暇な時期なんてあるのかしら?」という状態になってしまっている。
予定では、アレッシオとの休暇は十二月五日まで。この間、とことんアレッシオに集中してくれるのなら、あの子は適度に休めていいのではないかと思うのだけど。
「シシィが拗ねてしまうから、お夕食の約束の日は一緒に食べましょうね、って伝えてもらえるかしら」
ずうっと一緒にいたい二人の邪魔をする気はないのだけれど、約束は約束だもの。アレッシオには独り占めを許してあげているのだから、週に一度のお夕食ぐらいは譲って欲しいわ。
専属メイドが頷き、同じ部屋に控えていた年若いメイドに目配せで指示をした。
その娘が部屋を出るのを何となく見やった後、暖炉の火を眺めながら、穏やかな心地でひと口お茶を含んだ。
あの子の想う相手がアレッシオで、どうやら両想いらしいと薄々察したのは、いつ頃だったかしら。ジルベルトもそうだったらしいのだけど、気付けばごく自然に察していて、なんとなく受け入れていたものだから、あまり憶えていないのよ。
貴族的な話をすれば、オルフェオが殿方と寄り添うことを選んだのは、跡継ぎを残せない点で問題視されやすい。けれどそういうのって、要は家族の問題なのだから、他人にとやかく言われる筋合いはないのよね。
野心家の親戚が後継の地位を争い始めるというのであれば、しっかり考える必要があったでしょう。けれどそういうこともなく、本人と家族が納得しているのだから、うるさく言う必要などまったくなかった。
けれど、他家のことに余計な忠告もどきをしたがる方々っているのよね。いかにも自分は親切ですよ、という顔で近付いてきて。そういう方は信用ならない人間だとすぐにわかるから、ある意味本当に親切ではあったわ。
『まあ、親切にご忠告ありがとう存じます。ですけれど、心配は無用でしてよ。以前は別の親切な方から、「あまりにご子息と仲睦まじくされると邪推を招いてしまいますよ」なんて忠告をいただくことがあったのですけれど、我が家でそのような心配は無用と、その親切な方もようやく理解してくださいましたの』
意訳:あの子の伴侶が同性でなければないで、どうせあなたはわたくしとの仲を邪推するのでしょう? 残念でしたわね!
とびっきりの微笑みで安心させてさしあげたら、真っ赤になって何も仰らなくなったわ。ほほほほ!
しかもそこは夜会の席。周囲で聞き耳を立てていた方々の口からあっという間に広まって、それ以降、くだらない忠告が大好きな『親切な方』は二度と近付いてこなくなったわ。
「……わたくし今、とっても幸せよ。最近特に、しみじみ思うの」
もし、あの子でなければ。
わたくしは間違いなく、この家にはいられなかった。
わたくしもジルベルトもシルヴィアも除籍され、下手をすれば無一文で追い出されていた。ほかの家であったら、確実にそうなっていた。
生き残る方法はひとつ。新当主に媚びを売り、その愛人になることよ。少なくとも世間では、そういう方法しかないと思われているの。
当主の妻でも愛人でもなく、ロッソ家の女主人として、わたくしは今も変わらず敬意を払われている。それはオルフェオがわたくしを母親として、ジルベルトもシルヴィアも弟妹として、変わらず家族の一員にしてくれているからにほかならない。
「奥様のお言葉、閣下がお聞きになれば、さぞお喜びになることでしょう」
メイドの言葉に、ついニッコリ笑ってしまったわ。そうね、きっと喜んでくれる。
―――以前あの子がくれたお手紙には到底かなわないけれど、今度のお夕食の時に言ってみようかしら。
「奥様、失礼いたします。ジルベルト様からお手紙が届いております」
セルジオが部屋に来て、お手紙をのせたお盆をわたくしの前に差し出した。
封筒には確かに、ジルベルトの文字。先日のパーティにも出席していたのに、タイミングとしては王都へ着いてすぐ書いたのでしょうね。どうしたのかしら。
お盆から手に取って封をあけ、中身を読むと、堪えきれずに吹き出してしまった。
「もう、ジルったら! 相変わらずお兄様っ子ね」
「坊ちゃまは何と?」
「それがねぇ、セルジオ……」
わたくしの笑い声に、執事やメイドの笑い声も重なる。
真冬に突入していても、わたくしの部屋はとても温かかった。
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