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番外・後日談
42. オルフェオの手紙 (2) -side家族
しおりを挟む「あれ? アムレート……が、いるわけないか」
窓辺に兄様の子猫がいたと思ってしまったけれど、そんなわけないか。
先ほどからチラチラと雪が降り始めたから、そんな錯覚をしてしまったみたいだ。
ロッソ領からこちらに戻った直後、僕ら一家はよく《秘密基地》に泊まっている。今僕がいるのも、《秘密基地》にある僕の部屋だ。
正式にはブルーノ準男爵の館なんだけれど、今もここは兄様の別邸と世間には思われていて、僕らだけじゃなくアレッシオ本人もそんな認識でいるらしい。
学園の単位はもう取り終えて、もう僕はやることなんて何にもない……と言いたいところだけど、卒業後の仕事の準備をしなきゃいけないから、ちょくちょく用事が入っている。だから兄様のパーティーを終えてすぐ、僕はまた王都に来ていた。
久々に兄様にたくさん遊んでもらえて、兄様のご友人方とも遊べてすごく楽しかった。珍しくロッソの臣下とも会えたな。これまで母様以外はあんまり関わってこなかったけれど、ちゃんとした人ばかりでよかった。
「もともとロッソの臣下はお祖父様のカリスマに心酔して、兄様に好意的な人が多かったらしいからね。不相応な地位についていた奴らも排除できて、引退させられていた古株の何人かが復帰したのも大きかったんだろう。時代の流れに逆行する形になってしまったけれど、不実な若者をのさばらせるぐらいなら、一旦は忠実なお年寄りの方々に戻っていただくのも大事だ」
彼らも改めて後継者を選び直したそうだし、ひとまず膿は出尽くした感じかな。
お茶を淹れてもらいながら、領地での出来事をそんな風に話すと、初老の執事はにこにこ笑いながら相槌を打った。
この執事は、もともとはヴィオレット公爵家から派遣されていたんだけれど、去年改めて兄様と雇用関係を結んだらしい。兄様や僕らに愛着が湧き、ずっと仕えたいと思ってくれたそうで、「もうずっと我が家の執事だと思っていたよ」と言ったら喜んでいたっけな。
「よろしゅうございました。あちらはもう安心でございますね」
「そうだね。それにしても、ほんと楽しかったよ。……ん、美味しい。今頃は母様達もお茶を飲んでいるかな」
「きっとお手紙も着いている頃でしょう」
にこにこと揶揄う執事をちょっと睨み、僕はお茶に集中することにした。
兄様と一緒に美味しいお茶を飲みたいな、母様達は一緒にいられてずるいなんてことをいろいろ書いて送っちゃったけれど、この歳になって恥だなんて微塵も思わない。
もちろん兄様にも送った。今さら執務室に僕の席がないなんて言わないでくださいね! という強迫―――いや、おねだり文書を。だって念を入れておかないと、僕のために気を回して、ヴィオレットの閣下の側近として推薦してくれちゃいそうだからさ。僕は兄様の側近がいいんだってば! と熱意をたっぷり書き綴ったよ。
兄様、感動してくれたらこっちのものなんだけどな。
まあ、兄様のお手紙には敵いやしないんだけどさ。
僕の机の、鍵付きの引き出しの中には、とても大切な手紙が入っている。
最初は宝物庫に入れようかと思ったぐらいだけれど、引き出しの鍵穴を特殊で頑丈なものにして、鍵は僕自身で持ち歩いている。
僕にそれを届けてくれたのはアルジェント兄様だった。ルドヴィク兄様の腹心である彼らなら、間違いなく僕の手元に届くからね。
『絶対に、一人の時に読んだほうがいいよ』
アルジェント兄様がそんなことを言うわけだ。僕は自室でそれを読みながら、目もとを拭く手巾を何枚も使ってしまったよ。
それは遺言書だった。エルメリンダが兄様からの命令をアレッシオに伝えて、兄様と深く関わりのある全員分の遺言書が用意されていたとわかったらしい。
地位の高い人物が、後々のことを考えて早めに準備しておくのは普通のことだ。だけど兄様のそれは、そういうものじゃなかった。
自分の人生が長くないと、あの頃の兄様はそんな覚悟をしていた。だって僕宛ての遺言書には、学園生活についても言及されていたんだから。
僕が兄様の後を継いでからも、自主退学はするなってさ。
前半はそういった、僕にロッソ家を継がせるための正式な文面になっていて、後半は兄様のいつもの言葉ばかりだった。ちゃんと食べろとかよく寝なさいとか、それを読んで涙がますます酷くなってしまった。
『もう兄様、信じられないよ。こんな公的な効力を持つ遺言書を、ほぼ私信で埋め尽くすとかさ……ふふ』
部屋に飾ろうか、宝物庫へ厳重に仕舞い込もうか、泣き笑いしながら本当に迷った。
一旦は宝物庫に入れておいて、後日ラウル兄様に相談したら、まずは額縁に入れて部屋に飾っているところをしっかり兄様にご覧になっていただき、もし時々見返したいのなら机の鍵を複雑で頑丈なものに交換してそこに仕舞えばいい、ってアドバイスをもらった。
『お手紙の劣化防止処理なら、うちの職人に知識のある者がいますよ。永遠にとは言いませんが、かなり長いこと綺麗な質が保たれるんです』
もちろん頼んだ。
『僕は実家の自室に飾っています。ニコラ様も。考えることはみんな同じですねぇ』
意地悪な顔でラウル兄様は笑っていた。こんな笑い話にできるのは、一時は危ぶまれた兄様が、ちゃんと元気でいてくださるからだ。
もちろん僕はラウル兄様の案を実行した。飾るのは王都邸じゃなく、《秘密基地》にある僕の部屋。
大事な秘密の宝物は《秘密基地》へ、なんてね。
『…………お、まえ、まで……』
『はい? どうかなさいました? 兄様(にっこり)』
『………………』
あの時の兄様のお顔ったら……ぷぷ。
あんなのを書いたりするからいけないんですよ? 自業自得です。しっかり反省してください。
つい思い出し笑いをしそうになる顔を頑張って引き締めて、執事におかわりを頼んだ。
「それにしても、王宮の方々はいつになったら日を決めてくださるんだろう? 兄様がこちらにいらっしゃる間なのだろうけど、ハッキリして欲しいよね」
「仰せの通りでございますね。直前になりますと、坊ちゃまや皆様の予定もずれ込んでしまうでしょうし」
来年度には兄様が侯爵になっているのは確定だから、教科書ではその爵位で記載されることになったとルドヴィカ姉様から聞いた。だから四月以降にはならないはずなんだけど、どうなるんだか。
「日付を確定する、たったそれだけのことが、兄様が絡むとそれだけのことじゃなくなってしまう。それってすごいことなんだけれど、兄様は自覚なさってないだろうな~」
執事は苦笑し、「仰せの通りでございますね」と頷いた。困った孫の言動を思い返す祖父みたいな顔だった。孫役は多分兄様だな。
とにかく。
兄様が侯爵になれば、もう完全にあの『遺言書』は効力を失い、完全にただの『お手紙』になる。
まあ僕としては、最初からただの素敵なお手紙だったけど。
本人の直筆で、遺言の体裁もきちんと整っているし、家印もあったけれど、無効になるんだ。だって僕は家族だけれど血縁者の枠ではなくなり、侯爵以上の身分では相続権が消えるんだよね。
どのみち兄様はこの先もずっと元気なんだから、そんなの無くなったところで同じだ。
「ヴィカ姉様にもお土産話をたくさんしたいな。でもお茶会だけだと味気ないか?」
いつものお茶会もいいけれど、姉様は僕の婚約者なのだから、たまにはデートをしたいな。
「アランツォーネ商会のカフェにお誘いしてはいかがでしょう? ロッソ領の新作メニューがまた増えたようですので、お喜びになるのでは」
「そうなんだ? 秋祭りの料理やお菓子が出るかな? 季節外れだけど、あちらから伝わる時期を考えると……そうだな。姉様をお誘いして確かめに行くか!」
僕は執事に命じ、ルドヴィカ姉様への手紙用の便箋を持ってきてもらった。
遠からず『姉様』を外すことになる女性だけれど。今は少し、そう呼ぶのは照れ臭い。
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