巻き戻り令息の脱・悪役計画

日村透

文字の大きさ
127 / 209
番外・後日談

42. オルフェオの手紙 (2) -side家族

しおりを挟む

「あれ? アムレート……が、いるわけないか」

 窓辺に兄様の子猫がいたと思ってしまったけれど、そんなわけないか。
 先ほどからチラチラと雪が降り始めたから、そんな錯覚をしてしまったみたいだ。

 ロッソ領からこちらに戻った直後、僕ら一家はよく《秘密基地》に泊まっている。今僕がいるのも、《秘密基地》にある僕の部屋だ。
 正式にはブルーノ準男爵の館なんだけれど、今もここは兄様の別邸と世間には思われていて、僕らだけじゃなくアレッシオ本人もそんな認識でいるらしい。
 学園の単位はもう取り終えて、もう僕はやることなんて何にもない……と言いたいところだけど、卒業後の仕事の準備をしなきゃいけないから、ちょくちょく用事が入っている。だから兄様のパーティーを終えてすぐ、僕はまた王都に来ていた。
 久々に兄様にたくさん遊んでもらえて、兄様のご友人方とも遊べてすごく楽しかった。珍しくロッソの臣下とも会えたな。これまで母様以外はあんまり関わってこなかったけれど、ちゃんとした人ばかりでよかった。

「もともとロッソの臣下はお祖父様のカリスマに心酔して、兄様に好意的な人が多かったらしいからね。不相応な地位についていた奴らも排除できて、引退させられていた古株の何人かが復帰したのも大きかったんだろう。時代の流れに逆行する形になってしまったけれど、不実な若者をのさばらせるぐらいなら、一旦は忠実なお年寄りの方々に戻っていただくのも大事だ」

 彼らも改めて後継者を選び直したそうだし、ひとまず膿は出尽くした感じかな。
 お茶を淹れてもらいながら、領地での出来事をそんな風に話すと、初老の執事はにこにこ笑いながら相槌を打った。
 この執事は、もともとはヴィオレット公爵家から派遣されていたんだけれど、去年改めて兄様と雇用関係を結んだらしい。兄様や僕らに愛着が湧き、ずっと仕えたいと思ってくれたそうで、「もうずっと我が家の執事だと思っていたよ」と言ったら喜んでいたっけな。

「よろしゅうございました。あちらはもう安心でございますね」
「そうだね。それにしても、ほんと楽しかったよ。……ん、美味しい。今頃は母様達もお茶を飲んでいるかな」
「きっとも着いている頃でしょう」

 にこにこと揶揄からかう執事をちょっと睨み、僕はお茶に集中することにした。
 兄様と一緒に美味しいお茶を飲みたいな、母様達は一緒にいられてずるいなんてことをいろいろ書いて送っちゃったけれど、この歳になって恥だなんて微塵も思わない。
 もちろん兄様にも送った。今さら執務室に僕の席がないなんて言わないでくださいね! という強迫―――いや、おねだり文書を。だって念を入れておかないと、僕のために気を回して、ヴィオレットの閣下の側近として推薦してくれちゃいそうだからさ。僕は兄様の側近がいいんだってば! と熱意をたっぷり書き綴ったよ。
 兄様、感動してくれたらこっちのものなんだけどな。
 まあ、兄様のお手紙には敵いやしないんだけどさ。

 僕の机の、鍵付きの引き出しの中には、とても大切な手紙が入っている。
 最初は宝物庫に入れようかと思ったぐらいだけれど、引き出しの鍵穴を特殊で頑丈なものにして、鍵は僕自身で持ち歩いている。
 僕にそれを届けてくれたのはアルジェント兄様だった。ルドヴィク兄様の腹心である彼らなら、間違いなく僕の手元に届くからね。

『絶対に、一人の時に読んだほうがいいよ』

 アルジェント兄様がそんなことを言うわけだ。僕は自室でそれを読みながら、目もとを拭く手巾を何枚も使ってしまったよ。
 それは遺言書だった。エルメリンダが兄様からの命令をアレッシオに伝えて、兄様と深く関わりのある全員分の遺言書が用意されていたとわかったらしい。
 地位の高い人物が、後々のことを考えて早めに準備しておくのは普通のことだ。だけど兄様のそれは、そういうものじゃなかった。
 自分の人生が長くないと、あの頃の兄様はそんな覚悟をしていた。だって僕宛ての遺言書には、学園生活についても言及されていたんだから。
 僕が兄様の後を継いでからも、自主退学はするなってさ。

 前半はそういった、僕にロッソ家を継がせるための正式な文面になっていて、後半は兄様のいつもの言葉ばかりだった。ちゃんと食べろとかよく寝なさいとか、それを読んで涙がますます酷くなってしまった。

『もう兄様、信じられないよ。こんな公的な効力を持つ遺言書を、ほぼ私信で埋め尽くすとかさ……ふふ』

 部屋に飾ろうか、宝物庫へ厳重に仕舞い込もうか、泣き笑いしながら本当に迷った。
 一旦は宝物庫に入れておいて、後日ラウル兄様に相談したら、まずは額縁に入れて部屋に飾っているところをしっかり兄様にご覧になっていただき、もし時々見返したいのなら机の鍵を複雑で頑丈なものに交換してそこに仕舞えばいい、ってアドバイスをもらった。

『お手紙の劣化防止処理なら、うちの職人に知識のある者がいますよ。永遠にとは言いませんが、かなり長いこと綺麗な質が保たれるんです』

 もちろん頼んだ。

『僕は実家の自室に飾っています。ニコラ様も。考えることはみんな同じですねぇ』

 意地悪な顔でラウル兄様は笑っていた。こんな笑い話にできるのは、一時は危ぶまれた兄様が、ちゃんと元気でいてくださるからだ。
 もちろん僕はラウル兄様の案を実行した。飾るのは王都邸じゃなく、《秘密基地》にある僕の部屋。
 大事な秘密の宝物は《秘密基地》へ、なんてね。

『…………お、まえ、まで……』
『はい? どうかなさいました? 兄様(にっこり)』
『………………』

 あの時の兄様のお顔ったら……ぷぷ。
 あんなのを書いたりするからいけないんですよ? 自業自得です。しっかり反省してください。
 つい思い出し笑いをしそうになる顔を頑張って引き締めて、執事におかわりを頼んだ。

「それにしても、王宮の方々はいつになったら日を決めてくださるんだろう? 兄様がこちらにいらっしゃる間なのだろうけど、ハッキリして欲しいよね」
「仰せの通りでございますね。直前になりますと、坊ちゃまや皆様の予定もずれ込んでしまうでしょうし」

 来年度には兄様が侯爵になっているのは確定だから、教科書ではその爵位で記載されることになったとルドヴィカ姉様から聞いた。だから四月以降にはならないはずなんだけど、どうなるんだか。

「日付を確定する、たったそれだけのことが、兄様が絡むとそれだけのことじゃなくなってしまう。それってすごいことなんだけれど、兄様は自覚なさってないだろうな~」

 執事は苦笑し、「仰せの通りでございますね」と頷いた。困った孫の言動を思い返す祖父みたいな顔だった。孫役は多分兄様だな。

 とにかく。
 兄様が侯爵になれば、もう完全にあの『遺言書』は効力を失い、完全にただの『お手紙』になる。
 まあ僕としては、最初からただの素敵なお手紙だったけど。
 本人の直筆で、遺言の体裁もきちんと整っているし、家印もあったけれど、無効になるんだ。だって僕は家族だけれど血縁者の枠ではなくなり、侯爵以上の身分では相続権が消えるんだよね。
 どのみち兄様はこの先もずっと元気なんだから、そんなの無くなったところで同じだ。

「ヴィカ姉様にもお土産話をたくさんしたいな。でもお茶会だけだと味気ないか?」

 いつものお茶会もいいけれど、姉様は僕の婚約者なのだから、たまにはデートをしたいな。

「アランツォーネ商会のカフェにお誘いしてはいかがでしょう? ロッソ領の新作メニューがまた増えたようですので、お喜びになるのでは」
「そうなんだ? 秋祭りの料理やお菓子が出るかな? 季節外れだけど、あちらから伝わる時期を考えると……そうだな。姉様をお誘いして確かめに行くか!」

 僕は執事に命じ、ルドヴィカ姉様への手紙用の便箋を持ってきてもらった。
 遠からず『姉様』を外すことになる女性だけれど。今は少し、そう呼ぶのは照れ臭い。


しおりを挟む
感想 821

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新! Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

悪役令息の兄って需要ありますか?

焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。 その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。 これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。

過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます

水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。 家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。 絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。 「大丈夫だ。俺がいる」 彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。 これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。 無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。