巻き戻り令息の脱・悪役計画

日村透

文字の大きさ
132 / 209
番外・後日談

47. お呪いと子猫

しおりを挟む

 いつも読みに来てくださる方、偶然立ち寄られた方もありがとうございます!m(_ _m)
 パラレル番外で別枠になるかと思いましたが、続き物として入れることにしました。登場人物が多いのでほんのりささやか(…?)なお呪いになっております。

 ご存知ない方へ→本編の連載途中にある『★感謝お礼SS』の続き的なお話です。

-----------------------------------------



 亜麻色の髪、青灰色の瞳を持つ、かつては理想的な紳士と呼ばれていた男がいた。
 そう、かつては……。

「ここはどこだ」

 彼は何故か真っ白な空間にいた。天井は真っ黒闇だが、壁や床は白く、何やらつるつるとしている。
 今度は何事だろう。近頃、彼は立て続けに奇妙な出来事に襲われていた。ある日突然、後頭部に広々と風通しの良い空白地帯が生じ、気を付けていても足の小指を角にぶつけ、靴を履けば小石が刺さり……空白地帯を隠蔽いんぺいすべく帽子や被り物を用意しても、どこからともなく鳥の群れが集まって……。
 ここも転びやすそうだ。重々気を付けねばなるまい。何もないところで滑る、つまずく、上空から何かが落ちて来る等、さまざまな危険を警戒せねば。

 しかし奇妙なことはまだあった。そこにいるのは彼だけではない。
 学生時代から付き合いのある友人達、さまざまな『便宜』を図ってやった知人や部下、かつて本邸で料理長をさせていた男、それから母方の祖父の侯爵……いや、祖父は亡くなったはずだ。最悪ほかの者は納得できても、この祖父は何故ここにいるのだろう。

「な、なんですかい、これは?」
「なんなのだろう……おや、きみは我が孫ではないかね? 随分いい男に育っているではないか!」

 怯えた顔の二人に声をかけられ、しかし亜麻色の髪の男は嫌な予感を覚えて返事をしなかった。
 これまでのパターン上、ろくなことにはならないに違いない。しかも集まっている面子が面子だ。
 ところが二人の声が呼び水となり、わらわらと他の人々まで集まって来てしまった。こうなれば相手をするしかないが……数名が何もないところで転倒したり、「痛っ!?」と叫んでは靴を脱いだりしていた。逆さまにした靴からコロリと転がり出るのは、尖った小石。やはり、うかつに動いてはならないようだ。
 そして妙に地味なトラブルに見舞われつつも、なんとか全員がそこに集まったのだが。

「きみ達、何やら臭くないかね? いい香水をつけたまえよ」

 誰もが察しつつ何も言わなかったことを、空気の読めない祖父が顔をしかめてズバリと言ってしまった。
 ビシリと空気に亀裂が走り、口をひらいたのはこめかみに青筋を浮かべた元料理長だ。

「お言葉ですがね、侯爵様。あんたも臭いですよ」
「何だと!? 何を言っているのかね、この無礼者は。だいたいおまえは平民だろう、貴き我らの中で意見していいと思うのかね!」

 醜い争いが始まった。しかしこの場合、反論した元料理長の発言が正しいのである。この場に居るのはざっと数十名の男達だが、その全員から何とも形容しがたい悪臭が漂っているのだ。

「これはいったい、どうしたことか」
「はて……何やら恐ろしいことがあった気がするのだが」
「うっ……頭痛が!? お、思い出したくないような……」

 亜麻色の髪の男も、この時ばかりは紳士的な笑みが鳴りを潜めている。この状況下で笑っていられるほうがむしろおかしいだろう。
 元料理長は、彼も何やら嫌な予感に怯えているのか、破れかぶれになっている様子で侯爵に噛みついていた。そして侯爵がまたもや言ってはならないことを口にした。

「この私にさっきから、躾のなっていない使用人だね。しかし……ぷぷっ。その哀れでおかしな頭は随分笑かせてくれるから、それに免じて許してあげようかね? ぷぷぷっ」

 これも、誰もが察しつつあえて口にしていないことだった。ここに集合するまでの間、彼らは友人知人の後頭部にギョッとし、次にやけにスウスウする己の後頭部に青ざめ、手触りを確かめていたのだ。
 誰もが目を逸らしていた現実が、とうとう突き付けられた。

「はあぁっ!? 何を仰ってんですかねえ、あんたの頭もおんなじですよっ!! 触ってみりゃいいでしょ!!」
「何だと? 妙なことを―――はッ!? えッ!? ここ、これは何かね!? どういうことだね、私の髪がッ!?」

 半狂乱で己の頭をぐしゃぐしゃし始めた侯爵。見た目が甘ったるい雰囲気の、女好きそうな優男である分、その頭部の現状はいっそう哀れだった。
 何とも言えない沈黙とともに目を逸らす者が続出する中、ほがらかな笑い声が響いた。

「はっはっは、皆様、何を気になさっているのですかな? たかがごときで、臆病な方々ですなあ」

 彼は後頭部どころか、額から頭頂まで既にツルツルの紳士だった。比較的若い頃から額が怪しくなっていたため、この騒ぎをむしろ愉快そうに眺めている。

「皆様全員、いっそ私と同じお気持ちを味わえばよいと前々から思っておりましたよ……くくく」
「き、きさま……」
「なんという……」

 その笑顔のほがらかさには、いっそ狂気を感じた。気まずそうに視線を足元に落とす者もいれば、カチンときた者もいる。

「おのれ、この床のような頭以前に、みっともない鼻毛を晒しおって! そちらのほうが間抜け面ではないか、ははははは!」
「なんだと!? おまえこそズボンの前が全開ではないか! ははっ、よく見ればあなたも!」
「うぐっ!? ここ、このおおっ……」
「私の父の従姉弟に言えばきさまなど!」
「自分の母の妹のはとこにお願いすればおまえなど!」
「いいや、我が妻の父の義実家に頼めば……!」

 さらにしょうもない争いが勃発し始めた。

 亜麻色の髪の男は、その争いの中心からすす……と離れた。
 付き合ってはいられない。この者どもは事態がよくわかっていない愚か者だ。
 自分は違う。一緒にされてなるものか。
 ぷすり。

「くっ……また小石か!」

 片方の靴を脱いで逆さまにすれば、コロンと出て来る鋭利な小石。念のためもう片方も確認したが、石は出ない。
 このパターンは経験済みだ。靴を履き直して歩き始めれば、どうせまた「ぷすり」とくるのだろう。
 しかし歩けど歩けど、足の裏を刺す感触は来なかった。何もなければないで、嫌な予感しかしないとは……まるで小石に「ひとときの幸運を喜べ」と嘲笑われているかのようだ。
 つるつるの床でツルリと滑り、何もないところでつんのめり、それでも紳士の矜持として四つん這いだけはならぬと、神経を使って端に到達する。

 奇妙な白い壁だった。壁というより、急角度の上り坂のようだ。下を見ると角がなく、湾曲して伸びている。
 拳で軽く叩いてみたら、コツコツではなくキンキンという音が返った。……陶器だろうか?
 友人知人や元料理長、祖父侯爵は、どうやら取っ組み合いを始めたらしい。が、みなツルツルとすべって転んで踏ん張りがきかないようだ。
 無様な奴らは放置し、自分だけはここから助かろう、どうにかして逃げ出そうと彼は目論んでいた。
 だが。

『みゅっふっふ~♪ みんなイキがいいねえ♪』

「……っ!?」

 ちょうど彼の前にある壁の向こうから、真っ暗な天井にぬう、と白い顔が現われた。
 ―――とんでもなく大きな猫である。
 薄氷色の目は丸く爛々とし、瞳は縦に細い。
 とてつもなく巨大な白い子猫は、にんまああ、と嗤った。

「も、もしやここはっ……!!」

 彼は悟った。これは壁ではなく、ここは部屋ではない。
 だ。

『いっただっきまぁ~す♪』

「っっぎゃあああっ!?」
「ひいいいいっっ!?」
「なな、なんだありゃあああっ!?」
「な、なんだねなんだね、あれは何だね!? はっ、そうかこれは夢だね、夢に違いない!! きみ、ちょっと確認してきたまえ!!」
「知らん、私は知らん!! きさまが自分で確認してこい!!」
「きみ私をいったい誰だと思っているのかね!!」
「きさまこそこの私を誰だと―――わあああっ!!」

『みゃんっ♪ みゃんっ♪ うみゃっ♪』

 巨大な肉球が振り下ろされ、ダシンッ、ダシッ、と皿の底を打つ。
 そのたびに哀れな獲物達が子猫の爪に引っかかり、大口の中にひょいぱく、ひょいぱく、と……。
 やがて最後に、一人だけ隅に逃げていた男が残った。

「こ、こんな……わ、私は、私はこんなところで終わる男ではっ……!!」

 迫り来る前足から逃れようと、すくみそうな足を叱咤し、横に一歩を踏み出した。
 ぷすり。
 足の裏に小石が突き刺さった。

「…………」

『みゃっ♪』

 ひょい、ぱく。
 そして皿の中には何も残らなかった。



 器の中で負の感情がたっぷり高まり、食べ頃になった獲物達をすっかり平らげ、子猫は唇をなめなめした。

『けふ。……ん~、ちょい食べ過ぎちゃったニャ』

 お腹がパンパンで丸くなっている。普段から子猫を可愛がっている赤髪の青年に、時々『毛玉』と表現されることもある子猫だったが、今はまさにころころん、と転がりそうな毛玉になっていた。

『僕は断じて太ってニャイぞ! ……お腹がこなれるまで、もうちょいここにいるかぁ』

 子猫は満足げにくあ、と欠伸をし、コロンと仰向けになった。その姿はまさに、ふわふわコロコロの毛玉である。
 うみゅうー、と伸びをして、ヘソを天に向けたまま、子猫は満足げにくふくふと寝息を立て始めた。



   ■  ■  ■ 



「ぶフォッ!!」

 ―――覚醒間際に変な吹き出し方をしてしまった。
 自分の吹き出す声で目が覚めるとか。おまけに、隣で寝ていたアレッシオもそれで起こしてしまった。
 くっそ~、恥ずかしい!

「すまん、アレッシオ……」
「別に構いませんが、どのような夢だったのです?」
「……なんと話せばいいのか」

 笑って起きちまったわけだけど、思い返してみればいろいろと微妙な夢だ。
 幸い真夜中ではなかったらしく、カーテンから薄く光が入っている。早朝の光に室内の輪郭が浮かび、猫用ベッドでくふくふ眠っている毛玉も見えた。
 冬はくるんと丸まっていることが多いのに、今朝はヘソ天で寝ているな。妙に満足げな顔に見える。
 ……。

 一月一日。
 もしや今年の俺の初夢って、コレか。




---------------------------------

読みに来てくださってありがとうございます。m(_ _"m)

更新のお知らせ:
所用により次回は11/6以降の更新になります。

しおりを挟む
感想 821

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

【8話完結】いじめられっ子だった俺が、覚醒したら騎士団長に求愛されました

キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。 けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。 そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。 なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」 それが、すべての始まりだった。 あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。 僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。 だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。 過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。 これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。 全8話。

過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます

水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。 家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。 絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。 「大丈夫だ。俺がいる」 彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。 これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。 無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。