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番外・後日談
58. 一方、主君のお気持ちは (2)
俺が席に着くと陛下も御座に腰を落とし、今後も俺らの尽力と国の発展を希うといったありがたい終了のスピーチを挟んで、音楽が奏でられ始めた。
この儀式で一番楽しいのは、間違いなくこの生演奏だな。
ロッソ領では趣のある民謡が広まっているけれど、こういう本格的なオーケストラや歌劇はない。まずは旧侯爵領の民にメシを食わせてやらなきゃいけないが、それが落ち着いたら芸事にも投資しようかな?
聴きごたえのあった音楽も終わり、順番に宴会場へ移動することになった。王宮侍女や侍従達の人捌きは見事なもので、結構な人数がスムーズに出口へ吸い込まれてゆく。
これならそこまで待たされずに済みそうだ。
けれど近くに座っている元船乗りの爺さん達には、そういうことがわからないのだろう。彼らは落ち着かなげに身体を揺らしていた。
俺は貴族席の端、爺さん達は平民席の端にいる。この距離なら、移動する人々の足音や喋り声に掻き消されることもないだろう。
「すまないな、ご老体。先ほどは見苦しいものを見せてしまった」
「ひえぃっ? い、いいぇ、あのう……」
「めめ、滅相もございやせんでして、はいっ」
「あっしらこそ、こんなのがとんだお目汚しで……」
「そのようなことはないぞ? もし時間があればゆっくり話してみたかったのだ。残念ながら私のほうで暇が取れそうになくてな、今以外に言葉を交わせる機会がない」
「へ、へえ……」
「この後は宴会が始まる。そこでアランツォーネの者がおまえ達に声をかけるだろう。疑問があればその者に尋ね、気兼ねなく食事を楽しむといい」
元船乗りは一般的な貴族からすれば、『将来的な価値を見出せない』存在だ。だからパーティー会場では誰も注目せず、場合によってはマナーがどうとか眉を顰める奴もいると想像できる。
だから実は、前もってラウルの親父さんに頼んでおいたんだよな。あそこん家は貴族の教養がばっちりしっかり身についているけど、心は平民寄りだから、俺が言わずともこの爺さん達には助け舟を出すつもりだったようだ。
「陰口が趣味の阿呆は放っておいて、気にせず美味しいものを食べてくれていいのだが、きっとおまえ達にはそれがわからず、腹がすいてもせっかくのご馳走が喉を通らない事態になりかねん。それでまあ、余計なことかとも思ったが」
貴族的な言い回しは通じないだろうから、露骨なぐらいハッキリと伝えてやったら、爺さん達はホッとした表情になった。
「んなこたぁありやせん! ありがてぇです!」
「総監督さんはどうなさいやす?」
「あっしらと食います?」
「えっ、いや、私は……」
俺の隣に座っている男が、急に話を振られて泡を食っていた。
ん? なんか妙に親しげ?
同じ港にいて顔見知りなんだろうな、ていうのは事前情報で知っていたけれど、上司と部下、貴族と使用人みたいな間柄で、親しくはないと思い込んでいた。
もしかして普通に仲良かったのか? だったら俺、別に何も気にかけなくても心配なかったの?
「これは失礼した。やはり余計な気を回してしまっただろうか」
「いいいえっ! 自分はその、父や親戚が来てくれておりますので、この者達の面倒をずっと見てやることはできなかったかと思います。―――おい爺さんども、この御方に感謝しろよ?」
「もちろんでさぁ!」
「ありがてぇです!」
「何が食えるんかなぁ……」
おお。本当に仲良しだったのか。
あれぇ、もしかして俺のこの席、結構悪くないじゃん?
なんだよ~早く教えておいてくれよ~、知ってたらもっと早く話しかけたのにさぁ。
この港の監督官という男と爺さん達、今後変なのに引っかかって身を持ち崩すことがないよう、誰かにそれとなく見ておいてもらおうっと。
短い時間だったが、思わぬ場所でお喋りに花が咲き、俺は上機嫌でパーティー会場に移動した。
案内してくれた侍従に礼を言って離れ、アレッシオとジルベルトのもとに直行する。
遠目にもこの二人はものすごく目立ち、俺じゃなくとも一発で見つけられただろう。誰かの視線の方向を辿れば、そこにはアレッシオかジルベルトのどちらかがいる。
女性不参加だから男ばっかりなんだが、うっとりと見惚れているおじさんが結構いるなぁ。うん、想うだけなら止めないよ。想うだけならね。
最初は男性限定という点に、思う所がなかったわけではない。けれどあの場にドレス姿の貴婦人も入れるとなると、物理的に席幅の問題がありそうだとわかった。
スカート内に輪っかを入れてふくらませるファッションはないけれど、厚みのある生地を自然にふくらませたり、たっぷりドレープを作ったドレスが多い。他人のご夫人のドレスに触れないよう余裕を持たせるとなると、男二~三人分のスペースが必要になるんだわ。
標準的な男って、コンパクトで場所を取らない生き物なんですよ、意外と。
あとは純粋に金銭面の問題だな。夫婦で出席可にすると、暗黙の了解で妻を伴うのが必須になるから、懐事情の厳しい下位貴族が困ることになる。
最初から女性不可にしておけというのは、各家の経済力を考慮した、王宮の思いやりと言えなくもない。
「ご立派でございました」
アレッシオが瞳と声にたっぷりと感情を込め、俺にノンアルコールドリンクを渡してくれた。
よっしゃ~!
ジルベルトも「同感です」みたいに頷いてくれている。子供っぽくブンブン振るのではなく、大人になったんだなぁと実感する、落ち着いた頷き方だ。
フハハそうだろう、と脳内で悪役笑いをかまし、俺は悪戯心を発揮して、受け取ったグラスをアレッシオのグラスに触れさせた。キンと鳴ったグラスに、アレッシオはほんの少し目を瞠り、どことなく陶然とした瞳で俺を見つめてきた……。
……あ、どうしよう。抱きしめられたくなってきました。今すぐ掻っ攫われたい……。
「ダメですよ?」
とニッコリ笑顔のジルベルト!
ふぁっ!? み、見透かされている……!? 俺さっき顔に出してなかったのに!?
あ、兄の威厳が……!!
いかんいかん。つつがなく挨拶回りを終えるまでが遠足だ。飲み物を飲んで頭をスッキリさせなければ。
ジルベルトにも本心からの「素敵でした」をいただき、少し語らった後、挨拶回りを開始した。真っ先に向かうのはもちろんニコラの父ちゃんだ。
ヴェルデ子爵はものすごく予想通りに、所在なさそうな顔でポツーンと、ワイングラスを眺めていた……。遅くなってごめんよおお!
ヴェルデ子爵の、まるで迷子の子犬が主人を発見したかのような笑顔が、俺の胸に突き刺さる。これは俺の陞爵に感激している涙じゃない、ボッチで心細かったからだ!
俺はその足でアランツォーネ男爵に声をかけ、すかさずヴェルデ子爵のこともよろしく! とお願いしておいた。気弱そうな学者風のヴェルデ子爵と、パワーに満ち溢れた熊男のアランツォーネ男爵、知らなければ身分の上下が逆に見えるな。
ちなみにアランツォーネ男爵は例の爺さん達にひと声かけた後、傘下の準男爵に頼んでくれたそうだ。俺らの関係者と誤解されて、爺さん達が悪目立ちしないようにってさ。確かに。
その後もロッソの配下の小貴族にどんどん声をかけてゆく。人となりを知っている者ばかりだったので、思ったより気楽でよかったけれど、一人残らず涙声で挨拶をしてくるその姿は、またもや俺の胸をザックザクに突き刺してきた。
すみません。さっき、アレッシオに掻っ攫われたいなとか思いかけてました。ホントすみません。
もともとの身内が完了すれば、次は新たな身内になる予定の人物、ローザ男爵令息だ。彼は俺がひととおり声をかけ終えるまで、隅のほうで大人しく待ってくれていたらしい。
―――正直、めちゃくちゃ驚いた。
アレッシオが俺に会わせたくないと警戒するはずである。
さすがヒロインの兄貴で、ミラの兄貴だ。こいつのルックス、攻略対象レベルだよ。
ゲームにおいて、ローザ男爵一家は声と文字しか出てこなかった。もしこの兄貴の姿をゲーム内で出していたら、ファンから「なんでこの兄を落とせないんだ」とブーイングが大量に届いていたに違いない。
年齢はアレッシオのひとつ下。身長もさほど変わらない。
瞳はありふれた明るい茶色だけど、髪はミラそっくりのサーモンピンクだ。それが似合っていてすごいと思ってしまった。
髪色のせいか、アレッシオより甘めの印象を受けるが、少し言葉を交わすだけで誠実さと有能さが伝わる。生真面目だが四角四面に凝り固まってはおらず、柔軟で世事にも通じ、もし「将来有望な若き外交官です」と言われれば百回ぐらい頷きたくなる、そんな男。
俺の中でアレッシオは殿堂入りだから、他人と比較する次元にないんだけどさ。
それはそれとして、アレッシオと張り合えそうなレベルの男に初めて会ったかもしれない。
と、思っていたら。
「ロッソ侯爵か。おまえのことは父がヴィオレットの小父貴からいろいろと聞いているが、私は何ひとつ聞いていない。道理でな」
なんとも反応に困ることを言いながら、オリーヴァ公爵令息が声をかけてきた。
銀色の髪に、くすんだ黄緑っぽい瞳はオリーブ色だろうか。こちらも俺が見上げるほど背が高く、いかにも切れ者で容赦がなさそうな高位貴族といった風情である。
そして近くで見てみれば、攻略対象並みの冷徹美形……。
今日だけでアレッシオと張り合えそうなレベルの男、二人目が出現。まじか。
気のせいかアレッシオのあたりから、ピリリ……と静電気みたいなのを感じる。彼は隙の欠片もない『完璧執事の微笑』を装着し、さりげなく俺の隣に立った。
と思ったら、もう一方の隣にジルベルトが立った。でもって、何故おまえはおまえで『完璧天使の微笑』を浮かべているんだ。
ジルベルトは昔から天使だが、そこに『完璧』が付くと何やら表現しがたい凄味が出てくるというか。
あの~?
これ、いったい何が起こっているんでしょう……?
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